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2014-10-23 【読書感想】40歳、初めてのお見合い

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みんな結構、おせっかい。

そして意外にあったかい。

――人気掲示板「発言小町」で400万人が感動!

恋愛、仕事、家族をめぐる6つのしみじみエピソード。


電車男』の時代と比べると下火になってしまった「ネット発の書籍」なのですが、まだ、けっこうたくさん出てはいるようです。

これは、読売新聞社が運営するニュースサイト『大手小町』の掲示板『発言小町』から、6つのトピックとそのレスを選んだものです。

 1999年10月、「ユーザーが楽しく交流できる場」として誕生した発言小町も、15周年を迎えました。開設当初にトピ・レス合わせてわずか数十本だった投稿は、今では毎日数千本に。月間アクセス数1億8000万人、ユニーククーザー数400万人という大きな集いの場に成長しました。

発言小町』がターゲットにしている層を考えると、幼稚園に通っている息子の同級生のお母さんの10人に1人くらいは、「小町ユーザー」ではないか、という数字です。

このくらいになってくると、「ネットという特別な場所だから」というよりは、「世の中の女性の平均的な意見」が、ここにはあるのかもしれません。

もちろん、「わざわざ掲示板に書き込む人」というのには、それなりのバイアスというか、性格の偏りがある可能性も否定はできないでしょうけど。


最初に紹介されているのが、このトピック(一部を抜粋しています)

 派遣先の上司(35歳女性)が、語尾に「にゃん」をつけるのです。

 例えば「このアンケート、明日までにまとめておいてにゃん」、こんな感じです。

 人を呼ぶ時は、例えば吉田さんだったら「吉にゃん」という感じで呼びます、私も「きむにゃん」と呼ばれています。

 私の派遣先部署は、この上司を、もう一人女性社員(25歳)がいて、この人もネコ語で喋っています。ちなみに私は30歳です。

 上司はとてもいい方です。不満はありません。派遣先も雰囲気がよいです。

 ただ、ただ! どうしてもこの「〜にゃん」に体が拒否反応を起こしてしまい、じんましんが出ています。

僕は『発言小町』って、ほとんど見たことがないのですが、僕のネットでの観測範囲での印象からは、「すごく殺伐としたやりとりが行われている場所」だと思っていたんですよね。

でも、この本に採り上げられているトピックをみると、けっこう、温かい言葉をかけてくれる人もいるのだな、と感じました。

「明らかに釣り」とか「あまりにも殺伐としている」トピックやレスは、書籍化の際に選ばれなかったのは間違いないのだとしても。


このトピックも『マツコ有吉の怒り新党』に送れよ!と思ったのですが、むしろ、あの番組のほうが「ふたり+夏目三久さんによる『テレビ発言小町』」みたいなものなのです。成立時期を考えると。


「パワハラで鬱を発症してしまった私にとっては、『にゃん』なんて、むしろ羨ましい職場です」

「さすがに仕事場で使う言葉としては、不真面目なのではないか」

「一度使ってみたら、案外慣れるかもしれませんよ」

などというレスが収録されているなか、こんなのも採り上げられていました。

 言おうと頑張っても言えないんでしょ?

 聞いたら、言おうとしたら、じん麻疹が出るんでしょ?

 心療内科か、皮膚科に行って猫語のせいでじん麻疹が出るという診断書をもらって、上司に提出して強要しないようにお願いすればいいでしょう。

 体調に異変が起きているのですから、パワハラじゃないの? と思ってしまいますが。社内だけといっても、うっかり社外の人や、クライアントに聞かれたら、信用問題になると思うんですけど……。


出た、「これをプリントアウトして病院へ行け!」

こういうレスを読むたびに、「この人は、自分が相談者の立場でも、こんなふうに主張して病院に行くのだろうか……」と思います。

というか、心療内科や皮膚科の医者は、こういう相談をされて「診断書を書いてくれ」と言われても、困るのでは……内容を読んでみると、パワハラ的に「にゃん語」を強要されている、という感じでもないですし。

発言小町」で相談すると、こういうのが山ほど返ってくるのではないか、と考えてしまう、僕の「はてな脳」……


この本を読んでいると、世の中には、けっこう、隣人の生活感あふれる会話を微笑ましく聞いていたり、日常でイケメンに遭遇することを楽しんでいたりするような人も、少なくないのだな、とホッとします。

とくにネット上では「尖っているところ」ばかりが露出してしまいがちなので、「そこまで殺伐とした人ばかりじゃないよね」と。


ただ、この本のタイトルにもなっている、「40歳、初めてのお見合い」のトピックについては、この真面目な女性と、それを応援する人々が、途中から、なんだかちょっと怖くなってきて。

レスをする人たちは、この40歳の女性のことを、「あなたみたいな素晴らしい人なら、きっとうまくいきますよ」とか、「この見合い相手の素敵な男性と、結婚できるはず!」みたいな感じで、どんどん盛り上がっていっています。

具体的なアドバイスも、いろいろとなされているのです。

「最初に会う前には、美容院に行っておけ」とか。


でも、人間関係とか、恋愛って、どんなに相性が良いと思っている人相手でも、長く付き合っていけば、イヤなところも見えてくるし、ケンカすることだって、ありますよね。

そういう現実のなかで、やっていくのが「普通」なわけで。

このトピックの雰囲気だと、傍観者たちがつくった神輿に乗せられた相談者が、周囲から自分と相手の男性のことを過剰に美化されてしまった状態で、結婚に向けて押し流されているような気がするんですよ。

結局、この相談者(トピ主)は、「しばらく、みなさんにお返事するのはやめさせてください」という、距離を置く選択をしています。

応援されるっていうのも、大変だよなあ、と。


予想以上に「微笑ましい内容」の本ではありました。イラストにもほのぼのとした味があります。


わざわざ書籍として読む理由があるか、と問われると、「ネットで読むのと、そんなに変わりないような気がする」というのが、僕の答えなんですが。


こういう本を読むと、あの『電車男』の「編集の妙」をあらためて思い知らされます。

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2014-10-22 【読書感想】靖国神社

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靖国神社 (幻冬舎新書)

靖国神社 (幻冬舎新書)


Kindle版もあります。

靖国神社

靖国神社

内容紹介

戦後、解体された軍部の手を離れ、国家の管理から民間の一宗教法人としての道を歩んだ靖国神社。国内でさまざまな議論を沸騰させ、また国家間の対立まで生む、このかなり特殊な、心ざわつかせる神社は、そもそも日本人にとってどんな存在なのか。また議論の中心となる、いわゆるA級戦犯ほか祭神を「合祀する」とはどういうことか。さらに天皇はなぜ参拝できなくなったのか――。さまざまに変遷した一四五年の歴史をたどった上で靖国問題を整理し、そのこれからまでを見据えた画期的な書。


 時事問題の「ざっくりとしたところ」を、とりあえず2時間くらいで理解できるという、まさに「新書らしい新書」だと思います。


 2013年12月26日に安倍晋三首相が靖国神社を参拝したのですが、中国・韓国からの反発は「想定内」だったものの、アメリカからも「失望」が表明されました。

 それって、事前にアメリカに言ってなかったのか?というのと、いや、そもそもこれって、アメリカにお伺いをたてるべきことなのだろうか?というのと。

 いずれにしても、「アメリカの機嫌を損ねると、こんなに日本は動揺してしまうのか……」と、あらためてその影響力の強さを思い知らされた気がします。

 中国との関係もあり、いろいろと物騒ですしね……


 共同通信社は、首相の靖国参拝を踏まえ、12月28日と29日に全国緊急電話世論調査を行った。それによれば、「よかった」が43.2%で、「よくなかった」が47.1%と、反対が若干上回った。外交関係に「配慮する必要がある」は69.8%にものぼり、「配慮する必要はない」の25.3%を大きく上回った。

 産経新聞とフジニュースネットワーク(FNN)が年明けの2014年1月4日と5日に行った電話調査では。「評価する」が38.1%で、「評価しない」が53.0%と、反対が賛成をかなり上回った。

 注目されるのは、若い年齢層で賛成が多くなる傾向が見られる点である。30代では「評価する」が50.6%で、「評価しない」が41.4%である。20代でも「評価する」が43.2%で、「評価しない」が41.6%である。

 ただここで考えなければならないことは、若年層になればなるほど、靖国神社についての知識が乏しくなる点である。朝日新聞が、首相の参拝前の平成25年11月上旬から12月中旬にかけて20代と30代以上に対して行った世論調査では、20代では首相の靖国参拝に賛成が60%で、反対の15%をはるかに上回った。30代以上でも59%と22%だった。

 ところが、「靖国神社には、第二次大戦中の日本の指導者だった東條英機元首相らの戦犯も祀られています。このことを知っていますか」という問いには、30代以上で知っているのが84%だったのに対して、20代では56%にとどまった。これでは、なぜ中国や韓国が反発するのか、その理由を理解できないことになる。

 

 この「若年層は靖国神社の知識に乏しい」ということに関しては、僕はやや懐疑的ではあるのです。

 古市憲寿さんの『誰も戦争を教えてくれなかった』という本のなかで、こんなデータが紹介されています。

 この本の冒頭で、若者たちの間で戦争体験が風化していると書いた。しかし若者に限らず日本人は、実はそもそも戦争についてあまり興味のない可能性がある。

 2000年にNHKが実施した嫌らしい世論調査がある。16歳以上の男女にアジア・太平洋戦争において「最も長く戦った相手国」「同盟関係にあった国」「真珠湾攻撃を行った日」「終戦を迎えた日」がいつかを答えてもらったのだ。

 結果、1959年生まれ以降の「戦無派」では69%が「最も長く戦った国」を知らず、53%が「同盟関係にあった国」を知らず、78%が「真珠湾攻撃を行った日」を知らず、「終戦を迎えた日」を知らない人も16%いた。全問正解した人はわずか10%だった。

 ここまではまあいいだろう。「戦争を知らない若者(と中年)ということで理解可能だ。しかし1939年から1958年に生まれた「戦後派」、それ以前に生まれた「戦中・戦前派」でも決して正答率は高くなかった。たとえば「最も長く戦った相手国」を知らない「戦中・戦前派」は57%、「真珠湾攻撃の日」を知らない「戦後派」は65%。

 実は序章で「広島に原爆が落とされた日を知っている若者はたった25%」と書いたが、全年齢平均でも数値は27%。長崎原爆の日にいたっては、若年層のほうが正解率が高く、60代以上は19%しか正解していない。

 若者だけじゃなくて、僕たちはみんな戦争に興味がなかったのである。


 靖国神社の知識に関しては、30代以上は、小林よしのりさんの『戦争論』の影響も受けているのかもしれませんね。

 

 「若者の戦争離れ」が事実かどうかはとりあえず置いておくとして、この新書では、靖国神社が成立した歴史から、太平洋戦争で、兵士たちが「靖国で会おう」と言葉を交わすような存在になっていくまで、そして、戦後に起こった、さまざまな靖国神社に関する政治的な問題が語られていきます。

 

 靖国神社が誕生したのは明治12年(1879)年のことである。ただし、それ以前、靖国神社が創建された場所は「東京招魂社」と呼ばれており、東京招魂社の創建は明治2年に遡る。一般に、東京招魂社創建の時点で靖国神社が生まれたと考えられている。


 靖国神社というのは、比較的新しい神社なのです。

 もともとは、戊辰戦争での官軍(維新政府側)の戦没者を祀るためにつくられ、その後のさまざまな戦争で、「国家に殉じた人々」を顕彰し、合祀してきました。

 戦死者でも、政府にとっての「反乱者」たちは、祀られることがなかったのです。

 ある意味、「政府にとって、日本にとっての敵と味方を区別するための存在」でもありました。

 初期は、「維新政府側の戦没者」を顕彰するためのものだったのですが、日本が対外戦争に踏み出していくとともに、「靖国神社に合祀される」ということは、「日本のために命を落とした人」と認定されることになっていったのです。


 この「合祀」の特殊性について、著者はこう解説しています。

 合祀とは、二柱以上の神を一つの神社、ないしは一つの社殿に合わせて祀ることをさし、それ自体は神社の歴史において珍しいことではない。明治末期の神社整理の際には、それが広く行われたわけである。また、近年では、地方の過疎化その他で維持できなくなった神社が毎年大量に生まれており、それを他の神社に合祀することも頻繁に行われている。

 その点では、靖国神社の合祀が特別ではないということにもなるが、今あげた合祀は、すでに神社に祀られていた神を一つの神社で合わせて祀るという意味での合祀であり、靖国神社の合祀とはやはり性格が異なっている。靖国神社では、それまで神として祀られていなかった戦没者の霊を招き、それを新たに祀ることが合祀とされる。

 こうした合祀の方法をとっているのは靖国神社と護国神社に限られる。歴史を重ねるごとに、こうした合祀がくり返されてきた結果、靖国神社の祭神の数は際限なく増えてきた。一つの神社で幾柱かの祭神を祀っているところは珍しくないが、およそ246万6500柱という靖国神社の祭神の数は群を抜いていて、他に例を見ない。それに近い神社も存在しない。


 たしかに「これほど多くの神を祀っている神社」というのは、他には存在しないのです。

 太平洋戦争後、GHQの方針で、一時的に「新たな合祀は禁止」されたそうなのですが、靖国神社側はひそかに合祀を続け、米ソの冷戦とともにGHQも軟化したため、どんどん合祀者は増えていきました。


 さらに、多くの遺族が合祀を望んだ(あるいは合祀を受け入れた)のは、「名誉」とともに、こんな理由もあったそうです。

 戦後は、軍人恩給や遺族援護法の対象となる戦没者靖国神社に祀られるという形になったが、逆に言えば、靖国神社に祭神として祀られるべき人間だけが国の援助の対象になったとも言える。仮に援護と合祀がリンクしていなかったり、靖国神社が廃止されるなり、合祀が中止されたりしていれば、その辺りの事情は大きく変化していった可能性がある。その点では、ここでも靖国神社には国民を差別する機能が備わっていたことになる。

 靖国神社に合祀されるということは、「国のために亡くなった人」として、国家援助の対象者となることだったのです。

 イデオロギー云々はさておき、戦後の困窮の時代であればなおさら、その対象となるかどうかは、遺族にとっては重要なことだったはず。


 長年議論が続けられている「A級戦犯が合祀されていること」について、歴史を辿っていくと、意外なことがわかります。

 A級戦犯が合祀されたのは昭和53(1978)年だったのですが、当初は、神社側も秘密裏に行っていたため、ほとんど問題になっていませんでした。

 合祀の半年後、昭和54(1979)年に、その事実がメディアでスクープとして報じられたのですが、当時は「それほど大きな話題にならなかった」のだとか。

 むしろ、靖国神社について国内で問題となっていたのは、A級戦犯の合祀ではなく、「祭祀費用の国家負担の是非」だったのです。

 靖国神社の祭祀費用の国家負担は、憲法で定められた「政教分離」の原則に反するのではないか、という議論が、太平洋戦争後ずっと続いてきたのです。

 

 首相の靖国神社参拝が、中国などの抗議によって、大きな国際問題となったのは、昭和60年(1985)年のことでした。

 当時の中曽根康弘首相による「公式参拝」が、大きな反発を呼んだのです。

 A級戦犯の合祀が伝えられた後も、何人かの首相が「私的な参拝」はしていたのですが、その際は、大きな国際問題にはなっておらず、中曽根首相も、当時はむしろ「政教分離の原則に反するのではないか?」という国内の議論のほうに目を向けていたようです。

 中曽根首相にとって、当時の日本政府にとっては、「予想外の事態」だったのですね、ここまで強い反発を海外から受けるということは。

 それ以降ずっと、「首相の靖国参拝」は、「外交問題」となりつづけているのです。

 ちなみに、昭和天皇、そして今上天皇は、A級戦犯合祀後には、靖国神社を一度も参拝していません。


 著者は、「これからの靖国問題」について、ひとつの予想をしています。

 近い将来、A級戦犯の合祀問題が、「過去の話」になってしまうような現実が生じるのではないか、と。

 これ(集団的自衛権行使の容認)によって、具体的にどういったことが起こるか、未来のことは未知数だが、自衛隊が戦闘地域において武器の使用に踏み切る可能性が出てきた。そうなれば、戦闘に参加した自衛官のなかに死者が生まれることも予想される。つまり、戦後はじめて「戦死者」が生まれるわけである。 

 そのとき、戦死した自衛官を靖国神社に祀るべきだという議論が出てくるはずである。まったくそうした主張が生まれないとは考えられないし、その主張に共感する人間も少なくないものと予想される。


 いまの日本で「靖国問題」がクローズアップされるのは、ある意味「日本があれ以来、直接的な戦死者が出るような戦争をしていないから」なんですよね。

 実際に交戦している状況下では、国家としては「戦死者」は顕彰せざるをえないでしょうし、そのひとつの形式として「靖国神社への新たな合祀」も起こりえるのです。

 そうなれば、首相だって、靖国神社に参拝しないわけにはいかないですよね。

 戦争をしている最中に「A級戦犯の合祀が云々」と言われても、「ゴチャゴチャ言うな!」くらいのものでしょう。

 「非常事態」になってしまえば、「なんでもあり」になってしまうのは、歴史が示しています。


 「靖国問題」というのは、もしかしたら、「日本にとって、束の間の平和な時代のあだ花」みたいなものなのかもしれません。

2014-10-21 【読書感想】戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!

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Kindle版もあります。

内容紹介

・セブンカフェ、マック:100円コーヒーの本当の狙いは?

スターバックス:広告費を駆けない「ブランドスパークス」

・ドトール:低価格競争の裏にある戦略とは?

・ネスレ:フリー(無料)なのになぜ儲かる?


コーヒー業界をみれば「最新ビジネス戦略」がすべてわかる!

最新ビジネス戦略がわかる10の物語


(本書のストーリー)

ブラック金融会社を逃げ出した新町さくら。とあるきっかけでコーヒー会社・ドリームコーヒーに入社するが、彼女がはじめて知ったコーヒー業界は「ビジネス戦略」の宝庫だった! 外資系のスタバ、異業種のセブン、マクドナルド、ドトールの価格競争、最大手ネスレのイノベーションなど超強力ライバルを相手に、さくらとドリームコーヒーはどう生き残るのか!?


セブンイレブンの「セブンカフェ」は、大ヒット商品となっています。

僕もよく利用しているんですよね。

いや、そんなにコーヒーの味にこだわるほうではないのだけれども、レギュラーサイズなら100円と、缶コーヒーを自動販売機で買うより安いし。


最近のコンビニエンスストア業界をみていると、なんだか、この「1杯のコーヒーの評価が、そのコンビニチェーンの評価と直結している」ようにもみえるのです。

もちろんそれはあくまでも僕の視点でしかないのだけれども、「ひとり勝ち」しているセブンイレブンに対して、同じようにコーヒーのサービスを開始したものの、セブンイレブンの二番煎じで、かつ、味や機械のデザインも特徴がないファミリーマートや、店員さんがいれるおいしいコーヒーで差別化しようとしたものの、かえって敷居が高くなってしまったような気がするローソン。


この本、いきなり若い女性キャラが出てきて、試行錯誤しながら、さまざまな会社の事例に触れ、「コーヒー業界の戦略」を学んでいくというものなのですが、あまりにもわかりやすく書かれていて、「ライトノベル感」があったんですよね。

こんなにうまくいくはずないだろ、と。

どこかでこういう話を読んだことがあるような気がしたのですが、そうか、『100円のコーラを1000円で売る方法』の著者だったのか。


身も蓋もない話をしてしまえば、セブンイレブン、ドトール、スターバックス、マクドナルドなど、さまざまなチェーンの「成功談」をまとめて、一冊の本にしたものなのですが、たしかに読みやすいし、マーケティングの入門書として、よくできていると思います。


「コーヒーは国内飲料の実に7割以上を占めているし、消費も伸び続けている。コーヒーは大きな成長市場だ。コーヒーは主に家庭と外食店で消費されている。コーヒー産業では歴史上さまざまなイノベーションが生まれてきた。マーケティングや経営理論の宝庫でもある。さらに最近では別の業界からの参入も相次いでいる。国内企業だけでなく、取引もグローバルだ」


この本の最大の魅力は、いま、この時期に「1杯のコーヒー」をテーマにしたことなのです。

スターバックスの日本での浸透、マクドナルドの100円コーヒー、そして、セブンイレブンの『セブンカフェ』の大ヒット……

「家か喫茶店か缶コーヒー」だったものが、この30年くらいのあいだに、価格も、提供方法も多様化し、大手コンビニチェーンの命運を作用するような戦略商品となっていきました。

「セブンカフェ」なんて、考えてみれば、「単なるコーヒーの自動販売機」じゃないですか。

にもかかわらず、なぜこんなに話題になったのか。


「セブンカフェは、2013年1月に登場してからわずか1年で4.5億杯、500億円も販売した大ヒット商品だ。しかも、新たに女性客を取り込み、リピート率も55%。サンドイッチや菓子パンと一緒に買う人も2割いるから、売上の相乗効果が見込める。セブン―イレブンにとって、セブンカフェは単なるコーヒー商品ではないのだ」

「セブンに行くと、ついついお菓子をよけいに買っちゃうんですよね〜」

「これだけを見ると、セブンカフェは順風満帆で成功したように見えるかもしれない。だが、セブン―イレブンはすでに30年以上、店内でコーヒーを出すことにしつこく挑戦してきた。今回、5回目の挑戦でようやく念願がかなったのだ」

「え? 5回目? 30年以上前からやってたんですか?」

「そうだ。コーヒーブームに乗ってつい最近始めたわけではない」

これを読んで、「そういえば、コンビニのコーヒーって、ずっと前からあったような気がするなあ」と思いだしてきました。

セブンーイレブンにとって、今回の「セブンカフェ」は、「5回目の大きな挑戦」であることと、それまでの4回の事例が、この本のなかでは紹介されています。

これまでの試行錯誤があったからこそ、この5回目での成功につながったのです。

しかし、一度火がついたら、1年間に4.5億杯って、すごいですよね……


そして、コンビニで安くてそれなりの美味しさのコーヒーが飲めるにもかかわらず、スターバックスの賑わいには、あまり影響がないようにみえます。

どうしてあの値段のコーヒーが、生き延びていけるのか?

「今でこそ絶好調のスターバックスも、かつて『スタバらしさ』を見失い、経営危機に陥ったことがある」

「え? あのスタバが?」

「1971年に創業したスタバはずっと成長が続いていた。だが、2007年から2008年にかけて突然大きく利益が減った。既存店の売上も来店客数が減少して落ちた」


(中略)


「ほとんどの人は、この数字を見ると『合理化すべし』と考える。言い方をかえると、経営合理化という方法は、経営のことをほとんど知らない新町さんでもすぐに思いつくような、きわめて安直な手だとも言える」


(それってほめてるの? けなしているの?)


「しかし、2008年1月にスタバのCEOに復帰したハワード・シュルツは、そうは考えなかった。彼は『スタバらしさ』を失ったことが業績低迷の真の原因と考えた」


(スタバらしさを失った……)わくらはまだよくわからない。


「当時、スタバではスピーディにコーヒーを提供するため、挽いたコーヒーの粉を店に届けて保管する方式に切り替えたが、店で豆を挽かなくなった結果、挽き立てコーヒー独特の重厚で豊かな香りが店から消えてしまった。売上アップのためにチーズ入りサンドイッチを温めて出していたが、チーズの強い香りがコーヒーの香りを台無しにした。さらに、研修不十分なバリスタが客にコーヒーを淹れるようになって、はっきり味が落ちた。消費者レポートで、マクドナルドのコーヒーよりも低評価になったこともある」

 藤岡は説明を続けた。

「つまり、成長と効率性を追求するあまり、スタバの魅力が失われたのだ。半分引退して店舗を見て回ったシュルツは、そのことを肌で感じていた。だから、CEOに復帰して『原点回帰すべし』と考えた。本来のスタバらしさ、つまり、家庭でも職場でもない『第3の場所(サードプレイス)』としてのポジションを取り戻し、革新的な文化に戻ろうと考えたのだ」


業績が不振になると、まず「経営効率化」が叫ばれがちです。

それは「わかりやすい」けれど、効率化によって、その組織の魅力が失われてしまうこともある。

もし、このときスターバックスが安易な「経営効率化」にはしっていたら、今の隆盛はみられなかったかもしれません。


もちろん、「安さ」は魅力です。

でも、人は、コーヒーを味わうためだけに、コーヒーを飲みに行くわけではない。

セブンカフェだって、そんなにのんびりするわけにはいかないけれども、ちょっと車を停めて、休憩する理由にはなるものね。


この本を読むと、「安さ」「美味しさ」だけではなくて、「ある商品を選んで消費することによって、社会に貢献し、それが顧客の満足につながるような仕掛け」も試みられてきているのです。

人が、コーヒーに求めるものも、時代によって変わってきています。


「なぜ、こんなに多様なコーヒーチェーンが乱立して、それぞれ生き残っているのか?」

ふつうの人のそんな疑問に、過不足なく答えてくれる、なかなか興味深い本でした。

2014-10-20 【読書感想】書店不屈宣言

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現場の書店員は厳しい現状の中で、何を考え、日々の仕事に向かっているのか。トップクラスの大型書店チェーンであるジュンク堂池袋本店の副店長が、日々の仕事やさまざまな本のジャンルの現状などをまとめた書店ドキュメント。


いま、書店の「現場」は、どうなっているのか?

書店員としての発信を続けておられる、田口久美子さんの最新刊です。


 生まれついての貧乏性なので、このちょっと長くなった私用時間をかねがね考えていた「本書き」にあてることにした。いつも頭に引っかかっているのは書店業界の「来し方行く末」である。小さな書店から中型、大型と、規模の大小を経験しながら、現場で40年以上も働き続けた書店員はそうはたくさんいないだろう、と勝手に思い込み、しかもこの「大きく変化しつつある書店業界」の今を記録しておかねば、と誰にも頼まれないのに「ひとり相撲」をとろうとしている私である。


(中略)


 振り返れば日本の書店規模は大きくなる一方であった、70年代後半から顕著になった。既存の紀伊國屋、三省堂、丸善等、新興の八重洲ブックセンター、リブロ等、大きくなるだけではなく、チェーン化も加速する一方だった。1976年、神戸に拠を置いたジュンク堂書店はもっとも後発である。95年の阪神淡路大震災後、96年の難波店オープンにはじまり、毎年のように大型店を出店し続けたこのジュンク堂書店が、個人経営から大型、全国チェーン化したおそらく最後の書店であろう。ここ数年、新規開業の大型書店を聞かない。別の業態から参入する例も聞かない。アマゾンが上陸した2000年以降、いわゆる「リアル書店」の勢いに陰りが見え始めた。出版業全体の下降とほぼ軌を一にしている。


 この本を読んでいると、ひとことで「書店」とまとめてしまうことの難しさを痛感します。

ジュンク堂』のような、本のジャンル別に担当者がいる大型書店だと、担当者ごとにAmazonや電子書籍への危機意識の違いもありますし、書店の規模によって、店員さんの仕事の内容やAmazonの影響も大きく違ってくるのです。

 僕が子どもだった30年前くらいには、まだ「近所や商店街の小さな書店」がけっこうありました。

 その後、次第に車で行く郊外型の中規模書店が増えていったのですが、ここ10年くらいはAmazonの影響もあってか、それらの書店もかなり淘汰されています。

 現在の「リアル書店」は、ショッピングモールの中の大型書店か、TSUTAYAにDVDレンタルと併設されている書店が主役になっているように思われます。


 「雑誌が売れなくなっていること」は、書店業界、とくに小さな書店に大きな影響を与えているのです。

 私がリブロに転職した1976年、雑誌の発行点数を目録から概算したら2500誌ほどであった(実際は2814誌)、と記憶する。今は何誌ぐらいになったのだろうか、ジュンク堂雑誌担当の小高に聞いてみたら「3000誌ぐらいのようです」と答えた。「4500誌ぐらいまでは伸びたようですが」と続けた。ちなみに雑誌と書籍の売上比率は70年代末まではほぼ抜きつ抜かれつで推移していたのだが、80年代に入って完璧に雑誌が追い抜く。90年代には1.5倍ほどの優位に立っていた。2000年代に入り、両者とも凋落の一途をたどっているのだが、雑誌の優位はまだ変わらない。出版物の売上が二兆を超したのが89年、2兆7000億近くまで伸び、割ったのが2010年、2012年が1兆7398億円(85年とほぼ同金額)、内訳は雑誌が9385億円で書籍が8013億円、と発表(出版科学研究所)されている。うーむ、昨年のアマゾンの総売上高7300億(そのうち出版物は25%ぐらい?)と比較すると、ちょっとどころかかなり悲しい。(2013年、1兆6823億円、前年比3.3%減、書籍7851億、2.0%減、雑誌8942億、4.4%減)

 雑誌は売上に対しての在庫負担が書籍より軽く(週刊誌の回転率は優等生)、常連客がつきやすい性格を持ち、刷り部数も書籍より多いため小さな書店にも比較的順当に配本される。だから小型書店の雑誌占有率はどんどん増えていったのだ。キディランド八重洲店も最初から雑誌比率をもっと上げていれば、あれほど短命ではなかったかもしれない。

 そして、このまま雑誌売上が降下し続けると、小さな書店の経営はどうなるのだろうか。今や小さな書店の雑誌売上占有率は50%を超えるというのに。

 

 これまで、雑誌の売上で生き延びてきた小型書店にとっては、雑誌が売れなくなることは、まさに死活問題です。

 近くの書店で手に入る週刊誌を、わざわざAmazonに注文する人は少ないので、書店にとっては有利なジャンルなんですよね。

 でも、これだけネットでリアルタイムにさまざまな情報が入手できるようになると、わざわざ雑誌を買って、情報を得ようという人が少なくなるというのもわかります。

 情報のリアルタイム性や「読んだあとの処分の手間」、無料で得られるものの大きさなどを考えると、ネットで十分な気がしてくるんですよ。

 僕も、最近はほとんど雑誌を買わなくなりましたし。

 その一方で、「つくっている人たちの顔がみえる、商業ルートに乗らない雑誌(リトル・プレス)」が、2007年くらいから、盛り上がってきているそうです。

 ネット時代だからこそ、紙の雑誌の雰囲気みたいなものをあえて求める人も、少なくないのかもしれません。

 地方の小規模書店で、リトル・プレスをカバーしていくのは、なかなか難しそうですけど。

 結局のところ、小規模書店にとって、どんどん厳しくなっていることは、まちがいありません。


「リアル書店」でも、同じ書店のなかでさえ、扱っているジャンルによって、かなり「危機意識」の大きさや方向性は違うみたいなんですよね。


 この本に登場してくる『ジュンク堂』の児童書の担当者は、こう述べています。

 ここで山井は面白いことを言った。

電子書籍電子書籍って騒がれていますけれど、児童書は大丈夫って私は思います。絶対になくならない。絶対です。特に絵本は。プレゼント需要が圧倒的に多いから」

 ふーん、絶対ですか。そんなに日本の大人たちの「紙でできた、かたちのある児童書」への信頼は厚いですか。

「お母さんたちは、自分の小さいことに読んで面白かった本をまず買いますね」

 はい、それは私もリサーチ済みです。

「でも聞いてください。さっき言った『からすのパンやさん』、40年前の絵本ですよ、いまだに売れ続けているんです。大・大ロングセラーです」


 いや、本当に「電子書籍の絵本が成り立たない」かと言われたら、僕は「タッチパネルを活かしたような新しい絵本の可能性はあるのではないか」と思うんですよ。

 でも、絵本というのは、たしかに「読む人と買う人が違う本」ですから、絵本を読んで育った人たちが親であるかぎり、「紙の本」へのこだわりは残るジャンルなのかもしれませんね。

 僕が子どもの頃と、ふだんはニンテンドー3DSで『妖怪ウォッチ』を遊んでいる子どもたちが、同じ絵本を喜んで読んでいるというのは、あらためて考えてみると、なんだか不思議ではあります。


この本のテーマのひとつが、「Amazon、そして電子書籍に対して、既存の書店はどのように向き合い、変わっていくべきなのか?」なんですよ。


既存の本を「電子書籍化」することの問題点について、こんな話がありました。

東日本大震災の影響もあり、2012年の1年間に、経済産業省の肝いりで、10億円をかけて、「コンテンツ緊急電子化事業(略称・緊デジ)という、電子化促進事業が推進されたそうです。

ところが、スタート時にはやる気満々だったはずの出版社側が、どんどん消極的になっていったのだとか。

「それはね、説明会のあと社に持ち帰って、思ったよりタイへンな作業だ、っていうことが分かったからだと思う。(製作費のほぼ半分の)援助金も出るし、この際電子版をつくってみようか、っていう軽い気持ちで始めたけれど、電子も紙の本と一緒で、印刷会社に出稿するまでは出版社がやらなくちゃいけないんだ。やっぱりお金も人もかかるよね。簡単に言えば、もう一度つくり直す、みたいなものだから。まず最初のハードルは、電子化する書目を決めて、それから著者の了解を取らなければならない、出版から時間が経つと縁が遠くなっている著者もいるしね。出版時の編集者がいなくなったり、なんていうこともあるし。絶対電子化したくない、っていう著者もいるでしょ。でも一番大きかったのはつくり方のノウハウっていうか技術的な問題点ね。紙の編集とはまた別ものなんですよ。たとえば校正ね。リーダーの日本語読み込み技術も進化していて、精度も99%まで上がっているんだけれど、99っていうことは100字のうち1字は間違えて読む、っていうことでしょ。100字っていえば2〜3行に1字だよね」

「でもそのくらいなら学生アルバイトでもできるんじゃないの?」

「いや、誤字が似ているから余計ややこしい。温と湿を間違えたりしてね。職と識とかね。それを見つける作業は文脈が分からないとできない。訓練しないとできないものなんだよ。どんなに100%に近づいても、この校閲作業はやらなくちゃならない、そうでしょ? 英語圏は大小52文字ですむけれど、日本では100%っていうことはないんだ。緊デジでは定年の校閲OBを総動員した社もあった」

 そうだとすると、これから電子書籍に前向きに取り組もう、と考える出版社は、電子専門の編集者をおく必要があるのだろう。このプロジェクトの中心的存在の講談社や小学館はとっくに別の編集部を持っている、という。

 

すごいテクノロジーも、現場レベルでいえば、まだまだ物足りないところがあるのだな、と思い知らされます。

「99%判別できる」のなら、十分すぎるくらいじゃないか、という気がしていたけれど、現場レベルでいえば、まだまだ不十分だし、むしろ、「残り1%」を校正するのが大変な作業になるのです。

そして、電子化が、大手出版社と小出版社の格差を縮めるわけでもない。

こうしてあらためて現場をみてみると、電子書籍の世界も、まだまだ技術的な問題が山積み、ではあるのです。

そして、電子書籍が世界で一般的になっていくというのは、日本語にとっても危機なのかもしれません。

アルファベットの52文字のほうが、読み取るのははるかに簡単で、誤字率も低くなるでしょうし。


僕もだいぶ電子書籍を買っているのですが、「元の本をただスキャンしただけ」で、ディスプレイで読むことに最適化されていない「電子書籍」の読み辛さには、さんざん泣かされています。

電子化は傍からみるほど簡単ではないのだけれども、利用者の側には「電子書籍で、紙も使わないし、流通もショートカットされているのだから、安くてあたりまえ」という意識があります。

もともと書店がたくさんあって、本を手に入れやすい日本では、電子書籍の普及には、案外、時間がかかる、あるいは、頭打ちになってしまうような気もします。


書店の、書店員さんたちの、そして書籍の現在について興味がある人は、ぜひ一度読んでみてください。

こういう時代だからこそ、「あえて紙の本を読むこと」に、アドバンテージがあるのではないか、とも僕は思うのです。



書店風雲録 (ちくま文庫)

書店風雲録 (ちくま文庫)

書店繁盛記 (ポプラ文庫)

書店繁盛記 (ポプラ文庫)

2014-10-19 【読書感想】百舌の叫ぶ夜

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Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)

能登半島の突端にある孤狼岬で発見された記憶喪失の男は、妹と名乗る女によって兄の新谷和彦であると確認された。東京新宿では過激派集団による爆弾事件が発生、倉木尚武警部の妻が巻きぞえとなり死亡。そして豊明興業のテロリストと思われる新谷を尾行していた明星美希部長刑事は…。錯綜した人間関係の中で巻き起こる男たちの宿命の対決。その背後に隠された恐るべき陰謀。迫真のサスペンス長編。


西島秀俊さん、香川照之さんらが出演している、TVドラマ『MOZU』。

先日、偶然チャンネルが合っていて観たのですが、この2014年のドラマとは思えないような暴力的・退廃的な世界観で、なんだかけっこう気になってしまいました。

率直に言うと、「仕事から帰って疲れているときに、こんな救いようの無い話を、誰が観たいんだよ……とも、思ったんですけどね。

まあ、そう言いながらも、僕がけっこう観たかった、と。

その回は、本当に最後まで救いようがなくて、登場人物が拷問されたり、殴り合ったりしあっているうちに終わってしまったんです。


それで、原作はどんな話なんだろう?ということで、ドラマ化とともに装丁も新たになった文庫を購入して読んでみました。


うーん、ハードボイルド。

なんだか久しぶりに、こんな硬派っぽくて、人がどんどん死ぬサスペンスを読みました。

この『百舌の叫ぶ夜』の単行本が出たのは、1986年。

僕にとっては、「そんなに昔じゃない」ような気がするのですが、もう30年近く前に上梓された作品です。

右翼とか左翼とか、テロリストとか、2014年の日本からすれば、あんまり現実感がない話のような気がするのですが、当時はまだ、そういう設定にリアリティもあったのでしょう。

ソ連の崩壊が、1991年だものなあ。


まあ、そういう時代背景はさておき、この『百舌の叫ぶ夜』、ストーリーが二転三転していく、ジェットコースター・サスペンスとでも言うべき作品です。

いくらなんでも、そりゃないだろ!と言いたくなるような無理っぽい設定もいくつかあるのですが、それも含めて、勢いでラストまでグイグイと連れていかれるのです。

登場人物が物語の長さの割には多めだったり、物語内で時間が行ったり来たりして、死んだはずの人物が突然蘇ったようにみえたりするのは、「これ、何の効果を狙っているのか、よくわからないな。かえってゴチャゴチャしてしまうだけなのでは」と感じるのですが、そのカオスな雰囲気も、この作品の魅力です。

まあ、現代のミステリ読みの習性として、「これは同一人物とみせかけて、同姓の別人なのでは……つまり、叙述トリック!」とか邪推してしまいがちなんですよね。

ほんと、これを読んでいると、いかに自分が「叙述トリック脳」になっているかということに気づかされます。


謎の殺し屋、警察の組織の問題、夫婦の断絶……この作品を構成している要素のひとつひとつで、長篇を1作ずつ書けそうなくらいの「てんこ盛り」です。

近年はあまり見かけないタイプのサスペンスなので、かえって新鮮に思われます。


人によっては「トンデモミステリ」にカテゴライズしてしまいそうな作品でもあるのですけど、僕はこれ、かなり楽しめました。

しかし、昔はけっこうおおらかだったよね。

いまは、1986年の小説の映像化でも「タバコ吸いすぎ!」とか言われるんだものなあ。



幻の翼 (百舌シリーズ) (集英社文庫)

幻の翼 (百舌シリーズ) (集英社文庫)

幻の翼(百舌シリーズ) (集英社文庫)

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