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2015-01-27 【読書感想】英国一家、ますます日本を食べる

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内容紹介

異邦人食紀行の金字塔

シリーズ累計10万部超!

『英国一家、日本を食べる』刊行から1年。

前作では収録しきれなかった原著“Sushi & Beyond"内の16章に加えて、

本書だけの特別追加原稿および日本人読者に向けた書き下ろしエピローグを収録した続編が一冊の本になりました。


あなたにとって“和食"とは何ですか?


読めばお腹が空いてくる、垂涎のベストセラー第2弾!!


内容(「BOOK」データベースより)

ブース一家よ、何処へゆく。終わらない怒涛の“食”大冒険。ウニ、カツオ、鮨、MSG、しゃぶしゃぶ、すき焼き、干し貝柱、醤油、和三盆糖、フグ、泡盛、ウミブドウ、豆腐よう、イラブー汁、塩、などなど一家で挑戦。


 マイケル・ブースさんの前作『英国一家、日本を食べる』は、すごく面白くて、興味深い「外国人による、日本の食文化体験の本」だったのです。

 ちょっと薄いけど、待望の続刊か!と思いきや、この『ますます日本を食べる』は、前作を日本語版にする際にカットされた章+新たな書き下ろしが少し加えられ、つくられた本なのです。


 うーむ、正直、期待してしまっただけに、けっこう肩すかしを食らってしまったような……

 昔の人気バンドの「未発表曲」が、後世、公開されることがありますよね。

 でも、そういう曲って、「貴重」ではあるけれど、やっぱり「ちょっと今ひとつかな……」というものがほとんどです。

 この『ますます』に含まれている、つまり、前作に収録されなかったということは、少なくとも、日本の編集者がみて、「これはすごく面白い、絶対に外せない」と思うような内容ではなかった、ということなのでしょう。


 前作収録分の「面白くないもの」と、今回の「面白いもの」には大きな差がないというか、後者のほうが面白い、という人はたくさんいるだろうけれど、今作には「これは面白い!」というのが無くて、読んでいてちょっと飽きてきてしまいました。

 薄くて割高な感じもするしねえ。

 期待が大きかっただけに、失望してしまったところもあるのだとしても。


 前作の感想をいろいろ読んでいると、「『味の素』を訪問した回が日本語版には収録されていないのが残念!」とか「政治的圧力か?」なんていう反応があったのですが、今回はその『味の素』の話も入っています。

 MSG(グルタミン酸ナトリウム)を世界一大量に生産しているのは日本の味の素という会社で、年間1900万トンを生産し、世界各国に輸出している。味の素――文字通り、「味のもと」という意味――は、1908年にMSGを発見した池田菊苗博士が創設した会社だ。池田博士は、昆布にはアミノ酸のなかでも特にうまい天然のグルタミン酸が含まれていることを知り、この成分を製品化すれば、すばらしい調味料になると考えた。翌年、博士はグルタミン酸にナトリウムを加えて安定化させ、結晶性の粉末にして特許を取得した。

 その後数十年の間に、冷凍食品や缶詰の影響で日本の食を取り巻く環境は変化を遂げたが、MSGはそんな状況のなかでも、加工の過程で失われる食品の風味や味わいを補うという重要な役割を果たした――だから、ダイエット食品にはたいてい添加してある。

 それだけじゃない。パリにいたとき、トシは、後ろを振り返って誰も盗み聞きしていないことを確かめてから話してくれた――あるとき、味の素社はMSGの容器の頭に空いている穴を大きくして、大量に使ってもらえるようにしたらしい。それがスキャンダルでないというのなら、スキャンダルの意味が僕にはわからない。


 著者は、味の素本社に「突撃取材」を行います。

 といっても、ちゃんと広報を通して取材を申し入れているんですけどね。

 いわゆる「中華料理店シンドローム」に対する、『味の素』のスタンスや、世界の化学者たちの考え方なども検証されていて、たしかに、なかなか興味深い内容でした。

 「スキャンダル」の真実については、機会があれば、ぜひ読んで確かめてください。


 そして、「和牛神話」に対して、こんな、どこまで本気なんだかよくわからない「挑戦」を試みてもいるのです。

 僕は、このみごとな肉の本質に迫りたかった。どうすれば牛に心臓発作を起こさせずに、こんなに濃厚で脂肪の多い肉をつけられるのか? 音楽を聴かせるとか、酒をすり込むとかっていう噂は、はたして本当なのか?

 和牛に関する噂は、信頼性の高い情報源にも記載がある。たとえば、日本人フードライター、キミコ・バーバーはこう述べている。「牛肉には大理石のような模様が入っています。ビールでマッサージしてやるので、脂肪が肉の間にくまなく広がるからです」日本の牛の育て方に関するこのような記述は、新聞でも本でも何度も目にしてきた。だけど僕は、本当にマッサージをすればああいうふうに脂肪が「移動」するのだろうかと不思議に思う。それに、ビールのせいで脂肪がつくと主張する人もいるけど、それも本当なんだろうか? しかも、家畜に音楽を聴かせてやる農夫なんて、本当にいるのか?

 噂がすべて本当だとしたら、僕が今回の取材で身をもって確認しておきたいことは、はっきりしていた。日本の牛肉について下調べを始めてからというもの、僕は子どもじみた恥ずべき野望を捨てられずにいた。どんな野望か――それは、まだ誰にも話していない。リスンにさえも、日本訪問のプロジェクトそのものを、幼稚でバカな男の身勝手で愚劣な計画だと完全に否定されるのが怖くて話さなかった。

 僕は牛をマッサージしたい。

 牛をマッサージするばかばかしさが僕には魅力的で、マッサージをすることで世界屈指の豪華な肉の生産に参加するという安っぽい虚栄心にくすぐられていたのも事実だ。牛のかたわらに立って価値あるマッサージをしている僕の決定的瞬間の映像が、頭から離れられなくなってしまっていた。


 ああ、「牛をマッサージする」というのは、著者ほど日本の食文化を知っていて、好奇心旺盛な人にとっても、やっぱり「ばかばかしいこと」なんだなあ、と。

 言われてみれば、マッサージしたからといって、脂肪が「移動」するのかどうか?

 人間でも「痩せるエステ」とか、「脇の肉を寄せてバストアップする下着」なんていうのがあるらしいのですが(僕にとっては、「伝聞の世界」なので……)、牛に対して、マッサージって効果があるのでしょうか……

 どちらかというと、マッサージそのものよりも、そのくらい時間と手間をかけて飼育していることが、あの 「やわらかくて美味しい肉」につながっているのではないかなあ。


 ちなみに、著者は「日本の肉はたまに食べるならすごくおいしいけれど、僕にはあまりにも軟らかすぎて脂肪が多すぎる」と仰っています。健康上の理由というより、もうちょっと歯ごたえのある肉が好みだ、とも。

ただ、日本の「焼肉」が大好物、というプロ野球の外国人選手も多いんですよね。

 こういう、肉の味や硬さの好みには「民族性」が大きいのか、それとも「個人差のレベル」なのか、どちらなのでしょうか。


 著者は、「エピローグ」に、こう書いています。

 なかでも何よりの発見は、日本の人は――1億2700万人の人を十羽ひとからげにして悪いけど――季節を、場合によっては神様を崇めるように、とても重んじ、素材の質や純度を鋭く見分け、風味や見た目にこだわり、欧米人よりもはるかに多様な食感を愉しむということだ(僕にとって難度の高い食感もある――すりおろしたイモを喜んで食べる日が来るとは思えない)。一方、日本の伝統的な料理が急激な変化にさらされ、末期的な状況に陥りつつあることも、僕には発見だった。だしを取るための鰹節、昆布、海苔、豆腐、そば、酒の消費量は、もう回復不可能なほど下降線をたどっている。ちょうど、世界では長年人気を集めて来た鮨だけでなく、さらに幅広く「和食」を認知する動きが始まっているというのに――その結果、和食はユネスコの世界無形文化遺産に登録された――あまりにも皮肉だ。著名な料理人である村田吉弘氏と、僕が日本の料理の師と仰ぐ服部幸應氏も、日本料理の衰退を憂いていて、僕も彼らと同じく衰退を恐れている。


 外国人である著者からみた「日本の伝統的な料理」「和食」というのは、いまを生きている一般的な日本人にとっては「ふだん食べているもの」ではないんですよね、実際には。

 それでも、日本人が「多様な食感を愉しむ」というのは事実ではあるのでしょう。

 海外に旅行に出かけると日本食が恋しくなるのは、ホームシックみたいなものなのか、食感が満たされないことへの物足りなさなのか、僕にはよくわからないのですけど。


 とりあえず、まずは前作『英国一家、日本を食べる』を読むことをオススメしておきます。

こちらは、掛け値なしに面白い。

 それで、「『英国一家、日本を食べる』と比べて、つまらなくて分量少なめでも、ブースさんが書いたものを、もっと読みたい」という人は、こちらの『ますます』も愉しめるはずです。



まずはこちらをオススメ(この本への僕の感想はこちらです

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2015-01-26 【読書感想】カフェと日本人

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カフェと日本人 (講談社現代新書)

カフェと日本人 (講談社現代新書)


Kindle版もあります。

カフェと日本人 講談社現代新書

カフェと日本人 講談社現代新書

内容(「BOOK」データベースより)

“日本初”の喫茶店から、欲望に応えてきた「特殊喫茶」、スタバ、いま話題の「サードウェーブ」までの変遷をたどった、日本のカフェ文化論。


 昔ながらの「喫茶店」から、ドトール、スターバックスの隆盛、コンビニコーヒーが大ヒットしている現在まで。

 「カフェ」の歴史がコンパクトにまとめられた、「新書らしい新書」という感じです。


 街中のあちらこちらに「カフェ」があり、繁華街では飽和状態のようにもみえるのですが、いま、日本国内にどのくらいの数のカフェ(喫茶店)があるか、ご存知でしょうか?

 日本国内にあるカフェの店舗数は、最新の調査では7万454店(2012年時点。「平成24年経済センサス-活動調査)。最盛期の15万4630店(1981年)の半数以下に落ち込んだが、それでも2014年現在で5万店超のコンビニの1.4倍だ。これは常設店での統計なので、全国各地で開催されるイベントで設けられる期間限定のカフェなどは含まれない。

 そんなにあるのか……と驚くばかりです。

 マクドナルドなどのファストフード店を「カフェ的に利用する」人も少なくないので、「コーヒーが飲める店」というのは、実質的には、もっと多いはず。

 それでも、人口6000万人のイタリアには、軽食喫茶店(バール)の店舗数は、2007年で約16万店あるそうで、上には上がいるものだな、と感心してしまいます。

 

 僕自身は、子どもの頃には「喫茶店」というものに入ったことがなくて(当時、30年以上前は、子どもだけで喫茶店に入るなんてことはありませんでしたから……って、今でもそうか)、「大人の場所」というイメージを持っていました。

 それと同時に、「店でお茶(コーヒー)を飲むだけのことに、あんなに高いお金を払うって、なんかもったいないなあ」とも。

 そんなお金があったら、ゲームセンターに行くか、文庫本でも買いたいものだ、と。

 まあ、そういう考え方を、いまでも引きずっているところはありますが。


 ちなみに、スターバックスが日本に進出してきたのは、1996年(平成8年)8月2日。銀座松屋の裏にできたのが、最初の店舗だったのだそうです。

 懐かしい!というよりは、もう僕、そのときは大人で、社会人だったじゃないか!ということに驚かされます。

 いまや、「どこにでもある」ような気がするスターバックス。日本での歴史は、まだ20年足らず、なんですね。

 2013年の日本国内でのスターバックスの店舗数は1000店を超え、2015年に鳥取市にオープンすれば、「全県制覇」になるそうです。

 これだけコンビニコーヒーがヒットしていても、スターバックスが大きく失速するということもないようで、同じ「コーヒーを飲む」という行為でも、「コーヒーそのものを飲めればいい」という人と、「カフェでちょっとお洒落にくつろぎたい」という層は違う、ということなのでしょう。


 この本では「日本のカフェ、コーヒー消費の歴史」についても語られています。

 日本で最初のコーヒー飲用記とされるのは、狂歌師であり、洒落本・黄表紙の作者としても知られる太田南畝(蜀山人)が1804年に「瓊浦又綴(けいほゆうてつ)』(瓊浦は長崎の美称)で記した次の一文だ。

 紅毛船にて「カウヒイ」といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げくさくて味ふるに堪ず

 蜀山人さんが日本で最初に飲んだということではないのでしょうが、記録に残っているものでは、これが最初なのだそうです。

 1800年代の初めには、日本でも飲んだことがある人がいたんですね。

「焦げくさくて、飲めたもんじゃない」というのは、すごくよくわかります。


 この本によると、実在が確認されている日本で最初のカフェは、1888(明治21)年に東京に開店した『可否茶館』なのだとか。

 それから百数十年、日本の「喫茶店文化」は、独自の進化を遂げていきました。

 コーヒーの味へのこだわりや、店主の個性を主張した店づくりなどは、スターバックスなどのチェーン店の画一的なカフェへのカウンターとして「逆輸入」され、近年のアメリカのカフェに、大きな影響を与えているのです。

 そういえば、アメリカに留学した先輩が、「アメリカでスターバックスが人気なのは、すごく美味しいからっていうより、アメリカのなかでは比較的マシなコーヒーが飲めるからだよ。日本人がありがたがるようなもんじゃないと思うけどねえ」と言っていたんだよなあ。


 現存する最古の店は、1911年(明治44)年12月に開業した『カフェー・パウリスタ』。

 100年以上の歴史があるのです。

 

 この本のなかでは、「愛知県のカフェ文化」など、各地のローカルカフェ情報や名店についても紹介されています。

 同じ中部地方でも岐阜県と三重県の一部を除き、他の県民性は違う。本書の担当編集者は長野県出身だが、「喫茶店の数も多くないが、長野の北部では自宅を訪ねてきたお客を、わざわざ『喫茶店へ行こう』と誘いだすという発想自体、まずありません。喫茶店といえば待ち合わせ場所に使うとか、買物の途中、休憩に立ち寄るところだと思っていました。ところが、名古屋市内にある知人宅を訪れた際、『コメダ行こまい』と連れだされた時にはびっくりした」と話す。静岡県出身の何人かに聞いても「浜松市静岡市も自宅感覚で使うことはない」と断言する(浜名湖を越えると文化が変わるといわれ、浜名湖より西の静岡県は愛知県三河地方の影響を受けてモーニング文化がある)。


 僕が住んでいる地域にも、最近『コメダ』ができたのですが、朝行ってコーヒーを注文すると、トーストとゆで卵が無料でついてくる、というのは、けっこうインパクトがありますね。

 というか、それってどっちが「おまけ」なんだ、と。


 学術的な「文化論」というよりは、「身近なところで、人々に愛されてきた、コーヒーと喫茶店の歴史を、著者の体験もまじえながら語っていく」という気取らない新書で、愉しく読むことができました。

 こういう喫茶店の話を読むと、コーヒーが飲みたくなるけど、それ以上に、ナポリタンを食べたくなるんだよなあ、僕の場合。

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2015-01-25 【読書感想】月を盗んだ男

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内容(「BOOK」データベースより)

NASA&FBI VS天才研修生。アポロ11号が地球に持ち帰った月の石―2002年、アメリカの国家的財宝が盗まれ大騒動に。犯人は25歳のNASA研修生だった!大ヒット映画『ソーシャル・ネットワーク』原案者による傑作ノンフィクションノベル!


「月の石」を盗んだヤツがいる、というのは、どこかで聞いたことがあるな、という程度の予備知識で読み始めたのですが、そんな僕にも、なかなか面白く読めたノンフィクションでした。

 

 この本を読みながら、僕はずっと「なんでこのサドという若者は、こんなバカげたことをしたのだろう?」と考えていたのです。

 彼は優秀な頭脳を持っていたのですが、恋人との「婚前交渉」によって、実家から絶縁されてしまいます。

 彼の実家は敬虔なモルモン教徒で、婚前交渉は「神への冒涜」とみなされていたのです。

 モルモン教徒は、アルコールも、タバコも禁止。

 

 いまの日本で生活し、戒律、なんていうものを自分自身には意識したことがない僕にとっては、「そんな歪んだ環境が、結果的にこの優秀な若者を、こんな愚行に走らせたのではないか?」という答えが、いちばん「わかりやすいもの」だったんですよね。

 でも、それにしても、これはあまりにもバカバカしい話ではないのか、と。

 サドは完璧な志望者になるため、できることはなんでもした。そのあいだずっと、何をしようとも、自分がスタートの時点でプログラムに応募するほかの人たちから数歩も遅れているという苦しい気持ちを抑えようとしてきた。志望者の大半はおそらく優秀な学校に在籍中で、愛情深い両親が資金を出しているだろう。その大半は、二十三歳にしてすでに結婚してはいないだろう。ああ、その大半は二十三歳になってさえいないはずだ。中流階級の家庭の出で、通常の大学生の年齢のはずだ。サドは違う。彼はいつも孤立者だ。

 彼は自分の有能さを証明するために、誰よりも一生懸命に動かなければならなかった。すでに根気強いところは見せてきた。

 サドは優秀な人間、あるいは、優秀な人間を演じ続けるだけの能力がある人間であり、アメリカの、いや、人類のなかでも選りすぐりの才能が集る場所であるNASAの研修生として採用されていました。

 研修生仲間からはリーダーシップを評価されており、上司たちからも将来を嘱望されていたのです。


 もちろん、問題がなかったわけではありません。

 実家から勘当されて、借金がたくさんあったし、若くして結婚した妻との関係も、ギクシャクしていた。

 自分のコンプレックスを払拭するために、無理をして、自分を大きく見せようとしていました。

 とはいえ、世界最高の頭脳が集まる場所で、高く評価され、サド自身も「NASAで仕事をすること」に充実感を抱いていたのです。

 そもそも、そういう「才能が集る場所」では、誰しも、それなりの「背伸び」はするものでしょう。

 人生のトータルとしては、けっして、悪い状況ではない。

 そして、「アメリカの宝、いや、人類の至宝」である「月の石」の価値は、NASAで仕事をしていた彼には、よくわかっていたはずです。

 そんなことをすれば、どんな結果が待っているかも。


 もし、彼に「じっと耐えて、機会を待つ」という能力さえあれば、彼は、正当な方法で、現地に行って「月の石」あるいは「火星の石」さえも、手にしていたかもしれないのに……

 人は、ときに「信じられないような愚行」を犯してしまうのだよなあ。

 どんなに「賢くみえる人」であっても。


 ただ、彼は確かに手癖が悪いというか、モラルに欠けるところはあったんですよね。

 自分のことに関しては、道徳心が麻痺してしまうというか。

 もちろん、博物館で目録作成のアシスタントとして働いていたときに、保管用の棚に運ぶ化石の中からとくに格好のいいものをいくつか盗んだことについては言及しなかった。最初ポケットにひとつだけつっこみ、二日後にはさらに数個が加わった――サドはそれらを居間に飾り、ディナー・パーティーの席に持ち出してソーニャの友人たちを感心させた。だがサドは、これほど貴重な物体を見せびらかすのが何も悪いことだと思わなかった――むしろ、彼にとっては、これらの化石を暗い地下室の箱の中に放置するほうがひどい罪だった。このような歴史的な物体を展示してみせるのが、そもそも博物館の目的ではないか?

 この本を読むと、サドは、お金に困ってはいましたが、「お金」よりも、「誰もやったことがない偉業を成し遂げる」という衝動に駆られて、こんなことをやってしまったようにみえるのです。

 美しい恋人が、熱病におかされたように、彼の「月の石を盗む」という冒険を支持してしまったことも、この犯罪計画の実行につながりました。

 誰か止めてやれよ……


 その一方で、これは「若さゆえの過ち」という類いの話とは言いきれなくて、こういう「平気で化石を盗み、それを自己正当化してしまえるような人間」が、NASAに就職し、宇宙へ行くことにならなくて良かったんじゃないか、とも思うのです。

 内部の人間による「月の石泥棒」は、NASAにとって「汚点」であり「恥辱」でもあるけれど、サドという人間があのままNASAで仕事をしていたら、もっと致命的な事態が起こっていた可能性もあります。

 まあ、「月の石の盗難」以上の致命的な事態っていうのも、あまりなさそうですけど。


 サドと、彼の恋人レベッカは、「冒険者」になったつもりでこの計画を実行し、捕まったとたんに、その悪い夢から醒めてしまったのです。

 そして、サドは、すべてを失った。


 「彼もまた宗教的なプレッシャーの犠牲者なのだ」とかいう気分にもなれないのですが、なんというか、「人間っていうのは、こういう理不尽なことをやってしまう生き物なのだな」と嘆息せずにはいられないノンフィクションでした。

 この本で「興味深い」のは、月の石盗難の顛末よりも、「こんなに才能がありながら、客観的、大局的にみれば、彼自身にも何のメリットもない泥棒に取り憑かれて本当に『やってしまった』人間の姿」だったんですよね。

 著者が描きたかったのは、「事件」の話ではなくて、サドという人間だったのではないかなあ。


 金庫の中には、地球上でもっとも貴重なものがある。想像できないほどの価値のある国家的財宝。これまで盗まれたことのないもの、じつのところ、けっして取替えのきかないものだ。金庫の中身の価値がどれほどのものか定かではない――だが簡単に持ち出せる程度の量だけでも、世界でもっとも裕福になれるだろうとわかっていた。とにもかくにも、彼と彼の共犯者たちは、合衆国の歴史上最大の盗みをやってのけた。

 だがサドにとっては、本当に重要なのは金庫の中身の金銭的価値ではなかった。彼は隣で彼の肩に腕をかけて座っている女性との約束を果たしたかっただけだ。何年ものあいだに、何百万という男が何百万という女にしてきたにちがいない、単純な約束。

 彼は彼女に月を贈ると約束した。

 ほかのみんなとちがうのは、サド・ロバーツは実際にその約束を守った、最初の男だということだ。

 

 

2015-01-24 映画『妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!』感想

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あらすじ

平凡な小学5年生の少年、ケータは不思議な腕時計・妖怪ウォッチを手に入れたことから、周りで騒動を起こす妖怪が目に見えるように。そんなある日、睡眠中のケータの腕から妖怪ウォッチが消えてしまう。その後、妖怪フユニャンと運命的な出会いを果たしたケータは、妖怪ウォッチを奪取するため、時を超えて60年前に向かう。しかし、そこには予想だにしない力を持つ敵が……。


参考リンク:「映画 妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!」公式サイト


 2015年3作目。

 日曜日のちょうどお昼の回で観賞。

 もう公開開始から1ヵ月くらいになるのに、お昼時の館内には、100人くらいが入っていて、ちょっと驚きました。

 やはりすごい人気なのだなあ。

 冒頭に、ジバニャン、ウィスパー、コマさんの3人(?)が「映画化された喜び」みたいなのを語るシーンがあるのですが、それぞれのキャラクターが出ていて、これは上手いなあ、と。

 『妖怪ウォッチ』の魅力って、「真面目じゃないんだけど、ふざけすぎてもいないし、残酷でもない」という、絶妙のバランス感覚にあるんですよね。

 そして、出てくる妖怪たちは「怖い」というより、「こういう人、いるいる!」って言いたくなるような、「困った人」を戯画化したものが多い。

 僕も最近、「ああ、ナガバナが来た……つかまったら、話長いんだよな……」とか、「隣にネタバレリーナが座っているとは……」と、心のなかで愚痴を言うことが多くなりました。

 現代人にとっては、『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくるような「異形の存在」よりも、「身近にいる、ちょっと困った人」のほうが、よっぽど「妖怪的」なのかもしれません。


 映画本編、一緒に観ていた長男が思わず身を乗り出して観ているシーンがいくつかあったのですが(二度目なのに!)、僕もけっこう楽しめました。

 そして、この『妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!』は、日本の『ベイマックス』みたいなものではないか、と。

 『ベイマックス』の脚本は、観客の最大公約数を感動させられるような計算され尽くしたような「上手すぎて、ちょっとズルい」という感じのものなのですが、この『映画 妖怪ウォッチ』も、「友達を大事に」「一歩を踏み出す勇気」というようなメッセージ性と、ケータと妖怪たちの掛け合いの面白さ、そして、妖怪オールスターズによるバトルシーンなど、実に「隙の少ない脚本」なんですよ。

 僕はテレビの『妖怪ウォッチ』も長男と一緒に観ていて、『レンコン教授』の回とかは、息子以上にウケてしまい、「パパ、これそんなに面白いの?」と怪訝な顔をされてしまいました。

「親が観ても、案外面白い」っていうのは、子供向けの映画にとっては、けっこう大事なことなのかもしれませんよね。

 一緒に観る親だって、できれば、子供だけでなく、自分も楽しめる映画のほうが望ましい。

 この『妖怪ウォッチ』を楽しめる大人というのは、子供の頃は、マンガとかアニメとかオカルトなどのインドア系の趣味を持っていて、ちょっと「周囲になじめない感じ」だったのではないかと僕には思われます。

 自分の子供世代になって、こういう作品が、こんなに大ブームを巻き起こしていることに、戸惑いと秘かな喜びを感じている大人は、けっこう多いのではなかろうか。

 この世界観が「温故知新」なのか、「そういう親をターゲットにしている」のかはわからないけれども。


 大ブームにあやかって、付け焼き刃で急いでつくられた映画なのではないかと予想していたのですが、なんというか、制作者たちは、この『妖怪ウォッチ』というコンテンツを大事にしているのだな、ということが伝わってきました。

 そして、「せっかくの映画化なんだから、できる限りサービスしてしまおう!」という意気込みも。

 なんというか、作品そのものの勢いが、すごく伝わってくる映画版だったな、と。

 人が死ぬ描写をせずに、「一歩を踏み出す勇気ときっかけ」を与えてくれるという点では、『ベイマックス』よりも、小さな子どもに見せやすいな、とも思いました。

 

 いやまあ、なんであれでタイムスリップとかできるんだ?とかいうのはあるんだけれど、この作品の場合は「妖怪のせい」で済んじゃうからねえ。



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2015-01-23 【読書感想】警視庁科学捜査最前線

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警視庁科学捜査最前線 (新潮新書)

警視庁科学捜査最前線 (新潮新書)


Kindle版もあります。

警視庁科学捜査最前線(新潮新書)

警視庁科学捜査最前線(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)

最新ツールを武器に犯人を追い詰める。防犯カメラ、Nシステム、データ解析ソフト―警視庁の捜査は、科学の力で急激な進化を続けている。「犯罪ビッグデータ」とは何か?逆探知はどこまで可能か?最新防犯カメラの驚異の性能は?「パソコン遠隔操作ウイルス事件」「『黒子のバスケ』脅迫事件」等、最近のケースをもとに、一線で取材を続ける記者が舞台裏まで徹底解説。犯罪捜査の最前線が丸ごとわかる一冊!


 いま、警察の「捜査」は、どのようにして行われているのか?

 警察に関しては、「不祥事」や「未解決事件」のほうがクローズアップされがちではありますが、この新書では、防犯カメラやNシステム、そして、「犯罪ビッグデータ」など、捜査に使われている最先端のテクノロジーが紹介されています。


 2011年5月に起こった「立川6億円強奪事件」の解決に果たした「Nシステム」の役割を、著者はこのように紹介しています。

 Nシステムは日本警察が最も秘匿するシステムだ。

 皆さんも一度はご覧になったことがあるのではないだろうか。高速道路や幹線道路にかかった鉄骨。その上部にカメラが四台ほど並んで取り付けられていて、通過した車のナンバー、運転席、助手席の写真などを記録している。警察関係者によるとNシステムは犯人追跡などの犯罪捜査に利用されているという。あらかじめ登録された車両ナンバーがNシステムを通過した際に、瞬時に読み取り、警察庁の中央制御コンピュータに送信されて手配車両かどうか照合される仕組みだ。

 このNシステムの読み取った記録と手配車両のナンバー等が一致することを「Nヒット」と呼んでいる。例えばA地点でヒットした場所と時間、B地点でヒットした場所と時間をつなぎ合わせていくと、逃走経路の軌跡が浮かび上がるというわけである。

 浮上したのは無職の男と元暴力団組員の二人の実行犯だった。ベンツを運転していたのは、無職の男のほうだ。

 二人の「後足」の分析捜査で事件の関係者が更に判明していく。現金を奪った後、白いベンツは、現場から立川駅のはるか北に位置する新青梅街道に向かい迂回する形で中央自動車道の国立府中インターチェンジから東京方面に向かっていた。途中のNシステムの画像には運転役の男の姿がはっきりと捉えられていた。この時、元暴力団員が後部座席に乗っていることも確認された。車は東京都心、埼玉を抜け常磐自動車道に入る。

 そして、茨城県つくば市内の谷田部インターチェンジで降りる様子が、インター出口のカメラで捉えられていた。

「茨城県内で白のベンツを探せ!」

 捜査一課長の若松は青木からの分析情報の報告を受けて下命した。捜査一課や機動捜査隊の特捜本部員らが茨城県に飛んだ。

 この新書を読むと、日本中に張り巡らされている「防犯カメラ」や「Nシステム」の凄さに驚くばかりです。

 僕が思っていた以上に、捜査は「ハイテク化」しているのだなあ、と。

 そして、「防犯カメラがあるところで、犯罪とかやっても、絶対すぐに捕まるだろうな」とも。


 街に防犯カメラがたくさんある、なんていうのは、なんだか「監視社会化」が進んできているようで、嫌な感じがしていたのですが、この新書で紹介されているデータや地域の人たちへのアンケート結果などをみていると、「防犯カメラが存在している(そして、その情報が公開されている)ことによって、地域の犯罪が減っている」のは事実で、住民たちも「監視されている不快感よりも、犯罪抑止効果への期待感・満足感」のほうが大きいのです。

 自宅内のようなプライベートな場所はともかく、公共の場所であれば、「治安のための監視カメラの役割」を評価している人のほうが、多いんですね。

 裏を返せば、それだけ「治安に不安を抱いている人が多い」ということでもありますが。

 ちなみに、防犯カメラというのは、暴力事件のような「衝動的な犯罪」にはあまり抑止効果がないそうです。


 また、『黒子のバスケ』脅迫事件では、こんなふうに捜査が行われていたとのこと。

 一連の事件では500通に及ぶ脅迫状が犯人から送りつけられていた。

 捜査本部では「犯人が送り先を事前にパソコンなどで検索している可能性がある」として脅迫状の送付先のおよそ70社からあわせて43億5000万件にのぼるIPアドレス)インターネット上の住所)のアクセス履歴の提供を受けていた。

 インターネットのサイトを閲覧した場合、パソコンが使われた地域、インターネットプロバイダーの契約者情報を含む12桁のIPアドレスが、ある一定期間保存される。これが手がかりになると考えた捜査本部のSSBC技術支援係では、「膨大な履歴を高速で検索・分析」できるソフトを民間会社の協力を得て活用。2013年12月上旬になり、ついにIPアドレスの「共通項」が浮かんだ。

「大阪市内のネットカフェのパソコンから事件関係先が検索されている」

 イベント会場の運営会社まで同じパソコンからアクセスされた形跡も見つかっていた。捜査本部は大量の捜査員を大阪市周辺に派遣。アクセスされたネットカフェ周辺の防犯カメラ画像の回収・解析も同時に進めた。

「こいつだ!」

 捜査員は思わず声を上げた。アクセスしていた時間帯に店に出入りし、アクセスしたパソコンを特定。会員証の名前や住所は実在しないものだったが、店や周辺の防犯カメラは30代くらいの男を捉えていた。肩には黒地に白い線が二本入ったリュックサックをかけている。男が高速バスのサイトを利用していることも判明していた。

 警察が本気を出せば、ここまでのことができてしまうのです。

 犯人もかなり用心深く立ち回っていたようですが、それでも、必要であれば、43億5000万件ものIPアドレスを分析し、検索の内容から犯人を追い詰めていった、警察の底力。

 実際のところ、警察のマンパワーにも限りがあるでしょうから、現時点では軽微なネット犯罪に対してここまでやることはないのでしょうけど、こういうシステムがどんどん効率化され、多くの例に運用されてくる可能性は高いはず。

 「ネットでのやりとりは相手の顔が見えない」けれど、こういう「確実な証拠」が残ってしまう面もあるのです。

 それにしても、この『黒子のバスケ脅迫事件』での警察の執念はすごい。

 犯人が身柄を確保されたとき、「ごめんなさい。負けました」と話したというのも、わかるような気がします。

 最近話題になった「YouTube万引き男」は「無能警察」なんて連呼していましたが、彼の身柄確保に時間がかかったのは、警察が「無能」だったからというよりは、「小物に本気を出していなかっただけ」ではないかと思われます。


 私たちが街で眼にする防犯カメラの設置台数は年々増え続けている。国土交通省によると、全国の駅構内に設置されている防犯カメラの設置台数は約7万台に上るという。

 しかし、これほどまでの「防犯カメラ大国」になっても、犯罪検挙率は100%、というわけにはいかないのも事実です。

 この新書のなかでは、近所付き合いが少なくなり、近隣住民からの「聞き込み」で情報を得ることが難しくなっている、という捜査員の嘆きも紹介されています。

 ハイテク化、ビッグデータ化というのは、「人から情報を得ることが難しくなった時代の象徴」でもあるのです。


 この本を読んでいると、自分が悪いことをしようと思っているのでないかぎり、「監視社会」もある程度は受け入れたほうがメリットが大きいのかもしれない、という気がしてくるんですよね。

 というか、もうすでに、僕の周りも「監視カメラだらけ」になってしまっているのだよなあ。

 とりあえず、「悪いことをするのはやめておいたほうがいいな」と、あらためて思い知らされる新書です。

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