半坪ビオトープの日記


この地に初めて花菖蒲が伝来したのはいつの頃か明らかではないが、一説によると、室町時代堀切村の地頭久保寺胤夫が家臣の宮田将監に命じて、奥州郡山の安積沼から花菖蒲を取り寄せたのが培養の始まりとも、文化年間(1804~17)堀切村の百姓小高伊佐衛門が本所の旗本万年録三郎から「十二単衣」を、花菖蒲愛好家松平左金吾から「羽衣」「立田川」などの品種を乞い受け繁殖させたのが始まりともいわれる。
園内に松野自得(貞安)の句碑があった。「天日に菖蒲の花の白まぶし」自得

ハナショウブの花色には、白、ピンク、紫、青、黄など多数あり、絞りや覆輪などとの組み合わせを含めると、5000種類あるといわれている。
それでもやはり多いのは、紫から薄青紫、薄赤紫の色合いだろうか。

都内の名所としては明治神宮水元公園がよく知られているが、青梅市の吹上しょうぶ公園では216種約10万本のハナショウブが見られるという。
ここには「ピンク・フロースト」などとアメリカ産の品種もあるようだ。

全国にも名所が多く、山形県長井市の長井あやめ公園には500種100万本あり、中でも珍しい原種のノハナショウブに近い長井古種31種が植えられている。
こちらの淡い薄紫色の花は、「煙夕空」という。

静岡県掛川市加茂花菖蒲園には約1500種100万株、兵庫県三田市の永沢寺花しょうぶ園には650種300万本あるといわれる。
こちらの細い筋の見える花は、「神代の昔」という名がついている。花の名前のつけ方には酒の名前のつけ方に共通するものがあるのではなかろうかと思う。

この乱雑な絞りで動きを表現しているのは、「鳴海潟」という。