ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

富柏村香港日剰 日記 ブログ 網誌 博客

2018-07-19 (予告)

fookpaktsuen2018-07-19

森田童子の追悼イベント夜想忌」開催、頭脳警察PANTAら出演(こちら

訃報が報じられた森田童子の追悼イベント夜想忌 〜さよならぼくのともだち〜 追悼 森田童子」が7月19日東京Naked Loftで開催される。

1975年から83年まで活動活動休止後にテレビドラマ「高校教師」の主題歌「ぼくたちの失敗」がヒットしたことでも知られる森田童子彼女の追悼イベントではメインとなるトークコーナーにPANTA頭脳警察)、政治団体「一水会」の元最高顧問作家鈴木邦男、月蝕歌劇団の高取英代表が出演し惜別のトークを交わす。

追悼イベントではこのほか森田の未公開ライブ音源の公開やマンガ家でイラストレーターの丸尾末広らによる追納の辞の披露が予定されている。イープラスでは7月5日チケット販売がスタート。

▼安倍政権の即刻退陣要求する7・19国会前大行動(こちら

f:id:fookpaktsuen:20180715081623j:image

2018年07月19日の呟板

2018-07-18

2018年07月18日の呟板

2018-07-17

農暦六月初五。久々の晴れ空。早晩に銅羅湾。f:id:fookpaktsuen:20180718160515j:image:w200:rightO氏とM君の手羽先の世界の山ちゃんで早酒。午後5時からのハッピーアワーは啤酒とハイボールが今どき1杯HK$10である(このサービス今月末で終はりとのこと)。前回敢へて他の酒肴は注文せず手羽先だけで酒を飲んだら手羽先の味が引き立つと山ちゃん常連のO氏も感動され今回は亦たそれで。前回も骨を井形に組んで櫓を作つてみたが今回は骨も太→細に組み高度に。それだけでも上出来だつたか箸袋で旗まで作つてみると強風冷房に旗が揺れるのが何とも風情あり。昼は晴れてゐたのに大雨。雨が止んだ好きにバーBに参りウヰスキー飲む。お二人と別れアタシは晩10時すぎに帰宅

f:id:fookpaktsuen:20180718160051j:image:H180 f:id:fookpaktsuen:20180718155922j:image:H180 D

--------------------

Facebook:引用するには内容の深い記事等はこちらの顔本に無断転用で掲載しております。

旧「富柏村のゑぶサヒト」(こちら)には途中でアップデート止めた「香港用語の基礎知識」やかつて香港邦字紙等に連載等の富柏村記事掲載あり。

2018-07-16

fookpaktsuen2018-07-16

農暦六月初四。昨晩は十時過ぎに寝てしまつたが半夜三更に一度目覚めて蹴球世界盃決勝は前半終了時で法蘭西が2-1で克羅地亞に優勢。個人的f:id:fookpaktsuen:20180717093841j:image:w170:leftにはロシア大会で決勝は旧ソ連の克羅地亞優勝に賭けてゐたアタシ。それでも中継は見てゐない。何気に窓の外を見ると周囲のマンションがまぁ明るいこと。皆さん決勝の中継をご覧なのだらう。今日不安定な空で驟雨あり。朝起きるて法蘭西の勝利を知る。やつと雨が上がる。

▼香港で着々と進む愛国教育。政府の国旗国歌普及政策に加へ親中団体から各学校へ『我的家在中国』なる愛国教材ありがたき無料配布。かうした動きが余計に「我的家在香港!😡」といふ世論を高める。

▼晋三らの西日本豪雨災害対応評価する32%に対して評価しないが45%で当然のところ。加計学園疑惑も晴れた8%に対して晴れてゐないが83%で内閣支持層でも晴れてゐないが7割。それでも晋三支持が維持するのは、支持の7割が他に期待できる人や政党がないから(以上、朝日新聞調査)。まさに国政は死に体。茨城の良心中村喜四郎先生の指摘(文藝春秋八月号)が実に正鵠を射るもので国民の多くが自民党以外に信頼がおけないといひ景気維持も内閣支持の理由にあげるが喜四郎先生曰く「今、平成という時代が終わろうとしていますが30年間で非自民政権の期間は4年余り。残り約26年は自民党政権。即ち平成に生じた国の借金の8割近くは自民党が作ったものです。そこにある財政課題こそ今後の選挙で野党が示すべき論点だと私は言いたい」と。御意。さらに

国民の多くは「この国はおかしくなっている」と気づいています。しかし選挙自民党を追い込もうとしません。政治を避け、政治を諦めています。選挙投票率は下がり、政権与党の組織力当落を左右する。つまるところ安倍政権とは「国民に政治を諦めさせることに成功した特殊長期政権だと言えます。

晋三の政治をこれ程言ひ当てた指摘が他にあるかしら。

2018-07-15

fookpaktsuen2018-07-15

農暦六月初三。大雨。周末の残務処理。本日、香港競馬今季最終開催。競馬中継見る。J.Moreira騎手来季は日本。今日までの今季最多勝はZ.Purton騎手で4差で追ふMoreira騎手。本日R1でMoreira勝ち3差に詰め寄る。大雨の悪馬場でR7終了まで両者勝ちなしで135対132のところPurtonがR8制して残り3レースでMoreiraの最多は消えたがR9とR10でMoreira連勝で134勝。最終R11はMoreiraとPurtonが1、2番人気と盛り上がつたが、こゝで勝利は4番人気馬でD.Whyte騎手が往年の最多勝騎手の維持を見せたとは!(画像は最終レース勝利のD.Whyte騎手を祝すJ.Moreira騎手)。J.Moreira騎手は2013年10月にシンガポール競馬から香港に移籍。実はこれ本人が最近漏らした逸話によれば日本への移籍に務めたがJRA招聘せず、で香港へ。その結果、その初年すでに97勝で勝数は2位。翌2014/15から3季連続最多勝で昨季は170勝の金字塔樹立

2018-07-14

fookpaktsuen2018-07-14

農暦六月初二。雨。官邸にて周末の残務処理。早晩に西湾河。家人と待合せ「沁沁麺」といふ朝鮮人参のスープで麺など食はす新規開店の店へ。入るなり大雨。朝鮮人参のスープと麺の折合ひ良からず、けして美味いものではない。大雨で隣りの明記糖水へ。黒糖芋圓豆腐花と巨大な芒果綿綿冰。雨の絶え間に帰宅

▼ 上環老店「蛇王林」主理人退休118年老字號結業?(蘋果日報

全港最大活蛇供應商、上環有118年歷史的老字號「蛇王林」,見證六、七十年代蛇店最風光時期,創辦人羅大林在1900年開始在上環街邊賣蛇起家,賣蛇膽、蛇肉、蛇酒及蛇藥等批發代理為主,招牌蛇羹只於秋天至清明,日賣百多碗予熟客。羅氏後人至今已傳至第四代,但他們已甚少過問店舖業務,一切交由一班忠心員工打理,店內大小事務主要由工作逾70年的麥大江師傅主理。最近有媒體報導指「蛇王林」將於本月中15號結業,並得知麥師傅將退休的消息。麥師傅稱該報導已是約四年前所接受的訪問,他一直行事低調,近日亦沒有接受其他媒體採訪,笑言自己早已在四年前有意欲退休,只是老闆一直挽留至今,同時需找人接棒,所以才一直留至今日。他於去年年底已口頭向老闆請辭,並答應多留半年工作時間作交接,直到上月正式以書信申請辭職,坦言自己需要休息,並已決定於本月15或16號正式榮休。

f:id:fookpaktsuen:20180715144622j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180715144626j:image:h170

fookpaktsuenfookpaktsuen 2018/07/16 11:27 元老榮休「蛇王林惹結業誤會」2018/07/16蘋果日報
https://hk.news.appledaily.com/local/daily/article/20180716/20450918

2018-07-13

fookpaktsuen2018-07-13

農暦六月初日。昏刻より大雨。中環。健康食品拉麺。岸和田Y氏来港で珠海よりH君も来て家人と旧交温める。f:id:fookpaktsuen:20180714122755j:image:w360:left

▼劉曉波逝去一周年

2018-07-12 Ta Vie旅

fookpaktsuen2018-07-12

農暦五月晦日。雨。早晩に中環。長野T氏のお招きで家人とともに The Pottingerといふ小さなホテルにある“Ta Vie旅”(こちら)に会食。T氏が目出度く還暦で、そのお祝ひ。本来ならいつもお世話になつてゐる、こちらがご馳走すべきところ西洋式でご本人から、と固辞され、それに甘える。こゝのシェフである佐藤秀明氏も長野出身。東京ミシュラン3つ星の龍吟に働かれ香港の龍吟開店で香港へ。そこから独立。なるほど、この食材のこの風味がかういふ料理になるのか、と敬服。主菜は若鳩をミディアムレアで、コース料理のメインとなると少食のアタシは閉口して脂汗になりがちだが、これは絶品。お酒は川中町の幻舞の大吟醸で、それを食前酒から。T氏の友人がT氏の生年の1957年に当ててビジネス特急「こだま」デビューで、それが特製のオリジナルベルに、とまことに素敵な配慮

f:id:fookpaktsuen:20180714121041j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180714121018j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180714121007j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180714121003j:image:h180

2018-07-11

fookpaktsuen2018-07-11

農暦五月廿八日。快晴。早晩にハッピーヴァレイ。トラム総站で本日来港の長野T氏と待ち合はせハッピーヴァレイ競馬場。本日今季最後f:id:fookpaktsuen:20180714112639j:image:w200:leftハッピーヴァレイ開催。香港代表するモレイラ騎手(今季は勝数ではPurton騎手に3勝届かずリーディング2位)がすでに次季は日本への移籍まり。1、2レースと手堅く勝ち気分良かつたが運が途切れ最終レースに。潘明輝騎手騎乗のBUOYANT BOYは潘騎手が見習ひの5鎊引きも合はせ斤量113鎊と軽く単勝12倍で狙つたら出走までに単勝4.4倍まで下がり(これは嬉しくないが)1番人気。見事な追ひ上げで勝ち。荃湾のパンダホテルにお泊まりのT氏を競馬場から開催日特別運行の102Pに案内して帰宅。釧路湿原ノロッコ号関係のグッズお土産にいたゞく。

ノーベル平和賞受賞の劉曉波(故人)の妻、劉霞が病気治療名目軟禁状態の中国から解かれドイツに。母国出たことで、この笑顔が語ること。全く悲しい話だが、これが現実。こゝまでして成立する〈中共〉の体制現実。その体制維持のために、どれだけの自由剥奪されるか。だがその自由を解くと体制が瓦解。それを防ぐための必要悪中共といふ体制が維持している巨大なジレンマ

f:id:fookpaktsuen:20180714114338j:image:w240

2018-07-10

fookpaktsuen2018-07-10

農暦五月廿七日。晴。早晩に尖沙咀。三笠屋にN君と飰す。刺し身と寿司メインにしたおまかせ。N君が来るの待つ間にf:id:fookpaktsuen:20180711130604j:image:w240:left鰭酒。食後バーBにてハイボール一飲。

▼「精神世界、無関心な私たち高村薫朝日新聞2018年7月10日こちら

死刑制度の是非はべつにして、かくも重大な反社会的行為が身近で行われていた数年間、日本社会はいったい何をしていたのだろうか。私たちはオウム真理教の何を恐れ、何を断罪したのだろうか。教祖らの死刑執行を受けてあらためてそんな自問に駆られる傍らには、教団の反社会性を看過し続けた私たちの無力と無関心、さらには一方的カルト宗教批判に終始したことへの自省や後悔が含まれている。また、教祖らの逮捕から二十三年、日本社会がこの稀有事件を十分に言葉にする努力放棄したままこの日を迎えたことへの絶望も含まれている。

朝日新聞人生の贈りもの志村ふくみ:1「色は植物からの語りかけ」f:id:fookpaktsuen:20180711130608j:image:w220:rightこちら

色を染めるときは、別世界に入って遊んでいるよう。染液につけてくしゃくしゃになった糸を、きれいにほぐすのも大好きで。

色には一つ一つ、原理があります。たとえば桜は、花びらでなく枝や皮から色を染めますが、咲いてしまった後にはあのピンクは出ない。それは咲く前の桜が、そこに色を持っているから緑色も葉っぱ単体からは出せません。この世に出てしまった色は、もう染められないんです。

色は、植物からの語りかけなんですね。宇宙の言葉、宇宙の表現。それを私たちはいただいて、自然に対してお返しをするわけです。「こんなものができました」と。だから、その発信を受け止める素直な気持ち大事だと思います。

2018-07-09

fookpaktsuen2018-07-09

農暦五月廿六日。雨。休暇明けで忙殺の極み。それでも早晩に散髪して帰宅。肉骨茶啜る。

▼先月末で尖沙咀の寿司名店・見城閉業。f:id:fookpaktsuen:20180711125701j:image:w260:left

朝日新聞英語をたどってVII:5)「外国語、楽しめばいいんです」黒田龍之助こちら

大人は『自分は話せない、だから子どもたちに』って言います。では自分はやらないの? やらないですね。外国語教育議論面白いところは、多くの人が自分より下の世代に対して、自分はやらないことを求めることです。自分には降りかからない話をしているわけです

(いま「グローバル人材の育成が必要だ」と言われます。)

それは『追い詰め理論』です。追い詰められて、人は学びますか。高校生入試改革で追い詰め、小学校英語を入れて小学校先生を追い詰める。追い詰めれば変わると考えるのが不思議です。

▼台湾で果物豊作で深刻な価格下落。中共への輸出減少も影響あり。これに対して「農家を救え」と台湾のタクシー協会が果物大量に買ひ取り空港等で無料提供といふ善意。大したもの

2018-07-08 台北西本願寺

fookpaktsuen2018-07-08

農暦五月廿五日。ホテルの部屋は忠孝路に面してをり道路の反対側に華山市場あり。華山市場といへば、で豆乳が人口膾炙する阜杭豆漿あり早朝から行列行列市場の建物からf:id:fookpaktsuen:20180711111418j:image:w260:left忠孝路の通りまで伸びて30〜40分待ちはザラ。行列に並んでまで飲食する習慣ないアタシには想像できないが皆さん根気強い。家人は食材買物に。アタシはすることもなく時間潰しに出街して、ふと、さういへば西門の繁華街で西本願寺跡きちんと訪れたこともないと思ひ出し西門へ捷運で二站。台北の西本願寺空襲にも遭はず戦後も残つてゐたが1975年に焼失。今では本殿の石造の遺構残るのみ。日曜で資料館は休館。戦前戦後写真から京都ではないが、かなり大きな寺院であつたことがわかる。戦後中華路に建造された中華商場の建物と比べても雄姿。総督府、新公園抜け善導寺のホテルまで歩く。汗だく。シャワー浴びて旅荷つくり。昼前に退房。荷物ホテルに置いて家人と捷運で再び西門。台北の旅の最後はお決まりで老牌牛肉拉麺大王。いつもなら牛肉麺だが前回、牛肉麺の「肉抜き」で牛肉出汁のきいた汁麺啜る老客をり、それを真似て「牛肉湯麺」。文字からすると牛肉の入つた湯麺で、それなら牛肉麺と変はりないが「牛肉スープのみの麺」が、これ。肉より肉汁がうれしい。書店で、台南のどこだかの食肆で見かけた台湾の立体地図見つけ購ふ。A4判の大きさでもかなり精緻。東部の海岸山脈と、それと中央山脈に挟まれた台東〜花蓮の平地も実に見事。台北車站から捷運でホテルに戻り荷物引き上げ捷運でまた車站に戻り地下街の長い距離を歩き桃園捷運で空港。ラウンヂで啤酒一杯だけ飲んでゲートに行くと香港の中学生の中楽団の一行に親や弟妹ら百人余の団体客あり。それで2日前のネットチェックインでYにまともに席空いてをらず、いつもならCXでYでも前方席のプライオリティシート開放で坐れるとのころYは3−3−3配列のB777-300で最後尾2列だけは2−3−2配列なので2人席ぎりぎり確保。この配列も米国のエアライン等に準じて順次3-4-3の狭い配列に改造中の由。さうなると香港〜台北便など1時間ならまだしも余計にYは今後坐りたくない。香港に戻り旅荷片付け。台南連得堂餅家の味噌煎餅で一服

f:id:fookpaktsuen:20180711111436j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180711111414j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180711111410j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180711111407j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180711111429j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180711111422j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180711111432j:image:h180

▼ 西日本を中心とする豪雨災害が迫った5日夜、自民党の中堅・若手国会議員らが安倍晋三首相を招いて東京都港区の衆院赤坂議員宿舎で開いた懇談会赤坂自民亭」。f:id:fookpaktsuen:20180711130123j:image:w300:right世も末といふか、こんな連中に政権委ねてゐる国民がアホである。だが晋三支持率は6P上昇の44%で不支持は5P下がって39%と、また支持が逆転(NHK調査)。支持の理由は他の内閣よりマシが44%だが実際には他に比較対象にする選択肢もなく、消去法的な晋三支持なのが事実

▼「オウム夢見た虚構破滅処刑では消えない今」大澤真幸朝日新聞2018年7月9日こちら

当時の知的若者がどうしてこんな虚構理想に惹きつけられたのか。もともと資本主義理想を相対化し、色褪せさせる働きが内在しているのだが、ここでは日本社会に絞って問題を指摘しておこう。戦後日本は、普遍的価値をもつ理想を構築し、我がものとすることに失敗したのだ。敗戦屈辱経済成長の実感がある間は、理想が地に足を着けていない状態意識せずに済んだ。しかしそれらが消えたとき、崇高な理想がどこにもない砂漠のような状況が出現する。これに対する過激な反応がオウムだった。

あれから23年、困難は克服されたのか。そんなことはない。状況はより深刻だ。

2018-07-07 礁渓温泉日帰り

fookpaktsuen2018-07-07

農暦五月廿四日。小暑。西日本で記録的豪雨。家人買物に出掛け、さて何しようか、台北の午前中は暇持て余し退屈凌ぎに誠品書店敦化店へ。f:id:fookpaktsuen:20180709235132j:image:h170:left文房具売り場でKawecoの筆記具は極小のリリプットは何本かもつてゐるがクラシックスポーツ万年筆はもつてみると手に収まりよく試し書きはダメといはれたが一か八かでご購入。さつそくインクカートリッヂ填めて書いてみると予想以上に書き心地良し。朝から書店で本を熟読する人、ぼんやりとカフェでお茶する人たち。よい時間。地下の音楽コーナーへ。垂涎のLP売り場。さすがに旅行中ではLPは買へない。ところで台湾でみかける西洋人はなぜか仕事といふより皆が文人風に見えるのは気の所為? この一帯(忠孝敦化)は今でこそ台北一の繁華街だが、その西側復興路の手間が「頂好」で、ふと、昔は台北站から出る忠孝路を東往きの路線バスは行き先の多くが「頂好」だつたこと思ひ出す。当時はそこが町外れ感覚。昼抜きで市街散策。午後3時に家人と台北轉運站(中央バスターミナル)で待合せ。家人が15:12発の礁渓往きのバスチケット買つてをいてくれ、それに乗車。1-2配列の葛瑪蘭汽車客運の豪華バス。快適。台北市街を出て土曜夕方の5号幹線(北宜高速公路)は渋滞きみ。山越へは片側車線で爬坡道(登坂路)は大型車専用なのでバス自家用車渋滞越へて雪山トンネルへ。空いてゐれば一時間余だが30分ほど余計にかけて礁渓温泉。雨上がりの晴れ。バスの棚に帽子置き忘れ。下車して復路のバス時刻見てゐて帽子忘れに気づいた時には乗つてきたバスはすでに折り返しで発車してしまバスターミナルの職員に事の次第伝へる。銀座トラヤのお気に入りの夏帽子だが「台湾だから」と、きつと見つかる、盗られるはずはない、とヘンに安心公営森林風呂へ。土曜午後だが閑散の露天風呂。どこの温泉も年よりばかりか比較若い連中が、しかも一人でのんびりと温泉に浸かつてゐる。大らかな台湾人タオルといふもの身体を拭くためだけらしく、素っ裸で歩いてゐて、いくら露天風呂はいへ狭きゃいゝが広い敷地だと慣れないと何だかヘン。風呂を出て市街の繁華街避け站近くの中山路へ。前回に続き三妹で爌肉飯飰す。爌肉とタケノコの煮付けだけのB餐(Bセット)注文したが卵と豆腐入りのA餐が間違つて供されてしまひ、これでもNT$65(236円)也。啤酒はコンビニからの持ち込み。中山路には「正常」といふ小包湯の食堂があるが、こゝはいつも行列で食べたこともない。バスターミナルに戻ると帽子置き忘れ伝へた職員がアタシの顔見るなり「帽子、あったよ」と。帽子はアタシが温泉に入り夕食とつてゐる間に台北往復してきた。お疲れさま。20:05発のバスで台北に戻る。台北站近くのバスターミナルから雨のあとで少し涼しい夜道を地下鉄で一駅分歩いてホテルに戻る。

f:id:fookpaktsuen:20180709235128j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180709235124j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180709235121j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180709235117j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180709235113j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180709235109j:image:h170

オウム真理教の麻原彰晃らの処刑。これだけの同時死刑戦後初めて、つまり1911年の大逆事件での大杉栄12人の死刑執行以来。

選挙での敗北やマスコミアンチ報道信者の改心等で、このまゝでは教団が潰されるのでは?といふ浅原の危機感。殺すこと=救済と考へる教団の論理。浅原が喜ぶであらう言動をしようとした弟子と、弟子が期待するであらう方向に振るまつた浅原との相互忖度

といふ森達也見方は正確か。f:id:fookpaktsuen:20180709234832j:image:h200:right

死刑制度には反対だがオウムのしたことは国歌が定める刑法では極刑に値する。日本では極刑死刑なので(今回のケースでは)死刑となる」f:id:fookpaktsuen:20180709234729j:image:h200:left作家中村文則。法学者のやうに論理的。理論上は正しい。だが続けて「ただ浅原の過去出来事についてきちんと(本人に)向き合わせ、なぜをこれをしたのかを語らせるべき。精神の殻に閉じこもらせたまゝ死刑にしてしまつたのはおかしい」。御意。宗教集団もアタシは苦手だしオウム真理教は共鳴どころか理解もできず自分とは全く関係ないのだが、どこかわだかまりのやうなもの感じざるを得ず。昭和のバブルの頃のあのムーブメント恵比寿の駅前で見た選挙活動。宣伝カーの上に無言で瞑想したやうに立つアサハラと、その周囲で真剣な表情でケッタイな踊りをする信者の若者たち。胡散臭く見てゐる当時のあの世代は下手したら自分のあれに嵌まつてゐたかもしれないと思ふのだらう。

▼台湾でも香港でも、この処刑大きく報じられる。あひかはらず蘋果日報の図解は死刑の刑場の図解まで精緻。教悔室では死刑執行告げられたあと最期の茶菓が供されるといふ。饅頭だとか。どこの饅頭なのかしら。東京巣鴨なら近くの和菓子屋か。最期の饅頭だと思ふと「できれば湯島はつる瀬、できれば蒸したてを」とか所望しさう。最期に「濃いお茶が怖い」と。

2018-07-06 深坑

fookpaktsuen2018-07-06

農暦五月廿三日。台北は快晴。朝は捷運板南線で板橋板橋は台北を囲む新北市(人口400万人の直轄市、旧台北県)の市役所がある場所。初めて来る。路線バスで中和区中山路の環球購物中心へ。郊外の衛星都市にかうした大型の消費場所いくつも。この近くの惠中布衣文創工作室といふオーガニック系アパレルにf:id:fookpaktsuen:20180707111821j:image:w260:left家人が行くのが目的工作台でメモを出して書き物してゐたら美味しい烏龍茶と「おかき」供される。路線バス板橋に戻り捷運で忠孝復興経由で文棚線で木棚へ。こゝから郊外バスで深坑へ家人に案内される。深坑は元々は文字通り炭坑で栄えた場所だが廃坑となり、この集落は昔の建物が並んでゐたものだから今では深坑老街と呼ばれ台北から近い観光地に。山あひで水がよく豆腐が人口膾炙。今回のお目当ては三角湧徐媽媽で紅麹の腐乳贖ふこと。臭豆腐も食したが最近の臭豆腐は油がよい所為か、ちっとも臭くない。昔、香港でも路地行商が売つてゐた地域一帯強烈に臭いやうな、揚げてゐる油もかなり鮮度が低かつたのだらうが、あの臭さが懐かしい。この深坑から山越へのバスで平渓の十分まで往復しようといふ家人と別れ(結局、ずいぶんと待つたバスは深坑のバス停の直前でトラックの背後となり家人一人がバス待ちしてゐたのに気付かず通り過ぎてしま家人は平渓行きは断念して還ることに)アタシは木柵にバスで戻り捷運でホテルへ。腐乳など戦利品ホテルに置いて捷運で石壁へ。信義路の露天温泉f:id:fookpaktsuen:20180707111818j:image:h200:right f:id:fookpaktsuen:20180707111813j:image:h200:right午後から曇り山あひは暑さもあまり感じず丁度よい温泉気分。バスで石壁に戻り捷運赤線で東門。家人と待合せ。金曜晩で、すつかり食街と化した永康街で夕食の客多し。東門餃子館→ 永康街牛肉麺館と、まるで台北初心者のやうなコースで夕食。15年ぶりくらゐかしら。愛国東路から善導寺までバス1本で戻る。台北は路線バスの利用ができると本当に便利。

▼日本は梅雨前線の盛況で西日本中心に記録的な豪雨。オウム真理教で麻原彰晃ら7名の死刑執行。晋三政権で全ての平成のうちに始末しようとしてゐる。彰晃尊師なら絞首刑で頸に縄を縊られ床が抜けても空中浮揚では助からなかつたらしい。

f:id:fookpaktsuen:20180706202512j:image:w220

2018-07-05 台南→高雄→台東→花蓮→台北

fookpaktsuen2018-07-05

農暦五月廿二日。夜中もずつと雨歇まず。朝も雨。台湾らしさ。早朝に旅荷まとめ六時半からラウンジで朝食のあと退房。今日は台北への移動。新幹線なら高鐡台南から台北まで1時間45分。だがいつも在来線。台北を10時半だかに出る特急は嘉義あたりでお昼で弁当頬張り午後3時前に台北到着で4時間15分。今回は台南から東廻り。台南を07:50発の自強101号は6分遅れ。途中駅の岡山は大雨で、新左營では、このあと高雄で乗り換への花蓮往きが始発で同じホーム反対側に待機中。高雄。20分程の待合せで自強303号に乗車。屏東を抜けるころに雨もあがり台湾南端・墾丁の半島の付け根の長い隧道を抜け太麻里站に出ると空は少し晴れ間も見え、f:id:fookpaktsuen:20180707083750j:image:w260:leftこゝから内陸の台東に入るまでが鉄道が太平洋岸を走る絶景。台東から水田が広がり列車は昼前に関山、池上と弁当でも有名な站を通るが駅舎改築と高架化でホームでの弁当販売もなく、それでも上手いタイミングで弁当の車内販売はよく売れる。台東〜花蓮間は内陸の平地で鉄道敷設は難しくないと思ふのだが、この区間だけがなぜ残されたまゝ台東以南が軽便鉄道はいへ先に開通してゐたのか不思議。だが戦前でも当時は自動車交通も始まつてをり鉄道こそ不便な場所を結ぶ難工事でも敷設だつたのかしら。14時前に花蓮着。花蓮の站舎には列車待ちの太魯閣戻りの観光客多く40分後だかの台北往きの特急は2週間前でもう満席。15時半発の普悠瑪号(225列車)まで一時間近くあり花蓮は鉄道市街から離れてをり市街に往復する時間もなく站周辺を少し散策。普悠瑪に乗り海岸線を眺め宜蘭、東北角の岬の隧道に入るため海岸線に別れ山沿ひに。台北ももうすぐ。基隆の港からの見慣れた台北郊外の風景。17時38分に台北着。10時間近くの鉄道の旅が終はる。捷運板南線で台北車站から善導寺(この駅の乗り降りは初めてかも)で地上に出て目の前のHotel Cozzi台北忠孝館に投宿。評判のバジェットホテルスタンダードコンフォートルームで予約してゐたが各フロアスタンダード10室)に1室あるCozzi Roomにアップグレードして貰へる。部屋の広さは同じ28平米ほどだがレイアウトの違いでバスタブあり。部屋で旅荷解き急ぎの仕事済ませ出街。路線バスで毎度のことで台北に着いた夜は陸光小館。新しい経営者ゐて店員もお揃ひの黒いシャツに前掛け。路線バスで、珍しく乗り間違へて忠孝仁愛で乗り換へホテルに戻る。

f:id:fookpaktsuen:20180707083920j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707083953j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707083925j:image:h170 台南→高雄

f:id:fookpaktsuen:20180707083949j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707083944j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707083940j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707083936j:image:h170 高雄→花蓮

f:id:fookpaktsuen:20180707083928j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707083932j:image:h170 台鐡弁当

f:id:fookpaktsuen:20180707083956j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707084039j:image:h170 花蓮→台北

f:id:fookpaktsuen:20180707084031j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180707084035j:image:h170 台北陸光小館 D

2018-07-04 玉井と西来庵事件(大正4)

fookpaktsuen2018-07-04

農暦五月廿一日。昨夕から断続的に大雨。台湾は雨が似合ふ。朝四時起きで(といふか起きてしまふ)休暇ながら夜明けまで机に凭り仕事。套間だと寝室で家人寝てゐても居間で気にせず机仕事できるのはありがたい。朝六時半にラウンジで朝食。八時半過ぎに台南站前のバスターミナル。玉井往きのバスは出たばかりで次は9時で雨空の下にバス待つがバスが来たのは09:10バスは山沿ひの新化の町を抜け玉井に向かふがf:id:fookpaktsuen:20180705233924j:image:h220:left f:id:fookpaktsuen:20180705233920j:image:h220:left睡眠不足のアタシは白川夜船ぢゃないが一時間余のバスも寝てゐる間にあつといふ間に玉井玉井に近づくと丘陵は一面のマンゴー畑。玉井の小さな市街で西来庵事件の記念館訪れる。この一帯は元は製糖工場で記念館はその招待所。近くに見るから神社跡地と蒋介石の銅像が広場に寂しく孤立する学校跡地。西来庵事件は大正4年に、この玉井(タパニー)で発生した武装蜂起。日本の台湾統治開始から20年後統治半百で本省人による最後で最大の反乱事件(霧社事件は昭和5年)。首謀者は余清芳(1879-1915)。苦学して警官になつたが詐欺に関はつた廉で退役し復職し役場職員にもなるが長続きせず清に対する大明復古のやうな思想から抗日へ。日本人95人殺され総督府臨時法邸で死刑判決を受けた者の数は実に866人。これに国内でも厳刑すぎると反論あり実際の死刑執行は95人(殺された日本人の数と同数!)ので他の者は大正天皇即位恩赦減刑。殺された日本人巡査らの名前も次郎、末吉田舎の非嫡男が南洋の植民地で警察になり、地元民で同じ警官の……と思ふと因果玉井の果物市場へ。今は台湾マンゴーの盛り。まぁ澤山の農家がマンゴーなど果物持ち寄り籠売り。これが問屋や仲買人が買付けるのか、そのへんのシステムはわからない。個人でも籠買ひならできるが、いくら好物でも旅行中にはそれも無理。乾果店で無糖のドライマンゴー土産に買ふと少し割り引いてくれたが、その上で店の小母さんが「これ、持っていきな」と大きなマンゴー2つくれて「もう一つ、おまけ」と。隣接の公営市場の屋台で蠔仔米線啜り果物市場に戻り観光客相手のマンゴーアイス屋に芒果冰頬張る。12:45の路線バスで台南に戻る。ホテルに戻り客室で机に凭る。旅行中でもメールでの返信は今日日当たり前田武彦。その上、今回から旅行にLENOVOのノートブック持参。ヰインドウズで、しかも10時代ネットブラウザはEdgeなのに今どきInternet Explorerでしか動かないシステムを使ふ某銀行のおかげで遠隔から取引は、これしかダメ。でJAVAを入れて動かすまで一苦労。このシステムは15年前くらゐから進化しておをらず。このまゝ化石のやうに遺るのか。ホテルのジムのサウナに一浴。ハッピーアワーで啤酒。雨も強くはないので出街して民族路に沿ひ路地から路地を巡り永楽市場の先、康樂街にある文字通り康樂街牛肉湯。牛肉湯は朝食が定番で牛肉湯供する食堂も午後早めには仕舞ふところ多いなか此処は深夜までで味も評判。確かにこんなクリアで好あつさりなコンソメは初めて。ホテルまでの復路はまた民族路に沿ひ同じ道を還ることになるので雨も歇まずタクシーに乗る。男の運転手助手席には女。黙々とデバイスでテレビ番組を見てゐるがトラック助手席相棒自然でもタクシーだと生活臭く何だかこちらが自家用車邪魔したやうな気分。

f:id:fookpaktsuen:20180705233916j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180705233912j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180705233908j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180705233904j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180705233901j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180705233856j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180705233852j:image:h170

▼実家が30km圏内となる東海第二原発につき原子力規定委員会が新規制基準満たすとして適合判断。さらにf:id:fookpaktsuen:20180705233709j:image:w260:right福井県の大飯原発差し止め請求に裁判所(高裁金沢支部)は「原発の危険性は社会通念上無視しうる程度に管理統制されている」。さらに「福島事故の深刻な被害の現状などに照らし原発を廃止禁止するということは大いに可能であろうが、その当否の判断は司法の役割を超える。国民世論として議論され政治的判断に委ねられるべき」とお手上げ宣言。憲法9条や自衛隊での違憲審査と一緒。国民の安全など二の次国策。それに対して台湾は福島核禍のあと脱原発政策に転換。今日ニュースでは第4原発は運転中止後の閉鎖に向け核原料、廃棄物を米国に輸出。

▼蹴球の世界盃。日本の16強での敗退。3度目のことだが初得点しかも2点を強豪白耳義から。2点先行からロスタイム最後最後で逆転のサヨナラ負けに「よくやつた」と賛辞続く上に「敗戦直後、日本代表がロッカーに残したメッセージ世界が感動」なんて後続「報道」まで。敗戦直後=二重橋の世代なので、あの敗戦直後に皇居前廣場で二重橋に向かひ土下座する臣民たちの映像もかなりの部分があとになり強調され一億総懺悔的に記憶化したものだが(閑話休題)、ロストフナドヌ敗戦のあと試合会場のロッカールームが選手団によりきれいに掃除され美観に、そして入り口の棚上にロシア語で「スパシーバ(ありがとう)」のメッセージが書かれた紙も残されてゐたといふ(こちら)。それについて世界各国からありがとうメッセージは桁違いだ」「arigato」「真の勝者がいた」と「称賛の声が寄せられてゐる」といふ。ネット社会のカルトホテル滞在で退室時に部屋をきれいにして「ありがとう」メッセージ残すことと何ら変はりない話なのだが。控室をきれいにしただけで「真の勝者」とは……。かうしていつも「いい夢を見させてもらった」で睡眠不足でも次の朝からまた平凡な生活が始まる。

2018-07-03 台南へ

fookpaktsuen2018-07-03

農暦五月二十日。明方、新聞の速報で蹴球世界盃は日本が白耳義に2-3で負けたと知る。前半0-0で後半2点入れ勝ち気分から2-2とされロスタイム最後最後で逆転されたとは。劇的。結果論だが劇的に負けるなら波蘭戦で点を取りにいつてほしかつた。家人と朝六時半前に香港站。機場快線で空港。ラウンジで朝食。f:id:fookpaktsuen:20180704080756j:image:w260:leftトースターをシェアした西洋人に「日本人?」と聞かれ頷くと「ちゃんと寝たか?」。「残念だったな」と。ターミナルにどこか余所余所しいスポーツウェアの若者たちをり。北朝鮮の選手団の青年たち。移動し始めると隊列も緩くチームメイトと腕を腕を組んだりRolex商店のディスプレイ覗いたりとフツーに今時の若者たち。七時半過ぎ台北行きKA486便搭乗。快晴のフライトは台南沖から台湾西岸を北上し桃園空港も眺められたが淡水まで上り台北を眺めつつ風強いなか桃園空港に到着。10時過ぎ。気温摂氏33度。朝ギリギリのタイミングで入境混雑も避け預け荷物も回つてゐて順調に、ここから捷運で高鉄桃園に行くところ、空港から高鉄站までのシャトルバスの具合は?と気になり5-15分に1本 とあるので待つとなかなか来ない。20分近く待ち職員に尋ねると30分に1本といふ。電光掲示に偽りあり。エコエコアザラク。でも台湾なので「もうすぐ来るから」で10分後。これでは捷運に分がありすぎ。だが悠々卡で乗車したら運賃は18元(65円)は安い。15分ほどバスに揺られ高鐵桃園。ちょうど新幹線発ったところで次の列車まで25分あり昼時で売り始めの温かい高鐵弁当贖ひコンコースで食す。11:34高鐵桃園発で13:11高鐵台南着。商務廂。そこから台南市街まで移動必要と思へば桃園空港から台南まで高速バス移動の方がずつと楽。だが前回、高鐵台南から接続の沙崙線あること乗り鉄の私がうつかり発車時間見間違へタクシー移動してしまひ今回は、そのリベンジで沙崙線で台南に向かうふ。2011年新幹線開通た新線で全面高架のなんてことはないローカル線なのだが。ちなみに、その前の新線開通は1922年の台湾一周可能にした南廻線(坊寮〜台東)で戦後はこれが初の新線開通?と一瞬思つたが宜蘭〜花蓮は戦前の日本統治時代に残り30kmだかの区間残し未完成だつたもの1980年開通あり。台南站でネット予約してゐた明後日列車切符受け取り東口(それを後站といふのだ、どこか後ろめたい)にあるシャングリラ台南(遠東国際大飯店)に下榻。クラブフロアラウンジチェックイン。通常、デポジットクレジットカードで控へられるが高鐡に乗つて来たら切符あります?と尋ねて「あるよ」と見せたら、それがデポジット代用に。不思議。客室のアップグレード願ふと31階のプラザスイートに通される。89平米。午後遅く出街。猛暑のなか中山路の合成帆布行に家人の買物付き合ふ。面白いやうに路地から路地を抜け永樂街市。國華街。石精臼にて蚵仔煎と香蝱飯湯を食す。路線バスが来ずタクシーホテル戻り。汗びっしょりでシャワー浴びラウンジハッピーアワー。日暮れてから小雨のなか東門圓環まで散歩。老舗の東門円環頂陽春麺専家で陽春麺啜り民権路の太陽牌で紅豆牛乳霜を舐める蔡明亮的な大雨のなかホテルに戻る。

f:id:fookpaktsuen:20180704080753j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180704080749j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180704080746j:image:h170

f:id:fookpaktsuen:20180704080742j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180704080738j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180704080733j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180704080730j:image:h170

f:id:fookpaktsuen:20180704080726j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180704080721j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180704080829j:image:h170

2018-07-02

fookpaktsuen2018-07-02

農暦五月十九日。朝二時すぎには目覚めてしまひ机に凭る。朝三時半頃から下雨。昨日曜が香港特区成立記念日本日代休。午後まで官邸で残務処理。銅鑼湾に遊び夕方、太古城。家人と是枝監督万引き家族』見る。これはそりゃ人口膾炙すも道理。じつに上手い脚本と演出。話の筋として、ありえないやうな話でも少なからず辻褄合はせ気になる……フィクションから良いのだが。歌舞伎などでは当然の奇妙な巡り合はばかりで、それがないとドラマティックにならないとしても、是枝映画日常生活の断片なので気になる。この映画は、この万引き家族の彼らを「なんて可愛そう」と第三者的に見てをれず。彼らを生んでゐるのは私たちの社会であり、私らもいつ何時あのやうな絶対の悪条件に陥ることを強いられるかわからず。少年が読む「スイミー」といふ話、国語教科書に40年以上も載つてゐるさうだが(レオレオニ作、谷川俊太郎訳)それを自分教科書で知らないのだから小学生だつたのも随分と昔。帰宅して明日から旅行荷物まとめる。

2018-07-01

fookpaktsuen2018-07-01

農暦五月十八日。日曜日未明に起き机に凭る。早朝に官邸に戻り夕方まで仕事。今月(陽暦六月)まともf:id:fookpaktsuen:20180702060706j:image:w250:left休日は二日のみで、いずれも沙田に競馬。銅鑼湾のHMWでJohn Coltraneの昨日世界同時発売だといふ幻の新譜“The Lost Album”あるかしら?と思つたら(楽曲はすでに今朝からApple Music配信のものをiPhoneで快適に聴いてゐる)欲しかつたのはマスターテイク7曲のLPだつたが在庫は別テイクを収録したボーナスディスク含むデラックスエディションの2枚組。コルトレーン絶頂期、1963年のマッコイ=タイナー、ジミー=ギャリソンとエルヴィン=ジョーンズのカルテット。入手しないわけにいかず。コルトレーンの(CDを除けば)アルバム買ふのなんて35年ぶりくらゐ。帰宅途中、ジムで一浴と思つたら通ひのジムのとなりにセブンイレブン開業。これはまずい。ビールが美味いだらう。帰宅して月曜以来の自宅での夕食はパスタ。テレビ東京で「池上彰の現代史を歩く」少し見る(睡魔に犯され冒頭のみ)。今日は7月1日で特集は「香港返還21年、自由はどうなったのか?」。f:id:fookpaktsuen:20180702060810j:image:w250:left冒頭から銅鑼湾書店跡地。2015年の店主誘拐あの日、あの書店で見かけた大量に中共政治の本を求め「在庫なら倉庫に」と店員と話してゐた謎の大陸客のこと思ひ出す。番組では香港で中共政治批判の本はまるで出版販売が困難のやうに紹介。確かに大手書店は、なにせ商務印書館、三聯書店中華書局など中共資本なのだから反中共本など置けるわけもないが、コンビニ書架にすら大陸客に需要があるのか中共暴露本並んでゐるのが事実銅鑼湾書店関係者中共当局連行されたのは反中共の出版物中共国内通販までしてゐたことが当局逆鱗に触れたため。f:id:fookpaktsuen:20180702060806j:image:w160:right香港で反中共本を勝手出版して売つてゐる分には「今のところ」まだ自由。また香港の一国二制度と「高度な自治」紹介する中で外交軍事除く権限が中央から香港に与へられ「誰をリーダーにするか」や議会、法律の立法などは「ぜんぶ香港でしなさい」となつてゐると紹介。だが実際には行政長官の選定から議会工作公安から国歌までの立法まで全てが中共によるもので「高度の自治」がどれだけ骨抜きにされてゐるか。と考へると今日の7月1日恒例の市民デモも意義、何を訴えるのか?は明確だが反発すれば反発するほど圧力がかゝり自治権など剥がされてゆくのが現実といふジレンマ。もはや諦めのやうにデモ等の市民運動から離脱する市民の多さも(雨傘以降は殊に)顕著なのも事実

⇧リンテイゲツガ行政長官が施しのつもりで路上物乞ひする老婆に恵んだカネがHK$500で、その老婆が普通話を話し、どう見ても大陸から物乞渡航不法だろ、と。それに行政長官が善意を見せ周囲には私服警官が配置されるが当然この老婆を連行もせず、反面、同じ警察が香港で路上で物売りする貧困者取り締まり老婆を連行してゐる、と。

D

2018-06-30

fookpaktsuen2018-06-30

農暦五月十七日。巷は今日から三連休。朝早く官邸で急ぎの仕事済ませ沙田。ミッションにて二名の方と一緒に羅湖へ。香港サイドから来たグループと集合して深圳へ。猛暑新都酒店。丹桂軒にて昼餉。席を設けるといふので待つてゐたら、いきなりの貴賓室で食卓の他にソファもあり居心地佳し。二人の給仕がつきつきりで服務。ミッション済ませお連れの方たちに羅湖商業城を「こんなものですよ」とお見せして香港に戻ると午後四時前。大學站で一行と別れ下車。家人と落ち合ひ構内バスで大學中央へ。文物館。丁衍庸作品展。丁衍庸(1902–1978)は中国現代代表する画家の一人。廣東省茂名縣に生まれ1919年17歳で東渡日本。東京美術専門学校に西洋画学び1925年帰国上海へ。1029年から中国画を始め戦後は広東省立芸術専門学校校長となるが中共成立に遇ひ香港へ。中文大學前身の新亞書院の芸術科にて強弁をとり中文大學へ。洒脱な画風。参観後、崇基学院から大学中央に移つて初めての日本研究学科へ。中央大学山田昌弘教授の講演「少子化問題のアジア的特徴について」拝聴。「こどもにつらい思いをさせたくない」。西欧が出産と育児結婚と家庭から逸脱させ少子化から脱却させるのに対して依然として(自民党的に)結婚と出産、育児女性に担わせようとする日本。少子化=高齢化で社会は移民受け入れしかないはずなのだが。女性仕事を続けるにも厳しい日本人社会だが反面、男性も実は差別されてゐる、と思つたのは、かりに30歳で年収250万円で単身独居の人がゐた場合女性なら「自立してゐる」と思はれるが男性だと「これで将来大丈夫か」と案じられること。いずれにせよ「住みづらい」社会で、それがイヤなら海外に出てしまふ。アタシも30年前に、実はその一人。そこで辿りついたのが、この大学だつたのだから。陽が暮れると高台にある大学はさすがに風も涼しい大学中央から山の麓の大学站に下る構内バス中大名物のBalylon by Busで実にファンキーな空間。東鐡で紅磡へ。紅磡から乗つた路線バスは実に見事なほど穏やかで安全、快適な運転をする老司機だつたが名は謝熱放といふ。珍しい名前だが「謝シテ熱ヲ放ツ」とは。炮台山。麺樂。野菜がじつにたつぷりの塩ラーメン。香港で豚骨以外のラーメンは貴重。帰宅して疲労にほゞ記憶なし。

f:id:fookpaktsuen:20180702044516j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180702044512j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180702044509j:image:h170 f:id:fookpaktsuen:20180702044505j:image:h170

D D

2018-06-29

fookpaktsuen2018-06-29

農暦五月十六日。蹴球世界盃では独逸が韓国に0-3で負けまさか最下位で敗退。かなり保守的に、2連覇f:id:fookpaktsuen:20180702035400j:image:w260:left期待で独逸に賭けてゐたのだが。晩に尖沙咀。三笠屋。4晩続けての外食になるが今晩は九龍の知己と。もう皆さんオジサンだが夕食会に夏の明るいシャツショートパンツ、デッキシューズで来られる。5人で焼酎八合。そのあと一人でふらりとバーWに久々。バーテンダーのR君がすでに今年に入り辞めてゐたと知る。夜中の天香樓の看板。早く秋にならないかしら。ふと横浜I夫妻のこと思ひ出SMS夫人と夜中に天香樓談義。

2018-06-28

fookpaktsuen2018-06-28

農暦五月十五日。早晩に太子Prince Edward)へ。用事済ませてから晩に珠江酒家。相変はらずの盛況。雲もなき空に満月が見事。帰宅すると蹴球世界盃は日本が波蘭相手に0-0の均衡で後半迎へたところ。引き分けでも予選リーグ突破のところ波蘭がゴール。万事休すか、と思つたがセネガルもコロンビアに1点取られ、日本は後半でれでれとボールを弄び波蘭も、それならこれで1勝得られるわけで日本のその愚弄に応じるまゝでゲームセット。グループHではコロンビアが2勝1敗、日本はセネガルと1勝1分1敗で得点失点とも4で並んだが警告数差で日本がベスト16へ(告少ない紳士なプレーが日本の素晴らしさ……なんて言説が広まるのかしら)。何とも後味の悪い試合で場内もブーイング。あれで同点を狙ひ真剣に点を取りに挑んだら負けても絶賛されてゐたところ。BBCも“Japan go through but final group game ends in mind-boggling farce”と酷評こちら

---------------

Facebook:引用するには内容の深い記事等はこちらの顔本に無断転用で掲載しております。

旧「富柏村のゑぶサヒト」(こちら)には途中でアップデート止めた「香港用語の基礎知識」やかつて香港邦字紙等に連載等の富柏村記事掲載あり。

2018-06-27

fookpaktsuen2018-06-27

農暦五月十四日。早晩に湾仔。バーM口開けにT氏と。アタシはいつもマティーニとハイボール1杯ずつ飲むが、それを小一時間の同じペースで飲まれるT氏もかなりの酒飲み。銅鑼湾の居酒屋一番に行きO小姐と三人で打合せしながらの食事。T氏と久々のバーSへ。

▼中国携帯電話大手「小米」香港上場。あと数年早く上場していれば、といふ感あり。もはやスマホも世界的に充足で市場は飽和、今更の資金集めではないと思ふのだが。

2018-06-26

fookpaktsuen2018-06-26

農暦五月十三日。年に一度の大きな仕事あり。今日のこれのために毎年春からはかなり忙しくなるが今年はf:id:fookpaktsuen:20180626203525j:image:w260:left同じタイミングで別の大きな案件もあり。早晩に中環。蓮香樓。東京からラジオ番組制作I氏がシドニーよりの復路で来港。家人と三人で会食。蓮香樓にて日本語実に堪能で愛想の佳い給仕をり酒のことにも詳しく誰かに似てゐると思つたら志の輔師匠。I氏が家人に連れられ、この食肆に来る途中、街市でドリアン贖はれ遉がに食肆でドリアン持ち込みで食すのもどうか、と憚られ夜な夜な近くの小さな公園でドリアン頬張る。これがまた実に見事な芳香。今晩遅くのフライト成田に戻るI氏をエアポートエクスプレス站まで送り帰宅

2018-06-25

fookpaktsuen2018-06-25

農暦五月十二日。昨晩はやはり結局、蹴球世界盃の日本対セネガル戦の前に寝てしまふ。世界盃開催前に突然の監督交代や選手選擇も新鮮味に乏しいとか評判パッとせずだつた日本代表は初戦勝ち強豪セネガル戦引き分けに持ち込むと今日監督、選手のこともベタ褒め。「勝てば官軍」といふ言葉あるが、まさにこれ。早朝に驟雨。晴れ。晩は雲も晴れて夜空に月と星がきれい。f:id:fookpaktsuen:20180626101929j:image:w270:left

▼先週土曜日に尖沙咀のCitysuperに寄つたら、まぁ食材など値段の高さ、それにも勝るとも劣らぬ消費の勢ひに驚くばかり。一房の日本産のマスカットや桃が季節外れとはいへ2万円近い値段。それでも日本産ウヰスキーも高いが一番驚いたのは1985年のロマネコンティがHK$198,000(275万円)である

勝負事といへば昨日の宝塚記念で香港馬Wertherが首差で2着と健闘(SCMP)。それにしても“A neck was all that separated John Moore’s superstar from the winner Mikki Rocket at the end of the 2,200m feature”なんて英語表現、アタシの英語感覚ではできない。いかにもセンセーショナルスポーツ記事リードっぽくて格好いゝ。ところでWertherを「ワーザー」って英語読みとカタカナ書きがアタシにはピンとこなくて勝手に「ウェルテル」と呼んでゐる。ゲーテか。久ケ原T君は直ちにオペラ好きの馬主がマスネの傑作にちなんで名付け?と。このヱルテルは新西蘭産駒。この馬主の他の持ち馬はアドニス引退馬ではドロリーゴもゐて、もう一頭はサマディーぢゃ「三昧」で梵語

青山ブックセンター六本木店閉店。ずつと昔からあつた印象だが開業から38年の由。1980年といはれると、そんなものかと。六本木なのでABCは大人になり東京暮らし始めてから広尾の仕事場から日比谷線で仕事さぼつて、恵比寿の家から夜中のサイクリングで行く本屋さん。アタシにとつてカルチャーショックはもつと前、中学生の時に好きだつた渋谷パルコリブロロゴス

2018-06-24

fookpaktsuen2018-06-24

農暦五月十一日。昨日までの雨開けて快晴猛暑。午前中は周末の残務処理。昼前に客人ご一行ホテル見送り金鐘。家人と待合せ地下鉄一駅で海洋公園。今では成人の入場料HK$480のところ誕生日だと当日は無料で連れは3割引といふわけで(相変はらず乗り物遊具には一目もくれず)パンダからペンギン、オットセイ、セイウチからアシカと動物三昧。暑さと寒中動物の獣舎での強烈な冷気との温度差でへとへと。海洋公園前から路線バスで北角へ。北角琴行街の七喜粥麺。形式的には茶餐庁だが料理は一皿千円並みで高級、で美味。晩にドラマ〈ブラックペアン〉最終回見る。最後はこんなフツーの人間愛?(嗚呼、いやな言葉)。ブラックペアンを『黒鉗子』とでもしたら乱歩っぽいかしら。せつかくなので蹴球世界盃で日本対セネガル戦まで起きてゐようかと思つてNHK教育で今年二月の歌舞伎座、高麗屋三世代襲名での〈七段目〉見る。苦手な高麗屋の由良と大和屋のAIが動かしてゐるやうなおかる。唯一の救ひは松島屋の平右衛門。小学生の頃に見た確か由良が勘三郎韻任かるは梅幸の七段目ふと思ひ出す。由良が同じ白鸚でも御父つぁんだつたら(おかる=梅幸はアタシにとつては不動)。

2018-06-23

fookpaktsuen2018-06-23

農暦五月初十。土曜日。朝から驟雨不安定な天気で大雨に見舞はれる。そのなか客人ご一行連れ朝から油麻地へ。昼前までご一行は会合でアタシは暇なのでCityview HK YMCA Hotelへ。裁縫箱開けて周末の残務処理と思つたがG階のカフェは開いておらず上階の食堂はまだ朝のビュッフェ。朝食場所仕事も……と思つたが食堂の入り口スタッフに「お部屋は何号室?」と尋ねられ「珈琲一杯だけ」と答へたら「ならば朝食の食堂ぢゃなくて、こちらの方がいゝわね」と吹き抜け見下ろすバルコニー沿ひの空間に案内され宿泊者以外有料となつてゐるWi-Fiも暗証番号教へてくれる。なんてありがいことか。客人らと香港島に戻り跑馬地から湾仔f:id:fookpaktsuen:20180626001246j:image:w240:left(旧新華社並び)に移つた駿景軒で四川料理。市内視察のあと早晩に尖沙咀。空が晴れる。Gatewayは時々通るが何年ぶりかしら?でOcean Terminalの商場歩く。O夫妻に招かれ隣接のPacific Club(太平洋會)のボヘミアにて夕食会。終はつてオーシャンターミナル屋上駐車場に上がると香港島の夜景がなんとも美しい。帰宅して先日届いた荷物開梱。謂はゆる煙草盆。以前から、欲しい、欲しいと思つてたものがこれ。年をとると細々したものが手元に必要に。老眼鏡、メモ、筆、龍角散……本当ならキセルに莨草、湯飲みでもいれたいところだが。

▼香港の自治財政について。香港政府がなぜに所得税、法人税は低額でも財政黒字なのか。関税自動車ガソリン、煙草や酒程度で消費税もない。収入の多くが不動産取引きでの印紙税だが余り注目されないが香港政府の支出で国への上納がないこと。納税者も言ふなれば地方税のみで国税なし。香港政府が防衛権や外交権もないが、その負担もない。中共独裁と強権に甘んじての軽負担。香港独立理想論としていふのは容易いが、かうした「中共あつての」の部分は悔しいかな事実

▼日曜から土曜になつた朝日新聞書評新聞書評では朝日より毎日の方がだんぜん良いが(読売など論外)、朝日書評子の中でも格別は横尾忠則先生映画が評判の是枝裕和万引き家族』についての書評「傷を負った魂、自己救済の旅へ」の筆致。

そして誰もいなくなった!」。家族など最初から存在していなかった。存在していると思うのは幻想である。われわれは家族という虚構をさぞ現実の所有物だと信じて後生大事に守ろうとしている。こういうことがすでに虚構なのだ。

小説映画の中に描かれている家族を本物だと信じようとしている。最初から家族崩壊しているということを隠蔽したうえでの約束事だ。つぎはぎだらけの家族を修復しながら、さもここに幸福があると小説映画は語る。現実虚構化して現実家族から逃避しながら、道徳倫理をふりかざし、真実から目を逸らすのである

本書はそんなニセ家族を見事に解体してくれた。そして本物の生き方を示そうとした。そのために、家族のひとりひとりは犠牲を払わなければならなかった。本書の前半は現実幻想のように生きる姿が描かれるが、後半になるに従って小さな傷口〈亀裂〉が開き始める。その傷を必死にふさごうと、家族は思いっきり幸福平和擬態する。

だけど人間の世は容赦しない。天上からの視線は人間の視線を遮る。足元から余震が起こり始める。やがて本震は音を立てて虚の亀裂の中に落下していく。

そして解体された家族はひとりひとりが強烈な感傷対峙(たいじ)しながら、傷を負った魂と化して自己救済の旅に立とうとする。地上の引力から離脱して魂の故郷〈宇宙〉へと。人間悟性がこれほどまでにニヒリスティックに造形された物語は知らない。うそ偽りのヒューマニスティックな〈家族〉は、この「万引き家族」によって封印された。

まだ映画は観ていないが、僕はまるで自分監督になったような気分で本書を映像化し、演出しながら、創造していたのである表現の肉体化とは、もしかしたらこういう行為を促す力をいうのではないだろうか。僕は「万引き家族」に感謝したい気持ちになっていることを白状したい。

2018-06-22

fookpaktsuen2018-06-22

農暦五月九日。雨。幾度も驟雨あり。東京からのご一行と昼は北角鳳城酒家で飲茶、晩は湾仔六國酒店粤軒で会食。二次会はN君にお任せして帰宅

▼《酒徒》作者劉以鬯先生本月8日逝世,享年九十九白壽

2018-06-21

fookpaktsuen2018-06-21

農暦五月初八。夏至昼過ぎに空港。東京よりN氏来港でお迎へ。いつも何も土産も買はないんだけど友だちと痴呆症防止で久々に麻雀始めようと思つてね、どこかで麻雀牌入手できるかな?と仰るので空港からの車で上中環ヱリントン街の英發祥麻雀象牙店へ。さすがに象牙の麻雀牌は一式で80万円ほどで遊びには手が出ず。硬質塑料製の上品入手。銅鑼湾のホテルにお送りして急ぎの仕事に戻り早晩にN氏を湾仔で口開けのバーMにお連れするとカウンター席に腰かけ庭を眺めた瞬間に驟雨。近くで久々に劉健威兄の留家厨房にて夕食。豆苗のポタージュといふ珍しいものあり、蟹肉入り。N氏をホテルに送り本日二度目の空港へ。フライトはほゞ定刻だが雷や雨で貨物作業等に遅れ生ず。お二人を湾仔のホテルに送ると半夜三更。夜食に雲呑麺と所望で鵝頸橋の通宵営業の粥麺屋に飰す。

f:id:fookpaktsuen:20180623105927j:image:h180 f:id:fookpaktsuen:20180623105923j:image:h180

2018-06-20

fookpaktsuen2018-06-20

農暦五月初七。多忙の極み。森友で「また、新たな事実が」だが蹴球世界盃日本初戦白星のおかげで隅に。

▼一ヶ月程前に財務省は森友学園との国有地取引に関する交渉記録公表したが共産党の辰巳君入手の文書には、その公表文書選定の過程について物語あり。財務省で理財局と近畿財務局とのやりとりにつき「最高裁まで争う覚悟で非公表とするのだろう」と記載あり。小役人らの腹を括つた覚悟陳腐さ。近畿財務局と国土交通省大阪航空局のやりとり公表するかに否かには「中身にもよるだろう、国交省として出すのが得策かどうか検討してほしい」と記してゐたといふから資料公開ぢたい恣意的文書には(交渉記録公開の)「5/23の後、調査報告書いつ出すかは刑事処分がいつになるかに依存、官邸も早くということで法務省に何度も巻きを入れている」とまで。辰巳君は「法務省を通じて検察に官邸が介入しようとしていたということではないのか」と突いたが晋三は当然のやうに事前の質問状にない、仮定の話には回答できないとはぐらかすのみ。