白澤社ブログ このページをアンテナに追加

2017-05-02

[]三木清『人生論ノート』の謎「旅について」

明日からゴールデンウイークですね。暦通りの小社でも五連休、先週末からお休みの方は九連休ですが、この機会に旅行に出かけるという方も多くいらっしゃるかと思います。

三木清『人生論ノート』には「旅について」というエッセイがおさめられていますが、この文章もよく知られているわりには謎が多いのです。

まず執筆時期がわかりません。

『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』の脚注(p121)とコラム(p134)でも取り上げましたが、1941年6月以前に書かれたということしかわからないのです。

また、「旅について」だけ、他の章のような断章形式ではなく、一気に書き下ろされたように見えます。三木がどうしてこの章だけ違うスタイルで書いたのか、これもわかりません。

もっとも、わからないことばかりではなく、編集作業の過程でわかったこともあります。

最後の段落にある次の言葉。

旅することによって、賢い者はますます賢くなり、愚かな者はますます愚かになる。

これは、しばしば三木清の言葉として引用されていますが、三木自身が新聞に書いていたコラム「人民の声」(全集第十五巻所収)で、ドイツ社会学者テンニース(テンニエスとも)の言葉として引用しているを見つけました。

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三木は、テンニースの提唱したゲマインシャフトゲゼルシャフトという対概念を『人生論ノート』中の「名誉心について」などで参照しています。

ちなみに、この「旅することによって、賢い者はますます賢くなり、愚かな者はますます愚かになる」は、英語のことわざ

Travel makes a wise man better, but a fool worse.

(旅は、利口者はますます利口に、愚か者はますます愚かにする。)

としても知られているようです。

おそらくテンニースヨーロッパでよく知られていることわざを何かの引き合いに出したのでしょう。

連休の旅行が有意義なものになりますようにお祈りしております。

2017-05-01

[]三木清『人生論ノート』の謎

好評発売中の岸見一郎著『三木清『人生論ノート』を読む』の編集作業については、昨年のこのブログでもご紹介しました。

http://d.hatena.ne.jp/hakutakusha/20160705/1467702543

岸見さんと編集担当とで、学生時代の読書会のように、三木の文章を一段落ずつ読み上げては、

「これはいったいどういう意味でしょうか?」

「どういう意図があって言っているんですかね?」

と、頭をひねりながら『人生論ノート』の謎を解いていったのですが、いくら考えてもわからなかった文章もあります。

「虚栄について」の次の断章です。

 紙幣はフィクショナルなものである。しかしまた金貨もフィクショナルなものである。けれども紙幣と金貨との間には差別が考えられる。世の中には不換紙幣というものもあるのである。すべてが虚栄である人生において智慧と呼ばれるものは金貨と紙幣とを、特に不換紙幣とを区別する判断力である。尤も金貨もそれ自身フィクショナルなものではない。(新潮文庫、46頁)

「紙幣はフィクショナルなものである」というのはわかります。紙そのものに価値があるのではなく、日本銀行券として印刷されたものを例えば千円とか一万円とかの価値があることにしようという約束のもとで、価値がもたされているのですから。

そこで、金貨と兌換紙幣と不換紙幣との違いを見抜く判断力が人生の知恵というものだ、と三木は言っている、それもわかります。

しかし、最後の一文、「尤も金貨もそれ自身フィクショナルなものではない。」とはいったいどういうことか?これがわからない。

紙幣がフィクショナルなものなら、それととりかえられる金貨の価値も、その原料である金という鉱物の価値も、やはりフィクショナルなものだ、というのならわかります。

ところが、「金貨もそれ自身フィクショナルなものではない」というのですから、そうではないことになってしまう。三木は金貨の価値を特別なものとしていたのでしょうか?

もし、紙幣の価値はフィクショナルなものだとしても金貨の価値はそうではないと言いたいのなら、「金貨それ自身はフィクショナルなものではない」とするべきでしょう。

それにしても、「尤も金貨も」と書き出しているのですから、前の文とのつながりがどうも変な感じがします。

結局、この文の意味はよくわからない。

ただし、ありえそうなこととして、一つの想像はできます。

証拠はないので断言はできませんが、考えられることとして、これは脱字の見逃しではないだろうかと想像されるのです。

つまり、元原稿には「尤も金貨もそれ自身フィクショナルなものではないか」とあったのに、最後の「か」の字が雑誌掲載時に脱落して、これに著者も編集者も気づかないまま、単行本刊行時にも見過ごされてしまったのではないか。

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ふつう、初版にありがちな誤字脱字は重版時に直しますが、「偽善について」「娯楽について」「希望について」の三篇を追加した現在のかたちの『人生論ノート』が出版されたのは、戦後、三木清が亡くなったあとのことでした。

ですから、気がついた編集者がいたとしても、すでに著者の真意を確認することはできずに、そのまま刊行されて現在にいたった、ということはありそうです。

以上はまったくの憶測で、確かなことは三木の自筆原稿が出てくればわかるはずなのですが、『人生論ノート』の肉筆原稿はどうなってしまったのでしょうか。

謎は深まるばかりです。

ちなみに「虚栄について」の章の解釈を掲載した、岸見一郎著『三木清『人生論ノート』を読む』は現在も新刊書店で流通しております。

新刊書店での定価は、本体1800円+税です。

読者の皆様にはお手数をおかけいたしますが、最寄りの書店さんを通してご注文いただければ幸いです。

同著者による続編『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』ともどもご愛読いただきますようよろしくお願いいたします。

2017-04-25

[]『三木清『人生論ノート』を読む』重版出来!

本日、ご好評いただいております岸見一郎著『三木清『人生論ノート』を読む』の重版(二刷)が出来あがってまいりました。

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これもご愛読いただいた読者の皆様のおかげです。あつく御礼申し上げます。

岸見一郎さんのEテレ100分de名著」での名解説で、忘れられかけていた現代の古典がふたたぴ広く知られるようになったことも出版人としてうれしい限りです。

なお、岸見一郎著『三木清『人生論ノート』を読む』は、某大手オンライン書店では今なお品切れ状態が続き(2017年4月25日12時時点)、ネット古書店が4000円以上の高値を付けていますが、同書は現在も新刊書店で流通しております。

新刊書店での定価は、本体1800円+税です。

読者の皆様にはお手数をおかけいたしますが、最寄りの新刊書店さんを通してご注文いただければ幸いです。

三木清『人生論ノート』を読む』の在庫は、あります。

同著者による続編『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』ともどもご愛読いただきますようよろしくお願いいたします。

もちろん、『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』の在庫もございます。

2017-04-24

[]三木清ブーム到来か?

週末は、東京駅前の八重洲ブックセンター本店さんで開催されたトークイベント「生誕120年目に甦る、 哲学者三木清の言葉〈対談〉大澤聡さん×岸見一郎さん」に参加してまいりました。

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会場は満席。講談社文芸文庫より『三木清教養論集』と『三木清大学論集』を出された大澤聡さんと、小社から『三木清『人生論ノート』を読む』と『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』を出された岸見一郎さんの初顔合わせに、みなさん興味津々で聞き入っていました。

トークは、読書論を皮切りにして、三木清という思想家との出会い、岸見一郎さんが出演しているEテレ100分de名著」の舞台裏、戦前と現代について、批評についてなど、さまざまなテーマが語り合われて興味深い対談となりました。

【写真はイベント終了後、主催の講談社さんのご許可をいただいて撮影・掲載】

中公文庫版『哲学ノート』

今夜は岸見さんの解説による「100分de名著」の最終回↓

http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/64_jinseiron/index.html#box04

三木清『人生論ノート』の最初の章である「死について」と、最後に執筆された「希望について」があつかわれるようです。

もう一つ、三木清関連のニュースとしては、中公文庫版『哲学ノート』が増刷されました。

中央公論新社さんのサイト↓

http://www.chuko.co.jp/bunko/2010/04/205309.html

哲学ノート』は生前の三木が自ら編んだ自選論文集。

なかでも、「伝統論」は『人生論ノート』の「死について」と深い関連をもつ論文です。

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小社刊『三木清『人生論ノート』を読む』の第8章「死と伝統」では、『哲学ノート』の「伝統論」と『人生論ノート』の「死について」の関連をふまえて三木の死生観を読み解いています。

三木清『人生論ノート』を読む』は明日、重版出来予定です。

2017-04-21

[]『希望…』は、あります!

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ご好評いただいております岸見一郎著『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』は、某大手オンライン書店では品切れ状態が続き、気の早いネット古書店が3000円前後の高値を付けているのに驚きました(2017年4月21日17時時点)。

小社新刊、岸見一郎著『希望について――続・三木清『人生論ノート』を読む』は現在も新刊書店で流通しております。

新刊書店での定価は、本体1700円+税です。

個々の内容の希望は失われることが多いであろう。しかも決して失われることのないものが本来の希望なのである。(三木清『人生論ノート』より)

『希望について』の在庫は、あります。

読者の皆様にはお手数をおかけいたしますが、最寄りの書店さんを通してご注文いただければ幸いです。

まもなく重版出来!予定の『三木清『人生論ノート』を読む』ともどもご愛読いただきますようよろしくお願いいたします。