三土修平「頭を冷やすための靖国論」

映画「靖国 YASUKUNI」公開記念。何度この道を通れば気が済むんだ!と思いつつ復習として。

頭を冷やすための靖国論 (ちくま新書)

頭を冷やすための靖国論 (ちくま新書)


前著「靖国問題の原点」を、宮崎哲也が「断言するが、近年上梓(じょうし)された夥(おびただ)しい靖国関連書のなかで、読むに足る内容を備えているのは本書のみである。」と評しており*1、前著を踏襲しつつアップデートされたものだということでこちらを手に取った。

良い。特に靖国神社の創設から戦後現在の形態をとるまでの歴史的な経緯の記述が厚く、思想的、宗教的思い入れがない一般人にとっても受け入れられる、かつ本質的(と僕は感じました)議論がなされている。また既存の靖国論への目配せも、それらの評価と合わせ、かなり網羅的になされている。


だからこそ、いくつかもったいないなぁ、と思う点も。

(面倒なので引用はしないが)まず、事実と意見の区別が甘い。端々で価値判断につながる修飾が事実に付与されている(心情的には反靖国派に近いと思われる)。文章の基本だが、こと靖国関係は必要以上に厳密さが必要であり、この点は残念(そうでないと本書が批判する「イデオロギーと感情論に染め抜かれた主張の繰り返し」そのものなわけで)。

あとは見せ方としてもっと整理された表現がなされてると良かった。確かに本全体としては、論点や経緯がある程度網羅的に上がっている、と思う。しかし、一覧化がされていないので網羅感が弱いし、相互の関係が分かりにくい。最後にサマリとして、経緯と論点の整理ページがあると良かったのではないか。時間軸に対し、主なイベント、論点とそれへのスタンスの類型(謀略史観、せっかく史観の二元論はさすがに単純すぎるのでは?)および各論点の相互関係(本流と支流、表面的と潜在的など)が整理、模式化されてるようなページがあると良かった。


さて、(僕が読み取った)靖国問題の本質的な論点は、公共性と宗教性だという。

靖国派は、現在はGHQの戦後改革の一環で一民間宗教施設となった靖国神社を、宗教性を維持しつつ、日本人であれば誰もが従うべき公共の施設とすることを目指している。

一方、反靖国派は、その公共性をアンチ国家主義軍国主義の立場から、またその宗教性を信教の自由の立場から(政教分離は批判手段であり建前上のお題目)から批判する。

上記について、アンチ国家主義軍国主義の観点からの批判は説得力がない。公共施設があると国家主義軍国主義が復活するという議論は飛躍しすぎであり、直接の関係はない。国家主義軍国主義の抑止はもっと直接的な政治的仕組みの整備によりなされるべき問題だろう。ただ、宗教性は難しいよなぁ。


個人的なあるべきについて、現時点での見解をまとめておく。

戦没者追悼のための国家施設は是(追悼対象は戦没者だけでなくても良い。国家への貢献の観点で見直すことも可)。そしてそれは靖国神社が担うしかないだろう。これまでの戦没者については、常識的に考えて、事実上、靖国神社がその役割を担ってきた。そして新たな戦没者が当分出てこないだろうことを考えると(出てもらっては困るし)、その役割には靖国神社が妥当だろう。無宗教な新しい施設を設けるアイデアは、死者への冒涜、現世の人間の傲慢。また完全に宗教性のない死者の追悼施設というのは欺瞞としか思えない。基本的には神道を引き継ぐ形。

また原則一律の基準で該当者全員を合祀(A級戦犯問題については後述)。本人が他宗教の信者であっても国として祀るのはある意味勝手。存命ならば精神的苦痛の議論はあろうが、すでに亡くなっているわけだし。ましてや遺族の主義・信仰のいかんで出し入れされるのはおかしい(例えば本人と遺族の宗教が違ったら?また後日宗旨替えして再度祀って欲しいと申し出があったら?)

ただし、民間施設から国家施設に位置付けを変更する際に、あわせて靖国神社側にも変革が要求されよう。ひとつは歴史認識。これは国家としての公式見解に合わせるべき(現在の公式見解が良いと言っているわけではない。ベターな国民合意があってよいし、かつそれを国外へも粘り強く、かつ正確に理解を求める努力が必要だろう)。もうひとつ、A級戦犯合祀の問題は、合祀基準の再検討、国民合意を行う。仮にA級戦犯が対象外になった場合は、宗教的な実現可否の問題はあろうが、国家神道自体が歴史も浅く、またその形成過程が元々政治的なものでもあるわけで、その辺の形式的な部分は適当でいいんじゃないかな。感傷的ではあるが、現世の人が亡くなった方たちを祀る、自発的な感情が本質的だと思うし。

で、これが現実的かと。。。現実的には先送りかねぇ。


以下、参考

三土修平『頭を冷やすための靖国論』−梶ピエールの備忘録。
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20070122/p1

手頃なサマリ

政教分離原則−noraneko7の日記
http://d.hatena.ne.jp/noraneko7/20070214/1171504573

本での議論を起点として、政教分離原則を整理したもの。三土さん本人のコメントあり。「ステレオタイプイデオロギー的立論をひとまず相対化するところまでの作業は自分がやったから、その後の議論はこれからの若い人々の力量に期待したい、という気持ちが正直いって、あるためです。」