EU憲法否決についてのジジェクの論説への疑問

fenestraeさんがこう書かれている(id:fenestrae:20050604#TCEConcurrenceLibreEtNonFaussee)。

ノンが既定事実になったとあと、もう一度ノンを再訪しながら、こうやって書いていると、ノンの人々の議論を追認するようなぐあいになっていくのは、現実への日和見的適応なのだろうか。どちらにしてもそんなところにしか、「史上最大のノン」の意味を正当化できない。

昨日ジジェクの論説を読みながら似たようなことを考えていた。訳しながら、ふーむと考えてしまった。ヨーロッパ(EU)のプロジェクトを進めていくべきだという意味ではジジェクもプロ・ヨーロッパなのだろうが、ただ、今回の欧州憲法についてはノンということなのだろう。ただ、フランス・オランダ以前の国民投票以前に、ノンという立場をジジェクは表明していたのだろうか、といったことが気になってしまう。そうだったのかもしれないけど。あれを読むだけでは後出しじゃんけんしているような印象をうけてしまう。と、書いているおれも後出しじゃんけんしているように見えてしまうだろうが。
 僕個人はイェス派だったということもあって*1 ジジェクよりも、イェス派である前外相のロビン・クックの論説(リンク:数日前(id:flapjack:20050603#p2)ふれた)のほうに共感してしまう。
 クックはイラク戦直前まで、院内総務という閣僚の地位にあったが、イラク戦争参戦についての議会の投票前日にイラク戦に反対する、バランスのとれた、しかし、あるいはそれがゆえに感動的な演説をやって辞任した。この演説にはid:flapjack:20031023#p1で短く触れたけど、演説の全文はBBCのこのサイトにある。この頁からその演説のビデオも見られる。演説の最後に湧き上がるわれんばかりの拍手、スタンディング・オベーションする何人もの労働党議員たち。この人はおそらくこの演説で歴史に残るだろう(当代きっての政治記者であるアンドリュー・マーのコメント)。
 そのクックですら、この論説のなかでこういう。

At least we are spared another wasted year trying to excite the interest of the British public about the finer points of the 448 clauses of Valéry Giscard d'Estaing's draft constitution. I always did have my doubts about how long I could keep passers-by in my local shopping mall in conversation on whether it was time for the council of ministers to move on from a six-month rotating presidency.
すくなくとも、われわれは、448条あるジスカール・デスタンの憲法草案の細かい論点について、イギリスの人々の興味をかきたてるべく努めるという無駄なもう一年を過ごさずにすんだ。実際、6ヶ月で持ち回りされるEU議長国制を止めるべきかどうかをめぐって、私の選挙区のショッピング・モールの通行人の人たちをどれくらいのあいだ会話に引き止められるのか、疑いをもっていたのだ。

もちろん、「6ヶ月で持ち回りされるEU議長国制」ではなく、fenestraeさんがいわれるようなもっと重要な部分をもちだせ、とロビン・クックにいうことはできるし、そんなことは彼もわかっている。だから、彼はこういう。

The priority must be to move the debate about Europe away from process and on to outcome. This is all the more essential as process is about how top politicians arrive at communiques in exclusive summits, while outcome is about how it all benefits the lives of the public.
優先されなければならないのは、ヨーロッパについての議論を、政治過程についての議論から、政治結果についての議論へと移すことだ。政治過程は、トップの政治家たちが、特権階級に限られたサミットで、どういうふうに共同公式声明の文面をつくりあげるのかについてなのに対し、政治結果とは、それがどのように人々の生活をよくするのかについてなのだ。だから、なおさら政治結果は重要なのだ。

この後、EUに対する信頼性を回復させるためにブレアがするべき点を2つ具体的にあげる。

The first is to stop talking about economic reform as if it were a threat. The French and German public may go along with our economic agenda if we present it as the road to full employment and prosperity, but not if we constantly lecture them on the necessity of giving up their job security and letting deregulation open the window to the chill winds of laissez-faire competition.
一つは経済改革について、それが脅威であるかのごとく語るのをやめること。もし経済改革が全雇用と繁栄につながる道であると示せばフランスやドイツの人々は我々のEU経済政策についてくるだろうが、雇用の安定性をあきらめ規制緩和によってレッセ・フェール的競争の冷たい風への窓をあける必要があるとイギリスが語り続けるのなら、そうはならない。
<したがって、以上は対フランス・ドイツの人々に対してイギリス政府ができることについて。>
The second is to stop standing in the way of the popular measures that do come out of Europe. Why should Downing Street make it an issue of principle that British workers be denied the European limit of 48 hours on the average working week, when they know it would be popular with the great majority of those who are forced to work excessive hours? Should it not be part of any progressive package of economic reform to remove one of the reasons why British business does not face up to poor productivity per hour?
第二は、EUからもたらされる、人気のある政策をイギリス政府がさまたげないこと。なぜ、ダウニング・ストリート(首相官邸のチーム)は、週48時間というEU基準をイギリスの労働者に適用しないことを原則の問題とするべきなのか? 過長な時間はたらかされている労働者たちの大部分には週48時間というEU基準は人気あるだろうと彼らは知っているのに。イギリスのビジネス界が、低い1時間当たりの生産性に正面から向き合わない理由のひとつを取り除くことは、進歩的な経済改革政策パッケージの一部であるべきではないのか?
<だからこれは、イギリス国内向けにイギリス政府がするべきことについて>

 ながながと書いたが、問題は<「史上最大のノン」の意味を正当化する>ことではなくて、あきらかになった現実に対して、あるべきゴールと、そこに対する具体的な手順の両方を打ち出していく、ということなのだろうと思う。それは<現実への日和見的適応>とは違う。少なくともクックを読んでいるとそう思う(それを、ジジェクとクックの差として読むのは外れているかもしれないが)。*2
 [以下追記] fenestraeさんの書いていることは、<「ノン」の意味を正当化>でもないし、<現実への日和見的適応>でもない。それは僕には自明のことだったが、上のような書き方だとそうみえなかったかもしれないので、一応追記する。今回のエントリーは、ジジェクにけちつけたかった、ということなのだ。どうしても「ほらみろ」的に読めてしまうのだ。それを明確にするために、付け忘れていたエントリータイトルもつけた。

*1:ただし、経済的なことを考えると、イギリスはユーロに参加しないほうが経済運営の点では得策だと思っていた(これはsvnseedsさんとbewaadさんの議論参照 id:svnseeds:20050531#p1とかhttp://bewaad.com/20050602.html#p01)。ただし、EU憲法批准とユーロ採択は直接にはリンクしていないはずで、EU憲法にはイェス、ユーロのはノーというのが僕の立場。

*2:しかし、日本の時間当たり生産性ってイギリスのより高いんだっけ? 日本の労働時間長いよねえ。

The Power of Nightmares:「“テロとの戦い”の真相」としてNHKBS1で放映

id:flapjack:20041104#p2で少し詳しく紹介した、BBCで放映されたドキュメンタリー番組 The Power of NightmaresがNHKBS1で昨夜三部一挙に放映されたことを no frillsさんのところでしる。知らんかったよー。ぜひ日本でもやってほしいと思っていたので、とりあえずNHK、well done といっておこう。再放送はあるとしたらいつなのだろう。
 とりあえず番組の内容は以下で詳しく書かれている。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/550
 再放送はぜひ地上波でしてほしい。ここでは

あすまぁさん、衛星でしたねぇ…。でも、衛星でやってから地上波で放映しているものもありますよ。NHKに要望を出してみるのもいいかもしれません。
NHK 視聴者コールセンター 電話:0570-066066
メールでの受付:
https://www.nhk.or.jp/plaza/mail/form_program.html

ということなので、要望してみよう。つっても、まずテレビのアンテナ・ケーブルいいかげんに買え(>自分)。