わかりやすいって素晴らしいのか?

昨日テレビで「悪人」をやっていた。僕の映画評のお師匠さんである学生の頃通ったバーのマスターが、この映画を評して「観念的だ」と書いていた。その意味を考えてみたい。

悪人 スタンダード・エディション [DVD]

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▼最初にあらすじを紹介する。少し煩瑣になるがおつきあい願いたい。なぜならこの物語の原作者は、登場人物の造形と筋立てに巧みで、作品の魅力はほとんどそこに集中しているからだ。こういう作品の映画化は原作のほぼ忠実な再現となるほかはない。原作がわかりやすいものであるが故に脚本段階で強烈な制約を受けるからだ。
▼物語の舞台は福岡長崎とその二つを結ぶ佐賀。同じ福岡でもイナカの散髪屋の娘のヨシノは、背伸びして博多に出てきたOL。彼女は金持ちの学生増尾クンに憧れているが、普段は出会い系で知り合った男を見下すことで精神の均衡を保っている。その出会い系の相手が長崎で解体工をしているユウイチだ。そんなある日、佐賀の山中でヨシノの絞殺死体が発見される。
▼その晩偶然増尾とすれ違ったヨシノは、会う約束をしてわざわざ長崎から車を飛ばしてやって来たユウイチをすっぽかし、増尾の車に乗り込む。増尾の方は気まぐれでヨシノを乗せてみたものの、有頂天のヨシノが次第に安っぽく思え、ついには我慢できなくなる。車が真っ暗な佐賀の脊振峠を蛇行する山道に差し掛かると、増尾はヨシノを文字通り車から蹴り落とす。そこに後をつけてきたユウイチが現れる。ここまでが物語の前半。
▼後半になって、マゴメミツヨという女性が登場する。ミツヨは地方の国道沿いによく見かけるような紳士服売場に勤めている。ユウイチが殺人を犯した後で出会い系メールで知り合い、事件発覚後、ユウイチと束の間の逃避行を共にすることになる女性だ。人間関係の希薄な現代社会で孤独に生きてきた二人は深く心を通い合わせるようになる。
▼キャストは主人公のユウイチとミツヨに妻夫木聡深津絵里。金持ちのボンボンに岡田将生、殺されたヨシノ役の女の子は初めて見る顔だ。ヨシノの実家の散髪屋夫婦に江本明と宮崎美子ユウイチを育てた祖母に樹木希林、捨てた母親に余貴美子。どれもハマリ役なのだが、実際には妻夫木のような解体工も深津のような売り子もいないかもしれない。それを言うなら宮崎美子余貴美子のような母親も。
▼だが吉田修一の小説からして、それくらいキャラが立っているのだ。この映画は吉田が脚本を書いたテレビドラマのようなものだ。ここから先はもう小説「悪人」について語ることにしよう。吉田自身、福岡で実際に起きた事件に想を得て書いたというこの小説で、いったい何が言いたかったのだろう。
▼それは毎日遊び歩いて金と女に不自由しない老舗旅館の御曹司と、祖母の手ひとつで育てられ重労働で手にしたなけなしの金を出会い系サイトに吸い取られる解体工の落差を際立たせることで、格差社会の一面を浮かびあがらせることなのか。遠景に殺人の舞台となる山並み、近景に休耕田を貫く幹線道路、その両脇に並ぶコンビニ、ファストフード、ファストリテイリングの看板に囲まれて暮らすミチヨの日常を通して、均質化された地方の閉塞感を描くことなのか。
吉田修一には、ホームから転落した人を助けようと線路に飛び込んで命を落とした若者の生前を描いた「横道世之介」という作品があり、これもやはり実際の事故にインスパイアされたという。ひとつの事件をきっかけに、一見何の関係もない人たちが、まさに現代社会の構成員であるという理由で関連づけられていく群像劇。そこから現代社会の一面をあぶりだすところは、奥田英朗宮部みゆきのクライムノベルに似ていないこともない。
▼これらの作品の共通点は、わかりやすいことだと僕は思う。言われてみれば確かにその通りだし、そこで説明されていることに納得がいく。そのどこが「観念的」なのか。それは「わかりやすい」ということが、実は思考の罠だからだ。人間はいつだって理解できるもの、理解しやすいものを求める。どんなに受け入れ難い現実でも、そのように理解することで安心することができる。だがそれはもうステレオタイプな「観念」でしかない。人間が本当に受け入れ難いのは、苦しい現実よりわけのわからない現実だ。わかりやすい小説やドラマより、本当は現実の方がずっと複雑なのだ。
▼僕がこの映画で感心したのはユニクロのフリースの使われ方だ。カッコいい有名人がカッコよく着こなすCMとは違って、ユニクロのフリースは実際にはこんな風にしか使われていない。つまり地方のワーキングプアに仕事着として。自分のことをミドルと考えている人はユニクロを部屋着にしか使わない。金持ちは増尾クンのように誰も見たことのない柄の大量生産ではないダウンを着ている。そしてユウイチとミツヨの最後の塒となる真冬の灯台の夜の本物の寒さには、ユニクロのフリースは何の役にも立たない。

月曜はパセリ入り煮込みハンバーグにカボチャとジャガイモの卵サラダ。

今日はスキヤキ丼。

そしてそのウチゴハンを作る妻の新しいネイル。