O・ヘンリー芹澤恵訳『1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編』

1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編 (光文社古典新訳文庫)
芹澤 恵

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光文社 2007-10-11
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 以前「短編小説のアメリカ 52講(amazon)」という本を読んだことがある。長篇が主流とみなされがちなアメリカ文学において、短篇の魅力を紹介した本だった……ような気がする。実はほとんど全部忘れてしまった。ニューヨーカーの編集長がラストの何パラグラフかを必ずぶった切る、みたいな話が書かれていた……と思う。
 そんな曖昧な記憶になってしまった本の中で、激しく印象に残っているのは、誰が言ったのかは忘れてしまったのだけど、やはりアメリカの短編作家がO.ヘンリーを評して「ぶっ飛んだ」だか「ひっくりかえった」だかとコメントしていた部分だ。これがなぜ印象に残ったかと言えば、俺にとってO.ヘンリーのイメージは「ささやかな感動ストーリーの短篇を書く人」くらいしかなく、ぶっ飛んだりひっくりかえったりするようなもんではなかったからだ。以来、ちょっと気になるO.ヘンリーだったのだが、「ささやかな感動ストーリーの短篇を書く人」なイメージと昔の翻訳文は読みにくいという印象のせいか、手に取らずに来ていた。
 ところが光文社古典新訳文庫がO.ヘンリーの短編集を出してくれた。訳者は「クリスマスのフロスト(感想)」の人である。これならばと思って手に取った。
 ぶっ飛んだ。
 これは凄い。「ささやかな感動ストーリーの短篇を書く人」なんて思いこんでいた俺は、ものを知っているつもりになったお馬鹿さんであった。オープニングを飾る「多忙な株式仲買人のロマンス」はぬけぬけと語られる馬鹿話だし、「犠牲打」を初めとする計画が思っても見ない失敗に見舞われる一群は見事なコメディ、「甦った改心」「心と手」は素敵なハートウォーミングストーリー(この辺が俺のイメージには近かったかも。ただ人情話であっても語り口がスマートだ)、とにかくもう多彩。そしてどれもが面白かった。笑って泣いてもう大変って感じ。
 それだけでも驚きだったんだけれども、ぶっ飛んだ本当の理由は、明治が終わる前に死んだこの作家がかなりの頻度でオチに叙述トリック、というと大袈裟かもしれないけれど、読者の思いこみを利用した工夫を用いているところにある。どれに使ってるなんてことはネタバレなので言えないが、何度も前に戻っては伏線の張り方に舌を巻いた。これは凄い。
 そんなわけで死体こそ出てこないものの、ミステリ好きは気に入るんじゃないの、こういうの? と思いながら読み進めていったら、日本への紹介は1920(大正9)年、「運命の道」という短篇が「新青年」に取りあげられたのを嚆矢とする旨、解説に書かれていて大いに納得。

 個人的には「犠牲打」「赤い族長の身代金」「甦った改心」「十月と六月」「サボテン」「意中の人」「水車のある教会」が好きだ。
 それからなんか凡庸な感想で悔しいけれども「最後の一葉」が良かった。ベアマン老人が怒るところが凄く良かった。筋もオチも知っているのに、感情を手玉に取られたやられた感とともに、連城三紀彦のある短篇を読み終えたあとのような、「それは酷い」という読後感。たとえ短篇であっても、あらすじはすべてを伝えられるとは限らない見本のような作品だったのね、これ。

 新潮文庫の「O・ヘンリ短編集」もにわかに気になってきた。たぶん俺と同じく名前は知ってるけど読んだことはなくて、なんとなく堅苦しそうって印象を持ってる人もいると思う。読んでみ、と申し上げたい。ぶっ飛ぶよ。

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追記20121213:さっき気がついたが、kindle版が出ていた。

追記20090407:岩波文庫オー・ヘンリー傑作選(amazon)を読んだ。訳者は大津栄一郎。光文社版から外れているのは、「マモンの神とキューピット」「緑のドア」「御者台から」「眠りとの戦い」「ハーグレイヴズの一人二役」「ラッパのひびき」「マディソン・スクェア千一夜物語
 「緑のドア」の書き出しとか「ラッパのひびき」のラストとか、「マディソン・スクェア千一夜物語」のシェラード・プルーマーというキャラとかがよかった。O.ヘンリーは面白いなあ。

関連:O・ヘンリー検索結果(amazon)