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2018-04-20

[]『復元 白沢図』二刷出来

本日、品薄になっておりました佐々木聡著『復元 白沢図――古代中国妖怪と辟邪文化』の重版(二刷)が出来あがってまいりました。

これもご愛読いただいた読者の皆様のおかげです。あつく御礼申し上げます。

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『復元 白沢図』概要

[書 名]復元 白沢

[副書名]古代中国妖怪と辟邪文化

[著 者]佐々木聡 著

[体 裁]四六判上製、176頁

[定 価]2,000円+税

ISBN978-4-7684-7964-3 C0014 \2000]

書評

スポーツ報知2017年1/27付「本屋さんのイチ押し」(評者・阿部祐子氏)

週刊文春2017年4月13日号「文春図書館」(評者・立花隆氏)

『月刊東方2017年6月号』「ブックレビュー」(評者・高戸聰氏)

東方宗教130号』(評者・坂出祥伸氏)

まったく想定外だったのは江口夏実鬼灯の冷徹』(モーニングKC)ファンの皆さまによる怒涛のツイートでした。

おかげさまで漢字の多い専門書が初版刊行から一年あまりで重版となりました。

内容

中国の伝説上の帝王・黄帝は、神獣・白沢の言葉を記録して、あらゆる鬼神を撃退する知識が書かれた書物白沢図』を編んだとされる。

この書物は、禍を避け福を招く辟邪(へきじゃ)呪術を伝えるものとして珍重されたが、今から約一千年前の北宋時代に散佚したと考えられる。

この幻の奇書を、最新の研究成果をもとに復元。平易な訳文と解説を付した。

現代の妖怪文化の源流の一つである辟邪文化の原像を探る貴重な手がかりがここによみがえる。

2018-04-10

[]『母の憶い、大待宵草』目次

好評発売中の『母の憶い、大待宵草』(古川佳子著)の目次(小見出し含む)をご覧いただけます。

下記のURLをクリックしてください。↓

https://indd.adobe.com/view/54b1cb81-9d0b-4e87-8868-d6c61e9136b8

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なお書誌データは以下の通りです。

[書 名]母の憶い、大待宵草──よき人々との出会い

[著 者]古川佳子/[跋]田中伸尚

[体 裁]四六判並製、256頁

[定 価]2600+税

ISBN978-4-7684-7970-4

C0095 \2600E

2018-03-29

[]古川佳子『母の憶い、大待宵草』刊行

このたび白澤社では、古川佳子著『母の憶い、大待宵草──よき人々との出会い』を刊行いたしました。

来週中頃には全国の主要書店で発売される予定です。

新刊『母の憶い、大待宵草』概要

[書 名]母の憶い、大待宵草──よき人々との出会い

[著 者]古川佳子/[跋]田中伸尚

[体 裁]四六判並製、256頁

[定 価]2600+税

ISBN978-4-7684-7970-4

内容

卒寿を越えた私が、長く生きてしみじみ思うのは「よき出会い」を得たこと。かけがえのない「お宝」で満たされているから私はしあわせ者である。

出会いの最初は先ず父母、次いで夫となった人、それから後は「箕面忠魂碑違憲訴訟」を始めた前後から今日に至るまで、どれほど多くの人々に学び、そして励まされてきたことか!(…中略…) 

もともと私の根っ子にあったのは二人の兄の戦死であり、国家の暴力を見据えて〈是れに増す悲しき事の何かあらん亡き児二人を返せ此の手に〉と、天皇戦争責任を生涯思い続けた母の憤怒であった。(「はじめに」より)

偶然のような必然の出会いによって知り合った「よき人々」とともに過ごした時を、温かいまなざしでつづった涙と感動の人生記。

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目次

はじめに

第一章 父、小谷謙蔵のこと

第二章 母、小谷和子のこと

第三章 母、和子の戦後

第四章 夫、古川二郎のこと

第五章 ランソのヘイ、松下竜一さんのこと

第六章 箕面忠魂碑違憲訴訟、神坂哲・玲子夫妻のこと

第七章 「紡ぎ人」伊藤ルイさんのこと

第八章 啖呵きる短歌を詠う三木原ちかさんのこと

第九章 「戦死ヤアハレ」、竹内浩三さんのこと

第十章 忠恕のひと、井上とし枝さんのこと

あとがき

跋 過去が朝 くる前に(田中伸尚)

著者

古川佳子(ふるかわ よしこ)

 1927年大阪生まれ、二男三女の次女。兄二人は戦争末期に相次いで戦死。46年古川二郎と結婚し、二男一女を育てる。箕面の自宅近くの忠魂碑移設について、神坂夫妻の呼びかけで夫とともに違憲訴訟原告の一人となる。82年の地裁判決での画期的勝訴ののち、怒濤の日々を過ごす。出会ったよき人々との交流を『反天皇制市民1700』に15回連載し、本書となる。

[跋]田中伸尚(たなか のぶまさ)

 1941年東京生まれ。新聞記者を経て、ノンフィクション作家。

 本書に関連した著書に、『これに増す悲しきことの何かあらん──靖国合祀拒否・大阪判決の射程』(七つ森書館)、『反忠──神坂哲の72万字』(一葉社)等。そのほか『ドキュメント憲法を獲得する人びと』(岩波書店、第8回平和・協同ジャーナリスト基金賞)、『大逆事件──死と生の群像』(岩波書店、第59回日本エッセイスト・クラブ賞)、『囚われた若き僧 峯尾節堂──未決の大逆事件と現代』(岩波書店)等、著書多数。

2018-03-28

[]カント花見

今週は東京都心の桜は満開、好天にも恵まれてお花見ウィークになりそうですね。

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小社最寄りの神田川沿いの桜も満開です。

今日のような、うららかな午後は、網谷壮介著『カント政治哲学入門』を片手に散策するのにうってつけです。

カント花見をしたか?

ところで、カント花見をしたのでしょうか。

もし「花見」を、桜の花をながめながら酒を飲んだり軽食をとったりする日本の風習と定義するなら、カント花見をしなかったが正解です。

桜の花の下でどんちゃんする花見庶民に広まったのは、江戸時代中期享保年間(1716-1736)のころからだとされています。

カント享保九年(1724)の生れですから、日本に来ていれば、きっと花見に出かけたに違いありませんが、実際には「カントは生涯、ケーニヒスベルクの街から一歩も外へと出ることはなかったと言われている」と網谷さんは書いています(網谷、p167)。

したがって、カント花見をしませんでした。

けれどもカントは、自室に閉じこもって純粋理性の誤謬推理について考えてばかりいたわけではありません。

網谷さんによれば「ケーニヒスベルクは発展した港街であり、カントは街を訪れる商人や軍人とも社交し、世界への見聞を広めていた」そうです(網谷、p.167)。

トリビアなネタが満載の『実用的見地における人間学』とか、『判断力批判』にあるエジプトピラミッド観光のコツとかも、こうした社交と会話によって材料を得たのだろうということです。

飛鳥山の桜も吉野の桜も観に来なかったカントですが、寛政七年(1795)に出された『永遠平和のために』では、ヨーロッパ植民地政策を批判する観点から「日本と中国鎖国政策が、ヨーロッパ植民地主義者の非友好的振る舞いを吟味した末での思慮に富んだものだったと評価しさえ」しているそうです(網谷前掲書、p195)。

老中松平定信による鎖国引締め政策がカントの耳にも入っていたのでしょうか。

今週の名言

世界市民観点に立つためには、なにも世界中を旅行する必要はない。ただ、世界に対する関心が必要なのだ。(網谷壮介著『カント政治哲学入門』より)

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カントの言葉ではありません。

カントの世界に開かれた態度を要約した網谷さんの文章です。

2018-03-19

[]考える自由について―『カント政治哲学入門』より

網谷壮介著『カント政治哲学入門──政治における理念とは何か』より、これは名言とうなった言葉をご紹介します。

自分で考えるということは自分だけではできない。

これは『カント政治哲学入門』の154頁に出てくる言葉です。

ただし、カントの名言ではなく、カント論文「思考の方向を定めるとは何か」中の文章の趣旨を、網谷さんがみごとに要約した文です。

カント自身の文章も、同書の同頁で引用されています。

確かに、話したり書いたりする自由は最高権力によって奪い去られるものだが、考える自由は決して奪い去られない、と言われることがある。しかし、他者に自分の考えを伝え、他者も自分の考えを伝えるという、いわば共同性のなかで思考するのでないとすれば、私たちはどれだけ多くのことを、どれだけ正しく、十分に思考するというのだろうか。したがって、自分の考えを公開し伝える自由を人間から奪い去る外的な権力は、また同時に思考する自由さえ奪い去ってしまうと言っていい。(「思考の方向を定めるとは何か」8:144)

これに小社はいたく感銘を受けました。

思想・良心の自由と言いますが、それは内心の自由だけで十分なのではなく、言論・出版の自由の保証とセットでなければ、思想・良心の自由も十全にはならないということです。

小なりとも出版業に携わるものとして、忘れてはならないことだと感じ入った次第です。

「自分で考えるということは自分だけではできない」、だからこそ、さまざまな考えを記録し伝える出版業の意義もあるのだと、ともすれば出版不況で弱気になりそうな気持ちを奮い立たせてくれる言葉です。

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