茨城不安定労働組合

2100-09-30 九月の労働相談

九月の労働相談

茨城不安定労働組合では月2回、第二第四水曜に労働相談を行っています。

解雇された、給料が払われない、休みがとれない、嫌がらせをされている、入ってみたら条件が違う、と言った労働相談から、解雇されて金がなくなり家賃が払えない、既に部屋を出されている、生活費がないと言った生活相談まで、正社員、アルバイトなどを問わず受け付けます。自営業、管理職でも大丈夫です。まずはご相談を。

九月の相談会は下記の通りです。

第一回相談会 9月14日 水曜日 20:00〜22:00

第二回相談会 9月28日 水曜日 20:00〜22:00

電話番号 029-875-9289(日中は不在です。また、仕事を終えてから事務所にむかうため、もしかすると八時に間に合わないかもしれません。その際は何度か電話していただくか、下記の携帯へ電話してください。なお、下記の携帯電話への相談はいつでも受けつけています。お急ぎの時は労働相談日を待たずに電話してください。)

     090-8441-1457(加藤) 

会場 土浦市中1184−51 自由と生存の家・茨城 一階 茨城不安定労働組合事務所

2016-09-25 学習会・生前退位を考える  天皇は本当に護憲派なの?

学習会・生前退位を考える  天皇は本当に護憲派なの?

組合員加藤からの投稿です。しばらく休んでいましたが、再開します。


学習会・生前退位を考える  天皇は本当に護憲派なの?


今の天皇護憲派として支持されています。でも、日本国憲法のある主権在民基本的人権、平等の原則と天皇の存在は本当は矛盾するものではないでしょうか?その矛盾は今回の「生前退位発言」にも表れています。

私たちの住む国に、当たり前のようにある天皇制について、「生前退位発言」が引き起こした波紋をきっかけに連続で考えていきます。

10月16日(日)14時〜16時

つくば市春日交流センター 小会議室(つくば市春日2−36−1 駐車場あり)

資料代 三百円

主催 戦時下の現在を考える講座

問合せ 電話 090-8441-1457/080-5459-9576

メール under_the_war_regime@yahoo.co.jp

ブログ http://inwartimeinibaraki.hatenablog.com

ツイッター https://twitter.com/against_war

2016-09-22 フリーター全般労働組合定期大会

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(351)『暗闇の悪魔』(題名と内容は関係ありません)

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(351)『暗闇の悪魔』(題名と内容は関係ありません)

加藤匡通

九月×日(木)

月曜からピットに入っている。去年完成した一期工事の床下に水が貯まっているので水を取ってくれと言うのが監督の要望である。どうもカが発生しているらしい。それはクレームが来るのも当たり前だ。

  今工事で入っているのは二期工事、ピットの入口も二期工事側だ。地下一階開口部からピットに下りて人通口を通って一期工事側に行こうとすると人通口の正面にパイプが二本走っていて通行の邪魔をする。こんな位置に設置した設備屋もそれにOK出した監督も馬鹿じゃないのか?配管を腹這いに乗り越えて人通口に入ると、これがまた通常の物より一回狭い。ここに分電盤から引っ張って来た電工ドラムと延長コードとライトと水中ポンプ一式とバケツなんぞを二人がかりで入れながら進んで行く。相方はまだ二十歳だが前回前々回とこの現場で同じ作業をやっているので勝手はわかっているから、僕は彼に従って動いている。人通口を五つくらい越えたところが一番奥、入口に近い方から水を切って来ているのでここの水を取れば後は各室の状態を再確認しながら撤退である。だがこの作業、灯りがなければ出来ないのにライトも延長コードも足りない。ライトは二個だけ、監督が用意した唯一の懐中電灯は接触が悪いのか電池を替えてもよく切れる。延長コードに至っては偶々現場を休んでいる左官屋の物を借りている。こんなに道具もないのに、おまけに他の仕事も振っておきながら今日中に終わらせろとは、やっぱりここの監督馬鹿じゃねぇの、と相方とピットの中で話している。作業をしている一番奥の部屋にはライトは届かない。隣の部屋の灯りがどうにか手元を照らしている。

  ピットの入口にポンプのスイッチと言うか電源がある。そろそろ入口のポンプも動かさないとまずかろうと相方が懐中電灯を持って入口に向かった。僕はスポンジに水を吸わせてはバケツに入れるだけだから懐中電灯がなくともどうにかなる。しばらくすると、ライトが消えた。電気を使い過ぎてブレーカーが落ちたのか、ポンプの電源を入れるための盛り替えかはわからない。真っ暗、完全に暗闇で何も見えない。これまでにもピットの中で真っ暗になったことはあるが、廻りに人がいて「また落ちちゃったよ』とか言いながら煙草を吸ったりしていた。一人は初めてである。しばらく待つが、明かりはつかない。不安になってくる。もしかしてライトが消えていること自体に気付いてないのか?だとしたらいつまで待っても電気はつかない。そんな妄想が始まり出したら明かりがついた。安心してスポンジを手に取る。また消える。うわ。手を止めて待つ。妄想が再開される。携帯を取り出せば明かりはなんとかなる。しかしその明かりだけで入口まで戻るのはしんどいな。明かりがつく。すぐ消える、すぐつく。おいおい遊んでんのかよ。また消える。叫び出したくなった。目の前に化け物がいるとも思わないのに、暗闇がこんなに恐ろしいとは。時間で言えば長くても二分なんだが。

ほどなくして相方が帰って来た。ポンプを動かすと電源が落ちるので困ったと言う。それでか。。いや、僕は炭鉱には入れないな。

フリーター全般労働組合定期大会

 九月三日にフリーター全般労働組合定期大会に出席しました。

 一時から始まり七時に終了です。相変わらずしっかり議論をしています。役員選挙の後、新しい共同代表を前に前の共同代表が、「大学内の運動から始まったフリーター全般労働組合の共同代表が今回全員大学に籍を置いたことのない人たちになった。やっとここまで来た。」と言った発言をしていました。停止していた労働相談も再開されています。いろいろと大変なようですが、それでも前進をしているフリーター全般労働組合は素晴らしいと思います。(加藤)

2016-09-13 賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(350)

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(350)『続・鎌田浩宮 福島・相馬に行く 俊之が結婚』

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(350)『続・鎌田浩宮 福島・相馬に行く 俊之が結婚』

加藤匡通

八月××日(土)

  一日台車を押して荷物を動かして過ごした。だらだらとしていてやる気も出ない。

 昨日今日と同じ現場なんだが、一昨日派遣会社から最初に言われたのは別の現場だった。千葉湾岸の現場で前に入ったことがある。作業内容には特段不満はなかったが、昨日も今日も用事があって、なおかつ事務所に日給を受け取りに行きたくて千葉からの移動では時間がかかり過ぎる。「(千葉で)どうですか?」と聞かれて「あんまり嬉しくないなあ。」と答えたら都心部の現場になった。しかし仕事はつまらない。僕は言われた現場には大抵入っている。今回のように自分の都合と合わないような場合の他はよっぽどに嫌な現場でない限り断ることはない。今の派遣会社に来て十数年になるけど、よっぽどに嫌だと断った記憶は・・・一回くらいあったかな?人によっては現場を選びまくる人もいるようだが、そういう人は端境期には当然干される。

 現場は『シン・ゴジラ』の進行地点に当たるが、窓の外にそれらしき影はない。まあ、当たり前だ。今回のゴジラエメリッヒ版のイグアナどころの騒ぎではなく恐竜どころか爬虫類ですらなく、もとは下手すりゃ無脊椎動物なんじゃないかとすら思うんだが、問題はそこではない。正直言って大変楽しく見た。もう二回見てるが、多分もう一回見る。それだけ面白いと思っているのにそこに表出されているイデオロギーには全く賛成出来ない。ここまで映画としての評価とその政治性への評価が食い違うどころか正反対なのは初めてだ。今回の『シン・ゴジラ』は徹底して国家がゴジラと対峙する映画だがこの場合の国家とは政治家官僚である。政治家官僚がその能力を出し切って団結し、国難を乗り越える物語である。当然にもそれはナショナリズムを強く喚起するし、「がんばろう日本」とも共鳴する。その意味でも、3・11以降の時代を強く反映しているのは間違いない。ゴジラ映画がここまで同時代性を帯びたのは久し振りだ。だがそれは全く喜ばしくない方向である。法解釈で動けない官僚とかゴジラがどっちを向いて倒れたとか、そんなことが問題ではないのだ。

  時代をとらえる感覚とそれを作品に出来る庵野の能力は大したものだとあらためて感嘆するものの、ことここに至っては庵野を育てたおたく文化、特撮アニメの持つ問題にも気づかざる得ない。特殊な能力を持ち特権的な活躍をするヒーロー・ヒロインと言う物語群の構造は民衆を見えなくもする。『シン・ゴジラ』はその構造を現代的に現実的にしているだけではないのか?東京を火の海にしたとか政権中枢を壊滅させたとかで喜んでいる場合ではないのだ。いや、まさかゴジラナショナリズムを煽り立てる映画になろうとは、なんてことだ。

  仕事が終わってから、古くからの友人が撮った映画を見に行った。『続・鎌田浩宮 福島・相馬に行く 俊之が結婚』と言う映画なんだが、まあ誰も知らないよな。今のところ上映は今日のアップリンクのみ、その後の予定は立ってない。学生時代の友人がたまたま福島の相馬に住んでいて、むかしから遊びに行っていたので震災原発事故後もカメラを持って遊びに行っている、そんな映画だから限りなくプライベートフィルムに近い。だが、そんな個人的な関係にも原発事故は現在進行形で色濃く影を落とす。前作『鎌田浩宮 福島・相馬に行く』は全国十一ヵ所で上映され、現在DVDが発売中。

   僕の友人と言うのは監督、主演を務める鎌田浩宮で(ん?主演は杉本俊之か?)、CDを出してる音楽家でもある。あ、運動とは全く関係がないので公安チェックしても無駄だから。前作は撮影が別にいたので本人映りまくりでうるさかったのだが今回は撮影も本人、当然ほとんど画面には登場せず落ち着いて見ていられる。映画としての面白さや完成度は圧倒的に『シン・ゴジラ』で、これは比較にならない。だが、3・11以降の状況に対する視座の確かさなら鎌田の映画の方がはるかに信頼できる。それにここに映し出されているのは官僚政治家などとは無縁なアンダークラスの現在の姿であって、実に悩ましい。

2016-09-07 茨城ユニオン定期大会

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(349)掃き掃除をしていてヘレニズムを見損ねる

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(349)掃き掃除をしていてヘレニズムを見損ねる

加藤匡通

八月××日(木)

 この一週間、ずっと外の仕事をしている。既存の建物の改修工事で、低層棟の屋上に敷き詰めてある砂利の撤去である。半世紀近い建物なので防水工事をやり直すためにその上にある砂利を取りたいのだ。ミニユンボでも使えば早かろうに、この暑い中を人力でやっている。実にご苦労さんである。ったく、誰かねぎらってくれよ。直射日光とコンクリからの照り返しで汗だくになるかと思えば土砂降りだしよ。砂利の上に繁ってしまった草を取り苔を除き、スコップですくい一輪車に入れる。で、一輪車の中身をモッコに空け、モッコがいっぱいになったらクレーンで下ろし十トンダンプに積む。派遣会社から八人、元請けから六人と大所帯だ。モッコをクレーンで吊り上げるために玉掛けの資格を持っている一人が屋上からクレーンのオペに指示を出し、ダンプの上でモッコを受けとるこちらも玉掛け資格保持者の一人を除いたほぼ全員がスコップを握って砂利を集めている。玉掛けはどちらも派遣会社の人間だ。本体の半分は下請けの植木屋と聞いた。そうすると本体は何屋なんだろうと思っていたら、はつり屋だと言われた。はつり屋が砂利かきまでするのか!はつり屋は普段はつったガラの片付けは人任せで、大抵派遣の人間が片付けてるのだ。はつり屋の職人たちも現場で詳細を聞いて驚いたらしい。

 スコップ作業なので大喜びと言いたいところだが、僕は腰が痛くてスコップを振り回せない。ええい!だから、ではないのだが気が付いたら玉掛けの実働、クレーンのフックにモッコを掛ける役をしていた。間違えるとモッコに指を持っていかれたり、落ちて来た砂利やモッコの下敷きになる役である。やること自体は簡単なのに誰も手を出さない。派遣会社の日雇派遣はともかく、これ植木屋とかはつり屋なら出来そうなもんだが。三十過ぎくらいの全盛期(ええ、盛りは過ぎたと自覚しておりますとも!)には玉掛けの合図も見よう見まねで覚えていてクレーンに合図したりしてたが、もう無理。そもそも資格ないからスーパーゼネコンじゃやらせないし。常時スコップを握っていたのは一昨日の朝までで、もう砂利そのものが少なくなってしまいみんな苔を取り除きながら砂利をかき集めて山を作っている。

  久し振りの外仕事ですっかり日焼けをしている。日雇派遣で外の仕事はあまり廻ってこないので焼けたのも久し振りである。昔はもっと外仕事廻ってきたのになあ。夏の太陽の下なので身体はしんどいが、気分は悪くない。・・・気分が悪くなったら熱中症なのですぐに対処すること。

  この作業、今日が最終日だった。今日はもう下ろすべき砂利もなく、掃除してゴミや道具をクレーンで下ろして終わり、のはずなんだがいつまでも何回も掃き掃除をさせられて結局三時前にやっと解放された。何十年も経ったコンクリの上なんていくら掃き掃除したってきりがないよ。掃けば掃くだけ埃は出てくる。無駄なことさせやがって。

  早く終わったら上野でやってる『古代ギリシャ 時空を超えた旅』に行こうと思っていた。大学を卒業したら『プラトン全集』をゆっくり読もうと思っていたが、何故か全くそんな時間の作れぬままにもう二十五年も過ぎている。ギリシャの地を踏むなんてこの分だと死ぬまでないだろう。見たいと思っていたのに、六月からの開催が気が付いたら八月も終わり、これはまずい見逃してしまう。それで今日の仕事が終わったら行こうと、いらいらしながら待ってたのだ。会場は五時まで、けど他に行く余裕のある日もなさそうだ。とにかく行ってみるべえと駆け込み、線文字abの実物を見てまるで読めないのに感動し、紀元前二千三百年以上前の彫刻の作者が特定されてることに驚嘆し、鉄串にしか見えないオボロス貨に震え、投票具だの重装歩兵の兜だの等辺追放の陶片だのに一々感動していたら半分強しか見ていないのに閉館時間が来てしまった。やっと古典古代に入ったばかり、ヘレニズムにたどり着いてない。開館時間を延長している日もあるそうなのでまた来よう。だから掃き掃除を何度もしなくていいと言ったのに。

茨城ユニオン定期大会

 八月二十八日に茨城ユニオンの定期大会に出席しました。

 もう十五年になるのだそうです。地域に支部をつくり、職場に分会をつくり、労働相談専門のNPOをつくり・・・この数年、大会へ挨拶に行く度に「本当に私たちの組合が挨拶しに行っていいのだろうか」と考えてしまいます。がんばらないと。(加藤)