シベリア少女鉄道vol.11『VR』下北沢駅前劇場(11/6に観た)

開演時刻の20分ぐらい前に劇場に入った。
今回は普通の演劇のように前面に舞台。舞台には黒い幕が降りていて、セットが見えないので、これまでのように開始前に場面を想像することができない。劇場の周りを見渡しても、確認できる装置は照明ぐらいだ。BGMにクラシックとアメリカ音楽が流れている。パイプ椅子に座布団が置いてある。同じ劇場で観た『ウォッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の時みたいに、ほぼ体育座り+鮨詰め状態でないので、今回は楽な姿勢で見れるから安心。
開演時刻になっても、まだ始まらない。もしかして、11/2夜に起きたらしいマシントラブルが今日も?と思ったけど、そうではなく、まだお客さんを通路の追加席(?)に案内してるようだ。

数分後、場内照明が落ちて真っ暗に。BGMが大きくなる。開演の合図だ。BGMがなくなり、真っ暗なままの状態でセリフ。
「ブイアール?」「バーチャル・リアリティのことよ」
明るくなって、病院のセット。水沢瑞恵さん(ヴァネッサ:医者)と始めて見る白井暁子さん(ジュリエット:看護士)が、2人とも白衣を着て話している。今回の舞台は外国の病院の設定だ。医療機器としてのバーチャルリアリティから、ゴルフのオンラインゲームの話へ。(たぶん『みんなのゴルフONLINE』)
「画面のキャラクターの表情と吹き出しが合ってないのは、おかしい」というようなことを言っている。タイトルの『VR』とは、そのまま「バーチャル・リアリティ」のことだった。いろいろと深読みする必要はなかった。
舞台の左右にそれぞれ2台のモニターがある。これはおそらく後半のオチに使うんだろう。

前畑陽平氏(エディ:医者)、藤原幹雄氏(ウィリアム:医者)、他の女優さんも登場するのだけど、これがどうも不思議な演技。身振りやセリフの発し方が、なんだかすごくオーバーなのだ。そう思っていたら、これは海外ドラマの日本語吹き替えの状態を演技しているということに気付いた。特に前畑陽平氏と客演の佐々木幸子さん(ローラ:医者助手?)が本当に上手い。まるで、目の前で演技をしている役者とは別に、吹き替えをしている人間が他にいるような錯覚を覚える。面白い。思わず微笑んでしまう。

しばらくして、オープニング映像。これが、海外ドラマ『ER』のオープニングの真似。やられたー。なるほど。『VR』をわざわざ「ブイアール」と読ませるのは、ここに意味があったのか。今回のベースのお芝居は『ER』のパロディってことで、タイトルのデザインがドラマ『24』の真似だったのも、海外ドラマ繋がりってことだったのだ。

横溝茂雄氏、篠塚茜さん、秋澤弥里さんも登場。
篠塚茜さんは今回、二役。おばあさん(オリヴィア:患者)とその孫(ケイト:妊婦)。前回の『天までとどけ』の時のいかにも新人さんっぽいという感じだったのに比べると、急に上手くなった気がする。歌も上手い。前畑陽平氏も本当は歌が上手いのに、演技のため下手に歌っている。
横溝茂雄氏(フランク:妊婦の夫)のオドオドした感じは演技なのか素なのかわからない。
秋澤弥里さんは酔っ払いの役(ドロシー:患者)だ。これもいかにも海外ドラマに登場しそうなキャラクター。やけっぱちな口調がはまり役。でも、今回は出番は少なめなのかな?
あれ?今回は休んでいるはずの吉田友則氏が出演している?と思ったら、エキストラさんだったみたい。
水沢瑞恵さんは相変わらず、少し地味ではあるが、自分の役割(ポジション)をそつなくこなしているような印象を受ける。
上司と部下のしがらみ、患者と病院制度の問題、恋愛と家庭の事情、そして急患の対応。こんな『ER』によくありそうな話をベースに話は進む。急患の患者に処置をする場面は、実際に緊張感がある。これは目の前で起きている演劇の醍醐味だと思う。

今回は前半が今までになくよくできている。この状態で後半のオチが始まるとすごいことになるかもしれない・・・。いやが応にも期待が高まった。
『ER』風の話はクライマックスに突入。妊婦の容態が急変し、やむをえず、出産を始めることに。母体は、そして胎児はいったいどうなるのか!?

暗転。4台のモニターに映し出されたのは、ゴーグルをはめて、パソコンの前に座っている出演者達。
「ふぅ〜、そろそろ休憩にする?」「お腹も減ってきたことだし」「続きはオートモードにしておこう」「設定をやり直すのが面倒だからマイクはこのままで」「30分後に再開ってことで」というようなことを言っている。
つまり、今まで舞台で演じていたこと(『ER』風ドラマ)は、バーチャルリアリティの世界でのことで、プレイヤーがそれぞれの役割を演じていたという設定が明らかに。前半の全ての海外ドラマの吹き替えのようなセリフの話し方も、この設定のためだったのだ。
後半開始。舞台上のストーリーはそのまま『ER』風ドラマで進む。しかし、セリフはみんな、プレイヤーが現実に話している言葉なのだ。ちなみに、(設定上の)現実に起きていることは、4台のモニターで流れている(もちろんこちらはあらかじめ撮影/編集された映像)。各々の状況はこんな感じ。

  • 冷蔵庫を開けるが食料がなく、コンビニに買いに行くものの、アイドル(優子りん)を見かけ、後をつけたあげく、道に迷い、帰れなくなる人。(前畑陽平氏
  • レンタルビデオ店でアダルトビデオを借りて家で再生するが、取り出せなくなり、テープを引っ張り、悪戦苦闘する人。(藤原幹雄氏)
  • 夜の遊園地に1人で入り、満喫しようとするも、途中で閉まってしまい、途方に暮れる人。(横溝茂雄氏)
  • 入浴後に1人で焼肉屋へ。相席の浮浪者風の男に食い逃げされる人。(水澤瑞恵さん)
  • 試験の前日で勉強をするのだが、あまりの眠さにハイになって、何を言っているのか自分でもわからなくなっている人。(秋澤弥里さん)
  • 勧誘員に怪しいツボを売りつけられ、それを売ろうと街中を歩き回ったあげく、漫画喫茶で時間をつぶす人。(佐々木幸子さん)
  • 急に友達を連絡して集め、カラオケボックスに行くが、盛り上がらず、必死に盛り上げようと頑張る人。(出来恵美さん)
  • 強盗に入られ、縛られ、どうにか助けを呼ぼうとする人。(白井暁子さん)
  • キャバレーのホステスで客をだまし、貢がせようとする人。(篠塚茜さん)

舞台上の役者はみんな、そのまま『ER』風ドラマを身振り手振りの演技と、声のトーンだけで表現しながら、セリフを映像にリアルタイムで合わせるという、ものすごいことをやっている。役者がイヤホンをつけているので、おそらくは裏方からの指示、もしくは映像に合わせてあらかじめ録音した合図のようなものが出ていたのだろう。それにしてもこれを実現するのに、いったいどれほどの稽古を要したのだろう?
全く関係のないセリフを言ってるにもかかわらず、『ER』風ドラマのほうも何となくストーリーがわかるのだから、面白い。
チラシの表にスーツを着た状態で「大五朗〜!!」「ちゃーん!!」と書いてあったのも、裏に「みんなそうは言いませんが、見てればなんとなくわかります」と書いてあったのも、冒頭でのゲームのキャラクターに関する会話も全てが「言っていることとやっていることがズレている」という伏線だったのだ。

ここで面白いのは、ベースのストーリーにそれとはおよそ関連のない事を、無理矢理融合させるという、これまでのシベリア少女鉄道作品でおなじみの二重構造の面白さだけではなく、現実世界の複数のストーリーが同時に進行することによる並列構造になっており、さらに通常では現実世界の人間が、VR世界またはゲーム世界の人物の役割を演じるのに対して、今回の演劇ではVR世界(『ER』風ドラマ)の登場人物という設定の舞台上の役者が、現実世界(モニター映像)の自分自身の状況をセリフの内容で説明しているという、舞台設定と実際に起きていることの逆転構造にもなっているところだ。

ある場面では、舞台の『ER』風ドラマではシリアスで悲しい場面なのに、モニターの映像と役者のセリフはどうしようもなく、くだらないことなので、ここは笑っていいのかそれともしんみりするべきなのか、戸惑っているお客さんもいたようだ。(土屋亮一氏はそれを見ながらシメシメと思っていたのかもしれない)
また、現実世界では試験勉強中で寝てしまったという設定の秋澤弥里さんのセリフがついに「すやすや」「ぐーぐー」だけになってしまったのには思わず吹き出してしまった。
ただ、それぞれのモニターで別の映像だし、舞台上でも演技を続けているので、全体を把握するのには、目線をあちこちに向ける必要があり、とても見づらく、そして疲れてしまった。

最後はモニターの映像はなくなり、舞台の『ER』風のドラマだけで締め。
みんなまだ現実の世界でのセリフなのに、舞台上の演技といつのまにかシンクロしてしまっているという、土屋亮一氏得意のダブルミーニングの面白さ。
そして終演。
今回もカーテンコールはなかったので、拍手をするタイミングが掴めなかった。

(観たのは一度だけで、思い出しながら書いたので、内容、名前等が間違っていたらすみません)

今回の作品はこれまでの『二十四の瞳』『耳をすませば』『ウォッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』等の映像を使った作品の発展型というような位置づけになるのだろうか?
観終わって思ったことは、本家『ER』をシナリオだけでなく役者の演技もまた、かなり研究しただろうし、相変わらず、細かいところまで作りこんであるところは、すごく評価できると思った。また、今回の状況を舞台上に実現させるために費やした役者とスタッフの労力を想像すると気が遠くなりそうで、心から感心できたし、「すごいことをやってたなぁ」と素直に感じることができた。
しかし、いつものシベリア少女鉄道作品観劇後の、「あ〜バカバカしかったけど、面白かった!!もう一回観たいな」というカタルシスは、今回に限っては残念ながら感じることができなかった。
その理由としては、次のことが挙げられるだろう。

  • 前半のできがとてもよかっただけに観劇中に後半を期待しすぎた。
  • モニターの映像に気を取られすぎて、終わってから、舞台上の役者の演技をもっと見ておくべきだったと気付いた。
  • <演技とセリフが違う(ズレる)><現実世界だと思っていたのが、実はVR世界だった>というのは、たまにある手法で新鮮味とインパクト(衝撃)に乏しかった。
  • 後半が見づらく、疲れてしまった。
  • 現実世界(モニター)での時間経過がずれ過ぎていて、矛盾を感じた。

もしかしたら、
①1〜2人のセリフが段々とおかしくなってくる→②あれ?どういうことだろう?→③しばらくして実はVR世界だったという真相が明かされる→④モニター映像と共に全員のセリフがバラバラになる
という流れのほうが、自分は楽しめたのかもしれない。

ただ、土屋亮一氏のなんとも言えない、絶妙なセリフ回しの面白さ、より高度で複雑な構造に挑戦しようという姿勢、それと自分が演劇を観る際に求める最も重要な「その劇場に行かないと観れない」(TVや映画館では同じ体験ができない)というのはやはり健在で、次回もまた劇場に足を運ぼうと思った。

次回の公演は2月(早い!)に再び新宿のトップス。
今回、見事に主役を演じきった前畑陽平氏、前回から大きく成長した篠塚茜さん、今回は残念ながらちょっと出番が少なめだった秋澤弥里さんが、次回どうなるか、それとトップスの奈落を仕掛けにどう使うかに注目したい。

余談だけど、オフィシャルのホームページで出演予定になっていた木田ゆう子さんって、どうなったのだろう?と少し気になった。