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2014-04-21 【本】有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか

[]【読書感想】有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか ☆☆☆☆ 【読書感想】有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか ☆☆☆☆を含むブックマーク 【読書感想】有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか ☆☆☆☆のブックマークコメント


内容紹介

コンビ間の軋轢や家族との衝突……

みんな下積み時代の苦悩を乗り越えたからこそ、脚光を浴びる現在がある。

ダウンタウン、ナインティナイン、爆笑問題・太田光マツコ・デラックス……、

浅草キッド水道橋博士が編集長を務めるメールマガジン

水道橋博士のメルマ旬報』の人気連載「芸人ミステリーズ」配信分から 7篇を厳選の上、大幅に加筆修正して収録。

新書化にあたって『有吉弘行と猿岩石の地獄』『芸人・有吉弘行のウソ』の2篇を書き下ろし。

生い立ち、猿岩石時代、あだ名芸と毒舌、ダチョウ倶楽部・上島との関係など、

いま最も注目すべき芸人・有吉弘行の生き様や謎を多くの証言から解明し活写する。

最強のTVっ子が「実像」と「虚構」とのスキマを切り結ぶ。


「華やかな芸能界の深層に地獄の地下水脈は流れている。

    • てれびのスキマは、テレビの写さない、余白を解き続けることによって、芸人の棲む地獄の底に流れる河の水を見事に浄化している」

水道橋博士、推薦!!


「目次」

序章 有吉弘行と猿岩石の地獄

第一章 オードリーのズレ漫才と幸福論

第二章 オリエンタルラジオの証明

第三章 なぜダウンタウンはそんなにも客の出来を気にするのか?

第四章 なぜナイナイ・矢部浩之はいつもニヤニヤ笑っているのか?

第五章 爆笑問題・太田光の偏愛、あるいは太田光を変えたもう一人のタケシ

第六章 ダイノジ・大谷ノブ彦のどうかしている“熱"

第七章 マツコ・デラックスの贖罪

終章 芸人・有吉弘行のウソ


 同じ著者の『タモリ学』は名著だったのですが、こちらもすごく面白かった。

 そんなに厚くない、200ページにも満たない新書なのですが、読んでみると、ものすごく濃密な世界が広がっているのです。

 こんな文章が毎回載っているんだったら、水道橋博士のメルマガを購読してみようかな、と思いましたよ本当に。


 この新書では、オードリー、オリエンタルラジオ、ダウンタウンなどの人気芸人を採り上げて、彼らが著書やインタビューで実際に残した痕跡から、その「笑いのルーツ」と「人となり」を辿っています。

 これを読んでいて痛感したのは、「芸人になるには才能も必要なのだろうけれど、才能だけで人気芸人になれた人はいないのだな」ということでした。

 彼らが語るエピソードを読んでいると、自分たちの「型」にたどり着くまでのあまりに壮絶な試行錯誤に、ただただ圧倒されてしまいます。

 努力すれば成功が約束されている世界ではないけれど、とにかく限界まで考えて、やれることをやり抜いた先に見えてくるもの。

 それしか、頼れるものはないのです。


 有吉弘行(ちなみに、有吉さんの名前って、「ひろゆき」じゃなくて「ひろいき」って読むのですね。僕はこの新書を読むまで知りませんでした……)さんの「猿岩石」結成当時の話。

 ようやく部屋を見つけた二人は「猿岩石」を名乗り、太田プロのネタ見せに。事務所はどこでも良かった、という。ネタ見せは最初から感触が良かった。すぐにライブに出してもらえるようになった。「意外とちょろいもんだな」有吉は最初そんなことを思っていたが、すぐに行き詰まった。人気が出る気がしないのだ。ナマコを口から出したり、ズブ濡れでネタをやったり、「とにかくパンチが必要」だと奇をてらったネタを繰り返していた。だが、「どうも笑いは取れず奇声が上がるだけ……」だった。


hon-nin・vol.01』(太田出版)で読んだ松尾スズキさんと爆笑問題の太田光さんの対談(「『テレビ』と『本人』の距離」)に、こんなエピソードがありました。

松尾スズキ今って普通の新人お笑い芸人がバラエティ番組にぽんと出ても、わりといけるじゃない? あれはすごいなあと思いますね。


太田光そうですね。オレらも最初は差別ネタばっかりだったんです。で、当時はライブでウケる芸人って、テレビに出れないやつらばっかりでしたからね。テレビで何をやってはいけないかよく分かっていなかったし、それに加えて「テレビなんかに出てやるものか」というワケの分からない反抗意識もあったし(笑)。


松尾:それは今の芸人志望の人たちと真逆ですね。


太田:明らかに違います。僕らが最初に出たのは(コント赤信号が主宰する)La,mamaってライブなんですけど、当時トリをつとめていたのがウッチャンナンチャンで、彼らやピンクの電話、ダチョウ倶楽部はテレビで成立するネタをやってましたけど、オレらはテレビでは流せないネタばっかり。オレらが最初にやったのは中国残留孤児もののコント。あとは全身カポジ肉腫だらけの原子力発電評論家とか、佐川一政くんがレストランを出しましたとか、どうしようもない。


松尾:ひどいですねえ(笑)。


太田:それでもオレらはまだ「テレビ用のネタも作らなきゃ」って気持ちがありましたけど、他のやつらはもう……気が狂ったやつらの巣窟でしたね。で、またみんなバカだから、そんなネタやってるくせにテレビのオーディションを受けに行くんですよ。障害者のモノマネやって「けっこうです」って言われたり(笑)。あとはトマトジュースを飲んで「今飲んだジュースを手首から出します」って言ってその場で手首を切ったり。


松尾:もう芸人でも何でもない(笑)。


太田:そもそも笑えないしね。あとはナイフを持ってきて振り回しながら客席に乱入するだけとか(笑)。で、オレらも一時期そっちの路線にいってたわけです。「そっちの方が偉い」「女コドモにウケる軟弱なネタよりも、ハードなネタのほうが上」みたいなノリがあって。


松尾:でも、田中さんの資質はそっち方向じゃないですよね?


太田:そう(笑)。で、そんなネタばっかりやってると、それを求めるファンしか来なくなるわけです。そのうちファンの方が危ないライブになっちゃって、自然と「これではダメだ」と思うようになりました。


松尾:そういう危ないネタをやりたくなる季節があるのかな? 今はあんまりないよね。


太田:新人のライブを見ても、面白いかつまんないかは別として、今はそのまんまテレビで流せるネタが多いしね。


松尾:思い出したけど、俺らもその頃、下北沢の駅前劇場とかで、ひどいギャグをやっていましたね。「黒人力発電」ってネタがあって、街で踊っている黒人をさらって原子力発電所に閉じ込めて、ヒップホップをかければやつらクルクル回るから電力が取れるんじゃないかとか。でも、あんまり回り過ぎると核融合を起こしちゃうから、そういうときは『アンクル・トムの小屋』を読んだら回転が収まるんじゃないかとか……。


太田:ひどい(笑)。でも、そういうネタって実際面白いんですよね。ただ、それを続けていくとエスカレートするしかなくなってきて、最終的にはチンコ出すとか放送禁止用語を言うとか、そういう単純なことになってきちゃうから、これじゃ全然面白くないなって。

 この太田さんが語られている「当時」というのは、今から20年くらい前の話です。

 でも、こういう「他人がやらないことをやる」=「自分らしさ」という迷宮みたいなものに入り込んでしまって苦悩する人間の姿というのは、いつの時代にもあるものでしょう。

 「それ同じようなやつを、ネットで観たよ」って言われてしまいますから、「新しいことをやりたい」芸人たちにとっては、現在はさらに厳しい時代になっているはずです。


 オードリーは、結成後、8年間も鳴かず飛ばずだったそうです。

 当時は、若林正恭さんがボケで、春日さんがツッコミ。

 若林さんは、売れなかった時代のことを、こんなふうに振り返っています。

「深夜、部屋の隅で悩んでいる過去の自分に言ってやりたい」を現在の若林は言う。「そのネガティブの穴の底に答えがあると思ってんだろうけど、20年間調査した結果、それはただの穴だよ」

 これはまさに、20年間、その「ネガティブの穴」を覗き込み続けた若林さんだからこその言葉ではないでしょうか。

でも、そうやって、「ただの穴」の底を探し続けたからこそ、今のオードリーがあるような気がします。


 著者は、オードリーについて、こんなふうに述べています。

 二人が試行錯誤して様々に姿かたちを変えていった春日のキャラは、若林の理想像を具現化した「春日」として完成した。キャラとしての「春日」は結果的に普段の春日を誇張しただけで実は地続きだった。もっとも本来の春日の「ズレ」がなかったのだ。

 しばしば芸人は「辞めなかったらいつか売れる」と言われることがある。しかしちょっと違う、と若林は言う。「辞めないことによっていつもの自分がネタに出るときが来て、それが見つかったら必ず売れる」(『オードリーのANN(2012/9/8)』)のだ、と。

「賛否の否があるときに限って、その後ざくっと残ったりする」。だから「なるべく賛否両論があるような場所に身を置きたい」と。

 自分らしい「人(にん)」の出る漫才のスタイルを手に入れた今、それが中核にある限り、たとえ彼らしくない状況に立ったとしても、その違和感、ズレを含めてオードリーらしさがにじみ出ているはずだ。


 この新書は、この「若林正恭さんが20年間調査し続けた、ネガティブの穴」の一端を、読者に見せてくれるのです。

 いまの世の中では、「先の見えない努力」は、バカにされがちだけれども、芸人には、そういう「バカなこと」をやり尽くさないとたどり着けないような「世界」がある。

 別に「努力のすばらしさ」が書かれているわけではないのだけれども、「芸人として生きていくこと、いや、人間として試行錯誤していくことの厳しさと充実感」みたいなものが、伝わってくるんですよね。


 「武勇伝」での、史上最速といわれた大ブレイクから、一気に「転落」していったオリエンタルラジオ

 与えられたポジションに見合う実力がまだついていなかったオリエンタルラジオ。当然のように、次々と短期間で番組が打ち切られていった。

「そこはまだ、覚悟ができていなかった」と中田は述懐する。「(始まるのも)怖いけど、落ちるのもっと怖いって」

 この「現象」を中田は「吉本興業の中での実験」だったと自分のなかで整理しているという。

「テクニックもキャリアもなくても、それで成立するんだったらビジネスモデルとしては正解じゃないですか。コストがかかってなくてパフォーマンスが得れるわけですから。これが成立したらこれをどんどんやっていくつもりだったと思うんです。だけど、それが出来なかった! 促成栽培が出来るもんじゃない。それが芸人なんだ、っていうのを逆説的に証明したのがオリエンタルラジオなんです!」

 聞いているブラマヨの二人が呆然とし、無言になってしまうほどの冷静さ、客観性が逆に当時の深すぎる苦悩を物語る。


 この新書のなかで、僕がいちばん好きだったのは、書き下ろしの有吉弘行さんの章でした。

 僕も「自意識過剰な子供」だったので、有吉さんの子供時代に、自分の姿を少し重ねてみたりして。

 たぶん、この新書のなかに出てくる芸人の誰かに、自分を重ねて読む人は、多いのではないかと思うのです。

 彼らは人気者であり、超人である一方で、「どうしようもなく、人間」でもあります。

「(インドとかに行って)人生観変わったとか言うヤツは、日本でたいした人生送ってないんですよ」(『アナザースカイ(2010/4/16)』)

「自意識」が崩壊するような過酷な旅をしてきたからこそ説得力がある言葉だ。「自分」なんて本当はない。「他人から見た自分」こそが「本当の自分」なのだ。だとしたら自分が思っている「本音」だって、それが本当に「自分の本音」なのかは疑わしい。だから有吉は「自分」や「本音」を捨て、「リアクション芸」をするかのように、その場に応じて変わる「本音っぽい」毒舌や批評を相手にぶつけるのだ。


 新書という形態やページ数による見かけのイメージを遥かに超える「密度」のある本でした。

「芸人の感動話になって、興味ないよ。舞台の上でいかに笑わせるかが勝負なんだから」

 そういう人にこそ、ぜひ、読んでみていただきたい一冊です。




ナインティナインの上京物語

ナインティナインの上京物語

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2014-04-20 【読書感想】白ゆき姫殺人事件

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白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)

白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)


Kindle版もあります(ただ、2014年4月現在「単行本よりは安いけど、文庫よりは高い」価格設定です)

白ゆき姫殺人事件 (集英社文芸単行本)

白ゆき姫殺人事件 (集英社文芸単行本)

内容(「BOOK」データベースより)

美人会社員が惨殺された不可解な殺人事件を巡り、一人の女に疑惑の目が集まった。同僚、同級生、家族、故郷の人々。彼女の関係者たちがそれぞれ証言した驚くべき内容とは。「噂」が恐怖を増幅する。果たして彼女は残忍な魔女なのか、それとも―ネット炎上、週刊誌報道が過熱、口コミで走る衝撃、ヒットメーカーによる、傑作ミステリ長編。


ミステリ小説とジャンル分けされていますが、実際は、「美人会社員惨殺事件」というひとつの事象を、たくさんの人が、それぞれの視点で語り、その「事実とのズレ」と「つくりあげられていく虚像」に圧倒されていく、そういう作品です。

「ミステリ」としては、それぞれの登場人物の「主観」や「エゴ」、そして「戦略」が入り乱れていて、これを読んだだけで推理するのは、なかなか難しいのではないでしょうか。

こういう「人間の悪意」みたいなものを容赦なく描くのが、「湊かなえワールド」なのだよなあ、と。

登場人物も、みんな本当のことを言っているとは限らない。

(ただし、それぞれの人物は「自分にとっての事実」を語っている)

読んでいて、芥川龍之介の『藪の中』を思い出してしまいました。


ちなみに、『薮の中』のように「で、真相はどうなんだ?」と投げ出されるわけではなく、きちんと「解決編」まで用意されています。

「実際にそんなことが可能だったのか?」「偶然の要素が強すぎるのでは?」と言いたいところはあるのですが、とりあえず、スッキリする結末にはなっているのです。

恩田陸さんだったら、「で、結局『犯人』は誰なんだ?」と言いたくなるようなオチになっていたんじゃないかな。


これを読んでいると、「もし自分が殺人事件の容疑者になったら、周りの人は、どういうふうにメディアに語り、SNSで発言するのだろう?」と考えずにはいられません。

 私は私の過去が解らなくなってきました。

 私はイジメられっ子だったのか。執念深く、気持ちの悪い女だったのか。呪いの力があるのか。中学も高校も学校中の子たちから嫌われていたのか。親友なんて存在しなかったのか。

 自分の記憶で作られる過去と、他人の記憶で作られる過去。正しいのはどちらなのでしょう。


ワイドショーなどでは、「容疑者の学生時代の卒業文集」などがよく公開されています。

「キレたら怖いところがあった」なんて話をする人もいます。

でも、学生時代に書いた文章なんて、誰でも多少は「イタいところ」があるはずだし、「絶対にキレない人」「キレても怖くない人」の方が「異常」なんじゃないか、とも思うのです。

人間なんて、切り取り方次第で、どんなふうにでも見えてしまう。


文庫の「解説」で、この作品を映画化した中村義洋さんが、こう書かれています。

 物語は、『週刊太陽』の取材記者・赤星雄治が、美人OL三木典子が殺された直後に姿を消した容疑者・城野美姫の同僚や幼馴染み、家族への取材を重ねていく、その証言構成で進んでいくわけだが、まず僕が感心したのは人々が取材されるときの「話を盛っちゃう感」のリアリティーである。

 赤星という男は、取材が下手なのか、リアクションに乏しいのか、とても相手から首尾よく話を引き出せるタイプではない。すると取材相手がどうなるかといえば、赤星のリアクションを引き出そうと、「そーいえばこんなこともあんなことも」と、あることないことビミョーに話を盛り始めるのだ。その無自覚な話の盛り方、増幅のさせ方が、ものすごく「こういうのってあるよな」という既視感を伴って迫ってくる。


正直、この作品で描かれている「事件」には、あんまりリアリティーを感じなかったんですよ。

でも、この中村監督がおっしゃっている「無自覚に話を盛ってしまう人々」の姿と、そうして「盛られてしまった話が暴走していくところ」こそが、この小説の読みどころなのだと思います。

読んでいて、なんとなく、小保方さん関連の話も、実際はどこまでが「事実」だかわからないけれど、最初の大絶賛から、現在の大バッシングまで、こんな感じで「本人の手の届かないところで、盛られてしまっている部分」がたくさんあるのだろうな、と考え込んでしまいました。

「無責任な受け手」である読者や視聴者も、結局「盛られた話」を喜ぶし、それが「誇大」だとわかると、「盛った人々」を責めて、また楽しむ。


巻末のtwitter風のSNSでのやりとりや、週刊誌の記事風に事件のことが書かれている「演出」は、そんなにうまくいっているとは思えないところもあったのですが、なかなか「面白い作品」ではありました。

映画のほうも、DVD化されたら、観てみたいと思っています。

井上真央さんが「さえないOL」の役っていうのは無いよな、という気はするんですけどね。

「さえない役者さん」が主役だったら、興行作品として成りたたないのはわかるのだけれども。

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2014-04-19 映画『アナと雪の女王』感想

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あらすじ: エルサとアナは美しき王家の姉妹。しかし、触ったものを凍らせてしまう秘められた力を持つ姉エルサが、真夏の王国を冬の世界に変化させてしまった。行方不明になったエルサと王国を何とかすべく、妹のアナは山男のクリストフ、トナカイのスヴェン、夏に憧れる雪だるまのオラフと一緒に山の奥深くへと入っていく。

参考リンク:映画『アナと雪の女王』公式サイト


2014年13本目の劇場での鑑賞作品。

観た映画館が、月曜日は全作品、全上映時間1100円というキャンペーンをやっていたため、夕食時の観客は30人くらいと、けっこうにぎわっていました。


この映画を未見の僕の5歳の息子でさえ、最近は事あるごとに「れいごーー、れいごおおおーーー」とたぶん意味もわからないまま歌っているくらい大ヒットしているこの作品。ようやく観た、という感じです。

息子と一緒に行こうと思っていたのですが、あの歌はけっこう歌っているくせに「なんか怖そうだから観たくない!」って言うんですよね。

まあ、あの目の大きいキャラクターに違和感があるっていうのは、わからなくもない。

僕もこの作品が海外で大ヒットしていると聞いても、「この絵柄は日本ではあまりウケないのではないかな」と思っていましたし。


上映開始時間の関係もあり、日本語吹替版を鑑賞。

残念ながら(?)「れいごーー」じゃなくて、「ありのーままのー」のほうを観ることになりました。

というか、松たか子ファンとしては、松さんの歌の上手さとミュージカルでの経験があらためて役に立って祝着至極、という感じではあります。

お父さんの松本幸四郎さんと『ラ・マンチャの男』で共演していたのを、博多座で観たんだよなあ、もうだいぶ昔の話になりますが。


その松さんのエルザに負けない歌の存在感を、アナ役の神田沙也加さんもみせていて、「ああ、日本吹替版で良かったな」と思うのと同時に、「これはDVDが出たら、オリジナルの英語版も観てみよう」と。

日本語版に不満があったわけではなく、日本語版が素晴らしかったので、オリジナルのほうも確かめてみたい、そんな感じなのです。


なかでも、あの「れいごー」の場面、実は、映画館での長めの予告編でもさんざん流されていて(ときには1曲まるごと)、もう食傷気味だな、なんて思っていたのですが、実際に物語のなかで、あの曲とともにエルザが壮大な氷の城を築いていく場面は、「おお、カタルシスを感じる!」という気分になりました。

松さんの歌声も、映像もまさに「圧巻」で、開きなおって自分の力を解放しまくっているエルザの姿には、なんか「良かったね!」と言ってあげたくなる雰囲気があったのです。


ほんと、曲と歌、映像に関しては、言うことなし、の作品です。


ただ、僕としては、この作品の「御都合主義すぎるところ」が、ちょっと引っかかってしまったんですよね。

このままいったら、あの2人の関係はどうなるんだろう?と思っていたところで、いきなりそのうちのひとりがレッドカードを喰らうというか退場処分になるというか、「いやまあ、現実というのはそういうものなのかもしれないけれど、脚本家ラクしすぎなんじゃないの?」と言いたくもなるんですよね。


 長年「自分の能力を隠し続けること」に疲れ果て、「ありのままの姿」を見せて生きることを選んだはずのエルザが、「愛情」に目覚め、現実と妥協し、自らの力をコントロールする術を身につけてしまったのは、たしかに「成長」とか「成熟」ではあるのでしょう。

 でもさ、それは結局「自分を抑えて、制御しながら生きていくという選択」でもあるんですよね。

 あの「れいごー」の場面での解放感をみてしまった観客のひとりとしては、「アタシも昔はワルだったんだよね……」と遠い目をするエルザ、みたいなのより、雪の女王として、世界を氷に閉ざしても自分の道を突き進んで欲しくもあったのですけど。

 せめて、物語の中では。


 結局のところ「優等生的な生きかたを推奨する映画」ではありますよね。

 もっとも、エルザが破壊神みたいになってしまうようなディズニー映画はありえないのは事実ですし、これはストーリーの細かいところにこだわるよりも、良質の歌と曲に包まれて時間を過ごす「ミュージカル映画」だと割り切ってしまえば良いんでしょうけどね。

 観終えて、僕の周囲の観客の反応をうかがっていると、ほとんどの人は「観てよかった〜」と満足そうでしたし。


 「老若男女のすべてが最大公約数的に楽しめる、良質のミュージカルアニメ映画」ということで、素晴らしい作品なのです。

 アニメーションでの雪や氷の表現とか、すごすぎて呼吸をするのも忘れてしまうくらいです。

 もし「子ども向けっぽいし」ということで観るのを躊躇っておられる方がいれば、そんなことは気にせず、観てみることをおすすめします。

2014-04-18 【読書感想】人生はふんどし1枚で変えられる

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人生はふんどし1枚で変えられる

人生はふんどし1枚で変えられる


Kindle版もあります。

内容紹介

人生は何度でもやりなおせる!


大卒で美容師になったあと、コンサル会社に転職するも、

営業成績が悪く思い悩みウツ病になった37歳が、

「ふんどし」に出会い独立起業! 復活するまでの物語。


たった一人、資本金30万円ではじめた「ふんどし」ビジネス。

パンツを捨ててふんどしに賭けた男の生き様と、それをあたたかく応援する妻の姿勢に涙が止まらない……。


今ちまたで話題の「ふんどし」ブームの仕掛人が語る、感動のノンフィクション。

いとうせいこう氏、遠山正道氏推薦!


ふ、ふんどし、ですか……?

この本のタイトルを見たとき、僕の心に去来したのは、そういう「困惑」でした。

同時に、ふんどし一丁でふんぞり返っている自分の姿を想像してみたりして、「宴会芸だよな、それじゃ……」と。

僕のこれまでのイメージでは、「ふんどし」って、「自分が『男!』であることを過剰にアピールしたい人のためのもの、あるいはなんらかのネタの小道具」だったんですよね。

それが、この本を読んでみて、「これはなかなか良いものなのかもしれないな」と思えてきました。

うん、試してみても、良いかもしれない。


著者の中川さんは、都内の大学卒業後に美容師になった「変わり種」です。

美容師になるために、高校卒業後に専門学校に行く人が多いので、かなり遅い決心ともいえるでしょう。

それをカバーするために、著者は、「直接美容室に就職し、働きながら通信教育で免許をとる」ことにしたのだそうです。

でも、大学まで出て、免許もない美容師を、雇ってくれる美容室があるのかどうか?


著者は、そのハンディキャップを上回る「メリット」を就職先に提供するために、こんなことをやったのだそうです。

 たとえば街ゆく女性に、今、行っている美容室と、これから行ってみたい美容室、さらには髪型で参考にしている芸能人は? などのアンケートを取ってまとめた「街頭100人アンケート」。また、雑誌やTVで紹介される東京の有名サロンを見学し、そのすべてをレポートにまとめた「有名サロン30店舗マル秘レポート」、さらには自分がお店に入店すれば、お店にどんな影響を与えることができ、何年後にはこうしてみせるということを書いた「未来予想図作文」などを用意しました。

これが効いて、就職活動もうまくいきました。

僕でもこういう人と一緒に働いてみたいと思う。

著者は、すごくバイタリティのあるアイデアマンだな、と、いきなり感心してしまいました。

美容師としても、かなりの成功をおさめておられたようです。


ところが、そんななかで、ある事情により、著者は美容師をやめ、「転職」することになります。

そして、身内の会社で、いきなり責任ある立場につくことになるのですが、これが、負の連鎖のきっかけになってしまいました。

社内では「身内なのに仕事ができない」などと白眼視され、どんなにがんばっても、空回りしたり、功を焦りすぎて、かえって損をしてしまったり……


僕はこれを読みながら、「美容師をやめなかったらよかったのに!」「美容師に戻ればいいのに!」って、何度も思ったんですよね。

でも、基本的に真面目で責任感が強い人だけに、「うまくいかないのは、自分が悪い」と思い込む結果になってしまい、ついには「うつ」を発症してしまいます。


自宅で療養していた著者の頭に浮かんできたのが、以前知人に紹介されて試したことがあった「ふんどし」だったのです。

 3日目に届いた初めてのふんどし。

 手ぬぐいサイズの長方形の生地に腰紐がついているだけ。なんとも潔い。

 なるほど、広げるとこんな形なのか。

 早速、同梱されていた「締め方」のイラスト通りに締めてみる。

 人生初の越中ふんどしでした。

 な、なんなんだ! この快適さは!!

 素っ裸なんじゃないか! と思えるほど、身につけている感がない軽快さ。

 風が股の間を自由自在に通り抜ける通気性。

 大切な部分をやさしく包み込んでくれている安心感。

 

 これはただごとではないぞ!


 本能が直感しました。


 そして、おなかの前でチョウチョ結びをするこの所作が、なんだかとても新鮮です。締め方も予想以上に簡単でした。なんだか難しくて、めんどくさそうなイメージしかなかったふんどしが、こんなにも簡単なものだとは知りませんでした。


 僕はずっと、「なぜ女性があんなに下着にこだわるのか?」疑問だったのです。

 「見せることが予想される状況」ならさておき、そうでないときにも、こだわりを持っている人が多いような気がしていて。

 ある女性のインタビューで、「いや、見せるとか見せないとかじゃなくて、逆に、見られないからこそ、自分のなかで、良い下着をつけていることのワクワク感がある」というのを読んで、「そういうものなのか……」とは思っていたのですが。

 血流の改善とか、ムレることが少なくなるとか、身体に良いところもたくさんありそうなのですが(立場上、「効能があります!」と断言することもできないんですけどね)、少なくとも、「ふんどしで、気分が変わる」というのは、あるのだろうな、と。


 もちろん、「ふんどしを売る」という商売が、うまくいくと考える人ばかりではありませんでした。

 著者が奥様と相談し(本当にすばらしい奥様なんですよ。個人的には、ふんどしの話以上に奥様の愛情に感動してしまいました)、「ふんどしビジネス」を立ち上げるために退職の挨拶をしてまわっていた際には、こんなやりとりもあったそうです。

「はい、これからは自分でやっていこうと思います。今、『ふんどし』に可能性を感じていて、ふんどしでビジネスをしようとアイデアを練っています」

「……ふんどし?」

「はい。越中ふんどしというタイプのふんどしがあって、本当に快適なんです。越中ふんどしというのは、ゴムの締めつけがなくて……」

「いや、ふんどしなんて売れないでしょう。誰が買うのよ」

「はい。ふんどしの快適さを知らない人に向けて発信します。健康やおしゃれに敏感な若い人、僕と同じ世代をターゲットにした……」


 まだ説明の途中でしたが、「ケイジ君。今、どこも厳しいんだよ。ふんどしなんて難しいと思うよ。ふんどしなんてしてる人まわりにいるの? いないよね? お祭りの時しかニーズはないでしょう? ちゃんとマーケットを調査した? ちょっと甘いんじゃないかなぁ。奥さんもいるんだからさあ」

 この本を最初から読んでいると、著者に肩入れしてしまうので、なんだか酷い言いようだな、と思うのですが、まっさらな状態で、僕にこんなことを言ってくる人がいれば、同じようなリアクションをしてしまいそうです。

 でも「まわりにしている人がいない」というのも、「考え方しだい」なんですよね。


 こんな有名な小話があります。

二人の靴のセールスマンがアフリカのとある国に派遣されました。

一人のセールスマンは意気消沈して本社に戻って来て、こう部長に報告しました。「あそこには靴のマーケットはありません。なぜならみんな裸足なのです」。

でも、もう一人のセールスマンはなかなか帰ってきません。

心配になった部長が国際電話をかけると、彼は、意気揚々と言ったのです。「部長、ここのマーケットは無尽蔵です。なぜならみんな裸足なのです!」と。

 マイナスの要素のようにみえることでも、見方をかえれば、かえってプラスになる場合もあるのです。

 

 これまでは「ふんどしの日」などの仕掛けも当たり、順調に業績をのばしておられるようですが、これからもずっと右肩上がりになるのかどうかはわかりません。

 ただ、この本を読んでいると、奥様やお子さんのためにも、そして、自分の居場所を間違ったと感じているにも関わらず、失敗するのが怖くて、リセットして再チャレンジする勇気を出せない人のためにも、うまくいってほしいな、と願わずにはいられなくなります。

 頭で考えるだけで「できない」と決めつけてしまうのではなく、実際にぶつかってみれば開く扉って、案外少なくないのだな、ということも伝わってきます。

 

 いや、僕も正直「自分がふんどしっていうのは、無いな」って思っていたんですよ。

 それが、この本を読んでみて、ちょっとだけ変わりました。

 試してみるのも、いいかもしれない。


 まあでも、残尿とかちょっと心配ではあるんですけどね、ほらもう40代だしさ……


参考リンク:おしゃれなふんどし SHAREFUN(しゃれふん)

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2014-04-17 【読書感想】アメリカのめっちゃスゴい女性たち

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アメリカのめっちゃスゴい女性たち

アメリカのめっちゃスゴい女性たち

内容紹介

逆境こそ、またとないチャンスである。


女も男も、人種も生まれも関係ない、

やる気と努力で栄光をつかんだ55人の

ワクワクする負けない人生!


レズビアンをカムアウトした、ハリウッドの才女、ジョディ・フォスター

乳ガンの予備切除、国連親善大使も務める、アンジェリーナ・ジョリー


オバマ当選に最も貢献した、テレビ界の超大物司会者/

アメリカ空軍を率いる、世界初の女性指令官/

ゼロックスをよみがえらせた、アフリカ系生え抜き経営者/

「ミズ」という言葉をつくった、モテ系フェミニスト/

『恋人たちの予感』で、コメディ旋風を巻き起こした脚本家/

妊娠中にグーグルから引き抜かれた、ヤフーの新CEO/

歴代大統領11人に、最前列で質問を続けたジャーナリスト ほか


<まえがきより抜粋>

この本は15年間アメリカに暮らした私が「スゴい!」「カッコいい!」と感動した

アメリカ女性たち55人について書いたエッセイ集です。

ただ、ヒラリー・クリントンとかレディ・ガガとか、日本でも既によく知られている女性たちよりも、

「もっと日本の女性にも知って欲しい」と思った女性たちを多めにしました。

また、最初から恵まれている人よりも、多くの障害を乗り越えた人を多く取り上げました。

女性というだけでなく、人種、民族、貧困、身体障害、親によって絶望的に未来を阻まれたが、

逆にそれによって誰よりも強くなった人々です。


たしかにこれは「めっちゃスゴい」人たちだ……

55人の「スゴい女性」たちを、それぞれ3ページ程度で紹介しているエッセイ集なのですが、僕にとっては知らない人ばかりで、「こんな人もいたのか!」とひたすら感心しながら読みました。

政治家や経営者、芸能人だけではなく、さまざまな形でアメリカの社会に影響を与えている女性たち。

その多くは、日本ではあまり紹介されることのない人です。

日本で知られているアメリカの女性って、一部の政治家と、ハリウッドスター、スポーツ選手が大部分なんだよなあ。


読んでいて驚かされたのは、ここで紹介されている女性たちの多くが、貧困家庭に生まれたり、幼少時に虐待をうけたりという、大きな心の傷を抱えながらも立ち上がり、世界をよくしていくために活動していることでした。

彼女たちは、「自分が成功すること」だけではなく、「自分と同じような立場の子供たちにとって、世界が少しでも住みやすい場所になるように」行動しているのです。


また、子供の頃十分な教育を受けられる環境にはなく、落ちこぼれてしまっていたのに、のちの努力で「天才」であることを証明し、活躍している人が多いことにも驚かされました。

もちろん、こういう「一発逆転パターン」は、アメリカでもごく稀にしか起こらないことだとは思うのですが、日本の場合は、こういう「天才的な頭脳を持っているのに、子供の頃に教育の機会が与えられなかった人」が、大人になってから自分の努力や周囲のサポートでのし上がっていく、というケースをあまり聞いたことがありません。

おそらく、才能を持った人、「勉強の機会を与えれば、すごい能力を発揮する子供」は、日本にもたくさんいるはずなのですが、彼らをスクリーニングする、あるいは、彼らをバックアップするシステムが、不十分なのでしょう。


ああ、でもこの本を読んでいると、「現実の残酷さ」に、ちょっと打ちのめされてしまうところもあるんですよね。

お兄さんの無実を証明するために、安酒場でウェイトレスとして働いていたベティ・アン・ウォーターズさんは、30代で司法試験を目指して勉強をはじめました。

ギリギリの生活のなか、兄を助けたい一心で勉強し、ついに司法試験に合格したウォーターズさん。

 2001年、逮捕から18年後、ベティはとうとう兄の無実を証明し、彼を釈放させた。ベティの戦いは、ヒラリー・スワンク主演で『コンビクション』というハリウッド映画になった。

 ケニーは、自由になった半年後、近道しようと塀に登って落ちて頭を打って死亡した。映画には最初、その場面があったが、試写を観た人々があまりに打ちひしがれたので、公開時にはカットされた。


 銃乱射事件の被害者となった、ガブリエル・ギフォーズ下院議員の項より。

 男は群衆にも銃を乱射した。20人が撃たれ、6人が死亡。犠牲者には9歳の少女もいた。犯人は統合失調症と判断された。

 脳を損傷したギフォーズ議員は奇跡的に生き延びた。頭蓋骨を切除するなどの大手術を繰り返し、両目の視力はほとんど失われ、右半身は完全に麻痺したが、銃撃から約8か月後、夫に付き添われて議会に姿を現し、壇上に立って輝くような笑顔を見せた。

 リハビリのため、議員は引退したが、ギフォーズは政治活動をやめたわけじゃない。彼女はオバマ大統領と共に、銃購入者の犯罪歴と精神疾患歴のチェックを義務付ける法律を作ろうと邁進している。驚くべきことにアメリカではそのような法律がなかったのだ。

 しかし、もっと驚いたのは、実際に銃撃を受けたギフォーズ自身が議会で、麻痺して不自由な口から一語一語絞り出すようにして、犯罪・精神疾患歴チェックの必要性を訴えても、議員たちには全く効き目がなかったということだ。

 犯罪歴や精神異常のチェックに反対する議員たちは「法律で禁じたところで、危ない奴らはどうせ銃を手に入れるから」と言う。でも、本当は、彼らは銃所持の権利を守るための団体NRA(全米ライフル協会)の言いなりなのだ。2013年4月17日、連邦上院議会で、犯罪・精神疾患歴のチェックを義務付ける法案は否決された。投票前、2012年12月にコネティカットの小学校の乱射事件で我が子を殺された親たちが議会を訪れ、議員たちに法案成立を求めたが、それも無駄だった。

 なんなんだこれは……

 それでも、ギフォーズ議員は、諦めることなく、銃規制に向けての活動を続けているそうです。

 この本には、ギフォーズ議員のような「不屈の人」のエピソードが、たくさん紹介されています。

 男だから、女だからというのではなく、「すごい人」というのは、まだまだ大勢いるのです。


 いやまあ、いろんな意味で、「過激な人たち」のエピソードも満載なわけですが。

 人気司会者であり、自らがレズビアンであることをカミングアウトしたエレン・デジェネレスさんのこんな発言を、著者は紹介しています。

 現在、全米一の人気番組『アメリカン・アイドル』の審査員を務める彼女の資産は65億円。アメリカで最も稼ぐ女性の一人だ。

「カムアウトしたら仕事を失うだろうと思っていた」エレンは言う。

「それでも、私は自分を偽れなかった。同じように苦しんでいる人たちのためにも」

 エレンは菜食主義者で、化粧品や医薬品の動物実験に強く反対している。

「コスメが安全かどうか動物の目に入れて実験するなんてバカげてるわ。そんなのレイプで刑務所入ってる奴にやればいいのよ!」


 この本の冒頭で、著者は「アメリカの女性たちの現在」を紹介しています。

 アメリカでは現在、妻の方が収入の多い世帯は、なんと全体の4割になりました。2013年には、男以上に稼ぐ女性たちについて調査研究したノンフィクション『リッチャー・セックス』も出版されました。著者のワシントン・ポスト紙の記者リザ・マンディは、女性の収入が上がったのは、今まで男に支配されていた技術職や専門職、管理職、それに経営に女性が進出したからだと書いています。

 その理由のまずひとつは、女性の高学歴化。現在、アメリカの大学院の修士課程の6割は女性、博士課程でも52%が女性です。大学院に入るのは、ウチの妻のようにいったん社会人として働いて学費を貯めた30歳以上の人々が多いそうです。アメリカではいくつになっても大学に戻れて、再就職も難しくないわけです。


(中略)


 現在、アメリカの企業の管理職の43%、役員の14%が女性です。世界的な巨大企業のトップにも女性は少なくありません。


 それに対して、日本の現状はというと、

 しかし、日本の企業の女性管理職率は11.1%。先進国でも韓国と並んで最低です。女性役員になると日本ではたったの1%。、100人に1人しかいません。ああ、もったいない。


 女性の能力を活かせていない日本は「ああ、もったいない」。

 アメリカから、日本をみると、たしかに、そう思えてきますよね……