イギリス的なコミュニケーション能力

イギリスでの勤務経験や留学経験のある方々と話していて、よく一致するのが、イギリス人のコミュニケーション能力の高さです。これは個人としても、単純に立食パーティなどで全く知らない人とも話すのが上手とか、空気を読めないわけではなく空気を変えるのが上手とか、英語というハンデを無視してもイギリス人の方が上手だと思ったりします。また組織としても、コンテンツや技術などに意識が集中してそれを伝えるのが苦手なのが日本型だとすると、中身は多少荒っぽい所があってもコミュニケーションまで含めて価値が決まると心得ているのがイギリス型と感じます。もちろん、かなりの荒っぽい一般化をしています。

一例としては、昨今の地球温暖化防止のための国際交渉があります。(あまり詳しくないので説明が間違っていたらご指摘くだされば嬉しいです)ご案内の通り、京都議定書の定める削減対象期間は2012年までであり、ポスト京都議定書に向けての国際交渉が行われています。京都議定書について重大な欠陥として必ず指摘されるのが、CO2の排出大国であるアメリカと中国が加盟していないことです。そこで、ポスト京都議定書をめぐって、この2カ国を含めていかに枠組みを作るか、それまでのつなぎの間はどうするのか、ということが議論されます。この「つなぎ」の期間について、京都議定書の枠組みを維持するかどうか、この点についての結論は日本もイギリスも全く同じで、端的に言えば「アメリカと中国が入らないなら意味ないからやめよう」ということでした。

しかし結論が同じでも、両国の対外的な(メディアに向けた)コミュニケーションは全く異なりました。お酒の席で私が聞いた話で正確な表現が分からないため、やや誇張されているかもしれませんが、日本の場合「アメリカと中国が参加しなければ効果がないので京都議定書の継続はしない」、一方、イギリスの場合「我々は京都議定書の精神と枠組みを支持しており継続を前提に検討している。ただし、アメリカと中国が参加しない場合には、その効果が限定的となるため、その参加にむけて働きかけていく」。伝わるでしょうか、このコミュニケーション能力の差。言っていることは同じなのに、受け手の印象はかなり異なります。

この事例はたまたま政府の事例でしたが、何も、政府だけではなく民間企業も含めて、日本型の組織は同じような課題を抱えているのではないかと感じています。多くの価値は「測る」ものではなく「感じる」ものです。そして価値を「感じる」際にコミュニケーションは大きな影響力を持ち得ます。大学生の頃に飲食店で働いていましたが、どんなにおいしいコース料理も、ウェイターの不手際でディナーを一瞬で台無しにできてしまうのも、コミュニケーションの力だと思います。「中身」が大事だという日本の美徳も素晴らしいものですが、語りかける相手が日本の美徳を解さない人たちであれば、美徳はお荷物になってしまうかもしれません。日本では有言実行が美徳かもしれませんが、世界ではどちらかというと有言不実行がおトクかもしれません。お荷物を抱えても、損をしても、自分たちの美徳を貫くというのも1つの道だと思います。市場や社会問題のグローバル化が進み、「日本型」がチャレンジされる中で、我々が何を選ぶのかが問われている1つの例なのでしょうね。

さて、前置きが長くなりましたが、コミュニケーションをテーマにしつつ、先週の木曜日からの仕事のご紹介です。仕事の中身とテーマであるコミュニケーションがほぼ関係ないので、私とその他の調査部スタッフとのコミュニケーションにやや重きを置きながら、仕事をご紹介したいと思います。

先週の木曜日

この日は朝オフィスにつくと、調査部のスタッフの一人が忙しそうにしながら、ある大量のメールのやりとりのデータをくれました。その時点ではその人は忙しいということで、ひとまず、私は何がなんだかよく分からないながらも、そのメールのやりとりにさっと目を通すことになりました。ただ、さっと目を通し終えた所で、彼はまだまだ忙しくて、私に時間をくれません。。。一方で、そのメールのやり取りに含まれていたのは、政府のあるデータでした。集めているデータを見れば、なんとなく、分析したい内容は推測できるので、ひとまずデータを分析しやすい形に加工し始めました。全部やってから間違ってると困るので、最初の2つくらいの例を作ったところで、隙をみて「最終的にみたいのはこんな感じ?」と聞くと、私のカンが合っていたようなので、そのまま作業を続けました。一通りデータを加工して、手持ちのデータできる分析と意味合いを加え、「追加でこんなことができそう」というネクストステップをくっつけて、彼に戻しました。それをもとにネクストステップを議論して、次の分析のための下準備をしてこの作業を終えました。
夕方からは全く別の作業が始まりました。こちらは、なんとも形容しがたい仕事の内容ですが、10件くらいであればたまに発見もありおもしろい作業なんですが、それが、(同じものではないにしろ)何百件もあるようなもので、始める前からゾッとしました。「超急ぎ」というわけではないのですが、とても重要な情報、ということでがんばるしかありません。私の他にもいるインターンと手分けして作業をすることになりました。私は上記の作業があって開始が遅くなったこともあり、木曜日はあまりこの作業をせずにすみました。

先週の金曜日

もちろん、木曜日からの大量の作業はまだ残っています。でも、なるべく現実から意識を遠ざけたいので、まずは、木曜日のデータ分析のフォローアップをしました。いくつか追加でデータが入手できる状態になっていたので、木曜日の状態のエクセルファイルを更新しましたが、残念ながらその作業も2時間もせず終わってしまいました。その後は観念して木曜日からの継続作業をひたすら続けました。雑談以外は仕事でのコミュニケーションがない寂しい一日でした。

月曜日

継続作業はまだまだ残っています。でも、私の目の前に座っていて、私の興味本位の質問にも親切に答えてくれるスタッフが、30分から1時間ほどのリサーチを3回ほどくれました。毎回、やや申し訳なさそうに、「急ぎでちょっと手伝ってもらっても良いかな」と聞いてきてくれるのですが、こちらとしては、もう「待ってました」とばかりに引き受けます。調査部での仕事はファクトに基づいてストーリーをつくる仕事が多いので、彼の考えているネタ(トピック)にあわせて、使えそうなファクトを探す、というようなことをしていました。結果的には継続作業に費やす時間が長かったのですが、彼のお陰で、気分転換もしながら作業を続けられたので良かったです。この日の終わりの段階で、継続作業の進捗状況を担当の人にメールして帰りました。

火曜日

すると火曜日の朝一番で、担当の人が私のメールを見て何か察したのか、「この作業の進捗いいね。ところで、こればっかりやりすぎて疲れてたら、他のことする?」と聞いてきてくれました。なんともラッキーです。そして、彼が与えてくれた作業は、これまたファクトを探す作業ですが、私の目の前に座っている人とは担当の政策領域が異なるので、トピックはもちろん異なります。特定の政策領域に対して、いろんな団体がどういうコメントを発しているのかを収集したので、その領域に関する社会のいろんな切り口からの利益・不利益が垣間見えるのが面白いですね。ただ、残念なことにその作業も半日くらいで終ってしまったので、残りの時間は例の継続作業を続けました。

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最後に今日のテーマのコミュニケーションに戻ると、今週の月曜日のランチの時間に、イギリス人というかイギリスの組織のコミュニケーションの取り方のうまさを感じました。私は直前に知ったのですが、その日のランチは調査部のスタッフ全員と、保守党の共同会長(Co-Chairman)の2人(1人は政府の閣僚でもあります)とランチを一緒にすることになっていました。調査部のスタッフに連れられて会長の部屋に行くとピザが用意されていて、調査部には新しいスタッフがけっこう多いこともあり、みんなで自己紹介をしながらランチが始まりました。それぞれ簡単に自己紹介をして、それにひとりずつ、会長が言葉を挟んで、我々を個人として認知してくれようとします。やがてそれも終わると、会長の一人がややマジメな質問をいくつも投げかけながら、みんなでそれを話し合っていきました。その質問には「政権与党である今、(野党時代とは違って)調査部の存在意義ってなんだと思う?」「調査部の仕事と政府の仕事の違いは?」から始まり、「次の選挙でも勝利するための鍵となる有権者層は?」「日頃の各政策領域での仕事の中で、その有権者層のことは意識している?」などなど、どんどん本質的な質問が飛びます。そして、調査部のスタッフ全員が、在職期間の長い・短いに関係なく、自分たちの考えていることを言葉にして発していきます。たった1時間ちょっとのランチだったと思いますが、調査部のスタッフ一人一人をねぎらいつつ、組織としての方向性を浸透させるには素晴らしいランチでした。こんなところにもイギリス的なコミュニケーション能力の強さが現れている気がしました。