政府債務は将来世代の負担になるか?

という議論が暫しブロゴスフィアを賑わせていたが、その議論の主役となったのはWCIブログのNick Roweである。といっても彼が何か目新しい主張を持ち出したわけではなく、ここで紹介したOLGモデルによる主張を繰り返しただけである。


このRoweのOLGモデルは、むしろ我々日本人に取って分かりやすいかもしれない。というのは、期せずして彼のモデルは、今日の日本で問題となっている年金債務を抱えた企業の良い描写になっているからである。
即ち、彼のモデルをそうした企業の年金に喩えて描写すると以下のようになる:

  • 増益が期待できない企業が、予定利率(5.5%など)が約束されている確定給付年金の年金債務を抱えている。
  • ある時点で、その年金の運用利回りがゼロ%に落ち込み、予定利率が達成できなくなる。だが確定給付年金である以上、引退世代に予定した利率の年金を支給しなければならない。利益が増えない中でそうした年金給付の補填を実施するので、現役世代が割を食い、手取りが少なくなる。
  • 現役世代は、引退後にその現役時の犠牲に見合った受け取りが用意されているため、甘んじてその負担を受け入れる。
    • 実はこの点で企業の話とRoweのモデルは乖離する。企業は年金資産を株式や債券で運用するが、Roweのモデルは閉じた世界の話なので、年金債務そのものが運用先の債券となる。その世界では資産はその債券しか存在しないので、必然的に現役世代はいずれその債券を(予定利率で価値が増加した分も含め)受け継ぐ。従ってこの世界では、上述の現役時の犠牲分も、実は年金の掛け金としてカウントされることになる。
  • しかし、年金債務が大きくなりすぎたため、遂にある時点で企業は予定利率をゼロにすることを決断する。
  • その結果、その決断がなされた時点で現役だった世代の年金受取額はそれ以前の世代に比べて少なくなる。一方、予定利率が達成できなくなった時点で引退していた世代は、現役時には特別の負担をしなかったので、それ以降の世代に比べて年金受取額が多い。恰も後者の世代が(Roweの言葉を借りるならば)タイムマシンを使って前者の世代から給付を掠め取ったような形になっている。


このRoweモデルは、投資も輸出入も存在しない単純な世界であり、論理としては完結している。Roweはこれを、政府債務は将来世代の負担にならない、という主張に対する反例として位置づけている


Roweがこの議論を蒸し返すきっかけとなったのは、ディーン・ベーカーのこの記事である。ベーカーはRowe反論したが、それ以外にデロングクルーグマンMark Thomaサイモン・レン−ルイスRoweに反論している(レン−ルイスは反論ではなく議論の整理という格好を取っているが、そのコメント欄でAndy Harlessが指摘しているように、必ずしもRoweの話を正確に捉えてはいない)。それらの反論は、増益しない=GDPが成長しないにも関わらず予定利回り=金利が正であることや、政府の投資が成長を高める効果を取り入れていない、といったRoweの主張の前提の非現実性に主に向けられている(これに対し、Roweが自分の主張を反例として位置づけていることは上述の通り)。
また、Stephen Williamsonも参戦してOLGモデルを使って考えるべし、と論じ、Roweに、いや僕のOLGモデルを使った議論がそもそもの話の出発点なのだが、と突っ込まれている。
そのほかノアピニオン氏もRoweやり取り交わしたが、いまひとつ議論が噛み合っていないように見える(ノアピニオン氏は、将来世代にツケを回さずに今の世代が生きているうちに受益と負担をチャラにすれば良い、と主張しているのだが、Roweが「I can't really see the government saying "OK, there's going to be a special tax on all you guys who were alive when we ran up the debt!"」と述べているように、それがインプリメントできるのなら誰も苦労しないだろう、という気もするし、逆にそれを拙速にインプリメントしようとして緊縮財政の問題が生じているのでは、という気もする)。