Hatena::ブログ(Diary)

フロムさんの大きなお世話〜コミュニティFM編 RSSフィード

2003 | 12 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 03 | 06 | 07 | 09 |
2013 | 10 |
2014 | 02 |
2016 | 02 |

2016-02-09 混沌のラジオの世界

前の書き込みから2年近く経過しました。

このブログも、もう一つのブログも、2015年はあまり更新できずじまい。

発信する内容がないというよりも、ラジオ世界があまりにも混沌としていて、整理がつかないというのが本音ですかね。


前回書きましたコミュニティFMの手伝いですが、残念ながら9ヶ月ほどで終了してしまいました。

編成の都合で申し訳ないというお言葉をちょうだいしましたが、どうも不合格だったようです。

ちょっと、中味的にやりすぎたかなと反省しております

コーナーの選曲、及び構成、それにゲストまで毎週お呼びして、挙句の果ては私まで喋り始めて。

違和感あったのかなあ、でも楽しかったし、それなりに充実もしておりました。

コミュニティFM現場を感じるのも、とても有意義時間でした。

また機会があったら、お手伝いしたいなと思っております

どなたかご要望ございます


さて、その後1年あまりラジオ世界は少しずつ変化しております

コミュニティFM世界はどうでしょうか。

今、話題のV-Lowマルチメディア放送、確か、2〜3年前まで木村太郎さんが、逗子・葉山V-Low実験局に取り組まれていたと思うのですが、その後、話はTFM関連しか出てこなくなりました。

コミュニティFMが何らかの関与をするのかなと思ったのですが、そんな話もとんと聞かず。

関西でも、マルチメディア放送に興味をもっておられたコミュニティ放送があったと思うが、その後どうなったのだろう。


というわけで、全然整理できていない私でした。


また、時間があれば、更新ます

2014-02-19 FM HANAKO

今年からFM HANAKOさんのお手伝いを始めた。

土曜日ワイド番組「さわやかワイド824」で選曲などをしている。

やはり放送現場はいい。

まりない予算の中で、皆さん日々努力されて放送を続けておられる。

もちろん、問題点がないわけではないが、個人的にはよくやっているなあと感心しているのが本音


でも、リスナーは、やはり少ないと実感。

何人ぐらいいるのだろう、一度データベースみたいなものを作ればいいのにと思わないでもない。

ま、お手伝いする側の私、余計な口出しはしないつもり。


ところで、何故私がコミュニティFMのお手伝いを始めたかを少し書きとめる。

昨年から、老親の介護で大阪に戻っているからだ。

幸いなことに両親とも健在、でも、往々にして二人とも寝込んでしまったりするので、放ってはおけない。

デイケアサービスに送りだしたり、朝晩の食事など、色々介護することが多い。

はいえ、デイケアに出してしまえば時間が余るので、何かできないかなと。


で、それならコミュニティFMのお手伝いでもさせてもらえないかなと思い、人づてにアプローチ

紆余曲折を経て、FM HANAKOさんの土曜日昼間を担当することに。

何しろ、大阪守口市にあるHANAKOさんは歩いても通えるところにあり、私としてはウェルカムだったわけ。

(というか、他のコミュニティFMを手伝うのは現実的に無理)

ある人からは、そんな大手のFM局の方が何故コミュニティFMをなんて言われたが、私は気にしていない。

え?あんたじゃなくて、コミュニティFM側が迷惑?

扱いにくい、オッサンなんか要らんと思われているんじゃないか?

う〜ん、そうかもしれないなあ。


はいえ、まだ2カ月も経っていないので、結論はこれから

3月末で、すみません今後はご遠慮願えませんかと言われたら、またその旨、このブログに書きこむつもり。

さて、いつまで続くんだろうな。

2013-10-24 久しぶりの書込み〜ちょっとだけコミュニティFM

2013年、初めての書込み。

長い間、コミュニティFMについてはあまり言及してこなかった。

今、皆さん、どうされているのだろう。

そう思って先日、あるコミュニティFM訪問

からどう?と言われても困るが、元気に活動されているのを見て、よかったなと心から

宝塚コミュニティFM活躍されていた方がお亡くなりになってから、気分的に疎遠になっていた。

私でも何かお手伝いできないかなと思っているが、今のところきっかけがうまくつかめないでいる。

何かありませんか?皆さん。

ということで、今日別に書いているブログ、「フロムさんの大きなお世話プロデューサー逍遥記」をそのまま転記する。

放送現場を心から愛している、オッサンのぼやきとでも思って、お読みいただければ。



最近、そろそろ次のブログを書きませんかという声も減ってきたようだ。

面白いね、あまり反応がないと、こちらのモーチベーションも上がらずで、問題意識もあまり持たなくなってしまう。

このまま、普通なら消えてしまうのかなあ、それもちょっと癪。


がんばって、ブログを書いてみる、中味があるものができるかどうかは自信ない。

少し前だが、あるコミュニティFMを訪れた。

態々社長さんに応対していただき、色々ラジオについて語ったのだが、「すると、コンサルタントのようなお仕事をされておられるんですか?」と聞かれてしまった。

「い、いえ、私はコンサルタントじゃありません、プロデューサーという立場で、基本、放送現場対応がメインです。」と答えたが、はたして真意は伝わったろうか。


コミュニティFM業界では、このコンサルタントという言葉がよく出てくる気がする。

私が育ったラジオ業界では、コンサルタントという言葉、ほとんど聞いたことがなかった。

コンサルなど必要がないというか、周波数さえ割り当てを受ければ、その日から儲かるというイメージが強かった。

多分、コミュニティFMも、認可されれば何とかなると思われていたような気がする。

それゆえ、会社を作る時に億単位資本が集まったり、投資を行われたりした。

今なら、バカじゃなかろうかと思われる金の使い方を、その当時のコミュニティFMは当たり前のように行っていた。

このあたりのことは、私の別のブログ、「フロムさんの大きなお世話〜コミュニティFM編」に色々紹介されているので、お時間のある方はご参考までに。


さて、コミュニティFM業界に突然と跳梁跋扈しはじめたコンサルタント、何しろコミュニティFMを始めた人たちは、放送の現場は何とかイメージできても、実際どうやって会社を作り、どうやって運営していいのかわからない。

それゆえ、どうしてもコンサルタントにおんぶにだっこにならざるをえなかったのだろう。

結構コンサル料とか放送機器の購入、設置、調整などでずいぶんな額を持って行かれたと聞く。

コミュニティFMに、そんなものオーバースペックだろうと思われるものでも、何故か本格的なプロ機器を欲しがるところが多く、結果的にそうなってしまったのだろう。

で、放送開始、なのに、さっぱり収入が伴わない。

コンサルタントって何だったんだ、今ではそう思っておられるコミュニティFM関係者も多いと聞く。

ま、そういうことで、今やコミュニティFMコンサルタント業はあまり商売にはならなくなったようだが。


コミュニティFMコンサルタント、まじにやったら大変だろうと思う。

コミュニティFM必要なノーハウ、それは営業開発部門だと私は思っている。

早い話、マーチャンダイジングマーケティング

どんな商品を作り、どんな客にそれを売るのか、そのダイナミズムを教えるコンサルタントがいない。

これが放送局ビジネスモデルです、などと説明される方はおられるが、もはやその発想は古いというか、コミュニティFMには適用できないのではないかと思うことが多かった。

大体、コミュニティFMを売るにあたって、広告代理店相談して云々なんてのは、営業をやったことがないのかと私でさえ疑問に感じることだ。

広告代理店が相手にしてくれるわけがない、地元の看板を売ることをメーンにしているところならともかく。


確かに、コミュニティFMで、地元の広告代理店がバックについているところだと、まだ相手にしてくれるだろうが、多分、それを実際に扱うとなると何らかの工夫をしないと無理だと気づいておられるはずだ。

何らかの工夫、これ大事だ。

それが、コミュニティFMマーチャンダイジングマーケティングに通じるのだ。

ここでは、くだくだしく書かないが、従来のラジオ業界常識だけで、コミュニティFM経営しようというのは無謀に過ぎるというのが、私のこれまでの意見である


さて、コミュニティFMのことを書くつもりではなかった。

タイトルラジオマンの悲劇と喜劇が泣くというものである

で、ここでまた、村上春樹氏のエッセイから引用をする。

話はそこから始めよう。

「たとえ十人のうちの一人か二人しか貴方の店を気に入らなかったとしても、その一人か二人があなたのやっていることを本当に気に入っていくれたなら、そして『もう一度この店に来よう』と思ってくれたなら、店というものは、それでけっこううまく成り立って行くものなのだ。」(ロールキャベツを遠く離れて)

何か客商売の基本を言われているようだ。

実際、バーを長く経営されていた村上さんだから、その結論には体験が裏打ちされているのだろう。

で、私、、ラジオ業界も同じだと思っている。

十人のうち一人、二人ではない、百人のうち一人や二人で十分だ、それがラジオなのだと。

聴取率、1%、2%の争いである、つまり百人いればそのうちの一人が聞いてくれれば、何となく維持できる、それがラジオなんだということを。

まりは、多数等押さえる必要はない、少数をいか顧客にするか、それがラジオの肝なのである

なのに、現実ラジオがやっていることは何か。

常に多数にどうおもねるかばかりやっている、まるで100人のうち100人の人が聞いてくれるとでも思って、番組内容を決めている。

違うんだと思うよ、そんな多数を狙うより、少数派を狙う方が効率いいんじゃない、そう思わない?


みんなが聞くようなものは、ラジオにはもはや必要じゃないかもしれない。

ま、安心して聞けるラジオというのはその通りだと思うけど、中味まで毒にも薬にもならないようだと果たして毎回聞いてくれる人がどれだけいるのかという話だよね。

ということで、しばらくそんな現場悲劇と喜劇について書いていくつもり。

話が中途半端になった時は、どうぞご指摘あれ。

2012-09-03 東京新聞記事(8/31)より

8/31の東京新聞の記事。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2012083102000133.html

「コミュニティーFM 不安解消へ手探り 災害時、地域情報を発信」

真っ当な内容だが、気になる点も多かった。

地域に密着した細やかな情報を発信できるコミュニティーFMが脚光を浴びており、災害の時にリスナーの役に立とうと苦心している。悩みの種は、受信エリアが狭いことなどからくる経営の苦しさ。

コミュニティFMはよく、「受信エリアが狭いから売上が伸びない」と不満を語る。

しかし、受信エリアが狭いということで今の状況を語れるだろうか。


エリアが広ければ、売上が伸びるなんて私は思えない。

例えば、愛知県にあった外国語放送。

エリアは、FM愛知ZIP-FMより広かったはず。

なのに、業績不振でついに廃局。

エリア関係ない、結局コンテンツで支持を得られなかったにつきる。

これは、東京interFM、大阪のcocolo、福岡のLoveFMも同じ。

エリアは県域局よりも広い。

政府も、そうすれば外国語放送によるディスアドバンテージも何とかなるのではと判断した。

結果、エリアを広げても関係ないとわかったのではないか。


エリアが広いといえば、ラジオNIKKEI

私の世代には日本短波放送と言ったほうがしっくり行くが、この放送、サービスエリアは極端にいえば全世界だ。

最近radikoによって、全国のPCスマホで聞けるようになった。

でも、売上が伸びているかといえば、よく放送が維持できているなと感心するぐらいだ。


衛星を使ったモバホ!は既にない。

全国、どこへ行っても、とりわけ車で高速道路をどこまで走っても受信できると喧伝していた。

エリアが広くなっても、支持されなければ売上なんか伸びない。


コミュニティFMは、災害時に有能だという意見は理解できる。

だが、平常時には誰が聞く?

エリアを広げれば、早い話県域放送なみになれば、経営は楽になると思っているのかもしれないが、ほとんどの局は月々の経費に見合う収入は得られないだろう。

コミュニティFMだから、これで済んでいると思ったほうが正解だ。

今はラジオ広告費を使うクライアントは減る一方である

そんなシュリンクしている業界に新たに進出しようなんて、ありえないと思うのだがコミュニティFM関係者はそう思わないのだろうか。


「受信エリアが狭いから経営が苦しい」なんて言い訳、そろそろやめたほうがいい。

元々、商業放送として自立できるなんて疑問視されていたのだ。

それを、誰がそんな空気を作って行ったのかしらないが、地域のスポンサーをつければ利益は上がると思われ、多くの放送局に憧れていた人々をコミュニティFMの輪の中に巻き込んでいったのだ。

従来の商業放送ではない、地域の人々、地域共同体(自治体含む)に支えられるコミュニティFMと位置づけない限り、放送を維持できない。

業界人なら誰でもわかっていたことなのに、誰も口には出さなかった。

政府も同じだろう、電波有効利用という観点から経済界にばらまいたというのが真相だったのではないか。


最近では、V-high帯を利用したMOTTV。

あれ、どうする気?

全国津々浦々で受信できますよ、スマホさえあれば誰でもが簡単に見れますよ。

でも、今のところ、商売になりそうにないですね、本当、今後docomoさんは成算あるんですかね。


久しぶりに、コミュニティFM編に書き込みました。

皆さん、大変でしょうが、引き続き頑張ってくださいね。

2012-07-31 コミュニティFMがAM局の混信対策に?

暑いですね。

最近年齢のせいか、代謝に問題があるようで、昼間はあまり仕事をしないようにしています。

昨年は体調不良で、本当に辛い日々が続きましたから

気持ちを入れ替えるというか、今までのライフスタイルを修正するというか。

そんなこと、一々ブログで宣言することじゃないでしょうけども。


ということで、コミュニティFM編へは2ヶ月ぶりの書き込みです。

今日、こういうニュース出会いました。

<KNB砺波FMに予備免許交付>

 KNBラジオはAM放送の混信対策として、今年の秋から砺波地域でFMでも放送をすることになり、30日、北陸総合通信局から予備免許を受けました。

KNB砺波FM局は砺波市の夢の平スキー場の頂上付近に設置し周波数はFM80.1メガヘルツ、出力が10ワットです。受信エリアは砺波市や南砺市、小矢部市でこれらの地域では、外国の電波が混信して、KNBラジオが聴きにくい状態が続いていました。

混信対策としてFM放送を行っている放送局は沖縄を除くとKNBラジオだけで砺波地域のFM放送は平成3年から始めた新川地域に次ぐものです。

そうですか、混信対策に使うことが本土でも大っぴらにできるようになったんですね。

でも、全時間サイマル放送なのでしょうか、一部砺波オンリーなんてのもあってもよさそうですね。

コミュニティFMの電波の使い方、これから色々出てくるかもしれません。

問題は、もはやアナログの時代ではないという指摘が出始めたことですね、今後ラジオはどうなるのでしょうか。

そのあたりは、私のもう一つのブログに今後も書いていくつもりですので、興味のある方はまた時々お寄りください。

では、またいつか。

2012-06-06 ラジオ制作者の心得

フロムさんの大きなお世話〜コミュニティFM編」、3ヶ月近く何も書き込まなかったですね。

コミュニティFM関係者の皆さん、お元気ですか。

最近、本当にコミュニティFMの方とお話しすることが減りました。

先日、大阪守口市にあるFMHANAKOさんにお邪魔したのですが、結局責任者の方に挨拶できないまま帰路に。

というか、最近コミュニティFMに関してこれといった情報も持っていないものですから、声をかけても邪魔なだけだろうと思い、自重させてもらった次第です。

コミュニティFMでDJをやっている連中は、今もメールツイッターで交流はしているのですが、私から何かを提起することは減りましたね。

頑張ってね、としかからは言えない。

昨年の今頃は、身体の不調が激しくなりはじめたころで、私にはコミュニティFMがどうのと言える状態ではなかったのも確かでしたし。

さて、私の身体の調子が戻って、新しく始めたブログ「フロムさんの大きなお世話〜プロデューサー逍遥記」現在シリーズ ラジオ制作者の心得」というのを書いています

「半歩前を歩け」

「1次情報に徹する」

リスナーは見えていますか」等。

コミュニティFMの関係者の方にも参考になると思いますので、おヒマな時に覗いてみてください。

ラジオ業界ますます混迷が深まり関係者から出てくる言葉は後ろ向きな言葉ばかり。

ラジオが消える日はいつ?」などと、前途を悲観する私の先輩の嘆きも聞こえてきています

radikoの可能性を私は説くのですが、業界には注文をつける人が多く、ネットの中で自由に遊べるアプリとしてのradikoになるにはハードルがまだまだ高そうです。

エリア制限なんか早くやめるべきだし、いわゆるアクセスデータ聴取率調査よりよほど価値あり)がリアルタイムに開示されるようにならなければ、話題にもならないと思います

コミュニティFMがradikoに参加できるようになるかわかりませんが、一つのビジネスチャンスとしては検討に値するかもしれません。

その方法、興味のある方は私のメルアドに連絡していただければと思います

さて、このブログに次回書き込める日はいつになるでしょうか。

最近NACK5仕事も、私のスタッフに任せっきりです。

他のFM局へも顔を出すことは2ヶ月に1回ぐらいですかね。

ほんと、あんまり参考にならないんですよ、皆さんと話をしていても。

新しい話題がないというか・・・いつからこんな情報を発信できないメディアになったんでしょうね。

では、また。

2012-03-19 ラジオとイノベーション

コミュニティFM編に書き込むのは2ヶ月ぶりです。

今も、検索からこちらのブログまで来ていただいてる方多いみたいですね。

コミュニティFM業界にも様々な動きがあるようで、前のようにフォローできないのが残念ではありますが。

しかし、思ったほどコミュニティFMを専門にするサイト増えませんね。

ブログをやっている方も、あまり材料がないのか情報が続かないみたいです。

交通整理的な役割を本ブログでもう一度始めるべきかなと思うのですが、今はプロデューサー逍遥記本質的ラジオ論を展開していて、ちょっと縁遠くなっています


今は、ラジオイノベーションという角度からラジオの生きる道を提起してみたいと思っています

コミュニティFMにも全く関係のない話ではないので、おヒマな時にアクセスしてみてください。


コミュニティFMが生まれた要因というのは、何だったのかなと考えています

電波をより多くの人に開放しようという気運の中から始まったように覚えているのですが、どうだったでしょう。

ミュージックバードを初めとするCS-PCM放送が始まったのと、ほぼ同時期でした。

いわゆる多チャンネル放送の始まりとともに、狭い地域を対象とする放送を認可していったのです。

多チャンネルというのは、確実にイノベーション引き起こしましたが、その中で生まれては消えていった放送も多かったことを否定する人はいないでしょう。


紆余曲折を経て残っている放送は、BS衛星放送、そしてCATVと繋がることによって命運を保つことができたCS衛星放送

地上波がデジタル化することによって、これらの放送も少しずつ同じラインまで引きあがってきたという印象です。


その分、音声放送、いわゆるラジオ放送マーケットを侵食され始めています

ラジオの売上は、昨年度比90〜95%というのが一般的傾向のようです。

先日発表された電通レポートでは、2011年ラジオ広告費は、1,247億円、前年比96.0%。


コミュニティ放送(253局)は、厳しい社会情勢にもかかわらず、広告費はほぼ前年並みとなった。年前半は震災の影響で広告イベントの中止・縮小が相次いだため減少したが、後半には復興支援広告などもあって回復した。」という報告もありました。

ほぼ前年並みを評価して良いのかどうか、私には判然としません。


私は今のラジオに新しいイノベーションは起こるのかを考えています

インターネットラジオサイマル放送)も増えてきていますが、イノベーションを起こすところまではいっていません。

radikoも、ビジネスには程遠く、地上波デジタルラジオは、果たしてスタートできるのかという印象さえもちます

そんなの金の無駄遣いという現場の声をこれからどうしていくのでしょうか。

もちろん、イノベーションを起こすことができれば、ラジオ業界はまた活気を取り戻すことでしょう。

要は、そんな材料があるのかどうか。


コミュニティFMは、もはや商業的自立はありえません。

その社会的意義をさらに各局が広報していただくことによって、自治体や篤志家の援助を引き込むことが基本でしょう。

NPOによるコミュニティFMが次々誕生しているのも、それを受けやすくする地域住民の知恵と言えるのかもしれません。


3月も半ばをすぎましたが、いまだ寒い日々が続きます

災害FM活躍されている皆さんも、復興の日までお体大切にと願わずにはおれません。

2012-01-14 寒中お見舞い申し上げます

いつのまにか、2012年も2週間過ぎてしまいました。

皆さん、有意義新年を過ごされておられるでしょうか。

年明けから、インフルエンザにかかって大変でしたという声、今年は多いですね。

だれにとっても、いい年なんかありえないと思いますが、昨年のようなとんでもない災害の年にだけはならないでほしいと願っております

その影響というのでしょうか、最近コミュニティFMが再評価され新たに開局という話、よく聞きますね。

最初から利益を出そうとか、トントンでいいんだとさえ言わなければコミュニティFMは面白い試みだと思います

税金を多少使っても、コミュニティFMを作る価値はあります

そこから毎日情報が流れれば、地域の発展に多少とも寄与するはずですから

とにかく、利益を出せ!はやめましょう。

皆でお金を出して、その範囲で放送を維持しましょう。

早い話、図書館みたいなものだと思えばいいのです。

そこまでの価値はないというコミュニティFMがあるなら、それぐらいの価値になるよう皆さんで努力してください。

からないといけないと思うから、今のような中途半端な状態になるのです。

ということで、2012年、コミュニティFM関係者の皆様、これから開局を考えておられる皆様、本年もなにとぞよろしくということで、寒中お見舞い申し上げます

2011-12-19 器〜プロデューサー論

今年もあと10日あまり

何か、色々な厄介なことが次々と起こった2011年も、あと少しで終わる。

年改まり、また一から出直す、そんな気分で2012年を迎えたい。

からそう願う。

さて、もう一つのブログに、ちょっとしたプロデューサー論を書いた。

コミュニティFMにも関係のない話ではないと思い、こちらにも載せてみることにした。

意見など、またメールでいただければ幸いである

大器晩成という言葉がある。

広辞苑によれば「鐘や鼎(かなえ)のような大きな器は簡単には出来上がらない。人も、大人物は才能の表れるのはおそいが、徐々に大成するものである。」とある

学校教育でよく先生が言った言葉でもある。

おまえは、今はダメだが、将来大きな人物になるよというのだ。

「このクラス大器晩成型だな。」と慰めるように言う教師もいた。

早い話、みんな大したことなかったと言っているわけだ、傷つかないように。


そういえば、私も何度かそう言われたな。

結局、大器でなかったのか、晩成もせずじまいだったが。


そういえば、人を器という言葉表現することがある。

あの人は器が大きいとか、器が小さいとか。

器=許容量ということだろうか。

人を許せたり、人に対して寛容であったり、小さいことにこだわらず、何があっても動揺しない、そういう人柄を器の大きい人と言うようだ。

器の小さい人は、その逆ということになる。

世の中、どちらが多いかというと、圧倒的に器の小さい人。

大きい器を持った人など、なかなか出会えるものではない。

私が社会人として育ったFM大阪の先輩や同僚、後輩の中に、この人は本当に器が大きいなと思った人は一人もいない。

そこそこの人格者でも、例えば自分が不利になりそうな場合責任をうまく他人に押し付けたりしていた。

所詮サラリーマンなんだなとその時思った。

ふだん言っていた聖人君子の道はどこへ行ったんだと、ため息をつく私だった。


放送局に、器の大きい人なんかいない?

そんなことはないと思う、でも、大変貴重な存在のはず。

むやみに大きくなくてもいいから、そこそこの器であってほしいと思うことはよくある。

特に私のようなプロデューサー的立場の人。

とにかく、プロデューサーは人に寛容であってほしいし、人を許す度量をもってほしい。

タレントにしても、ディレクターにしても、スタッフにしても、人は誰でも何らかの間違いをするものだ。

その間違いを常に監視し、見つけ次第注意するなどということをやっていたら、人は間違いを恐れて冒険をしなくなる。

まり、楽なやり方で、その場その場を取り繕ってしまうのだ。

そんなところから、本当の面白さは生まれるだろうか。

新しい方法論は生まれるだろうか。

間違ってもいいから、自由にやればいい、何かあれば私がその責任を持つ。

プロデューサーなら、これぐらいのことを言わないといけない。

それが言えないのは、結局プロデューサーも間違うのを恐れ、一番簡単なやり方でその場を取り繕ってしまからだ。


どんな誤謬も許さない、政治の世界でも最近目立つのが気になる。

この国はいつから共産圏の国家になったのか。

死の町という言葉を許さないし、ちょっとした言い間違いを許さないし、わかりやすくするために使った比喩さえ、それはこういう意味にとれると言って非難する。

そんなこと言っていたら、わかりやすい言葉政治家ますます使わなくなるぞ。

今の官僚言葉が典型だろう、確かに後から突っ込まれることもないかわりに、実際に何言っているのかわからなくなる。

民に伝わらない言葉を駆使すれば、彼らの権力はいつまでも担保される、そんなことでいいのだろうか。


話がそれてしまった。

プロデューサーは、できるだけ器を大きくもてるよう日々精進しないといけない。

スタッフ責任を追及するのではなく、いつでもその責任を肩代わりできるよう、状況の把握に努めなければならない。

ガミガミと怒ってみても、相手が萎縮するだけなら、適当に切り上げないといけないし、つまらないことを根にもってはいけない。

目的は何か、それをいつも正しく示すこと、そしてそれが認識されているのがわかれば、手段を間違えても詮索しないことだ。

多少の脱線は許すべきだし、また違った方向が一つの進化の道をたどることもよくあることだ。

こうでなければならないと言ってしまえば、プロデューサーの負けだ。

抽象的かもしれないが、私はいつもそう思っている。

2011-11-14 「プロデューサーって何?」〜ディレクター論

「プロデューサーって何?」で、ディレクター論を少し書いた。

参考になればと思い、こちらにも転載したい。

しばらくプロデューサー論を書いているが、自分の中の矛盾に日々つきあたっている。

その向こうに何があるか、神のみぞ知るというか、誰もわからんというか・・・

放送局では、一つの出世コースとしてディレクター⇒プロデューサーというのがあった。

ディレクターを何年間か勤めれば、次にプロデューサーとなって後進を指導するみたいな話だった。

私としては、何か変な話だった。

例えば、映画世界ではディレクター監督である

現場の最高責任者というか、その人の指示一つで、映画のすべてが決まるといわれている。

監督を何年か勤めれば、プロデューサー(制作)になるわけではない。

もちろんそういう例は珍しくはないが、名監督は結局どこまでも名監督であり、名プロデューサーとは言われない。


舞台の世界では、ディレクターは演出家である

これも演出を何年かやればプロデューサーにという話ではない。

劇団四季の浅利慶太氏の例はあるが、演出家は一生演出家であると考えてよいだろう。

放送局けが、何故にディレクターを勤めていたものが、ある年齢になればプロデューサーにならないといけないのだろう。


ディレクターは、番組を作る時は精神的な集中力が要求される。

今の時間をすべて番組を完成させることに使われる、それゆえその後の疲労度は激しい。

プロデューサーは、番組の制作が始まれば、ある意味邪魔者である

ディレクターに指示することなど、基本的にやるべきではない。

ディレクターの集中心を邪魔しないよう、その環境を守ることに力を注ぐべきだ。


最高に能力を発揮できる場を維持するのが、プロデューサーの役割だ。

それはディレクターだけではなく、出演者も、スタッフも、また関係する全ての人々も安心して集中できる環境を作ること。

そんな環境をかき乱すような、愚かしい指示をするプロデューサーもいる。

特に若い、なんちゃってプロデューサーによく見られることだ。

プロデューサーは、野球でいえばキャッチャーみたいなものだ。

全体がうまく配置され、安心して守備できるようにコーディネイトする才覚が要求される。


プロデューサーがピッチャーになってどうする?

プロデューサーが、口うるさいコーチになってどうする?

そんな現場のことに一々口をはさむなら、プロデューサーなんかやらないで、ディレクターになれ。

ディレクターより、自分のほうが能力があるとでも思っているのか。

プロデューサーが戦うフィールドは、そんな場所ではない。


すべての関係者が最大の力を発揮できる環境を作る、それができなければプロデューサーなんて名前自分につけるな。

ディレクターの延長にプロデューサーがいるのではない。

それを繰り返し私は主張しておきたい。