茨城不安定労働組合

2100-02-30 二月の労働相談

二月の労働相談

茨城不安定労働組合では月2回、第二第四水曜に労働相談を行っています。

解雇された、給料が払われない、休みがとれない、嫌がらせをされている、入ってみたら条件が違う、と言った労働相談から、解雇されて金がなくなり家賃が払えない、既に部屋を出されている、生活費がないと言った生活相談まで、正社員、アルバイトなどを問わず受け付けます。自営業、管理職でも大丈夫です。まずはご相談を。

二月の相談会は下記の通りです。

第一回相談会 2月8日 水曜日 20:00〜22:00

第二回相談会 2月22日 水曜日 20:00〜22:00

電話番号 029-875-9289(日中は不在です。また、仕事を終えてから事務所にむかうため、もしかすると八時に間に合わないかもしれません。その際は何度か電話していただくか、下記の携帯へ電話してください。なお、下記の携帯電話への相談はいつでも受けつけています。お急ぎの時は労働相談日を待たずに電話してください。)

     090-8441-1457(加藤) 

会場 土浦市中1184−51 自由生存の家・茨城 一階 茨城不安定労働組合事務所

2017-02-22 賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(362)

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(362)弁当箱を回収

加藤匡通

ニ月×日(月)

 この何日か都内西部にある学校の建て替え工事に入っている。検査前の片付け清掃で一日床にダスキンをかけ続けたり掃除機をかけたりしている。今月末には引き渡しだそうだ。

 昼食は相変わらず弁当で、毎日作ってくれる母には頭が上がらない。なのに土曜日、現場に弁当箱を忘れてしまった。いつも通りに詰所で弁当を食べ、いつも通りにリュックにしまったつもりが帰宅してリュックを開けると弁当箱がない。弁当箱そのものは予備があるものの、これで母上のご機嫌を損じてしまえばことである。しかも今日は機嫌が悪そうだ。蒼くなりながら弁当を置いてきてしまったことを報告すると「間抜け。」と一言。思ったほどにご機嫌斜めではないらしい。

 今日、現場に入って真っ先に確認しようと思っていたのは当然弁当箱である。詰所に入り土曜に座った机にまず荷物を置く。ここにはない。次にヘルメットや安全帯といった荷物を入れてあるロッカーに行く。あった。ロッカーを開けるまでもなく、ロッカーの前に落ちていた。昼を食べたあと、弁当箱はロッカー内のリュックにしまってういるが、リュック内にきちんとしまうと言うよりはリュックの入り口に乗せると言った方が正しい場合がままあって、土曜もそうだったみたいだ。それで帰りにリュックを出した際に弁当箱が落ちて、しかしそれには気付かなかったらしい。この現場は昨日日曜も動いていたので、いかに使用済みの弁当箱とはいえ元の位置から変わっていなかったのは幸運と言っていい。

  作業服のどれかを忘れたことなら何度かあるが、弁当箱は初めてだ。継続して入っている現場だから良かったものの、一日しか行かない現場だったら取りに戻らなければならない。往復で三時間、いや四時間以上に交通費を考えると目も当てられないことになる。会議でも入ってたら取りに戻ることも出来ない。

  帰りに新宿に出て映画を二本見ようと思っていた。時間も確認して、『虐殺器官』を六時半で見て次に九時の回の『LUPIN THE IIIRD 血煙の石川五ェ門』を見ようと、『虐殺器官』の前売券も安売りで買った。念のため早めに行って席を取ろうとシネマズに六時に行ったら、六時半の回はもう売り切れていた。あうぅ〜、都心のシネコンはこれがあるんだ。つくばならガラガラだろうに。でもつくばでの上映時間が都内で仕事をしてからだとどうも合わなくって新宿にしたんだけど失敗したな。仕方なく『LUPIN THE IIIRD 血煙の石川五ェ門』だけ見て帰って来た。初期の殺し屋ルパンをやりたいみたいだけどルパン側は誰も殺してないってどういうことよ?銭形が公安と言う設定になっていて愕然とした。つまりルパンたちは通常の犯罪者扱いではないことになるんだけど、それもどうなのよ?

 さて『虐殺器官』、いつ見に行くかなあ。こうやって期待すると外れの方が多いんだけどなあ。

2017-02-07 賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(361)

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(361)よせばいいのに記録をつくる

加藤匡通

一月××日(火)

 千葉での鉄筋こすりはまだ続いている。試行錯誤を監督に一蹴され、ワイヤーブラシでこすってから仕上げにスコッチでこすっていたやり方はスコッチでこするだけに変わった。監督がそれほどきれいな鉄筋の錆落としを求めていないことに気付いたからだ。それにスコッチだけの方が当然早い。人も入れ替わり当初職長をしていた養生・クリーニングのベテランは早々に逃走、今は僕が職長をしている。もっとも、職長と言ったって名ばかり、らしいことは何一つせずただ鉄筋をこすっているだけだ。

  去年のそろそろ年末と言う時期に呼ばれた時は二日目が雨予報だった。それまでに、三人で二日だとかなりの余裕を持って終わるようになっていて、二日目は二人でも大丈夫とは思っていたが、それはこちらから言い出すことでもない。雨を避けて二日目を年明けにしても出荷には間に合うと言われたものの、年明けに雨が降らない保証はない。年明け早々の仕事が雨に濡れながらの鉄筋磨きでは寒いばかりか精神的なダメージも大きかろうよと話し合い、年内二日で終わらせることにした。雨予報は十時頃からとなっている。一日目を目一杯がんばって二日目をなんとか雨が降る前に終わらせようかと。

  鉄筋が付いている物はコンクリのパネルと呼ばれているが見た目は板と言うよりは巨大なブロック、それに五十センチ程度の鉄筋が二列になって片面に突き出ている。鉄筋は二列で六十か七十ある。置場所を有効に使うためだろう、鉄筋の出ている面同士を向かい合わせて置いてある物が多く、当然そうなるとやりづらい。鉄筋同士で重なり合ったりしていると曲げなければ磨けず、終わったら元に戻さなければならず手間は増える。このブロックが一階分で二十九ないし三十二個ありこの工場ではピースと数えている。年末の作業では二十九ピースだった。

  年末の一日目は三人で二十三ピースを終わらせた。面倒な鉄筋同士がかぶっているピースは一日目にやっつけた。二日目を少しでもラクに終わらせるためだ。時間に余裕はあって四時過ぎには現場を出れた。五時近くになると駅へと同僚を送る道が混むので早目に上がりたいのは人情である。そんな余裕があるのなら一日で終わらせろと言う人がいるかもしれないが、それは仕事がきつくなるだけ、しかも日当も一日分なくなる。経営者目線だと一日で終わらせ元請への印象をよくしようとなるのかもしれないがこちとら日雇派遣アンダークラス、仕事はラクな方がいいに決まってる。人区を減らさないためには時間調整もするさ。それに三人で一日は出来るかもしれないがちときつかろう。

 そして二日目。三人目がこけてしまい二人になってしまった。六ピースを雨が降って来るまでに磨かなければ。二人ともシャカリキになって鉄筋をこすりまくり、なんと九時過ぎには終わってしまった。一ピース二十分、当然新記録だ。相方と顔を見合わせ、車で待機することにした。いくらなんでも早過ぎる。これじゃ監督から二人で一日と言われかねない。もちろんこんなのはいつ雨が降るかと追い立てられたから出来たのであって普段じゃとても出来ない。雨は十時近くになってようやく降り出し、詰所もない中の待機に耐えられるはずもなく十一時半には現場を出た。

 さすがに人区は減り、今回は一日目が三人、二日目は二人になった。そりゃ減らすよなあ、昼前に帰りゃあ。昨日は時間調整をしながら三十二ピース中二十二ピースをやり、今日は二人で十ピースである。なるべくゆっくり、と言ったって限度がある。昼休み明けには終わってしまい、夜には都内の学習会に行かなければならないので夕方まで現場に居たくないと言う個人的な事情もあり、二時過ぎには監督に日報にサインをもらいに行った。「余裕ですね。次は四人にしましょうか。大丈夫ですよね?」うん、まあそうなるよな。

2017-01-29 賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(360)

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(360)ゴルフ場の風呂に入る

加藤匡通

一月×日(土)

 今年最初の仕事は去年入った現場の続きでゴルフ場内の浴場の解体である。車で行ける距離の現場なので車で行っている。現場近辺までだいたい一時間と思っていたが、土曜の朝なら三十分だと今日知った。平日はやっぱり混んでるんだ。電車だと最寄駅まで四五十分、交通費は千円を越える。駅から現場まで歩いたら小一時間だろうか。派遣会社は始めから車で行って現場で会社の作業員と合流してくれと言ってきた。他の作業員たちは駅で会社の車に拾われるらしい。

 年末近くに来た時は、僕には大変珍しく昼夜通しで出た。昼は通常通り八時五時だが夜は七時から十二時まで、それで通常の夜勤と同じ金額だった。翌日昼間に行きたい集会があったが財政的に厳しいのでどうしようかと思っていた時に昼夜通しと言われ、集会に出られてなおかつ普段より高い日当になると気付いて受けたのだ。終了時間がもっと遅ければ受けなかったし、現場まで車で往復出来、仕事が終わり次第帰って来れる、現場に泊まらずに済むのでなかったら受けなかったろう。もちろん終わったら帰る手段がなくて現場の詰所に泊まる派遣会社の仲間たちを尻目にすぐ帰ったさ。夜の十時を過ぎれば眠くて仕方ない。とっとと帰って早く寝たい。昼夜通しを日常的に行っている人は大勢いるが、よく体が持つものだ。僕にはとても耐えられない。

  作業内容は斫り屋の手元、ガラをひたすら袋に詰めて搬出する、マスクを着けヤッケを着て埃まみれになっての作業である。まあ、いつものことだ。予定では昼夜通しで年内に終わらせるはずだったが、ゴルフ場のお偉いさんが来るから作業中止とかの馬鹿みたいな番狂わせが何度もあって年を越えてしまったそうだ。年を越したらもう夜勤はなしで終わらせることになっていて、夜勤の声をかけられることはなかった。代わりに残業を頼まれた。斫りは年内で終わっているのでひたすら袋に詰めて出すだけだが、広い浴槽の中はガラで埋まっている。墨出し屋が墨を出せるようきれいにしろとのことだが、墨出し屋はだしだし昨日は二時間、今日も似たようなものだろう。基本的には屋内作業で汗をかくほどだが、表に出ると寒い寒い。汗を冷すのだからなおさらだ。夜の気温は二度とか出ている。気を付けないとまた風邪をひいてしまう。

  今月はいろいろあって休みが多くなるので明日も出る気でいた。しかし会社からは、まだ仕事が薄いと手配されなかった。うーん、先行きが思いやられる。

 ところでどうしてゴルフ場に風呂場があるんだ?都内の銭湯より下手すりゃ立派だぞ。多分死ぬまでゴルフに縁なんかないだろうからなんで風呂場があるのか理解出来ずに死ぬのだろうな。もちろんそれで一向に構わん。

2017-01-27 賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(359)

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(359)誕生日に『ランド・オブ・ザ・デッド』を思い出す

加藤匡通

十二月××日(水)

今日で今年の仕事は終わりだ。多分ほとんどの同僚たちが今日で終わりなんじゃないかと思う。たいていの現場はもう終わっていて、明日以降やっている現場は例外となる。僕が日雇派遣になってから、どんなにあっても二十九日までしか仕事はなく、年明けは五日からしか出れたことがない。

今日は山手線沿線のタワーマンションに来ている。完成後の一年点検だと言うが、それにしては随分大がかり、ついでかどうかは知らないが改修工事もしているようだ。僕たちは養生・クリーニング屋のT社に派遣されているが、年末で現場が薄いからと十人突っ込まれた。派遣会社としては何とか今日までは仕事を確保しようと努力したと言うことだろうが、T社は困ったろう。朝の待ち合わせ場所には職長として常時現場を持っている人も来ていて、やはり年末で現場が終わってしまい廻されて来たと聞いた。

作業は二人一組での廊下に面している電気室の清掃だった。配管だの床だのを掃き掃除、一年でそんなに汚れるはずもなく、大して手間もかからずに結構なペースで進む。相方は今の派遣会社に同じ日に入って同じ現場で働き出した同じ四十八才。「何だよまた白髪増えたじゃないかよ」「お前こそ髪ないじゃないか」「俺は剃ってるんだよ!」とか馬鹿を言い合いながらの作業で気分的にもラクだった。

今日入っている作業員は百名近い。それなのに使えるトイレは一つだけ、しかも警備員に連れて行ってもらわなければならない。マンションの監視室だか制御室だかの中にあるのだ。で、作業員には外のコンビニやスーパーのトイレ利用が勧められている。こんなに大勢の作業員が一度に入ることはそもそも想定されていないのは確かだろうが、しかし他にトイレがないとも思えない。他にもこのタワーマンションを維持管理の作業をしている人はたくさんいるからだ。彼等は住人とは別の通路を使い、エレベーターも別れている。そんなんじゃ外部から臨時で来てる作業員に使わせるトイレなんかある訳ないよな。施設の維持管理は見えないようにして住人たちは優雅な生活を楽しむと言うのがこの手のタワーマンションのコンセプトとか言う奴なのだろう。働く者ではなく消費する者としてのみ振る舞いたいと言うことなのか、肉体労働への蔑視なのかは知らないが、不愉快だ。

タワーマンションで以前と変わらぬ暮らしをしている金持ちが結局はゾンビに呑み込まれていく『ランド・オブ・ザ・デッド』と言う映画がある。階級社会の露骨な比喩、と言うかほとんどそのまんまだが、現実にはタワーマンションに雪崩れ込みになど行けない。最近はタワーマンションに入る度にあの映画を思い出しては歯噛みしている。ああ、へし折ってやりたい。

今日で四十八になった。干支が四回転、びっくりだよ。しかし誕生日をキャリー・フィッシャーの訃報で迎え、タワーマンションで一日過ごすとは。まあろくなことのなかった年にの終わりにはふさわしいか。