佐野眞一「あんぽん−孫正義伝」小学館


あんぽん 孫正義伝

あんぽん 孫正義伝


 かなり前に読了していたのだが、感想を書くのが遅くなった。何となく月並みな感想しか出てこないので、しばらく寝かせておいた。本書はソフトバンク代表取締役社長、孫正義氏の伝記であり、すでにいろいろなところで書評に取り上げられている。


 「あんぽん」とは、帰化前の日本風の旧姓「安本」の音読に由来する。中学時代、孫は「あんぽん」と呼ばれることをひどく嫌っていたという。在日の人々がひどい差別を受け、本人も石をぶつけられた経験のある中「あんぽんたん」という侮蔑語を連想する言葉は、孫の自尊心を深く傷つける言葉だったのだろう。


 ただし、孫の自伝と言いながら、本書は孫の父親や祖母をはじめ、孫正義の周囲の人々の話が多い。孫は、佐賀県鳥栖市朝鮮人部落に出生し、一族は養豚と密造酒作りで生計をたてた。豚のウンコの臭いの充満する掘っ立て小屋の中で必死に勉強したと言う。パチンコやサラ金で大成功し、正義に「お前は天才だ」と言い続けた教育熱心な父。子豚に自分のおっぱいを飲ませて(!)育てるほど「慈愛にあふれた」祖母。顔をあわせるたびに、大ゲンカを繰り広げた親戚たち。バイタリティにあふれた人々。それらが孫正義のパーソナリティーを作り上げた原動力になったと本書は言う。


 そうした構成ゆえ、親族との交流が多い年少期、十代くらいまでの記述は詳しい。高校1年で塾の経営を志し、中3の時の担任を訪ねて「僕はまだ高校生なので、経営の表に出ることはできません。先生、塾の責任者をやっていただけませんか?」と頼んだエピソードは興味深い。実際に塾のための不動産物件を探してほしいと親戚に頼んだという。また孫は高校1年の9月、アメリカへ単身渡り、アメリカの高校・大学へ進学する。その卓越した行動力には驚嘆せざるをえない。


 これら年少期の記述の充実ぶりに対し、ビジネスマン孫正義に対する記述は薄く、何ともアンバランスな感じがする。ITビジネスに傾注してきた孫正義の姿が見えないのである。朝鮮部落や孫一族の話は確かにめっぽう面白い。しかし、それに筆者がこだわるあまり、在日韓国人としての出自こそが今の孫正義を生んだ原動力であるというような「物語」に落としこもうとしすぎているようにも思う。それは、グローバリストである孫正義を矮小化してしまうのではないか。特に後半は、オイラの目からみても連載の引き伸ばしといった意図が明白で、もう少し整理が必要なのではないかと思った。