なぜ『復興に向けた基本方針』ではなくて、『復興計画策定に向けた基本方針』なのか、岩手県山田町の復興計画を解剖する(2)、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その9)

 周知のように、「地方分権」・「地域主権」を掲げながらも依然として中央集権国家の体質から脱しきれない日本は、世界に名だたる“計画国家”でもある。高度経済成長期には国も自治体も挙げて「開発計画」ブームに浮かれたかと思えば、その後不況期に突入すると一転して「リストラ計画」に大わらわになり、今度は大災害に遭遇して「復興計画」一色に染まるというわけだ。

 いうまでもなく“計画国家日本”を上から指導するのは国家(中央)官僚だ。各省庁は自ら計画をつくると同時に、自治体に対しても各種の計画づくりを要求する。無駄のない合理的な行政執行のためには、「計画的でなければならない」というのがその建前なのだろう。確かにそういう面もあるが、私はそれ以上に日本では「計画は国家の地方統制手段」という側面がはるかに大きいように思う。

 しかし、日々の行政に向かい合わねばならない市町村自治体は、こんな原理的なことばかり言っていられない。まして大災害で壊滅的なダメージを受け、自前復興が到底不可能な悲惨な現実に直面すれば、国や県の指導・指示にしたがって一刻も早く復旧復興に立ち上がらなければと考えるのはごく自然なことだ。瀕死の自治体にとっては、国の地方交付金国庫補助事業にすがる以外に道はないからである。

 山田町が5月末段階(被災後2か月余り)で発表した『復興計画策定に向けた基本方針』(A4版3頁)には、市町村自治体が直面する苦悩とジレンマがよくあらわれている。私が注目したのは、まずタイトルが『復興に向けた基本方針』ではなくて、『復興計画策定に向けた基本方針』だということだ。復興計画は復興のための手段であって、復興そのものではない。にもかかわらず、タイトルに「復興計画策定」が掲げられたことは、町当局の頭が「復興計画策定で一杯」だったことを示すものだろう。

 基本方針は「前文」「基本的な理念」「取組の方向性」から構成されている。なかでも、「(1)津波から命を守るまちづくり」、「(2)産業の早期復旧と再生・発展」、「(3)住民が主体となった地域づくり」からなる「基本的な理念」は、短いながらも過不足なく要点を押さえている見事な文章だ。そのなかから、私の印象に強く残った部分を幾つか抜粋して紹介したい。

 第1の「津波から命を守るまちづくり」では、堤防だけで津波被害を防ぐことはできないことを強調したうえで、「今回の津波被害を受けた地域内の住居に関しては、高台移転や地盤の嵩上げ等、何らかの対策を講じ、対策が困難な地区は、産業関連施設や農地、公園などとして活用する」、「まちづくりにあたっては、これまで築き上げてきたコミュニティの絆の再構築、社会的弱者の視点、地域福祉や地域医療の再生、ライフラインの代替機能の確保等も考慮に入れる」ことを挙げている。とかく土木復興事業(だけ)に傾きやすい「命を守るまちづくり」のなかに、すでにこの時点から社会的弱者の視点を入れ、地域福祉や地域医療の再生を掲げたことは特筆されるといってよい。

 第2の「産業の早期復旧と再生・発展」では、産業再開の兆しが見えないなかで、「まずは企業活動を早期に回復し、被災者の雇用の場を確保するために、被災エリア内にあっても堤防の応急復旧や近隣の高台や建物内等での避難を明確にするなど、当面の営業再開を可能とする手法を早期に検討する」を強調している。このように企業活動の早期回復と被災者の雇用確保を結びつけ、「被災エリア内」にあっても当面の営業再開を可能にしようとする対策検討の提起は、被災地域の産業経済を立て直し、被災者の生活再建を旨とする復興政策の本質を提起するものとして高く評価される。

 第3の「住民が主体となった地域づくり」では、被災町民が互いに助け合い励まし合って難局を乗り切ろうとしている経験にもとづき、「この経験を後世に伝えるために、計画段階から住民が主体的に参画し、地域の結束を高める「結いの精神」を醸成する地域づくりをめざす」との決意を示している。地域づくりへの計画段階からの住民の主体的参画についても、それが単なる計画手続きにとどまらず、「結いの精神」(住民連帯)を醸成するものとして位置づけられている。このことは地方自治・住民自治への深い理解にもとづくものであろう。 
 さはさりながら、「取り組みの方向性」に関しては全国どこにでもある紋切調の官庁文書でしかない。例によって、計画期間、復興ビジョンと復興計画の定義、復興計画策定までの体制とスケジュール、国・県への要請、関係団体との連携などが項目的に羅列されているだけだ。国や県の指導があるからとはいえ、山田町の復旧復興に関する「基本的な理念」が、こんな形式的な「取り組みの方向性」(復興計画策定スケジュール)に矮小化されているのは残念でならない。このペーパーを読んだ被災者や町民は、きっと前段と後段の文章の落差に驚きかつ落胆したのではないか。

 しかしその後の日程がスケジュールに沿って進められるようになると、「基本的な理念」と「取り組みの方向性」の間の亀裂は次第に広がっていくことになる。最初にあらわれたのが「基本方針に関する住民懇談会」と「山田町の復興に関するアンケート調査」の間の内容の齟齬だった。(つづく)