「年俸(ねんぽう)」は「年棒」ではない

(第101号、通巻121号)

    大リーグなどプロスポーツ選手の移籍や契約更改のニュースで「年俸」の額がよく話題になる。野球のことを中国語で「棒球」というらしいが、イチロー松井秀喜も「打棒」の報酬として貰うのは「棒」(木片、バット)ではなく「俸」(給料、禄)である。

    経営危機に陥っている米自動車大手3社「ビッグ3」の経営再建計画が3日付けの夕刊各紙で報道された。それによると、昨年2000万ドル(20億円)以上だった最高経営責任者(CEO)の年俸を3社とも1ドルにするという。「言語楼」が興味をそそられたのは、専門的な再建計画の全容はともかく「年俸」という言葉だ。最近では、一般の会社でも一部の社員に年俸制をとるところがふえつつあるが、「ねんぼう」と間違えて発音する例をよく耳にする。

    間違いは一般の人ばかりではない。テレビ局のアナウンサーやレポーターの中にも同じミスをしているケースが見られる。ウエッブ検索したところ、発音の間違いから漢字の間違いまで枚挙にいとまがないほど続く。新聞記事でも「ねんぼう」という間違った発音をそのまま「年棒」と漢字表記している例もある。

    ある社会保険労務士のホームページは、新賃金制度の構築はお任せ下さい、というPRで「年棒制の導入に当たりぜひ注意しておくべきこと」と誤字のままの標題を大きく掲げ、本文でも「年棒制導入のパターン例」とか「たとえ年棒制であったとしても、原則として残業手当は発生しますから」などと何回も「年棒」と表記しているのだから、うっかり誤変換したということは考えられない。また、別の経営労務事務所のホームページでも「年棒制についてのQ&A」の中の説明は「年棒」の2文字のオンパレードだ。要するに「俸」と「棒」の違いに気づいていないか、気づいていても読み方まで頓着しないのだろう。

    正しくはもちろん「年俸」と書いて「ねんぽう」である《注》。木偏(きへん)ではなく人偏(にんべん)だが、ほとんどの辞書は「年俸」に通り一遍の語釈を載せているだけ。ただ、さすがに「年棒」の見出しはない。

    そんな中で存在感を示したのは『三省堂国語辞典』第6版である。『三国』の愛称を持つ同辞典は新語を大胆に収録することでも知られるが、「年俸」の項では、冒頭でまず[「年棒(ネンボウ)」は、あやまり]ときっちり述べて注意をうながしている。その上で「1年を単位として決めた給料。年給」と語義を簡潔に示し、さらに小見出しの「年俸制」で「業績に応じて、報酬を年単位で定める制度。スポーツ選手や管理職・専門職に多い」と丁寧に説明している。

    ちなみに「YAHOO!JAPAN」で検索した結果は、「年俸」が1280万件、「年棒」が151万件だった。私が使っている日本語入力変換「ATOK」で「ねんぼう」と入力しても変換キーを押すと画面には「〈ねんぽう〉の誤読」と現れて誤りはその段階でチェックされる仕組みになっている。そう考えると、年俸を年棒とする間違いは実際にははるかに多いに違いない。


《注》 「俸給」(給料)のことを「ほうきゅう」といい、公務員などの給与体系「号俸」を「ごうほう」と言うように、「俸」はふつう「ほう」と発音するが、「は行」の直前の音が「ん」だと、「文法」、「憲法」、「寒風」などのように次の音が「ぱ行」に変化することが多い。「年俸」もその一例だ。