シベリア少女鉄道vol.12<死ぬまでにしたい12個目のこと>『アパートの窓割ります』(2/13に観た)

毎回、前半のシリアスなお芝居と後半のバカバカしい大仕掛け(ネタ)で楽しませてくれる劇団。今回はどんな仕掛けを見せてくれるのか?
友人と待ち合わせ「早いよね。つい、こないだ『VR』を観た気がするのに。でも今回は秋澤さんと水澤さんは出ないんだよね」などと話して、劇場へ入る。
最前列のA席に座る。思った以上に舞台に近くて、友人と共に驚く。本当に目の前って感じだ。
舞台の上は喫茶店のセット。手前にソファとテーブルとテレビ、左奥にカウンター、壁に時計、そして右奥に2階へと続く階段。セットの床を見ると、床板が敷き詰めてあって、今回は劇場の奈落をネタに使わなそうだということがわかる。チラシを見ると、今回の『アパートの窓割ります』はSKYPerfecTV!(スカパー)で4月に放送されるようだ。ということは、少なくとも前回の『VR』みたいに映像と舞台の同時進行で見づらいということはなさそうだと、ちょっと安心する。それと、ロビーですでに次回公演『笑顔の行方』の先行販売をしているらしい。

照明が落ちて真っ暗に。テレビの前だけ明るくなると、学生服を着て、テレビの野球中継を見入っている篠塚茜さん(木戸真弓)がいる。背が低いので、学生服を着ていてもさほど違和感がない。看板女優!!というようなオーラはあまり感じられないけど、うん、かわいい人だ。今回のヒロインだということがわかる。テレビの「カキーン」という音に合わせて立ち上がる。再び暗転。
奥の壁をスクリーン代わりにして「アパートの窓割ります」のタイトル文字。そして「3年後」。今回は凝ったオープニング映像は無しか。ちょっと残念。前回の公演から間がなかったから、あえて作らなかったのだろうか?なんてことを思う。

前半開始。
藤原幹雄氏(平田弘太)、前畑陽平氏(佐野吉竹)、出来恵美さん(渡真利)、横溝茂雄氏(岡田和也(わっくん))が揃って寒そうに喫茶店へ入ってくる。男性陣はみんな、黒い野球のユニフォームを着ている。どうやら練習後みたいだ。この喫茶店は、店員がいないけど、営業終了後ということだろうか?そこの常連さんか?有線の音楽を流し、雑談をしながらトランプでポーカーを始める4人。
平田は落ち着いたベテラン選手。佐野は熱いのだけど、ちょっと天然系。わっくんは若手のエースだけど勝敗には執着してない様子。真利は世話焼きなマネージャーといった役どころだろうか。みんな、慣れ親しんだ気のおけない仲間という感じがする。
「ちょっと、全然暖かくならないんだけど、エアコンのスイッチちゃんと入ってる?」「あれ?トイレの電気が点いてるよ。普通エアコンの下にスイッチがあったら、エアコンのスイッチだと思うよねぇ」
「佐野さん、これフラッシュじゃないですよ、ダイヤとハートは別ですから」「同じ赤だろうが」つい、声が大きくなる佐野。
2階から真弓が降りてくる。「ちょっと何時だと思ってるの」どうもこの喫茶店の2階に住んでいて、現在は喫茶店を手伝っているようだ。しばらくして、喫茶店の電話が鳴り、携帯を持って吉田友則氏(中西一也(いっくん))が登場。赤いユニフォームを着ているので、別のチーム。いっくんは幸せオーラが出ていて、にこやかで面白い。ちょっと東野孝治をイメージしてしまった。

これで今回の出演者全員が一同に介したことに。それぞれのセリフの内容で今回の設定が徐々に明かされる。
わっくんと真弓は幼なじみ。3年前、甲子園で戦ったわっくんといっくんこと二人のカズヤ(和也と一也)は試合の勝敗に真弓を賭けた。わっくんは優勝し、真弓と付き合うはずだったのだが、なぜかそれを断り、プロ野球団からの誘いも蹴って、のんびりとやりたいと社会人野球部に入る。一方、いっくんは甲子園での試合には負けたのだが、わっくんと再び勝負するために同じく別の社会人野球部に入り、現在は真弓と付き合っている。平田は真弓のお父さん代わりをしていて、なんとなくその理由を知っていそう。佐野はいっくんの高校の先輩なのだが、今回初めて甲子園でのこと知り、なぜ試合に負けたいっくんが真弓と付き合っているのか納得がいかない。
こんな、『H2』と『タッチ』を混ぜたような、あだち充風ラブコメをベースにストーリーが進行する。これは真利のセリフの中で実際にそう言っているので、間違いない。

今回は前半からやけにコメディ色が強い感じがして、セリフのかけあいが面白い。
「ねぇお父さん」「お父さんはやめてよ。お父さんじゃないから」
「えっ、日本ハム!?」「日本じゃないかもしれませんよ」「じゃあ、どこハムよ?」
「ちょっと待ってください、ボブって誰ですか?」「黒人ラッパーのボブだよ」
あだち充漫画のパロディというだけではなく、どうも三谷幸喜氏らが得意とするシチュエーションコメディを目指したみたいだ。キャラクターそれぞれの個性がはっきりしていて、よくできている。ただ自分は野球には疎く、『H2』も読んだことがないので、それらを知っていたら、もっと楽しめたかもしれない。残念。
やはり佐野役の前畑陽平氏といっくん役の吉田友則氏がうまいと思う。毎回、きちんと役を演じ分けている。

ストーリーは進んで、わっくん、平田、佐野の会社は次の地区大会で成績が悪いと野球部を廃部にすることを決定する。佐野は体の弱い母親と暮らしていて、野球以外のことで母親を養える自信がなく、ショックを隠せない。いっくんはメジャーリーグから誘いを受け、真弓に一緒にアメリカへ来て欲しいと告白する。真弓はわっくんと自分自身の気持ちをはっきりさせるために、次の地区大会でいっくんが勝ったら、いっくんと結婚するとみんなの前で宣言する。平田は野球部を引退し、喫茶店のマスターに。(これは元々そうだったのだろうか?)
地区大会の予選が始まり、わっくんはこれまでとは別人のような活躍を見せる。しかし、実は白血病だということを隠しており、今までは体のために無理をせず本気を出していなかったということが明かされる。真弓はそれを平田から聞いてそんなわっくんを心配する。

なんとなく強調した言い方で、「これって、今回の伏線かなぁ」と感じさせるセリフが所々に出てくる。
「いや、全然、関係ないよ。ホント、意味なんてないよ」
「まあ、普通はこうだと思っていたことが、実際はそうじゃないってことあるから」
「何がどうなったのか、誰がどうしたのか、最後はどうなったのか、その結末を知りたいだけよ」
「まったく、紛らわしいなぁ」
「アパートの窓・・・割ります」
これらのセリフが後半のネタにうまく繋がるのだろうか?

ストーリーはクライマックスに。
両チームはついに決勝戦まで進む。真弓は平田、真利とともにテレビで試合を見守る。9回裏、両チーム無得点、最後まで交代せず一人で投げ続けているわっくんに対する最終打者はなんといっくん。佐野が喫茶店に現れる。ベンチにも入れなかったらしい。いっくん、わっくん、そして真弓の人生を賭けた試合をこの場所で見届けたいようだ。佐野の携帯が鳴り、母親が倒れたという連絡。カウントはいよいよ2ストライク3ボール。果たしてどんな結末が待っているのか!?
ここで暗転。

後半開始。
スクリーン代わりの壁に「エピローグ」の文字。あれ?もうエピローグ?さっきまでの盛り上がった話の結末はどうなったのだろう?
明るくなるが、誰もいない。平田が入ってきて、ソファでタバコを吸う。非常に間延びした演技。いったい何をしているのか?もう後半のネタは始まっているのか?それすらわからない。だんだんとイライラしてくる。
しばらくして、真利が入ってくる。「ごめん、また氷忘れちゃって」「好きなだけ、持っていっていいよ」氷が必要だということは、野球部は存続していて、わっくんも投手をやっているということかな?しかし、氷の袋を開けて、食べ始める真理。なんだ、食べたいだけか。再び間延びした演技が続く。
またしばらくして、佐野がやってくる。スーツを着ているということは、野球部は廃部になったってことか?しかし、「今日はそんなかしこまったアレじゃないから」なんだ、野球部の廃部とは関係ないみたいだ。
「キュイーン」外で航空機の飛ぶ音が。佐野は窓から外を見て「かっこよすぎるよなぁ・・・」いっくんは渡米したということか?「・・・飛行機」なんだ、大した意味のない演技か。

・・・なるほど。「エピローグ」というサブタイトルを表示し、演出と役者の演技では映画やテレビドラマでいかにもありそうなエピローグをやっているように見せて、実際は本筋の結末は明かされておらず、エピローグにはなっていない。逆に言うと、本筋とは関係の無い意味のないことをやっているのに、紛らわしいセリフや演技のせいで、話の脈絡からつい結末を想像してしまうという言い方もできる。こんな「結局、試合の結果の方はどうなったんだ!?」という紛らわしいトリック(偽エピローグ)をいろんなパターンを使って延々と連続でやるというのが、おそらく今回のテーマでネタの部分なのだろう。
やはり前半のエアコンのスイッチのエピソードや強調したセリフのいくつかは伏線だったのだ。

結末を明かさないエピローグはさらに続く。
真弓が抱っこしている赤ちゃんが実はとなりの鈴木さんの子だったり、死んでしまった友人のことを思い出しているのかと思ったら織田信長だったり、試合の優勝トロフィーだと思ったら平田の町内ゴルフコンペだったり・・・。

「だまされた!紛らわしい!」「うんうん、こういうのよくある」「ははは、くだらないなぁ」等、そのパターンは様々。よくこれだけいろんな手で続けるものだと感心してしまう。自分の一番ツボだったのは試合の9回裏の回想シーンかと思ったら、実はまだ6回裏の攻撃だったというので「やられたー」と思ってしまった。

いったい、いつまで続けるのだろう?と思い始めた時、場内が明るくなり、えっこれで終演?と思いきや係員の「本日は有難うございました。試合の結果は、いっくんがホームランを打って、わっくんは死にました。 野球部は残りました」というアナウンス。つい呆然としてしまう。他の観客の拍手につられて慌てて自分も拍手をした。

(観たのは一度だけで、思い出しながら書いたので、内容、セリフが間違っていたらすみません)

劇場を出てまず思ったことは、確かにこの内容なら3ヶ月でできそうだということだ。友人は「観る度にパワーダウンしてる」と言っていた。

前半は前フリのお芝居で、後半はオチのネタをやるという、大きな流れは今まで通りなのだけど、今回、観客がシベリア少女鉄道という劇団に対して期待していたことと、土屋亮一氏がこういうのはどうだろう?とやったことに、ズレを生じてしまった作品だと感じるのはきっと自分だけではないだろう。

前回の公演から間もなく、しかも今回の作品はスカパーで放送されるらしいので、わかりやすくしようとした気がするけど、逆にわかりにくくなっているというか・・・。

これまでのシベリア少女鉄道作品ではベースのストーリーにそれとはおよそ関連のない事を、後半で融合させていたので、ネタに突入した時のインパクトがあったのだけど、今回の作品はエピローグのいろんなパターンの繋ぎ合わせなので、インパクトが無く、いつの間にかネタに入っていたと感じてしまった。
それと、映画やテレビドラマでよく使われる本筋に関わりのある小道具やエピソードと役者の演技や回想シーンという演出で、本筋の結末を想像させるという手法を逆手に取った(パロディにした?)トリックだということに気付かないと、単なる普通の浅いギャグにしか見えなくなってしまった。(前半がコメディ色が強いのでなおさらそうだ)
また前半で本当の伏線のセリフに加えて、伏線っぽいけど実際は意味の無いセリフを混ぜてあるのもわかりにくくさせている原因の一つだろう。(この意味の無いセリフということ自体が、今回のネタに絡めた伏線なのかもしれないが)
『アパートの窓割ります』というタイトルにした理由も、結局わからなかった。

最も残念だったのは、やはり今回の作品は自宅のテレビでも見れるということだろう。自分は「その劇場に行かないと観れない」(TVや映画館では同じ体験ができない)というのを最も期待していたのだけど。
まあ音声解説付きのDVDで発売されたら、きっと買ってしまうだろうけど。
ふと、最後のアナウンスを土屋亮一氏自身がやったら、どうだったろうか?とも思ったが、それだと今よりもインパクトはあるけど、さらにもっと今回のテーマが霞んでしまうし、らしくない作品になってしまうか。

どうも土屋亮一氏はスタイルというか方向性をまだ模索している段階のように感じる。
このまま観客の期待とのズレが大きくなっていくのか、それともいい意味でそれを裏切り、いつかほとんどの観客が満足して劇場を後にするような作品を作り上げるのか。
スピルバーグ監督や北野武監督が、かつてどうしようもなくアレな映画を作ってしまったことが、すでに過去のことになったように、今回の『アパートの窓割ります』も「あんな作品もあったなぁ」と思い出すことがあるのか。
それは、この劇団の今後の動向に期待したい。

次回作は5月に紀伊国屋サザンシアターで、タイトルは『笑顔の行方』。今回からまた3ヶ月後で、もう間がない。
週刊SPA!のインタビューによると「ここが正念場だと思っているんです」だそうだ。確かに。その通りだと思っているファンもきっと少なくないだろう。『アパートの窓割ります』を観た後に、そのままロビーで次回作のチケットを買ったファンに土屋亮一氏はどういう回答を見せるのか?次の広い劇場ではどんな仕掛けを見せるのか?
やはりなんだかんだ言っても、自分は次回作に期待してしまうのだ。

余談だけど、ホームページで書いてあった「東京都歴史文化財団」というのもネタだと思っていたけど、実際にそういう財団法人があるのだね。

(参考)シベリア少女鉄道vol.11『VR』の感想 http://d.hatena.ne.jp/hirorize/20041110