はてなブックマーク2をちらっと見て来た

はてなブックマーク2のβ版?が公開?されてました。・・・公開、というか見ることができた、というかw

http://bbeta.hatena.ne.jp/


今('081106_23:30くらい)は503が返って来てみれないみたいですね。ちょこちょこ見てたら、そのうちまた見られるようになってるかも。



この件についての説明が告知されてました。
はてなブックマーク新バージョンの最終調整について - はてなブックマーク日記 - 機能変更、お知らせなど




このページを一番最初にブックマークしたのはid:westerndogさんだけど、10月なんて早い時期にどうやって気づいたんだろう・・・?

写真の楽しみ方の移り変わり

カメラがフィルムを使って撮影して、それを印画紙に焼き付ける銀塩カメラだった時代から、デジタルデータをメモリカードなどに保存し、PCやテレビ、カメラ本体で再生したり、印刷したりして楽しむデジタルカメラの時代へと移行して、写真の楽しみ方もずいぶんと変わった様に思う。


家庭内での写真閲覧スタイル


昔は、写真を見るといえばばかでかいアルバムを引っ張りだして来て、それをめくりながら見るってスタイルが当たり前の光景だったけれど、今はPCやテレビなどの大型画面でわいわい言いながら撮影した写真を見るなんてスタイルが主流になってきている。

アルバムで写真を見るのも味があって好きだが、大きな画面でわいわい言いながら写真を見るのもいい。



いまどきの据え置き型ゲーム機には、写真を楽しむモードもあたり前のように実装されていて、うちでもWiiにデジカメで撮影したデータを入れたSDメモリーカードを指してフォトビューワー機能を使って写真を見たり(デジカメによっては動画もそのまま見られる)、CD-RやDVD-Rに焼き付けたデジカメの写真データをPS3のフォトビューワー機能を使って閲覧したり、という楽しみ方をするようになった。Xbox360では試したことがないが、おそらく同様の機能があるだろう。



さまざまなデジタル機器で液晶が多用されるようになって、余剰な液晶を使って作られるデジタルフォトスタンドのような商品もここにきて一気に増えて来た。今までフォトスタンドで飾っていた写真をデジタルフォトスタンドにすれば、一枚の写真だけじゃなく複数の写真を楽しむことができるようになる。



撮影した写真のデータは、いままでの写真のように紙に焼いて楽しむこともできる。写真屋に撮影したデータが入ったメモリーカードを持って行けば、そのデータを元に長期間保存可能な高品質での紙媒体な写真を焼いてもらえる。

また、写真データをPC上で加工すれば、自分だけの写真集みたいなものも作ることが可能になった。孫の写真集を作って、祖母祖父にプレゼントするなんて使い方も気軽に行える。



このように、写真を楽しむ方法や機会が、デジタルカメラの登場、普及によって、以前とくらべてずいぶんと増加した。


写真がデジタルになって変わったこと


銀塩カメラからデジタルカメラになって変わったことには、フィルム→現像という行程をえなくても撮影後にすぐに写真を見られるという点が一番大きいかもしれない。撮影中に今撮った写真を確認して、失敗ならすぐに消すなんてことも可能になった。

また、ネットの普及により、撮影したデータをメール添付やデータ送信で送ることで、簡単に遠くの人に写真を見せたり利用したりすることができる。それどころか、特定の人だけではなく不特定の多数に向けて写真を公開するような写真共有サービスも多数リリースされており、見ず知らずの大勢に向かって、自分が撮影した写真を見てもらうなんてのも十分可能になった。



携帯電話や携帯ゲーム機にまでデジカメがつくようになり、ありとあらゆる人がデジカメで撮影を行うことが可能になったというのは、いつどこでも撮影されるかもしれないという環境になったことでもある。

何か事件が起こったときに、それを取り巻く野次馬の人達が一斉に携帯のデジカメで写真を撮っているなんてのも当たり前に見る時代になったし、飲食店などで自分が注文した料理を食べる前に撮影してネットにアップするなんて人もずいぶんと増えた。また、本屋などで必要な部分だけを撮影してしまうというデジタル万引きのような使い方をする人達も現れて来た。

いつ、どこででも撮影可能な機器を手に入れはしたものの、撮影する前には、ここで今撮影するのは適切なのか?ということを自問する必要はあるだろう。撮影される側、対象に迷惑をかけていないか、ということを気にせず、自分の都合で撮影することを続けていれば、今後撮影禁止とされる場所はますます増えて行くだろう。(実際に店舗などで撮影禁止と表記している場所はずいぶんと増えた)



また、写真がネットで公開できるというのは、個人情報が簡単に公開できてしまうということにも直結している。Googleストリートビューによって、詳細な地図情報と紐づけられる形でその場の写真が公開されているということは、個人情報の公開という点で大きな問題として取り上げられているし、ネット上で写真を公開するときは、その写真に写っている人にきちんと配慮しないと、どこからクレームがやってくるか分からない。

どこまでが公開してよくて、どこからが公開したらまずいのか?というのは、ネットにおける個人情報の公開の捉えられ方によって、今後もその線引きが移り変わって行く部分である。というのは、個人情報の公開というのはその情報をうまく結びつけて自分に役立つ情報を返してもらえるというメリットと、その情報を見ず知らずの誰かに悪用されてしまうかもしれないというデメリットの両方があるからで、そのバランスはシーソーのように揺れ動いていて、メリット、デメリットの重さが、新しいサービスの展開、新しい犯罪の露見などで常に変化していくものだから。


データ化されていく時代


最初の頃はテキスト情報くらいしか存在していなかったネット上も、画像が見られるようになり、音声が再生可能になり、動画も見られる様になって、とそこで扱えるデータがどんどん複雑化していくに従って、我々がそこから得られる情報量も増え、より多くの情報をどこででも、すばやく取り出せるようになった。

デジタルカメラが普及して、画像データを誰でも簡単に撮影、利用可能になったというのは、このネット上の情報の増加に大きく関与している。今後は静止画だけではなく動画も誰でも簡単に撮影、利用可能となっていくであろうことは容易に想像できる。



画像というのは「百聞は一見にしかず」ということわざがあることからも分かるように多くの情報量を持っているが、コンピューターにはその多くの情報は理解できない。人がその画像が持っている情報(例えば、誰が写っている、何が写っている、どのジャンル、など)をメタデータとして付加することで、コンピューターがその画像情報をより有効に活用できるようになる。

こうしたメタデータの付加はそれ自体を目的として行うと非常に面倒な作業となってしまうが、「自分のフォトアルバムを整理する」「多くの人に見てもらいたい写真の説明をする」というような目的と絡めれば、それらの作業の一環として行ってもらえる。また、公開されている写真をみた第三者がその写真に何が写っているかを自動で分類するなんて分担作業なんてのも、ネット時代には十分可能でもある。



テキスト→写真→動画、までは予想がつくが、その次にはいったい何がくるんだろう? そして、そこまで情報がデータ化された時代のネットというのはどんな存在になっているんだろう?と考えつつ、自分が生きているうちにそこまで行くのかな?行ったらいいな、と漠然と思う。

高音質CD技術は本当に高音質になっているのか?


昨日見た「ソニーがBlu-ray技術を応用した高音質な「Blu-spec CD」を開発、既存のプレーヤーでも再生可能 - GIGAZINE」って記事、詳細が分からなかったので??と思ってたんですが、その後いくつかのIT系ニュースサイトに出て来た記事をみるとこういう代物だそうで。

Blu-spec CDは、Blu-ray Discの製造技術とブルーレーザーダイオードカッティング、高分子ポリカーボネートを採用した高音質CDだ。短波長のブルーレーザーを用いたことによる極微細加工や正確なカッティングの実現などにより、マスターテープクオリティの音質を再現できるという。

SME、高音質CD「Blu-spec CD」を開発--Blu-ray Disc技術を応用 - CNET Japan


この手の高音質CD技術は、他にもユニバーサルミュージックなどが提案している「SHM-CD」や、EMIなどが手がける「HQCD」なんかがあるけど、どうしてもこの手の技術はうさんくさく見えてしまいます。



いろいろと説明は書かれているものの、どれもCD-DA規格という音楽CDの規格に準拠しており、その枠の中での製品ということになります。(じゃないと既存のCDプレーヤーでは再生できない) どの技術も、さまざまな技術を使ってCDディスクの作成を高品質で行うことによって、よりマスター音源に近い音質を実現することができた、という表記になっていますが、ディスクが高品質になったことで音質ががらっと変わるのなら、いままでの音楽CDは再生時にエラーだしまくりだったってことを言ってることになります。



PCのプログラムやデータを保存するCD-ROMなどを見るに、読み取り時にエラーだしまくりってことはまずありません。そんなことがあったら、そもそもCD-ROMにプログラムやデータを入れて販売するなんてことが不可能になってしまうから。

CD-DAの読み取り方式はCD-ROMなどとは違うため、その読み取り方式のせいでエラーが多いというのはありうる話ですが、そもそも同じ光学メディアディスクを使用して、片方はエラーでまくり、片方は全くエラーが出ないなんてのも納得しがたい話。



音楽CDでプレーヤーによって音が違うってのは、CDに記録されているデジタル状態のデータからアナログの音声データに変換する際の変換部分で差が生まれると思うのですが、違うのでしょうか。



HQCD(Hi Quality CD)の説明サイトを見てみると、

HQCD(Hi Quality CD)は、限りなくマスター音源に近いオーディオディスクです。その音質から、「高音質」の表記をさせていただきました。通常CDよりもグレードの高い、液晶パネルに用いられるポリカーボネートをディスク基盤材料に使用し、反射膜には、従来のアルミニウムに換えて、耐久性・耐熱性・耐光性にも優れた独自の特殊合金を採用しました。2つの素材の相乗効果によって、通常CDと比較して、音の粒が繊細で、解像度・透明感・臨場感が劇的に向上、従来のCDよりも、マスターに限りなく近い音質が実現できました。HQCDはこれまで通りのCDプレーヤーやカーオーディオで高音質を体験できます。 ※高音質とはマスターの再現性の高さを意味します。

HQCDとは? - HQCD / UHQCD 公式サイト

更に、テキストじゃなくて引用できない部分をテキストに起こして引用すると、

マスターの情報を限りなく正確に再現したディスクのピット情報が、高精度で読み取られることにより、高い解像度のクリアーなサウンドを実現しています。直感的な音圧感の変化はもとより、大きく奥行きの増した音場感、さらに豊かに再現される音色感など、これまでに気づかなかった音の発見に驚かれることでしょう。※通常CDとの音質比較の差は、再生環境に影響されます。

HQCDとは? - HQCD / UHQCD 公式サイト

とあって、記事内には

という謎のグラフが「メモリーテック社内データ」として上げられています。



まず、「限りなくマスター音源に近い」という表記がありますが、CD-DA規格に準拠している以上、「サンプリング周波数 44.1kHz、量子化ビット深度 16bit」という条件は変更不可能です。(DVD-Audioは最大192kHz, 24bit、Blu-ray Discは48/96/192kHz, 16bit(どちらも2ch時))「限りなくマスター音源に近い」というのは音楽CD規格上での話ってことです。


また、音楽関連の話題で音質というのが語られるとき、どうしてもこういう何を元にして作ったのか分からないグラフをデータとして上げられている説明が多くて、AV分野における音質の追求というものがどうしてもうさんくさい疑似科学のようなものに見えてしまうのです。



音楽CDがマスター音源にどれだけ近づけるか?というのは、マスター音源を音楽CD用のデータとして変換する録音部分と、音楽CD上のデータを再生機器用にアナログに変換する再生部分の二カ所の変換作業が関わっています。そして、音楽CDに保存できる音声データは「サンプリング周波数 44.1kHz、量子化ビット深度 16bit」という条件があります。

本当にこれらの高音質CD技術によって音質が向上するのであれば、録音部分をいっしょにしてCD作成を既存の技術と新しい高音質CD技術で行った二種類のCDを用意し、同一の再生環境で再生して音質を調査する、その際には人による主観的要素が入る聞き取り評価ではなく、スペクトルデータのようなはっきりと違いが明確に分かる形でのデータを載せて、初めて高音質になったと言えると思うのですが、この手の技術でそういう比較を行って説明している製品は見たことがありません。

上記のグラフででているような「帯域バランス」「解像度」「音場感」「音色感」「音圧感」ってのが、数値的に表せるデータではなく、聞く人の主観的な評価であるってのが、一番うさんくささをかもしだしている部分ですね。


なんだか良くわからない「高音質CDの方が音質がいいという謎グラフ」を提供されるくらいだったら、目隠ししてコーラの飲み比べの方がまだ信頼性が高いと思うのですが。



自分が好きな音楽を聴くにあたり、できる限り高音質でそれを聴きたいという欲求は確かにありますが、どうにもAV機器の分野を見てると高音質になればなるほど怪しげなオカルトチックな評価が多くなっていきます。



音楽を聴くのは、「自分の好きな音楽」(音楽コンテンツそのもの)を「高い音質」(再生機器)で「聴きたい環境」(入手手段、再生機器)で聴く、という3つの要素があって、それらの掛け算で充実感が味わえます。音質だけを考えれば、より高い音質である方がいいのですが、より音楽視聴全体の充実感を高めたい、という観点からすると、この3つの要素の掛け算の結果が高くなればいいのであって、音質だけを追求しなくても他の二つの要素を高めればいいという話にもなります。

そして、これらの要素はコストをかけるほどに高い点数が得られますが、人は音楽だけを聴いて生きるにあらず、それぞれの人が音楽にかけられる予算を見ながら、なるべくコストパフォーマンスが高くなるような聴き方、視聴環境を選ぶとしたら、今は「高い音質」よりも「自分の好きな音楽」や「聴きたい環境」部分に注力するのが正解に思えます。



もちろん、人それぞれ、どこに注力して音楽を聴くかは自由ですが、どうもここはおかしいんじゃないのかなあ?と常日頃感じてるところを書いてみました。