大学院はてな :: 近親婚と遺族厚生年金(改)

 研究会にて,遺族厚生年金不支給処分取消請求事件の検討。ちょうど1年前,第一審*1について討論したことがあるが(id:genesis:20050716:p1),今回は控訴審判決*2が検討対象。
 前回は請求を認めなかった高裁判決の原文が出まわっておらず,新聞報道を頼りに議論を組み立てていた。それが,改めて精緻に読み込んでみると…… これはひどいかも。

 公的年金制度は,現役世代の強制加入により安定的な保険集団を確保し,年金の実質的価値を維持するための財源を後の世代の負担に求めるという世代間扶養の仕組みに支えられており,このように保険料を負担する現役の世代から年金を受給する世代への所得の再分配的機能を有することから,拠出と給付について,私的年金のような厳格な対価関係にはなく,特に,遺族厚生年金の場合は,受給権者自身が保険料を拠出していないから,給付と保険料との対価的牽連性は間接的であるといわざるを得ず,したがって,遺族厚生年金は,社会保障的な性格が強い給付であると解されている。 
(中略)
 遺族厚生年金制度が社会保障的性格の強いものであり,被保険者等及び事業主から強制的に徴収される保険料並びに国庫負担という公的財源によって賄われていることを考慮するとき,その受給権者としての「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」の判断に当たっては,民法上の婚姻の届出をした配偶者に準じて,公的保護の対象にふさわしい内縁関係にある者であるかどうかという観点からの判断が求められ,その判断において,その意味での公益的要請を無視することはできないというべきである。

以上の説示が登場するのはナンセンス(年金財源に税金が投入されているかどうかは本件の判断に影響を与えないファクターである)。この裁判官は,社会保障制度の基本原理を理解していない(少なくとも,依拠すべき先例の選択を誤っている)。
 どうして遺族厚生年金という制度が用意されているのかを考えてみると,それは家計を支える稼ぎ手が死亡した場合,後に残された家族が抱える経済的リスクを取り除くためのシステムとして用意されているわけです。それ故,法律婚ではない内縁(事実上の婚姻関係)にあった配偶者であっても年金は支給される。この点を指摘する農林年金事件(最一小判・昭和58年4月14日・民集37巻3巻270号)が本件でもリーディング・ケースとされるべき。
 厚生年金という社会保険制度が護ろうとしているのは〈生活保障ニーズ〉であって,〈婚姻秩序〉ではない。従って,民法734条1項が近親婚として認めていない本件内縁関係(叔父‐姪で3親等の傍系血族)であっても,厚生年金法51条1項における「配偶者」には該当するものと考えられるから,本件にあっては遺族厚生年金が支給されてしかるべきである。支持されるべきは第一審判決であろう。
 そうなると,同じく近親婚に関して争われた事案で,請求を棄却した最高裁判決*3との関係が問題となるが,これについても本件地裁判決が説示する通りに考えて良いだろう。

 被告が引用している最高裁昭和60年判決は,被保険者と直系姻族の関係にある者は,法3条2項所定の者には当たらないとの判断を示したものであるところ,姻族関係であるとはいえ,一度は親子の関係にあった者が内縁関係に入った場合と,叔父,姪の関係にあった者が内縁関係に入った場合とでは,社会的評価,抵抗感を異にするものと考えられる上,同判決の事案と,本件事案とでは,内縁関係に入った経緯や,態様,地域社会等における受け止め方等の点においても,事情を異にしているのであるから,上記の判断は,上記最高裁判決の判断に抵触するものではない。

同じ近親婚に関する事例であっても,次のような事情の違いが判断を分けたものであろう。

判決  夫  妻  親等  関係  諸事情  受給
昭和60年最判  亡夫Nの連れ子  亡夫Nと内縁関係   1 直系姻族  重婚   ×
本件・第一審  叔父  姪   3 傍系血族  地域特性   ○

*1:東京地裁判決・平成16年6月22日・判例時報1864号92頁

*2:東京高裁判決・平成17年5月31日・判例時報1912号3頁

*3:最一小判・昭和60年2月14日・訟務月報31巻9号2204頁