『わが谷は緑なりき』

hidexi2007-03-14


本務校の図書館からの依頼があり、学生へのDVD推薦文を書いたので、下に載せておきます。いやそれにしても(言い訳ですが)、一本の映画の魅力を400字程度で余すところなく語るのは不可能に近い。とわかっていながら執筆を引き受けたのは、図書館の美人司書さんに頼まれたから。 


わが谷は緑なりき [DVD]

わが谷は緑なりき [DVD]

ジョン・フォード監督『わが谷は緑なりき』(1941年)  
この映画は、語り手が、生まれてから50年間暮らしてきたイギリス南西部の谷間にある小さな炭鉱町を去ろうとする場面から始まる。そこから映画の時間は逆戻りし、映画全体は語り手の少年時代の回想録となる。大家族と共に過ごした少年時代は、辛いこともたくさんあったが、語り手にとっては一種のユートピアだ。生まれ、働き、歌い、死ぬという単純な人生が無限に豊かな陰影を含んでいることを、少年は学ぶ。(すばらしい白黒の画面がそうした陰影を視覚的に表している。)50歳になった語り手が生まれ故郷の町を去ろうとする今、すでに両親は他界しており、多くの兄弟姉妹も離ればなれになってしまった。しかし目を閉じれば、少年時代のユートピアは、瞼の裏に、今ここにある。語り手にとって、それはたんなるノスタルジーの対象ではない。筋を通して死んでいった無骨な父親のようにまっすぐに生きていくために必要な、語り手を導く光なのだ。一度、だまされたと思って見てください。