俺は中学生の頃TRPGの雑誌を数冊買っていたことがある。その雑誌が姉に見つかり、こう言われた。
 「あんた、何エロ本買ってんの!」
 TRPGにはエロという素材は欠かせないようである。多くの人がこのことを肯定化し、またこれに拒絶感を持つ人も少なからずいた。ちょっとこの辺りについて、通り一遍の考え方を自分なりにまとめておこうと思う。ちなみに、この論考はあくまで「当たり前のことについて」整理しただけであり、内容はごく普通のもの(どこにでも転がっているようなもの)になる予定だ。

エンタテイメントとエロティック

 エンタテイメントにエロティックな要素は欠かせないと言われている。
 このあたりは心理学的な考察やら社会学的な考察が必要だろうが、恐らくは「性と死」が人間にとって一つのドラマであり、センセーショナルな事柄であるということに関連していると思われる。特にエロティックな刺激というのは人間に内在するエロティックな要求を直撃してそれを満足させるという効能を持っている(つか俺は何を真面目に書いてるんだ)。
 ま、このあたりはバタイユなんぞを読んだ方がいいのかもしれないが、そんな時間はないので軽く。
 しかしながら人間には抑制システムというものもできていて、生命に直結する性と死のシステムについてはタブーであることが望ましい、と文化的に規定されているようである。これもこれといって証拠文献を挙げはしない。レポートじゃないんだから。
 よって、性的な表現に対面した時に、人はたいてい深い興味を覚えながら、これを拒絶しようとする。拒絶しようとするのは文化的抑制であろうと思う(あんまりサルなど以外の文化的程度の高くない動物がそうだって話は聞かない。象とかは違うかもね)。文化的抑制というのは秩序を保った社会を形成しようとする無意識の意識に近いもの。
 この社会的抑制がゆるい人というのは沢山いるわけで、そういう人はエロいとか、それで済めばいいが大抵はスケベ親父とか変態とか罵られることになっている様子。
 で。興味を引くという点とタブー意識を持たれる点というのの狭間にあって、エンタテイメントはこの特性をどう利用しようかと四苦八苦している。
 単純に考えて、TRPGがエロティックな要素に触れていくのはエンタテイメントとして問題ないという見方もできる。ただし、エロティックな要素に踏み込んでいけるのは倫理的抑制の緩む部分、つまり倫理的規制をかけなければいけないと目されない、いわば社会枠として認められない部分だけだ。簡単に言うと、15歳未満の人が見る可能性の高い9時前のテレビ番組にはシャワーシーンを放映するべきではない(といわれることが多い)し、18歳未満の人が見る可能性が高い23時前のテレビ番組では露骨にエロティックな描写を避けるべきだ(といわれることが多い)。まぁ、シャワーシーンの方が明らかエロいだろとかシズカちゃんの入浴シーンはどうすんだとか色々問題はあるが。しかしなんだ、PTAみたいなこと言ってるな俺。
 この意味でTRPGが好きな人物が、TRPGがアンダーグラウンドな場所をターゲットにしていることを不快に思っていても問題はあるまい。深夜に自分の好きなアクションドラマがやっているけど、深夜枠だからかエロシーンが多々挿入されているのが倫理的に気に食わない、というのと同じ感性じゃないだろうか。

被エンタテイメント・エロティックと欲望

 もっとも、TRPGには別の側面も存在する。TRPGとは受動のエンタテイメントではなく能動のエンタテイメントでもある。それに関してどう思うか、というところでもまた、エロティックな問題は発生する。
 TRPGに参加している以上、絶えず能動側としてエンタテイメントを作っていく必要がある。そこには個人の趣味も出てこよう。ここにそのエロティックなものを挿入される(なんかやらしいな)というのは倫理的に気に食わない、穢れのようなものを感じる、という人は大勢いるはずである。逆に、そのようなエロティックなものを演出することに快感を感じる、という人もいるだろう。このあたりは性と死の問題に立ち返ることになるのでユングとかバタイユ似非科学本でも読んでいてくれ。
 問題となるのは、このような欲望と倫理規制にははっきり言って「根拠がない」ことだ。議論をしても水掛け論になるだけである。肯定側は「どうせお前も人間だ、あんなことやこんなことをしてるんだろ? それを肯定して大っぴらにするののどこが悪い」と言い張るし、否定側は「社会的タブーと状況を弁えてやれ、そんなもの・ことを他人にひけらかすことにたいしてなんとも思わないのか」と返す。両方感性の問題である。簡単な話で、肯定側はエロティックな欲望をさらけ出したいというある意味人間として正当な行為をしているのだし(猥談くらい誰でもしたことがあるでしょう)、否定側は形成された社会ルールを遵守しようという、これまた社会的動物として当然の行為をしている。しかしながらこの部分を表に出すと人間関係がギクシャクする。それでこれだ。
 

微エロ、萌えエロの肯定否定

 そういった意味で、微エロ、萌えエロと言われるようなものを軽いエロティックとしてTRPGに組み込んでいくことにしている場合も多い。まぁものは言い様、感性次第というやつで、幼女の素っ裸が出てきたり、ふとももまる見えのメイドさんがたくさん出現する作品はどうなんだ、という話がある。これも購買者層がそういう文化を好む傾向に高いから、という(まさに素っ気無い)理由で設定されていることが多い。まぁなんだ、ここからは水掛け論だ。
 肯定も否定もすべきではないが、漏れ的には「天誅」に歌われてるようなハイエンドおたくが「おぱんちゅおぱんちゅー!」とか奇声を上げてるテーブルに同席はしたくないなぁというのが本音のところである。