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2015-04-25 【読書感想】新・世界怪魚釣行記

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新・世界怪魚釣行記

新・世界怪魚釣行記


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)

完全オールカラー。衝撃の写真とユーモアあふれる文章。怪魚求めて世界をさすらう破天荒釣行記、待望の最新作!


おお、ついに続編が出たのか!と喜びつつ購入。

僕自身は、自分でも呆れるほどのインドア人間なのですが、アウトドアの話を読むのは大好きで。

しかもそれが無謀で、ちょっと笑えてしまうような冒険であればあるほど嬉しくなってしまうのです。


この本の前作『世界怪魚釣行記』は、著者が世界中を、「怪魚」を求めて釣り竿を抱えて探検する、という内容でした。

実際には「釣り竿」というよりは、最新鋭の釣り具セットやボートなんですけどね。

著者の「狙いの魚を釣るためなら、身の危険を厭わない」という、あまりにも無謀な挑戦っぷり、そして、釣りのためなら、現地の人たちの懐にも飛び込んでいく、というバイタリティが伝わってきたのです。

そして、なんといっても、世界各地の「怪魚」たちのインパクト抜群の姿!


ほんとにこんな魚が、地球上に存在するのか?

しかも、「釣れる」ものなのか?


率直に言うと、この『新・世界怪魚釣行記』には、前作ほどの圧倒的なインパクトはありませんでした。

それだけ前作がすごかったから、とも言えるのですが、文章もちょっと「落ち着いた」感じになりましたし、釣り以外の行動も、そんなに無茶はしなくなったな、と。


でも、いきなりワニを釣り始めたり、カピバラ狩りがはじまったりするからなあ……

……やっぱり無茶してるか。前言撤回。


そして、豪快な「魚とのファイト」にばかり目が向きがちなのですが、著者は、狙いの怪魚に対して、かなり詳細な観察と研究を重ねているのです。

 釣果を重ねるごとに、僕はこの魚の補食の仕方を深く理解していった。とにかく激しいアクションを好むピラルクーの補食は繊細で、釣り方は奥が深い。

 まず、呼吸で水面に上がってくるのを見つけ居場所を特定し、丁寧にルアーを送り込む。ピラルクーは実によくルアーを観察していると思われ、ルアー操作はスローが基本だ。しかし、ただ単調に動かしているだけではダメだ。食い気を誘発する明確なアクションに、食わせのタイミング、微妙な間合いが大切なのだ。それを完全にモノにした時、僕のピラルクー釣りは劇的な進化を遂げた。時にはポイントに着いて即1投でヒットすることもあり、僕は最終的にこの地で32匹のピラルクーを手にすることとなった。

 ピラルクーというのは、アマゾンに生息する大きな魚で、水族館などで見たことがある人も多いはずです。

 あれをアマゾンまで言って釣るんですよ、しかも32匹!


世界の釣り文化比較、なんていうのも、なかなか興味深いものがありました。

アラスカにキングサーモンを釣りにいったときの話。

 翌朝、キーナイ川の本流に行ってみると、釣り人でごった返していた。駐車スペースはほぼ満車で、駐車にさえ苦労する。川の両岸に、ざっと見回しても老若男女100人が5mおきに立ち込んでおり、まるで日本の管理的釣り場のような混みようである。

 それにしてもアメリカ人は釣りが下手である。へっぴり腰のキャストで、仕掛けが10mも飛んでいない。しかし、度々60cm半ばのレッドサーモンが掛かり、ロッドを大きくしならせている。みな一様にドラグなど使わず、ガンガンリールを巻いて強引に引き寄せる。まさに肉食人種の釣りだ。「こんなんで釣れるんじゃあ、レッドは楽勝だな」とほくそ笑み、僕らも川に浸かり、竿を振り始めた。

「やれやれ……」と呆れながらも、それほど気分は悪くない。アラスカで出会った釣り人達は、人が居ようと居まいと、お互いラインが絡まぬ程度であれば「魚のいる所に撃ち込め!」というのが鉄則となっている。アメリカ人はあんまり小さいことにこだわらず、合理的な釣りを行う。釣り人同士のポイント争いが熾烈な日本の釣り場からやってきた僕にとっては、なんだか清々しく思えるほどだ。


 日本には、こんな怪魚はいないのだろうな、と思いきや、カムルチーという巨大な雷魚や、イトウの写真をみて、びっくりしてしまいました。

 いるじゃん、日本にも、怪魚!

 イトウなどは「怪魚」というより、神秘性を持った存在のように語られることが多いようですけど。


 最初の本ほどのインパクトはないのですが、著者がこうして「怪魚ハンター」として活動を続けていることが、僕にとってはちょっと嬉しくなる話です。

 自分にはできないことだけれど、だからこそ、他人のこういう「好きなことをやってやる!」という生き様に惹かれてしまう。

 この本のオビには、高野秀行さんの「衝撃の写真とユーモアあふれる文章。いや、凄い。面白い。参った!」というコメントが書かれているのですが、たしかにこの本は「凄い、面白い、参った!」としか言いようがない。

 理屈じゃなくて、「こういうの大好き!」っていう人は、けっこういるはず。

 もちろん、そうじゃない人も、もっと大勢いるんだろうけどさ。


いやでもほんと、マラリアとか寄生虫にだけは、気をつけたほうが良いと思います。

ご結婚されたみたいですし。


ちなみに、著者が釣り上げた「怪魚」の数々の一部の写真は、こちらで見ることができます。

参考リンク:怪魚ハンターが釣り上げた世界の怪魚・珍魚まとめ(新刊JPニュース)




前作の『世界怪魚釣行記』はこちら(シリーズ未読の方は、まずはこちらから読んでみることをオススメします。僕の感想はこちら

世界怪魚釣行記

世界怪魚釣行記


価格が安いKindle版もあります。

世界怪魚釣行記 (扶桑社BOOKS)

世界怪魚釣行記 (扶桑社BOOKS)

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2015-04-24 【読書感想】洋子さんの本棚

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洋子さんの本棚

洋子さんの本棚

内容紹介

本と人生を語り尽くした、滋味あふれる対話集。

ともにたいへんな読書家で知られる小説家・小川洋子氏とエッセイスト・平松洋子 氏。

同世代で同郷のお二人が古今東西の名作を入り口に、文学とおんなの人生の来し方 行く末を語り尽くした対話集。

それぞれの本棚から飛び出した30冊と1本に、ケストナー、増井和子、タブッキ、白 州正子、倉橋由美子深沢七郎藤沢周平、オースターetc……。

語られるのは、少女時代の思い出から人生の旅立ちまで……。

巻末に抱腹絶倒の「人生問答」を附録。実践的かつ滋味深く、今日からあなたの人 生の良き道標となることまちがいなし。


 小川洋子さんと、平松洋子さん。

 僕はお二人とも大好きなので、どんな話になるのだろう、と期待しながら読み始めました。

 ともに読書家としても知られており、年齢が近く、子どもの頃、岡山に住んでいたことなど、共通点も多いのですよね。

 名前も同じ「洋子さん」ですし。

 終始和やかな雰囲気ではあるのだけれど、読んできた本の話や、ところどころに出てくる「女性としての生き方」には、ハッとさせられました。

 僕自身には「男だから」「女だから」というのは過剰に意識しすぎてはダメだな、という意識があるのですが、やはり、男には理解しがたい部分もあるのかな、と。


 このふたりの「読んだ本の記憶」は、実に鮮やかで、僕も読みながら、子どもの頃のことを思い出してしまいました。

 第一章の「少女時代の本棚」より。


 石井桃子さんの『ノンちゃん雲に乗る』の話。

小川洋子長く読み継がれている本には、やはり理由があると思いました。


平松洋子『ノンちゃん雲に乗る』も、今でこそ分析することも可能ですが、私がなによりはっとしたのは、お母さんに名前があるとノンちゃんが知ったあとの「それまで一つだったおかあさんとノンちゃんのあいだに、すきまができました」という一文でした。小学校二年生の女の子が、雲の上にいるおじいさんと出会い、生い立ちについて尋ねられて、お母さんのことを話す。そこで名前の話になるわけです。


小川洋子ノンちゃんにとってお母さんは、お母さん以外の何ものでもなかった。だからお母さんにも名前があると知って愕然とする。ここではおじいさんがカウンセラー役です。


 僕も自分の子どもに絵本を読むようになって、あらためて絵本の「奥深さ」みたいなものに気づかされることが多くて。

 作品にもよるけれど、「子ども向け」であることは、けっして「子供騙し」じゃない。

 この「お母さんの名前」の話って、なんだかちょっとせつないですよね。

 人間にとっての「成長」とは、「すきま」を感じるようになる、ということでもあるわけで。


 この二人、「馬が合う」ことは間違いなのだけれど、こんな「違い」も出てきます。

小川:私の旅の経験については、ここでお話すべきようなことは何もありません。とにかく私、旅が大嫌いなんです。


平松:えっ。今でも?


小川:はい。家にじーっといるのが好きなんです。旅に出るのは、本当にやむを得ない場合だけです。


平松:じゃあ、最初に飛行機に乗って海外に言ったのは?


小川:新婚旅行です(キッパリ)。ね、やむを得ないでしょう。


平松:ある意味、たしかにやむをえない(笑)。行き先は?


小川:ハワイと西海岸です。


平松:どうでした?


小川:この出不精な自分が、アメリカまでたどりつけたという事実に感動しておりました。平松さんには笑われると思いますが、旅慣れない者にとってはスーツケースを納戸から引っ張り出してくること自体が面倒くさいんです。


平松:あ。すでにそこから(笑)。


小川:そう。飛行場まで行っただけで、もうへとへと(苦笑)。


 僕も出不精なので、小川さんの気持ち、よくわかります。

 でも、僕の場合は、実際に旅がスタートしてしまえば、開き直れるのか、けっこう楽しめてしまうんですけどね。

 出かける前日は、ものすごく憂鬱なんだよなあ。


 巻末には、お二人への「質問コーナー」もあって、ファンにとっては、すごく楽しめると思います。

「あまり好ましくはないことだけれど、やめられないことはありますか?」という質問に対して、

小川:あります。あります。誰かのどうでもいいブログを読むこと。どこの誰とも知れない人が、晩御飯に何食べたとかね。そんなこと読んで何になるんだろうと思いながら、ついつい。


平松:小川さん、たしか『婦人公論』もお好きなんですよね。


小川:はい。『婦人公論』大好きです。読者の体験記。人の裏側のどろどろしたところを見ると、人間って一生懸命生きているな、かわいいなと思います。


 小川さんが、そんな「ネットウォッチ」みたいなことをしているなんて……

 でも、考えてみれば、個人ブログというのは、そういう「ついつい見てしまう人」の存在に支えられているのかもしれませんね。

 ちなみに「30分くらいうろうろしていると、そろそろこれはさすがにマズイな、となる」そうです。

 30分で済むなら、まだまだ大丈夫です!


 小川洋子さん、平松洋子さん好き、あるいは、本好きにとっては、かなり楽しめる対談本だと思います。

 それにしても、世の中には、いろんな本がある。

 深瀬昌久さんの『洋子』という写真集のこんな話を読んで、僕は悶絶してしまいました。

平松:写真の数だけの人がここにいる、そこが深瀬昌久という写真家の凄さだと思います。どれひとつとして同じ人ではない。でもここまでカメラで剥ぎ取るように、その人の人間性を剥いでいく撮り方をされたら、やっぱり嫌だったろうなと。のちにふたりは離婚するのですが、これは一緒にいられない、日常生活うをともにするのは難しいだろうなという気がします。


小川:私小説家の家族が迷惑をこうむるみたいな。


平松:まさに。だって日常生活の中に、ある種の虚構性みたいなものを無理やりねじこまれているわけですから。


小川:台所の流しのところで裸で立っている写真とかね。


平松:撮影するという行為に煽られて、あの状況になったのだと思う。


小川:もっとも日常的な場所である台所とヌードという非日常的なものを合体させるためには、やっぱり何か無理が必要になってくる。その無理な部分が作品として厚みになる。洋子さんのお母さんと洋子さんが並んでヌードになっている写真もあって、圧倒されました。


平松:家族が虚構を演じている。非日常に巻き込まれていて、鬼気迫るものが漂っています。


「表現」って、魔物だよな、そりゃ離婚するよな……と。

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2015-04-23 【読書感想】池上彰のこれが「世界のルール」だ!

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池上彰のこれが「世界のルール」だ!

池上彰のこれが「世界のルール」だ!


Kindle版もあります。

内容紹介

平和は終わった!

「イスラム国」からピケティ「21世紀の資本」まで、

大困難の時代に必要な50の知識


「日本が攻撃対象であることを名指しされる時代になりました。

過去ののどかで平和な時代は終わりを告げたかのように見えます。

では、どうすればいいのか。

まずは「敵」を知ることです。

歴史から現代が見えてくるのです。」――「はじめに」より


池上さんが「渦中の人」となった朝日新聞問題や

川上量生さんとのスペシャル対談も収録!


 池上彰さんと佐藤優さんは、本を書きすぎなのではないか?とも思うのですが、扱っているのが時事問題ということもあって、読んでみると、「ああ、けっこう勉強になったなあ」と感じることが多いんですよね、池上さんの本って。

 

 この本には、池上さん自身が「当事者」となった「朝日新聞のコラム掲載拒否問題」について、また、親交があったジャーナリスト、後藤健二さんのことを書いた文章も含まれていて、池上さんの著作のなかでも「池上さんの顔がみえる」ような気がします。

 

 池上さんのスタンスというのは、一筋縄ではいかないというか、ある意味「逆張り」をしているようにもみえるんですよね。

 僕はそういうところがけっこう好きなのだけれど、読んでいると、世の中というのは、実にモヤモヤしたものの集合体なのだな、ということを考えさせられます。


 フランスの週刊新聞紙「シャルリー・エブド」の本社がテロリストに襲撃された事件で、「風刺」について、こんなふうに書かれています。

 フランスの風刺画といえば、2011年の原発事故の後、奇形の力士がオリンピックに出場するという風刺画が物議をかもしたことを覚えていますか? 実に悪趣味で、日本人や福島の人たちに対する差別意識を感じて嫌な思いをしたものです。

 あの漫画は、フランスの別の風刺新聞に掲載されましたが、この漫画を書いた漫画家は、今回のテロで犠牲になっています。

 当時の福島の人たちのことを考えると、風刺画は、立場によって、人の心を傷つけるものだということがわかります。

 フランスの風刺画はキリスト教も対象に取り上げます。しかし、イスラム教の預言者ムハンマドを風刺すると、イスラム教徒の心を傷つけてしまう事態になるのです。


 あの原発事故の後の「風刺画」、僕も覚えています。あれは不快だった。

 「表現の自由」とはいうけれど、あんなふうに人を傷つける「自由」まで、認めなければならないのだろうか。

 そもそも、イスラム教では偶像崇拝が固く禁じられているので、「絵にする」ことそのものが、「ひどい侮辱」でもあるんですよね。

 もちろん、彼らは知っていて「風刺」しているわけで。

 テロで相手を殺害する、という抗議は論外ですが、こういう「風刺」って、される側になると、笑ってはいられないことがほとんどです。

 ネットでも、自分が他人の悪口を言うときだけ「表現の自由」を主張する人っていますしね。

 個人的には、権力者を「風刺」するのはある程度許されると思うのですが、特定の宗教の信者や、原発の被害者を「風刺」するのは、好ましいとは思えません。

 それを法律で禁止することは、どこまで許されるか、という線引きの難しさも含めて不可能でしょうけど、「風刺は正義」とは言い切れない、ということなんですよね。

 少なくとも、「風刺される側」からみれば。


 また、朝日新聞の「池上彰さんの連載コラム掲載拒否事件」については、朝日新聞に苦言を呈しながらも、「その輪に加わっていた新聞社は、みんな『石を投げる』ことができるのでしょうか」と書いておられます。

 私は、かつて、ある新聞社の社内報(記事審査報)に連載コラムを持っていました。このコラムの中で、その新聞社の報道姿勢に注文(批判に近いもの)をつけた途端、担当者が私に会いに来て、「外部筆者に連載をお願いするシステムを止めることにしました」と通告されました。この記事審査報には、私以外に四人も交代で連載していたのですが、全員の連載が終了しました。

 後で新聞社内から、「経営トップが池上の連載を読んで激怒した」という情報が漏れてきました。

 まさか「自社の方針を批判するような筆者の原稿は掲載できない」なんてことはないですよね。そんなことだと「言論封殺」などと言われかねませんからね。

 ただし、制度の変更は、通常は年度変わりなどで行われるものでしょうが、この打ち切りは、年度の途中の突然の出来事でした。

 これは読者が読む紙面ではありませんから、朝日の場合とは異なりますが、社内に異論は認めないという空気があることがわかりました。

 新聞社が、どういう理由であれ、外部筆者の連載を突然止める手法に驚いた私は、新聞業界全体の恥になると考え、この話を私の中に封印してきました。

 しかし、この歴史を知らない若い記者たちが、朝日新聞を批判する記事を書いているのを見て、ここで敢えて書くことにしました。その新聞社の記者たちは「石を投げる」ことはできないと思うのですが。


 あの「連載コラム掲載拒否事件」というのは、著者が池上彰という時代の寵児であり、ちょうど「朝日新聞叩き」の時流があったから、大きく採り上げられただけなのかもしれません。

 池上彰さんだけが、こういう「異論封殺」の対象となっているとは思えませんから、これはまさに「氷山の一角」であり、朝日新聞だけの問題ではない。

 にもかかわらず、他紙は、営業上の戦略もあるのか、自らを顧みることなく「朝日新聞バッシング」に熱中していたのです。

 それは、読者の側にとっても、同じことがいえるわけで。

 まあでも、こういう話って、これまでもたくさんあったのだろうな、とは思います。

 

 朝日の「慰安婦報道」をめぐり、複数の週刊誌が朝日を厳しく批判しています。

 こうした一連の批判記事の中には本誌「週刊文春」を筆頭に「売国」という文字まで登場しました。これには驚きました。「売国」とは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、政府の方針に批判的な人物に対して使われた言葉。問答無用の言論封殺の一環です。少なくとも言論報道機関の一員として、こんな用語は使わないようにするのが、せめてもの矜持ではないでしょうか。朝日は批判されていますが、批判にも節度が必要なのです。

 朝日の検証報道をめぐり、朝日を批判し、自社の新聞を購読するように勧誘する他者のチラシが大量に配布されています。これを見て、批判は正しい報道を求めるためなのか、それとも商売のためなのか、と新聞業界全体に失望する読者を生み出すことを懸念します。活字大好き人間として、新聞界・出版界全体の評判を落とすようなことになってほしくないのです。


 こういうことを発言するのが許されるのも、池上彰さんが売れっ子だから、というのもあるとは思うのですよ。

 だからこそ、池上さんのような人が「封殺」されないためには、読者がちゃんと支えていかなくてはならないと感じます。


 「売国」なんて言葉が踊るのも、「そのほうが売れるから」なんですよね。

 で、過激な言葉遊びのつもりが、いつのまにか、にっちもさっちもいかなくなる。

 太平洋戦争のときの日本も、そうだったんじゃないかな。

 

2015-04-22 【読書感想】変わるしかなかった。

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変わるしかなかった。

変わるしかなかった。

内容(「BOOK」データベースより)

勝つためにカープも変わり、僕も変わった。勝てないチームから勝てるチームへ―。意気込みが空回りして負け続けた1年目。勝つために引くことを選んだ2年目。土壇場でAクラスを掴み損ねた3年目。16年ぶりのAクラス、初のCSに導いた4年目。それでも勝ちきれなかった監督最終年。今振り返る、葛藤の日々―。監督・野村謙二郎の5年間。


 「ノムケン」こと、野村謙二郎監督は、「良い監督」だったのか?


 カープファンとして、ずっとBクラスの暗黒時代を見てきた僕としては、16年ぶりのAクラス、そしてCS進出は、すごく嬉しかったのです。

 その一方で、カープが相対的に強くなったのには、ドラフトの逆指名がなくなったり、FA権を取った選手が、国内の巨人や阪神ではなく、メジャーリーグに移籍するようになったり、というような要素が大きいような気がするんですよね。

 昨年など、肝心な試合でことごとく負けて3位、でしたし。

 この本のなかで、野村謙二郎前監督自身も、「この5年間で克服できた弱点もあるし、できなかったものもある」と仰っています。

 とはいえ、この5年間のカープの成績が、ノムケンじゃなくても可能だったのか?と問われたら、やっぱり難しかったかもしれません。

 野村謙二郎監督になって、球団が補強にお金を使ってくれるようになったことも大きい。

 オーナ―との人間関係も大事だよなあ、と。

「準備はできてるだろうな?」

 それはいきなりだった。あまりにも突然だった。

 電話の主は広島東洋カープ松田元オーナ―である。オーナ―は僕の携帯電話に直接電話をかけて、単刀直入に切り出してこられた。

 僕は面食らった。何の前触れもなく電話がかかってきて、「準備はできてるだろうな?」と訊かれることなんてめったに起こることではない。

 しかし僕は頭の片隅で「これがカープというチームの特徴かもしれないな……」と考えていた。組織の人間関係がフランクで垣根というものがあまりなく、トップが直接電話をかけてくるようなアットホームなチームなのだ。

 あちこちで訊かれてきた質問だが、監督就任の前提として「将来的にカープの監督をやってほしい」という言葉だったり口約束のようなものは、僕と球団のあいだでは一切なかった。テレビや新聞などで「ゆくゆくは野村で――」と書かれていることも知っていたが、そういう話は本当になかったし、現役時代は家族を守りつつ家のローンを払い終えることに懸命で、先のことなんて考えられる余裕はなかった。


 この本を読んで驚いたのは、「既定路線」のはずだったノムケンの監督就任が、実際にオファーが来るまで、球団から正式に言われたことは一度もなかった、ということでした。

 「次は野村謙二郎」というのは、当時のカープファンの共通認識ですし、本人もそのつもりではいたようですが、監督候補の扱いって、そういうものなのか、と。

 そして、オーナ―からいきなり「直電」で、「準備できているだろうな?」なんて。

 風通しが良いのか、あまりにも前時代的なのか……


 今年からカープの監督を引き継いだ緒方監督は、ずっと野村監督の傍にいて「帝王学」を学んでおり、そういう意味では「覚悟はできている」と思われます。

 しかし、いまのカープの成績をみていると、政権後期の野村謙二郎監督が恋しくなってくるのもまた事実。

 ノムケン就任最初の年などは、成績も悪く、監督はいつもサングラスをかけて唾を吐き、あたりをにらみつけているだけ、という、悪いイメージしかなかったんですけどね。

 前任のマーティー・ブラウン監督は、ファンサービスを重視したフレンドリーな人だっただけになおさら。

 

 僕は父の想いを継ぐように野球に打ち込んだが、父の野球の教え方はスパルタだった。そもそも父は典型的な昭和の親父で、ちゃぶ台はひっくり返すし、容赦なく手は上げるし、何かあるたびに僕を蹴る。それが日常茶飯事という人だった。

 野球に関する最初の記憶は”壁当て100球”という練習だ。小学校1年生のときにやっていたもので、壁にボールを当てて、それをキャッチするという簡単なものだ。それを100球続けてやればいいというだけのことである。

 ただし、一度でもボールを落としたらカウントはゼロに戻る。

 僕は父と同じ佐伯鶴城高校に進み、そして駒澤大に進学した。駒澤大の太田誠監督は僕の恩師と呼べる存在だが、大学に入学するとき、父は太田監督に宛てて手紙を書いている。その内容は「今日から謙二郎は私の子どもではありません。大学に入学した以上、あなたの子どもですから、死んだら骨だけ返してください。それだけで十分です」と。つまり、極端に言えば親元に帰してくれなくてもいい、ということで、それくらいの覚悟で僕を鍛えてほしいというメッセージだった。

 あと指導者ではないが、厳しかったという意味で忘れられないのが前オーナーである故・松田耕平さんの存在だ。前オーナ―は誰よりも野球に熱心な方で、僕は試合終了後に追いかけられたこともある。あれは優勝した翌々年の1993年だっただろうか。ふがいない負け試合に前オーナ―が激怒して、試合後、

「おまえがつまらんからチームが弱いんじゃ!」

 と叫びながらロッカールームまで僕のことを追いかけてこられたのだ。

 そのときはトレーナーに、

「ここに隠れとけ」

 と言われて、ロッカーの隅に置いてあった段ボール箱の中に入り、上からタオルをかけてやり過ごした。「気付かれたらどうしよう……」と震えながら、段ボールのすぐ上で、

「野村はどこに行ったんだ!」

「いや、さっきまでここにいたんですけど……」

「あいつにゃあ、シャンとせえって言っとけ!」

 という会話が飛び交うのを聞いていると寿命の縮む思いがした。前オーナ―には本当にかわいがっていただいたが、球団オーナーに直接追い回されたことのある選手というのは球界広しといえ僕くらいのものかもしれない。


 野村謙二郎という人は、名門大学で活躍してドラフト1位でプロに入ってきた「野球エリート」のようにみえるけれど、お父さんや高校・大学の監督など、つねに厳しい指導者(『巨人の星』の星一徹のような、と野村さんは仰っています)のもとで、スパルタ式の練習を続けてきたのです。

 そして、入団したのが「お金や設備のなさを、練習量でカバーする、広島東洋カープ」。

 なんというか、「体育会系の思考法を徹底的に植え付けられた人」だったんですね、野村さんって。

 この松田耕平オーナ―の話も、すごいですよね。カープファンだから、いやこれもチームへの愛情なのだ、とポジティブに解釈したいところですが、FAしたくなる選手の気持ちも、わかるような……


 その野村さんは、「監督」になって、大きな壁にぶちあたります。

 選手は「野村謙二郎」じゃない。

 当然のことではありますが、自分自身はその厳しいトレーニングに耐えてきたので、それができない選手がもどかしくて仕方がない。

 まるで、ワーカホリックな生き方をして、ブラック企業の社長になってしまった人のようです。

 チームも、1年目は酷い成績でした。

 

 でも、その1年目の経験で、野村謙二郎という人は、「変わった」のです。

 この本のタイトルは「変わるしかなかった。」なのですが、実は「変わらずに自分のやり方を貫いて、チームをボロボロにした末に辞める」という選択肢だってあったのです。

 野村謙二郎という監督の優れた点は、そこで「変わる必要があることに気づいた」ことと、「勇気を持って、変わろうとした」ことだと思います。


 指導方法の変化は自分の中ではとても大きいものだった。それは単に教え方を変えたということではなく、僕にとっては物事の捉え方、自分の考え方を一大転換させることでもあったからだ。

 以前も話したように、僕は野球人として指導者に厳しく育てられてきた。何度も𠮟られ、何度も怒鳴られ、なにくそと這い上がってきた野球人生だった。それが基本にあるので、最初は自分が受けた指導と同じように選手には厳しく接するのがいいと思い、実際そのように行動してきた。

 しかし1年経ったとき、はたしてそれでいいのだろうかと思ったのだ。若い選手にかつての自分の姿を重ねるのは正しいのか。もちろん優しくするとか甘やかすとか、それは自分の本意ではないし、これまで自分が受けてきた指導とは180度違う。

 だが、僕はこのように考えることにした。「世の中、自分が基本じゃないんだ。僕は特殊なケースだったのだ」と。そんなふうに考えてみると、黙って見守るという新しいやり方もそれはそれで正しいことのように思えてきた。

 普通、人は自分がしてもらって良かったと思うことを、他の人にもしてあげようとする。しかしそれはその経験が普遍的なものであればこそ役立つもので、僕の場合はまったく他の人の参考にならない例だったのだ。


 自らの成功体験を捨てる、あれは「特殊なケースだったのだ」と考える。

 それって、その成功が大きければ大きいほど、難しいことだと思います。

 でも、野村謙二郎監督は、「チームを強くするため」に、それを受け入れ、自分自身を変えていったのです。

  

 監督自身が変わることによって、チームも変わった。

 それまでは、選手との間の線をきっちり引いていたのを、なるべくコミュニュケーションをとるようにしていきました。

 なんでも自分主導でやろうとしていたのを、個々の練習はコーチに任せて、なるべく全体を広く見渡すようにもしたのです。

 この年の野村謙二郎監督には、「他人に任せる」というテーマがあったそうです。

 読んでいると、選手との軋轢とか、いざというときに登板拒否する外国人投手とか(カープファンなら、「あのときのあの投手か! ○コ○イ○……」とすぐに思い出せるはず)、シーズン後半での失速とか、「笛吹けど踊らず」という現実ばかりで、監督というのはキツい仕事だよなあ、と思い知らされます。

 そして、5年で退任した野村謙二郎の「監督観」も理解できました。

 選手が変われるタイミングとは監督が代わったタイミングであり、突然飛躍する選手が現れるのもそのタイミングだということが僕には経験的にわかっていた。

 チームには数十人の選手がいるが、彼らは現場のトップである監督とさまざまな関係を築いている。監督のことをよく思わない選手もいれば、監督のお気に入りの選手もいるし、全然目立たない選手もいる。だが監督が代わった途端、彼らにはもう一度自分の技術を売り込むチャンスが与えられる。そこにいる選手自体は変わらないのに、序列もモチベーションもリセットされ、チームはゼロからの構築が始まる。

 そんなときは「もう俺はダメかな……」と思っていた選手も最後のチャンスと思って頑張れたりするものだ。キャンプで意地を見せていいプレーを披露して、そのまま一軍入りして活躍――それが起こりうるのが監督交代というタイミングなのである。

 だから僕は監督というのは長く続けるものではないと思っている。特に現有戦力を刺激して、選手の能力を底上げしていかなければならないカープのような球団において、マンネリは絶対避けなければいけないことだ。

 長期政権というのは、選手にとっては良い面と悪い面がある。

 カープのように、新しい選手を育てながらペナントレースを戦わなければならないチームにとっては、5年は、むしろ長過ぎたのかもしれません。


 黒田投手が帰ってきたにもかかわらず、カープは前半戦、苦戦しています。

 負けると監督の采配というのは槍玉にあがりやすいもので、「ノムケンのほうが良かったなあ」などと言いたくもなるのです。


 野村謙二郎は、「名将」だったのか?


 たぶん、違うと思う。少なくとも、「生まれつきの将としての器というか、冷徹さがあった」とは言いがたい。

 優しい人で、選手の気持ちもわかるだけに、つらかったのだろうと思う。

 監督をやっていてもっとも苦しかったのは、選手を二軍に落とさなければいけないことだ。それに比べたらメディアに叩かれたり、ファンからヤジを浴びることくらいなんでもない。それは自分が背負えばどうにでもなるからだ。

 だが監督はどんなに頑張っている選手でも二軍に落とさなければならないときがある。彼らに家族も子どももいることも知っている。自分も選手時代を思い出すと、使ってくれない監督は嫌われるということはわかっていたので、彼らの苦しさや怒り、やり切れない気持ちは肌に刺さるように感じられた。

 眠れない日が何日もあった。シーズン中、2日間寝ずに試合に臨んだこともある。「このまま自分はどうなってしまうんだろう?」とどうしようもない不安に襲われ、気が付けば朝になっていた日もあった。

 

 そんな中、野村謙二郎監督は、一歩ずつ、「良い監督」の階段を上がっていったのです。

 「チームのため、選手のため、ファンのために、少しでも物事を良い方向に変えていこう、という意志」と「自分自身がまず変わらなければ」と、向上心を持ち続けていたのです。

 幸運なことに、フロントも、野村謙二郎監督の成熟を、信頼して待つことができた。


 カープファンとしては、「去年(2014年)とか、もうちょっとどうにかならなかったのか……」とか言いたくもなるのですが、他球団ファンには、「ずっとBクラスのチームに、16年ぶりのAクラスと初のクライマックスシリーズ(CS)進出をもたらした野村謙二郎監督って、たいしたものだよね」というような高い評価を聞くことが多いのです。

 

 こういうのは、「身内」よりも、「外からみた評価」のほうが、おそらく、「正解」に近いのでしょう。


 ノムケンは、監督退任後も、アメリカで野球の勉強を続けているのだとか。

 心底野球が好きな人なんだなあ。

 まだ若いし、もしかしたら、またいつかカープに戻ってきてくれる日が来るかもしれませんね、野村謙二郎監督。

 そのときは僕も、若いカープファンに、「昔のノムケンはやたらと威張って唾ばっかり吐いていたダメ監督だったんだぞ、今は名監督だってみんな言ってるけどな」と、日本シリーズの観客席で昔話をしたいと思います。



 ……いや、そんな先の夢のような話じゃなくて、今のカープを誰かなんとかしてくれ……

 マエケンと黒田がそろい踏みしているのって、今年だけなのに……

 今年の監督がノムケンだったら、違う結果が出ているんじゃないか……


 ほんと、世の中って、うまくいかないものだと思いますよ。

 2015年のシーズンは、まだ始まったばかり、なんだけどさ。

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2015-04-21 【読書感想】なんで水には色がないの?

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なんで水には色がないの? -大人も知らない世の中の仕組み

なんで水には色がないの? -大人も知らない世の中の仕組み


Kindle版もあります。

なんで水には色がないの?

なんで水には色がないの?

内容紹介

本書は、子どもの素朴な質問から「大人も知らない世の中の仕組み」を学ぶための本です。

「なんで水には色がないの?」「どうしてお金持ちと貧乏がいるの?」「逮捕されるとどうなるの?」といった全36の質問から、実は知らなかった世の中の大切なことを楽しく学べます(扱うテーマも、自然、文化と歴史、政治経済、生物学などバラエティー豊富です)。

さらに、各項目の内容を「人にわかりやすく伝える方法」も解説しており、1冊で二度も三度もおいしい贅沢な本になっています。


Kindle版を購入。

以前、書店で見かけて、「こういう本を持っておくと、子供の不意の質問にも対応できるな」とは思っていたんですよ。

「なんで水には色がないの?」

「どうしてお金持ちと貧乏がいるの?」

「どうして人は死ぬの?」


 こうした質問をされたときに、あなたはきちんと答えられるでしょうか?

 もし正しい答えを知っていたとして、それを子どもでもわかるようにやさしく伝えられるでしょうか?


 このような本質的な問いかけに出会うと、多くの大人は「ウッ」とかたまり、「そういえば、なんでなんだろう……」と、自分が意外と世の中の仕組みを理解していないこと、また、常識に凝り固まっていたことを思い知らされます。


この本のなかで扱われている質問の「ねらい」は大きく分けて、「実は知らなかった知識や世の中の仕組みを学ぶ」こと、「今までとは違った角度で世の中を見られるようになる」こと、「どのようなポイントをおさえればわかりやすく伝えられるかを学ぶ」こと、の3つなのだそうです。


 個人的には、「なんで水には色がないの?」とか「目が見えない人はどんな夢を見るの?」というような「自然科学系」の質問はものすごく参考になりました。僕自身、自分の息子が3歳のときに「こわい夢をみた」と泣きついてきたとき、「3歳の子どもにとっての『怖い夢』って、どんなものなんだろう?」と疑問でした。

「目が見えない人はどんな夢を見るのか?」という質問は、「実体験と夢のリンク」という点で、「人は、自分が体験したこと(あるいは、そこから想像できること)しか、夢に見ないのか?」という僕の疑問にも答えてくれました。

 多くの盲目の人を対象にして行われた、どんな夢を見たかを調べた実験では、「生まれつき盲目の人」や「5歳未満の時点で目が見えなくなった人」は視覚的な夢を一切見ていないといいます。


 夢とは「脳がそれまでに記憶したことを、感覚から得た情報をもとに整理して、定着させる作業」とも言われます。

 目の見えない人は、視覚以外の感覚で世界を捉えていて、その感覚が夢に反映されているということでしょう。


 そうなのか……いちおう僕は大人なんですけど、知りませんでした。

 まあ、それはそれで、「3歳児にとっての『怖い夢』って何なのだろう?怒っている親?」という疑問は残りますし、赤ん坊が眠りながら笑っているのは、どんな心境なんだろうな、とも考えてしまうんですけどね。


「水に色がない理由」っていうのも、知っているつもりで、全く知らなかったし。この本には、具体的な「説明の際のポイント」も書かれているので、けっこう助かります。


 であれば、「水に色がない」とはどういうことなのでしょう。

 それは、水は光をはね返さないし吸収もしない性質(透過性)を持っているから「色がない」ように見えるのです。

 たとえば水の入ったコップの先にリンゴを置いてみると、赤い光だけがリンゴにはね返され、コップを通り抜けます。


 こんな説明をすると、「じゃあ、なんで海は青く見えるの?」という質問が聞こえてきそうです。

 実は、水には少しだけ赤い光を吸収しやすい性質もあります。

 ですから、海の深くまで太陽の光が進むと「緑」や「青」の光だけが残り、海底の珊瑚礁に反射されて海面に出てきたり、空の青さが海に映ったりして、海は「青く見える」のです。


 なるほど。こういうことで、こんなふうに説明すればいいのか!

 まあ、ここで紹介されているような質問というのは、自分から「なんで水に色がないか知ってる?」と「水を向ける」よりは、心の中にストックしておいて、子どもがふと尋ねてきたときに、サッと答えるとカッコいいんじゃないかな、と。


 ただ、「どうして戦争は起こるの?」とか、「どうしてお金持ちと貧乏がいるの?」というような質問については、「模範解答」通りに子どもに話すことはないかな、と。もちろん、こういう答え方がある、というのは知っておいて損はしないと思うのだけれども。


「どうして戦争は起こるの?」という質問への答えのなかに、こんなエピソードが挿入されていました。

 1990年代のボスニア紛争の際、ボスニア政府とPR契約を結んだ広告代理店は、敵対するセルビア人を非難するための言葉を開発します。

 それが、「民族浄化」。

 このメディア戦略のおかげで、またたくまに「セルビア=虐殺を繰り返す悪者」というイメージが世界中に広まったのです。

 あれは「広告代理店の仕事」だったのか……

 そのイメージがセルビアを実像以上に「悪者」にしてしまい、紛争を激しくしたのは事実なのでしょう。

 この広告代理店に、罪悪感はあったのだろうか?

 広告代理店としては、クライアントに対して、「いい仕事」をした、とも言えるのだけれども。


 親としては「自分で答えを探す人になってもらいたい」のだけれども、そのためには、子どもに「自分で考えなさい」と言うよりは、親自身が「自分で答えを探す人」としての姿を見せるべきなんですよね。

「自分は何がわかっていないのか」をわからせてくれる、なかなか面白い本でした。

 子どもが質問してくれる親でありたいものですよね。