琥珀色の戯言 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

この日記のはてなブックマーク数

2014-10-01 【読書感想】逆転力 ~ピンチを待て~

[]【読書感想】逆転力 ~ピンチを待て~ ☆☆☆☆ 【読書感想】逆転力 ~ピンチを待て~ ☆☆☆☆を含むブックマーク 【読書感想】逆転力 ~ピンチを待て~ ☆☆☆☆のブックマークコメント


内容紹介

メインテーマ「指原莉乃が語る“逆転”の人生論」


様々な逆境に立たされながら、常に話題の中心にありつづけるアイドル・指原莉乃(HKT48)。

歌もダンスもルックスも、特に秀でていない彼女がなぜアイドルとして成功できたのか。

どんなピンチも力に変えて切り抜けていく、さしこ流“逆転力”の秘密を語る。

現代社会をへこたれず、したたかに生きるためのヒントを与えてくれる1冊です。

AKB48グループのファンはもちろん、サラリーマンやOL等にもビジネス書として

読んでもらえるような示唆に富んだ内容となっています!


 HKT48指原莉乃さんの「アイドル生存戦略」。

 僕もアイドルが大好き、というわけではないのですが、指原さんというのは、なんだかずっと「気になる人」ではありました。

 芸能人のなかでは(AKBグループのなかでも)、「見た目がすごくかわいい」というわけではないし、なにか「特別な技能」を持っているわけでもない。さらに、HKTに左遷される原因となった「スキャンダル歴」もあります。

 にもかかわらず、なぜ、こんなに人気があるのか?

 内心、「秋元康さんとか、運営に推されているからだろ……」とずっと思っていたんですよ。

 でも、いつの間にか、「ああ、なんだかすごく座持ちがする人だよな、指原さんって」と思えてきたのです。

 その場の空気を読むのが抜群にうまい、そして、自分の役割をキッチリとこなしている。


 この新書は、おそらくインタビュアーによる聞き書きだと思うのですが、そんな指原さんが、自分の「生存戦略」について語ったものです。

 「負けること」は、けっしてマイナス面ばかりじゃない、むしろ、「負けることで、次につながる」場合もあるのです。


 僕はいままで、指原さんの「テレビに出演している姿以外」をほとんど知らなかったのですが、この新書の中で語られている、「AKBに入るまで」のエピソードに、けっこう驚いてしまいました。

 小学校時代、『ASAYAN』でアイドルにハマってしまった指原さんは、その後も、ずっと「女性アイドルマニア」を続けていたそうです。

 同世代の女子たちが、男性アイドルに鞍替えしていくなかで。

 私の中にある「好き」の気持ちを加速させてくれたのは、ネットです。

 家にパソコンがやって来たのは、私が小学校2年生の時でした。世界が変わるってこういうことなんだなと思いましたね。日常生活では絶対手に入らないようなモー娘。情報が、ネットにはたくさん転がっていたんです。

 動画を見たり写真を見たり、ファンの人が書いているブログやテキストサイトを読んだり。私は文章を書くのが好きだし得意だと思っているんですが、この頃にネットでいろんな文章を読んでいたおかげです。文章で人を楽しませるための”ノリ”と、ネットで勉強させてもらったんです。

 2ちゃんねるを見るようになったのは、小5でした。テキストサイトのリンクを辿っていくうちに、ついにディープな世界に行き着いたんだと思います。

 今さらっと言いましたけど、2ちゃんねる見てます。今も。私の人格形成に大きな影響を及ぼしてます。間違いなく。

 当時出入りしていたのは、「モーニング娘、(狼)」板。最初は私も、読むだけだったんですよ。途中から、自分でコテハン(固定ハンドルネーム)を作って書き込むようになりました。今考えると相当やばい人ですよね。そんな小学5年の女子、私の他にいなかったです。当たり前ですけど。


 「ブログの女王」こと眞鍋かをりさんも、高校時代に個人サイトをやっていて、「ネットに強い」ことで有名だったのですが、その眞鍋さんでも、「2ちゃんねる」をはじめとするネットでの自分への評価に対して、「見たら負け」と仰っています。

 しかし、指原さんは「ネットでアイドルを語るひと」からスタートして、いまや、日本のトップアイドルになってしまったわけです。

 鳥になってしまったバードウォッチャー!

 いまの若者にとっては、「物心ついたときから、ネットがあるのが当たり前なんだなあ」と、30歳くらいからネットにハマりはじめたオッサンとしては、感慨深いものがあります。

 それと同時に、指原さんの「自己プロデュース力」「自分自身を突き放して俯瞰し、状況にあった振る舞いができる能力」「バッシングへの耐性」は、こういう「アイドルオタクとしての、自分自身の経験」から培われてきたんでしょうね。

 自分を客観視する能力が、ものすごく高い。

 「ネットアイドル経由」で芸能人になっても、「自分が見られる、語られる立場になると、やっぱり別」という人も多いので、指原さんは「そのなかでも特別」ではあります。

 アイドルになった今、コンサートのグッズ売り場の列に並んでいる、小さい女の子とお母さんの様子を見ると、懐かしいなって気持ちになります。ファンの女の子から手紙をもらったりするのも、昔自分がやっていたことだから、この子は今、昔の私と同じ感覚なのかな、だったらすごくうれしいなって。

 だから私は、一度出ますと告知した公演を休むのは絶対にイヤだし、コンサートには何があっても絶対に出ます。自分がもし現場に来ているファンだったら、一番応援している子が体調不良で休んだら、心配にもなるけど、せっかく来たのに残念だなって思うから。

 現場に来てくれたひとりひとりがそれぞれ、お金を出して来ている、会社を休んで来ている、学校を休んで来ている、部活を休んで来ている。アイドルオタクだった昔の私がそうだったから、そのことがよく分かるんです。分かるからこそ、私は自分の「現場」で頑張ろうと思えるんですよ。


 あの「HKT移籍事件」のときのことを、指原さんは、こんなふうに振り返っています。

 秋元さんからは「貢献しなさい」と言われました。私は、48グループのルールを破ってしまった。その人間が何をしたら、48グループのファンのみなさんは許してくれるかと考えた時に、グループ全体のために貢献することだろう、と。活動が始まったばかりのHKT48に移籍して、盛り上げて、そうすることで48グループ全体を盛り上げていくことが、一番の「貢献」になる。

「4位になってこのまま1年間普通に過ごしても、これ以上指原の人気が盛り上がることはない。HKT48に移籍して頑張る、これ以上面白いことってないと思うよ」

 もしかしたら今の私の状況は、ピンチじゃなくて、チャンスなのかもしれない。というか、今はチャンスなんだって、そう思うしかない。

 結果的には、指原さんは、あのスキャンダルでの「左遷」を乗り越えて、さらにブレイクしていったのです。

 あの挫折というドラマがなかったら、一過性の人気で終わっていたかもしれません。

 ちなみに、指原さんは、さすがにあの騒動のときだけは「ネットでの反応は絶対に見ないことを決意して、実際にそうした」そうです。

 このあたりの状況判断能力が、すごいんだよなあ。

 やっぱり気になって、見てしまいそうじゃないですか。


 この新書のなかでは、指原さんの「ちょっとズルい処世術」の数々も語られています。

 立場が自分より上の人とのコミュニケーションの仕方について、私なりに見つけたコツをお話します。

 HKT48の劇場支配人になったこともあり、偉いおじさんたちと話す機会が多くなりました。バラエティの現場にも、偉いおじさんたちがいっぱいいます。

 おじさんとしゃべるのは得意だと思います。接し方としては、すっごい立場が上の人には友達感覚で話して、ちょっと偉い人には下から行く。

 例えば、私は『笑っていいとも!』で2年半タモリさんとご一緒させていただいたんですが、収録後は普通に一緒にご飯を食べていたし、私に対して普通に話してくれるんです。

 偉すぎる人って、心が広いんです。

 秋元さんとかもそうなんです。私みたいな人間が普通に話しかけても、ぜんぜん大丈夫なんです。あんまり尊敬モードで緊張しちゃうよりも、友達モードでいくほうが、むしろおもしろがってもらえる。

 でも、中途半端に偉い人って、ちょっとの無礼がムカつくんです。ちょっとの無礼に敏感なんですよ。だからなるべく低姿勢でいく。ここを間違ったらまずいです。

 おじさんとしゃべるのが得意なのはたぶん、昔からハロプロのファンのおじさん達と、コンサート会場でよくしゃべっていたからだと思います。

 ああ、指原さんは、偉い人にかわいがられるタイプだよなあ、と。

 そして、それをある程、相手をみて、意識してやっているのか……

 

 そして、指原さんのこんな「苦手」に、僕は共感してしまいました。

 私は先輩に対しては、弱いです。後輩に対しては、優しくなれます。

 年上の人には”下から”で行けば間違いないし、年下に対しては多少”上から”でもOKですよね。

 そう考えると、私にとって一番コミュニケーションを取るのが難しいのは、同い年かもしれない。どう振る舞えば正解なのか、基準がなさすぎる。

 これって、よくわかるんですよ。

 僕は他者と「距離が近すぎる」で、ある程度お互いの「役割」みたいなものが決まっているほうが、付き合いやすいのです。

 でも、同級生って、たしかに「基準がなさすぎる」のだよなあ。

「同級生じゃないか!」って馴れ馴れしくするのもイヤだし、だからといって、それなりに親しげにしないと、不自然な気もするし……

 そういう意味では、指原さんには、若い頃から周囲に大人がいて、先輩後輩がしっかりきまっている世界、芸能界での仕事が、合っていたのかもしれませんよね。

 こういう、「苦手の見せかた」も上手いんだよなあ、と、感心しつつ。


 ひと晩ぐっすり寝て起きた次の日には、「2連覇しなくて良かった!」と思っていました。ハードルが上がり過ぎて、「絶対王者」みたいに思われるのも大変ですから。のちのちのことを考えれば、挫折があるほうがストーリーは面白くなると思うんですよ。人の人生を見ていてもそう思うんです。全部が全部順調な人って、応援したくなくなってしまう。挫折がないからストーリーに起伏がないし、心配もないから、応援しなくても大丈夫だと思ってしまう。

 だから、挫折できてラッキー。

 弱音を吐けるチャンスをもらえて、ラッキー。

「普通はもうちょっと悔しがるもんじゃない?」

 そう言われるのが一番困ります。だって、開票イベントが終わって家に帰って寝るまで、6時間も悔しかったんですから。6時間”も”です!


 参考になる、かどうかはさておき、指原莉乃って、面白い人だなあ、と思いながら読みましたし、なんだか元気が出てくる本なんですよ、これ。

 僕みたいに、指原さんのことが「ちょっと気になっている」人には、オススメです。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20141001

2014-09-30 【読書感想】情熱の伝え方

[]【読書感想】情熱の伝え方 ☆☆☆☆ 【読書感想】情熱の伝え方 ☆☆☆☆を含むブックマーク 【読書感想】情熱の伝え方 ☆☆☆☆のブックマークコメント


情熱の伝え方

情熱の伝え方

内容紹介

☆『情熱大陸』を作る情熱はどんなビジネスにも応用できる!


“補欠入社"で30代半ばには“窓際寸前"までになった著者が、もがきながら身につけてきた、仕事で「本当に必要なこと」を綴った一冊。

いま、『情熱大陸』のプロデューサーとして日々学んでいる“一流の人"たちのビジネスマインドも独占紹介!

番組制作の裏側も満載! !


☆本書より

■「通る企画書の条件」――敏腕ディレクターの“新聞の切れ端"企画書/『情熱大陸』で通った実例

■「売れっ子の秘密」――「くまモン」の製作者、“スーパーマン"作家2人の想像を超える仕事術

■「非効率が成果を生む」――香川真司選手がきっかけだった!

■「“会いたい人"になるための3つのこと」――壇蜜さんに教えられたこと

■「“もう一人の自分"を持つ」――「今でしょ! 」林修先生の分析力

■「リーダーがすべきたったひとつのこと」――楽天・嶋捕手の「責任論」

ほか


 現在の『情熱大陸』のプロデューサー、福岡元啓さんの著書。

 文化系で、人づきあいもあまり上手ではなかった、という福岡さんは、大学卒業後、なんとかMBS毎日放送に採用されます。

 ところが、本社が大阪にある毎日放送では、東京出身の著者は、言葉に馴染めず、周囲から浮いてしまったり、深夜ラジオを終えたあと、定期的に先輩の「お供」をさせられたり……

 そうしてなんとか毎日放送に入社したのですが、新人の頃には、酒屋さんや魚屋さんがよくつけている紺色の前掛けをして出社していました。ジャケットの日、シャツの日……、およそ前掛けをするにはミスマッチな服装でも必ず前掛けをしていました。朝、家を出るときから、電車に乗って会社に行き帰宅するまでの全行程でです。

 なぜか? 上司に、「ずっとつけて出社しろ!」と怒られたからです。

 たまたま立ち寄った魚市場の作業服売り場で見つけた前掛けを先輩と一緒に買って、休み時間にオフィスでつけてはしゃいでいたら、よっぽどうるさかったのでしょう、それを見つけた当時の上司が、

「そんなに前掛け好きなら、ずーっとしとけよ! 絶対だぞ、わかったか!」

 とブチギレたのです。

 それから、僕は、くる日もくる日も、結局1年間も前掛けをせざるを得なくなりました。週に2回ほど東京への出張で新幹線に乗らなければならなかったのですが、新幹線でもしていました。自由席でも、隣に座っている人はいませんでした。まあ、当然ですよね、どう考えても変な服装で、ちょっとオカシイ人なのですから。

 パーティーなどのフォーマルな場では、ちゃんとしたジャケットを着て、前掛けをしていました。社長室にも前掛けで行きましたが、それを社長にいじられることもなく、黙殺されていました。

 何もそこまでずっとつけなくても、と思われるかもしれませんが、怒った上司は空手部出身の武闘派で有名で、もし、前掛けをしていないのが見つかったら、本当にしばかれます。僕は、とにかくビビっていたのです。

 そんな僕に対して、面白がって話しかけてくれる人はごく少数。ほかの人は「珍獣」を見るような目で、僕を眺めていました。


 福岡さんは1974年生まれですから、僕と同じくらいの世代です。

 ということは、僕も、もしこういう仕事をやっていたら(マスコミとか、絶対受からなかったと思いますが)、同じような目にあっていたのか……

 この本を読むと、福岡さんの「粘り強さ」と「言われたことを素直に聞く能力」が成功の要因なんだろうなあ、という気がするんですよ。

 でも、「こういう上司って、いまの感覚でいえば、『パワハラ』だよなあ……」と。

 非体育会系の僕は、なんだかそれがすごく引っかかってしまって、書かれていることに納得しきれないところがあったんですよね。

 「取材対象に密着する『情熱大陸』」という番組をつくるには、誰かがずっと張りついていなければなりません。

 ということは、仕事は定時、残業なし、なんてことには、絶対になりません。

 取材対象の中には、気難しい人もいれば、なかなか本心を出してくれない人もいる。


 福岡さんの仕事術って、読んでいると「僕の父親世代のモーレツ社員みたい」なんですよ。

 あの『海賊とよばれた男』の社員たちのような。

 取材相手の警察の幹部にコンタクトをとるために、何時に帰ってくるかわからないのに、何日も家の前で待ち続けていたり、「特ダネ」をモノにするために、身の危険を感じるような相手に「突撃取材」をしたり。

「体育会系」が苦手な僕としては、「これはついていけないな……」という状況での仕事なのですが、「面白い番組をつくる」というのは、すごく泥臭くて大変なことなのだな、と思い知らされます。

 「本当にその『前掛け』って、福岡さんの人生にプラスになったのだろうか……」という気はするのですが、それを「プラスになったんだ!」と思えるというのが、強さなのでしょうね。


 関連会社に出向となるなど、さまざまな経験を積みながらキャリアを重ねた福岡さんは、2010年に、毎日放送の看板番組のひとつである『情熱大陸』のプロデューサーに異動となりました。

 

 毎週日曜日に放送がある情熱大陸。

 番組に出演していただく人はどうやって決まっていくのかを、簡単に説明します。

 番組には、局のプロデューサーの僕が1人いて、たくさんの制作会社(約30社くらい)から、こういう人を取り上げたらいいのではないかというプレゼンを受けます。または、自分を取り上げてほしいという本人からの売り込みが直接くることもあります。あとは、僕が興味のある人をリサーチして、出てもらうことを決めることもあります。

 そうやって決まった企画は、常に20本ほど走っています。

 決まった企画を作ってもらう制作会社にもプロデューサーがいて、現場の仕切り役・交渉ごとなど、制作を進行していくのに欠かせない大切な役割をしていただいています。

 実際に出演者と向き合うのはディレクターで、どうやって撮影していくのか常に考えながら取材は進んでいきます。

 いま走っている企画の進捗状況の報告、どうやって撮っていこうかなどの相談を適宜受けながら、同時に今週放送する回の編集やナレーションなどの作業を進めていくのが、僕の主な仕事の中身です。


 こうして、「常に20本ほど企画が走っている」という情熱大陸なのですが、VTRの編集が完成するのはだいたい金曜日で、ナレーションを録るのは放送前日の土曜日なのだとか。

 そして、回によっては、放送開始直前まで編集をすることもあるそうです。

 WBCに出場した前田健太投手を採り上げた回では、試合が当日にあったため、番組の前半を放送しながら、後半の編集を行い、なんとか間に合わせた、ということでした。

 そうやって、必要なときには「ギリギリまで粘って、より良いものをつくろうとしている」のです。


 この本の読みどころのひとつは、福岡さんや『情熱大陸』のスタッフたちが接した、有名人たちの「素顔」なんですよね。

 そして、スタッフたちは、それを、どう切り取って、視聴者に伝えようとしているのか。

 2011年7月に放送された、(当時)AKB48のセンター、前田敦子さんの回について。

 取材と取材の間に10分間しかなかった食事の場面も、カメラは捉えていました。

「(時間が)ヤバイですね〜。この後、着替えないといけない」

 と言いながらも、彼女はサラダを頬張って笑顔を浮かべます。

 ですが、VTR終盤、ドラマでの真剣な演技に臨む彼女を追う取材カメラは、撮影NGとなってしまうのです。

 その後も彼女は、僕たちのカメラを頑なに拒みます。

 取材カメラが演技の邪魔になってしまったという部分もあります。普通ならアイドルとして怒っている姿を放送することは駄目でしょう。だけど超多忙なアイドルとして生きる彼女のリアルを映し出している箇所だと思ったので、覚悟を持ってそこを描き放送しました。

 結果、多忙な彼女、懸命な彼女のことが、よく伝わるものになったと思っています。

 硬軟、緩急、剛柔、2つの側面があってこそリアルな人間なのだと思うのです。

 といってもイヤなところを積極的に見せたいわけではありません。ただ、物事はともすれば少しかっこう悪く見えるようなスパイスが入ってるほうが、より良く引き立って見えるのです。

 褒め言葉だけを並べるよりも、かっこいい一面だけを捉えた映像だけを流すよりも、より深く伝わっていく。そして、それは結果的に、みんなの共感につながっていくのだと思います。

 僕もこの前田敦子さんの回は観ていて、当時「わがまま」「愛想がない」などとも言われていた前田さんの、まさにそんな一面が放送されたことに、ちょっと驚いたのです(その一方で、「これも秋元康の作戦にちがいない!」とか、勘ぐってもいましたけど)。

 しかしながら、そういう、決してポジティブとはいえない面、人間的な一面をみることによって、僕の中での前田さんへの好感度は、けっこう上昇したんですよね。

 ああ、あの今をときめくアイドルグループのセンターも、周囲に愛想良くできないときも、あるんだよな、それが「あたりまえ」だよな、って。

 僕自身、誰かの「すごいところ」よりも、「失敗してしまったり、うまくいかないところ」をみて、なんだか好きになってしまうこともあって。

 すごいひとの、すごいところには、憧れるけれど、近づきにくさがある。

 でも、すごいひとの、すごくないところには、ちょっとホッとする。

 芸能人でも「共感されること」が大事な時代でもありますしね。


 田中さん(「前掛け指令」を出した先輩)は、使えない僕をわざわざ構ってくれました。厳しく育てることにも、大変な労力が必要だったに違いありません。

 田中さんのイジリはありがたいことでしたが、入社以来そんな風に、かっこ悪く生きてきた僕は、ずっとコンプレックスを持って会社員生活を送ってきました。でも、情熱大陸で毎週いろんな人の生き方を見るうちに、大きく意識が変わりました。それは「かっこ悪いもののなかにこそ、かっこいいものがある」ということを学んだからです。

 女流本因坊戦で敗退し、楽屋でうずくまって涙する女流棋士謝依旻さん。もちろん、勝ってこその勝負の世界。負けて涙を流すのは、本来はかっこ悪い姿です。でも、泣きながら本気で悔しがる彼女の姿は、とてもかっこよく見えました。必死になってもがくところに情熱があり、だからこそ、その情熱は伝わるのだと思います。

 

 最近の『情熱大陸』は、以前より、「対象者のうまくいかないところや葛藤」を描く場面が多くなったような気がするんですよ。

 そういう「かっこ悪い姿」が、たしかに「かっこよく見える」のは、福岡さんのような「かっこ悪いというかっこよさ」を知っている人がつくっているからなのだな、と、これを読んでわかりました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20140930

2014-09-29 【読書感想】フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか

[]【読書感想】フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか ☆☆☆☆ 【読書感想】フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか ☆☆☆☆を含むブックマーク 【読書感想】フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか ☆☆☆☆のブックマークコメント



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)

リサイタルという形式を発明した「史上初のピアニスト」フランツ・リストは、音楽史上もっともモテた男である。その超絶技巧はヨーロッパを熱狂させ、失神する女たちが続出した。聴衆の大衆化、ピアノ産業の勃興、スキャンダルがスターをつくり出すメカニズム…リストの来歴を振り返ると、現代にまで通じる十九世紀の特性が鮮やかに浮かび上がってくる。音楽の見方を一変させる一冊。


 なんかすごいタイトルだな……と思いつつ読み始めたのですが、内容は「興行のやりかた、あるいは技術的な面で音楽の世界に大きな影響を与えた天才ピアニスト、フランツ・リスト」について描かれた面白い新書でした。

「女性を失神させるための悪いテクニック」とかの本じゃないですからね、念のため。


 こんなタイトルなのですが、著者によると、フランツ・リストというピアニストは、チャラチャラした軽薄な人物ではなく、利他的な好漢だったようです。

 ヨーロッパ中を巡ってのピアノリサイタルで、かなり稼いでいたらしいリスト。

 しかしながら、彼自身はそのお金の多くを寄付したり、社会福祉事業に使っていたそうです。

(しかし、「リサイタル」という言葉で最初に思い浮かぶのは「ジャイアン・リサイタル」だという人は、けっこういるんじゃないかなあ。僕も『ドラえもん』直撃世代だから……)


「天才少年」ともてはやされたリストは、若くして、ヨーロッパ中を公演してまわることになります。

 26歳になり、ヨーロッパにその名を知られた大ピアニストとして、再びウィーンの民衆の前に現れたリストは、ドナウ河の氾濫による洪水被害者救済のために、いくつかの公演を開いた。このときの圧倒的な成功が、ヴィルトゥオーゾとして再びヨーロッパの舞台に立つ決心を固めさせたのだった。

 その翌年。1839年11月のウィーン公演を皮切りに、1847年の9月、エリザベトグラードでの引退公演まで、実に8年間という長期にわたり、それまで誰も想像すらできなかったような、史上最大のヨーロッパ・ツアーが繰り広げられたのである。

 この歴史的なコンサート・ツアーは、西はリスボンから、東はモスクワ、コンスタンチノープルまでを縦断する大がかりなものだった。飛行機はおろか、鉄道も整備されていない時代だったことを思い起こしてほしい。移動時間・距離も考慮すると、まさに空前絶後である。

 このツアーで、リストが公演した回数は、およそ千回。訪問した街は、260に及ぶ。単純計算だが、8年間を通して、平均約3日に一回公演をしたことになる。おそるべきスタミナとエネルギーである。


 類まれなるカリスマ性を持っていたとされ、ピアノの技術も素晴らしかったリストのコンサートツアーは、各地で大成功をおさめました。

 交通網も宿泊施設も整備されていない時代に、これだけヨーロッパ中を巡るというのは、大変なことだったでしょうね。

 この頃のヨーロッパで巻き起こった「リスト・フィーバー」は、まさに社会現象というべき凄まじいものだった。ドイツの作家アレクサンダー・フォン・シュテルンベルクは、「このばかげたとしたいいようのない熱狂は、芸術史の本よりは、病歴報告書の一ページとしたほうがふさわしい」とあきれたが、それは演奏会というより、狂乱騒ぎそのものだった。

 彼女たちの熱狂ぶりを、いくつかご紹介しよう。

 彼の前にひざまずき、指先にキスさせてもらえるよう許しを請う女性がいるかと思えば、別の女性は、彼の紅茶カップにあった飲み残しを、自分の香水瓶に注いだという。あるロシアの淑女たちは、船で旅立つリストを見送るためだけに、大型汽船を楽団付きでチャーターしたという。

 きわめつきは、南フランスの港湾都市マルセイユでの話である。ここでは、かつて栄華を極めたプロヴァンス王国を再建し、リストとその子孫を王座に据えようという話までもちあがったというのだ。

 それにしても、あらためて驚かされるのは、彼女たちが、「本当に失神してしまった」ことだ。


 好きな子のリコーダーを盗みに行く小学生かよ!というようなエピソードも含まれているのですが、現代のアイドルファンもびっくり、というような「リスト・フィーバー」が起こっていたのです。

 というか、ある人を熱狂的に好きになった人がやることって、19世紀半ばから、21世紀まで、そんなに変わらないんだ、とか、妙に感心してしまいました。

 いまは、さすがに王座に据えようという人はいないと思うのですが、AKBの総選挙の1位って、ある意味「王座」みたいなものなのかな。

 著者は、「女たちはなぜ失神したのか?」という問いに対して、現代のコンサートでは、狭い空間に人びとが密集し、興奮することによる過呼吸が原因だといわれていることを紹介しています。

 そして、リストの時代の「失神」については、貴族階層の精神的な豊かさである「エレガンス」と、新興階級であるブルジョワたちの物質的な豊かさである「シック」のせめぎあいと融合が背景になっていたのではないか、と分析しています。


 音楽を聴くとき、音楽を自己の精神を高めるための道具として用い、音楽によって自分のなかにひとつの像を創りあげようとする能動的で知的な動きと、音楽の流れのままに、その音楽が与える印象に身を任せる受動的で感情的な動きという、ふたつの聴き方がある。

 前者は人間が音楽に働きかける方向(知的作用)であり、後者は音楽が人間に働きかける方向(情的作用)である。どちらが欠けても、人間と音楽の関係は成立しない。

 ところが、十九世紀になって、音楽享受層が激変し、大量の「聴衆」が誕生すると、音楽における知的作用と情的作用は、大きくバランスを崩し、音楽にひたすら快楽を求め、音楽の官能的誘惑に服従し、音の洪水に身を任せるという「奴隷的聴衆」が大量に発生する。

 彼らは、音楽の精神的な内容よりも、派手で表面的な技巧(物質性)を重視する。まるでサーカスのような曲芸的な音楽に喝采を送るのだ。やがて、音楽の精神性は忘れ去られ、音楽は単なる見世物となる。

 音楽家は、外形が完全であればあるほど、聴衆を感動させられると考え、聴衆だけでなく音楽家までもが技巧の虜となり、技巧の習得のみに明け暮れ、人間性の欠けた芸術家が誕生する。こうして、音楽の精神性は空虚なものとなり、音楽は堕落への坂道を転げ落ちるのだ。

 リストが、サロンから活動の軸足を移した「劇場」は、ブルジョワ世界の象徴でもあった。劇場では、「演奏者」と「聴衆」は完全に分離され、聴衆は集団化していった。彼は、「ヴィルトゥオーゾ(超絶技巧を操る名手)」という大仰なニックネームを与えられ、偶像化された。「聴衆」という集団の上に君臨するには、スター性や見えやすい称号が必要だったのだ。

 リストの熱狂的なファンたちは「リスト・マニア」と呼ばれ、一大流行集団を形成した。彼女たちが、つねに「集団」であったことに注目してほしい。集団であったからこそ、一種の集団ヒステリーともいえる熱狂を生み出せたのだから。

 リストの演奏に失神した女性たちの正体は、このブルジョワ集団だった。

 ブルジョワ的価値観が、彼女たちを失神させたのだ。それは、まさに音楽に快楽を求め、それに溺れた「奴隷的聴衆」の象徴であり、十九世紀という時代を象徴する、ひとつの現象であった。

 そして、これまでに登場したさまざまなピースをつなぎ合わせてみると、あの熱狂と失神の原因は、リスト本人だけでなく、リストという「偶像」を誕生させた時代そのものだったことがわかる。

 これが、リストの狂乱し、失神した女たちの背後にあったメカニズムである。

 彼女たちは、失神したというよりも、失神したかったのかもしれない。

 

 この「技巧重視」が成立した背景として、ピアノの技術革新によって、鍵盤の高速連打が可能になった、というのもあったそうです。

 どんなに上手い人が素早く演奏しても、楽器のほうが反応しきれなければ、「違い」は生まれません。

 リストは、時代にも恵まれた、と言えるのでしょう。

 ただし、リスト本人はちやほやされて喜んでいたとも言い切れず、30代半ばでピアニストとしてのツアー活動はやめて、後半生は宮廷楽長になり、作曲・指揮・教育に専念するのです。

 当時の30代半ばですから、けっして「若い」とも言えなかったのでしょうが、リストは、75歳まで生きたんですよね。

 そして、ピアニストとしての名声と比べると、後半生の活動は、あまり話題にのぼることがありません。


 リストは、なぜこんなにモテたのか?

 そして、こんなに熱狂的に支持されていたのに、(少なくとも日本では)彼自身やその作品は、同世代のピアニスト、ショパンほど長く愛されることがなかったのか?

 

 リストはまさに「時代の人」であり、「あの時代に必要とされていた人」だったのかもしれませんね。

 だからこそ、時代が変わると、忘れられがちになってしまった。


「音楽という文化の変容」の象徴だったリスト。

 そしてその「変容」は、現代にまで影響を与えつづけているのです。

 

2014-09-28 「排外主義を煽る書店」についての雑感

[]「排外主義を煽る書店」についての雑感 「排外主義を煽る書店」についての雑感を含むブックマーク 「排外主義を煽る書店」についての雑感のブックマークコメント


参考リンク(1):排外主義を煽る書泉グランデ - Togetterまとめ

参考リンク(2):弊社ツイッターアカウントにご意見をいただきました件につきまして(SHOSEN)


僕も、在特会の桜井誠さんの著書を「有名書店がオススメする」ということには疑問を感じています。

在特会について取材したルポルタージュの感想を以下に紹介しておきます。

参考リンク(3):【読書感想】ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて(琥珀色の戯言)


あと、「ヘイト・スピーチ」の定義について。

参考リンク(4):【読書感想】ヘイト・スピーチとは何か(琥珀色の戯言)


 この『ヘイト・スピーチとは何か』の冒頭には、こう書かれています。

 2013年に日本で一挙に広まった「ヘイト・スピーチ」という用語は、ヘイト・クライムという用語とともに1980年代のアメリカで作られ、一般化した意外に新しい用語である。日本では「憎悪表現」と直訳されたこともあり、未だ一部では、単なる憎悪をあらわした表現や相手を非難する言葉一般のように誤解されている。そのことが、法規制をめぐる論議にも混乱を招いている。


 1980年代前半、ニューヨークを中心にアフリカ系の人々や性的マイノリティに対する差別主義的動機による殺人事件が頻発したことから、85年にはヘイト・クライムの調査を国に義務付ける「ヘイト・クライム統計法案」が作成された。これが「ヘイト・クライム」という用語のはじまりと言われている。同時期に、大学内で非白人や女性に対する差別事件が頻発したことに対し、各大学は差別的表現を含むハラスメント行為を規制する規則を採用するようになった。「ヘイト・スピーチ」という用語はその広がりに伴って使われるようになった。このように、その成立の経緯から見て、ヘイト・クライムもヘイト・スピーチもいずれも人種、民族、性などのマイノリティに対する差別に基づく攻撃を指す。「ヘイト」はマイノリティに対する否定的な感情を特徴づける言葉として使われており、「憎悪」感情一般ではない。

「ヘイト・スピーチ」という言葉が広まるにつれて、罵詈雑言と「ヘイト・スピーチ」がイコールである、というような使いかたをしている人もいるようなのですが、原義は「人種、民族、性などのマイノリティに対する差別に基づく攻撃」です。


「多数派(マジョリティ)からの、少数派(マイノリティ)への攻撃」なのですね。

 ですから、「嫌アメリカ本」ならどうなんだ?というような問いへの回答は、「そもそも、それは、ヘイト・スピーチではない」ということになります。

 そして、「現在の韓国政府の対日政策を批判してはいけない」というわけではなくて、在特会が街頭で行っている演説、

「ゴキブリ朝鮮人を日本から叩き出せ!」

「シナ人を東京湾に叩き込め!」

「おい、コラ、そこの不逞朝鮮人! 日本から出て行け!」

「死ね!」

こんなふうに「差別意識をあらわにして、マイノリティを攻撃すること」が問題なわけです。


 狭義での(厳密な意味での)ヘイト・スピーチというのを受け入れられる人って、少なくとも現在の日本人にはそんなに多くないと思うんですよ。

 「ゴキブリ」とか「死ね」とか言うのは「言論」じゃない。


 ちょっと長い前置きになりましたが、僕はこの書泉グランデのツイートを読んで、「こういう差別的な認識を植え付ける可能性がある本を、多くの人に「オススメ」してほしくはないな、と感じました。

 でも、その一方で、「大きな書店の一店員のツイートが、あまりにも重く受け止められすぎているのではないか?」とも思うのです。

 僕も書店員さんの本はよく読みますので、大型書店では、担当者が誇りをもって「自分の棚」をつくっているということを知っています。

 最近は、POPで「オススメ本をアピール」をしている書店員さんも多いようで、売り上げにも影響があるようです。

 とはいえ、ある本の内容に問題がある(と判断している人が多数いる)場合、誰に対して、その責任を追求するべきか?というのは、難しい問題です。


 ヘイト・スピーチ的な言論そのものが許せないのか、それが書物になって出版されることが許せないのか、有名書店の棚に並ぶことが許せないのか、それとも、「書店員に推される」ことが許せないのか?


「まず最初に抗議すべき対象は著者、二番目は出版社ではないのか?」というのが、僕の考えです。

「税金で運営している公立図書館に置くな!」という話だったらわかるのだけれども、書店だって儲からなければやっていけません。

 そして、「嫌韓本」には、ベストセラーが少なくないのです。

「置くだけ」で、オススメしなければ良いのか?

 まさか「買うな!」というPOPを立てるわけにはいかないでしょうけど(でも、かえって売れそうだな……)

 実際のところ、どういう人が、あの書泉のツイートをしたのは僕にはわからないのですが、書店の棚の担当者にも、いろんな人がいると思うのです。

 自分の担当の棚に並んでいる本が、どんな内容かをすべて把握している人なんて、ごくごくひとにぎりのスーパー書店員だけじゃないでしょうか。

 田口久美子さんというジュンク堂のカリスマ書店員さんの近刊を読んでいたら、文系大学出身でジュンク堂に入ってきて、いきなりまったく知らない「コンピュータ/IT」の棚を担当させられ、悪戦苦闘した書店員さんの話が出てきました。

 すべての本やジャンルに精通している書店員さんなんて、そうそういないでしょうし、担当ジャンルが変わったばかりとか、まだ新人さんだとか、そういう可能性だってあるわけです。

「それも書店全体の責任だから、ツイートの内容を逐一チェックしておけ!」ということになるのも、なんだか面白くない。

 そうなると「無難なもの」ばかりが薦められるようになるのではなかろうか?

「面白い本」には、不謹慎との境界が難しいものも、少なくありません。

『逮捕されるまで』とか、微妙ですよね。


 個人的には、あのツイート(参考リンク(1)で読めます)は、迂闊で不用意だとは思っています。

 僕自身も「読んでない」ので、あんまり強く言えないところはある。

 ただ、「読んだだけで洗脳される」っていうような本は無いですよ。

 多くの人は、その主張を読むことによって、「自分で考える」はずです。

 むしろ、「あまりにも無菌状態でいること」のほうが、何かに感染してしまったときの反動が怖い。

 いまの世の中、「情報」は、どこから入り込んでくるのか、わからないのだから。

 ちゃんとした形で「書籍化」されていることによって、外部から窺い知ることができる、というメリットもあるのです。

 「書店員のオススメ」だって、これだけ世の中に溢れてしまっていては、あんまりみんな信用していないと思うし。

 最近は「ああ、これって本部からの通達とか、誰かの書評をみて、そのまま書き移しただけなんだな」と感じるPOPが多いんですよ。

 そういうのを見るたびに、「ああ、書店員さんも大変だよなあ」と同情せずにはいられません。

 いやほんと、みんなが書店員さんたちの現在の待遇を知っていて、それでも「棚にプライドを持て!」「書店は知識の窓なのだ!」と言うのであれば、それはあまりにも高望みのしすぎなのではないか、と。


 この騒動をみていて思ったのは、書店という「客商売の最前線」だから、こんなに責められているのではないか、ということなんですよ。

 書店は「最後の砦」であるのと同時に、「顧客の動向に対して、いちばん敏感にならざるをえないところ」なのです。

 著者の主張が間違っている、存在することすら許せないと思うのであれば、著者に直接抗議するなり、SNSとかブログとかで自分の意見をカウンターとして主張すればいいはずです。

 あるいは、出版社に「なぜこんな本を出版するのか?」と問いかけてもいい。

 たぶん、実際にそうしている人もいるはずです。

 でも、「在特会」を直接批判するのは、リスクが高い。

 僕だって、そう思います。

 実際に、反対派にたいして、暴力で「実力行使」してきた事例もあるのですから。

 そういう意味では、「書泉」が相手なら、やり返されるリスクも極小だし、おそらく「相手は謝罪するしかない」という予想はつくはず。

 ただ、そうやって「弱いところを突く」のって、作戦としては正解なのかもしれないけれど、長い目でみれば、「思想関係とか、めんどくさいものには関わらない書店」を増やすことにしかならないんじゃないかなあ。

 そもそも、「正しい本」と「正しくない本」の線引きは、誰がするのだろう?


 今回の件に関しては、個々の人がツイッターで「その本は『書店オススメ』には不適切なのでは?」と疑念を呈したり、「そういう書店で買うのはやめよう」と決意したりするのは自然なことだと思うのです。

 そこで、せっかく双方向性のあるツールを使っているのだから、「隣国との関係について知りたい人は、こういう本のほうが良いんじゃないでしょうか」というオススメ本を紹介していくとか、「その本には、こういうことが書いてあって、ここが問題だと思います」というような「情報交換」に進んでいけばよかったのに、結局、「あそこは『ヘイト推進書店』だから、みんな買わないようにしようぜ!」と見せしめにすることにばかり、労力が割かれてしまった。

 ツイッターって、これが、「別にみんなで相談してやったわけじゃなくて、ひとりひとりは自分の意思でやっているだけ」というのが難しいところなんですよね。

 でもさ、「叩いて見せしめにする」よりも、良いやり方は、あると思う。


 あと、このやりとりをみていて痛感したのは、「こういう理由で書店を選べるのって、東京をはじめとする都会の人の特権だなあ」と。

 地方都市では、大型書店は紀伊国屋ひとつしかない、というようなところも、少なくないんですよね。

 東京の人って、ここまで書店員さんの仕事のハードルを上げているのか……



ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

逮捕されるまで 空白の2年7ヵ月の記録

逮捕されるまで 空白の2年7ヵ月の記録

2014-09-27 【読書感想】ヨシダソース創業者ビジネス7つの法則

[]【読書感想】ヨシダソース創業者ビジネス7つの法則 ☆☆☆ 【読書感想】ヨシダソース創業者ビジネス7つの法則 ☆☆☆を含むブックマーク 【読書感想】ヨシダソース創業者ビジネス7つの法則 ☆☆☆のブックマークコメント



Kindle版もあります。

内容説明

19歳で単身アメリカにわたり、ヨシダソースを創業した吉田潤喜氏。この事業で大成功し、無一文から億万長者(年商250億円)になった著者が教える、ビジネス成功のための7つの法則。

「エネルギーの法則」「パッションの法則」「チャンスの法則」「アトラクションの法則」「成長の法則」「恩返しの法則」「成功の法則」という7つの法則について、自身の経験からTIPSを語る。


レバレッジ、効率、合理化などで成功できた時代が終わり、愚直に正直に情熱と誠実さをもって努力してこそ成功できる時代を生きるわれわれにとって、

吉田氏の提言は胸にひびくとともに、アメリカンドリームをかなえた著者ならではのダイナミックなビジネススタイルには、ならうところが多くある。


 上の「内容説明」には、「著者ならではのダイナミックなビジネススタイルには、ならうところが多くある」と書かれていますが、実際にこの本を読んでみての実感は「うーむ、この人のマネは、少なくとも僕にはできないなあ……」でした。

 そう簡単にマネできるようなら、みんな億万長者になってるって!


 アメリカのソース王。

 人は僕のことをこう呼ぶ。

 あるいは、イチローの次に有名な日本人、とも。

 気がつけば僕が作った「ヨシダソース」は、現在、全米だけでなく世界14ヵ国で販売されており、ヨシダグループも今では全社、約250億円の企業グループに成長した。

 40年以上暮らしてきたこの国には、たしかにアメリカン・ドリームがある。しかし僕は成功を追い求めてきたつもりはない。日々がむしゃらに生きていたらこうなっていた、というのが正直なところだ。

 

 京都の「ごんたくれ」。アメリカにくる前は、こう呼ばれていた。「ごんたくれ」とは京都弁で、「誰も手に負えない、どうしようもないワル」のこと。それまでの人生は、はっきり言ってろくなもんじゃなかった。


 1949年に在日コリアン一世の両親のもと、7人兄弟の末っ子として生まれた吉田さんは、4歳のときに事故で右目の視力を失ってしまいます。

 その後、「バカにされるたびに、悔しくてケンカばかりするようになった」と吉田さんは、「ごんたくれ」と呼ばれる学生時代を過ごし、大学受験に失敗したのを機に、憧れのアメリカに渡ることになります。


 吉田さんは、オレゴン州で空手道場を経営して生計を立てていたのですが、不況で生徒数が激減してしまいます。

 そんな不況の最中、忘れもしない1981年のクリスマスのこと。

 例年のように、生徒たちからたくさんのクリスマスプレゼントをもらった僕は、恥ずかしいことにお返しをする余裕さえなかった。

 困り果てて頭を抱えていたときに、ふと思いついたのが、母の作るバーベキューソースだった。

 日本を離れる前、母は焼肉屋をやっていた。そこで手作りしていたソース、つまりは焼肉のタレの味を懐かしさとともに思い出したのだ。

 バーベキューソースは多々あれど、醤油ベースはアメリカでは珍しかった。しかもあの甘辛い味つけは、アメリカ人にもきっとウケるに違いない!

 早速、母に電話をしてレシピを聞き出し、準備に取りかかった。


 こうして「生徒たちへのお返しのために」作ったバーベキューソースが大好評で、「お金を払うから、また欲しい」と言われたことがきっかけで、「ヨシダソース」は生まれたのです。

 ほんと、人間何が幸いするか、わからないですよね。


 もちろん、ヨシダソースも順風満帆に売上を伸ばしていったわけではなく、何度も危機があったようです。

 しかしながら、その都度、吉田さんを助けてくれる人があらわれ、会社は成長していきました。


 この本を読んでいると、吉田さんのバイタリティに圧倒されるのと同時に、「ビジネス」の世界も、突き詰めていけば「人間関係」なんだな、と考えさせられます。

 僕の感覚では、吉田さんは「他人との距離が近い人」なのですが、そうやって、人の懐に入り込んでいくことを恐れなかったからこそ、現在の成功があるのです。


 そして、もうひとつ感じたのが、吉田さんの「しぶとさ」「あきらめの悪さ」なんですよね。

 ヨシダソースが軌道に乗ってきたとき、バイヤーから、「新しいソースを作ってくれ」というリクエストがあったそうです。

 そこで、吉田さんはパイナップルを使った「チャイニーズ・スイートサワーソース」を作りました。

 これは自信作だったそうですが、売れ行き的には大失敗。

 冷凍庫には、材料のパイナップルが大量に余ってしまいました。

「ジュンキ、このパイナップルの在庫を一掃する方法があるなら、何でもいいからやってくれないか?」

 バイヤーの困惑した申し出に、僕はまた10秒考えて即答した。

「それなら今度は、ハワイアン・バーベキューソースにしよか?」

 当時からオレゴンやワシントンの人たちは、雨の多い冬になるとハワイへ行く習慣があり、ハワイに対するイメージは文句なしによかった。

「それで、中身は一体何にするんだ?」

「中身は一緒や」

 バイヤーは最初、ジョークかと思ったらしいが、僕はあくまでも真剣だった。原材料は基本的にチャイニーズソースと一緒だが、トマトの分量を多くして赤いソースに仕上げる。そして、ハワイらしいトロピカルなラベルに変えれば、一丁上がり。

 結果、ハワイアン・バーベキューソースは、バカ売れした。それこそ、ジョークかというくらいに。バイヤーは言った。

「ハワイでも、このソースは人気なのか?」

「そんなもん、あるかどうかも知らんわ!」

 僕が言いたいのは、失敗したからといって、発想をがらりと切り替えてしまうのは、早計だということだ。


 ブログとかを書いていると、たしかに、こういうことってあるんですよね。

 以前書いて、まったく読んでもらえなかったものが、ちょっとタイミングをずらして、もう一度同じようなことを書くと、大きな反響がある。

 もちろん、「やっぱりダメ」ってことも少なくないのですが、うまくいかなかったからといって、「全部が悪い」というわけじゃなくて、時期やちょっとした工夫で、一気にブレイクすることがあるのです。

 こんなエピソードを読むと、「他人の反応とか、成功と失敗の境目なんて、そんなもんなんだよなあ」と考えずにはいられません。

 こんなにいいかげんで良いのか?と思うくらいが、案外「ちょうどいい」のかもしれません。

 精神的にも、ね。


 僕はこの本を読みながら「こういう生き方は、自分にはできないし、多分、僕は吉田さんからは好かれないだろうな」って、考えていました。

 でも、だからこそ、「こういう人の考え方」を本から学ぶっていうのは、けっこう大事なことのようにも思われるのです。

「ハワイアン・バーベキューソース」の話みたいに、参考にできるところだって、たくさんあるのだから。