法華狼の日記

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記憶遺産を申請した中国に対して「慰安婦女性が強制的に連行されたとの見方は日本では否定論が強い」と時事通信が誤報

ユネスコの記憶遺産に中国の南京事件資料が登録された件について、時事通信が下記のように報じていた。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201510/2015101000065&g=soc

南京事件は、日中戦争時の1937年12月に旧日本軍が南京を占領した際、多数の中国人を殺害した事件。ユネスコが公表した中国の申請書類によると、当時の日本兵が撮影した写真や米国人神父による記録映像、中国人女性の日記などが登録対象とされている。

「犠牲者の規模など」で見解がわかれているとしつつ、南京事件の実在を否定する表現はつかっていない。資料として日本兵や米国人の資料も同時に提出されていることも明記している。後述するNHK記事とちがって、問題は少ないといえる。


問題があるのは、従軍慰安婦問題についての説明だ。

中国が同時に提出した「従軍慰安婦」に関する資料は登録リストに記載されていない。中国側は申請書類で、大戦中の日本軍が中国などで、住民女性を「性奴隷」として奉仕させるため、「強制的に徴用した」と説明。当時の軍の内部資料がこうした事実を裏付けていると主張し、認定するよう求めていた。慰安婦女性が強制的に連行されたとの見方は日本では否定論が強い。

登録されなかった理由は不明だが、この中国の申請書類が歴史学的に誤っているとはいえないし、「慰安婦女性が強制的に連行されたとの見方は日本では否定論が強い」という表現はいくつもの意味で間違っている。


まず、強制的な連行という表現では、必ずしも国家の直接的な連行だけを意味しない。国策を受けた民間業者による募集もふくまれる。
朝鮮人強制連行」という歴史用語にしても、もともと民間業者による募集などもふくんでいた。この概念のなりたちについては外村大教授の論文がくわしい。
http://www.sumquick.com/tonomura/society/ronbun02.html

日本帝国主義のために、同じように苦しみをうけていたとはいっても、まったく同じ苦しみではない。そこには民族的な支配と被支配の関係があった」(『朝鮮人強制連行の記録』一二〜一三頁)ことや、「募集」なり「官斡旋」、「徴用」といった語を行政当局側は使用するが、実態としてみた場合、いずれもかわらない暴力的なものであったことを明確にするという意味が込められていたと見ることができる。

このような原義からはなれて、日本軍が直接的に募集にかかわったことだけを狭義の強制連行と定義する人々もいる。しかし、それでもなかったと考えられるのは日本国内や朝鮮半島や台湾といった、長く直接統治した地域にとどまる。
歴史学者がたずさわったWEBサイト「忘却への抵抗・未来の責任」で指摘されているように、日本の国家的な責任も消えはしない。
1-1 朝鮮では強制連行はなかったの? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

日本軍は、朝鮮・台湾で女性たちを集める時には、業者を選定し、その業者に集めさせました(軍に依頼された総督府が業者を選定する場合もあります)。この業者は、人身売買や誘拐(騙したり、甘言を用いて連行すること)を日常的に行なっていると呼ばれる人たちだったので、彼らは日本軍「慰安婦」を集める場合もしばしば同様の方法を用いました。

日本軍の直接的な募集にかぎっても、占領してから短い地域では、インドネシアのスマラン事件をはじめとした複数の事例が確認されている。
もちろん記憶遺産に申請した中国の場合でも、前線に近いところでは日本軍が直接的に集めたことが認められている。同じく「忘却への抵抗・未来の責任」から引用しよう。
1-2 軍・官憲が暴行・脅迫により連行したことはなかったの ? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

中国・東南アジア・太平洋地域では、軍・官憲が暴行・脅迫により連行した事例が数多く確認されています。

中国については、山西省の盂県でのケースが裁判になり、その具体的な様相は岡山大学の石田米子名誉教授と内田知行大東文化大学教授により、『黄土の村の性暴力』(創土社、2004年)のなかで実態が解明されています。これは現地の日本軍の小部隊が地元の住民を連行し、一定期間監禁・レイプしたケースですが、被害女性からの聞き取りだけでなく、現地の住民の証言も数多く集め、被害の実態を深く解明することに成功しています。


これは三件の裁判になりました。賠償請求は棄却されましたが、裁判所で事実認定がなされています。

しかも中国の場合は、抵抗をつづける地域で支配力を増すために、有名なスマラン事件などより過酷だったとも考えられている。
こうした中国での事例は、歴史学者や裁判所が事実として認めているだけでなく、アジア女性基金でも公式に言及されている。
慰安婦にされた女性たち-その他の国々 慰安婦問題とアジア女性基金

日本軍が占領した中国の農村部において、兵士たちが村の女性をレイプし、一定の建物、場所に監禁し、レイプをつづけるということが行われたという証言があります。山西省孟県では、このような行為の被害者が名乗り出て、日本で訴訟が提起されました。

否定の声が大きいとだけ表現するなら必ずしも間違いではないが、けして「論」として強いわけではない。どれだけ広く信じられてもデマが「論」に化けるわけではない。
慰安婦強制連行の否認は、一部の否認を全体の否認と混同させようとする手法だと思っていたが、とうとう一定の信頼がされるべき通信社まで騙されてしまったようだ。
2014年8月の朝日検証に対して不充分だと主張する人々もいたが*1、ここで時事通信に対して自社検証を求めるべきだろう。


そして時事通信の記事は、下記のように結論づけている。

中国の再申請などを通じ、慰安婦の資料が将来認定される可能性は消えていない。韓国も日本の植民地時代の「強制動員」の記録について、記憶遺産への登録を目指し、来年にも申請する方向。日本政府は引き続き、ユネスコを舞台とした「歴史戦」への対応を迫られそうだ。

「歴史戦」といえば産経新聞がつかいつづけている言葉だが、最近では他メディアにも広がっているらしい*2。そのような言葉がカギカッコつきとはいえ、ついに通信社の記事にまで登場してしまった。
歴史戦をしかけられている立場であるかのような表現だが*3、少なくとも日本側が「歴史戦」という言葉をもちいているわけだし、さらに与党有力者まで事実を争うのではなく供出金の見直しという争いを口にするようになった。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151011/k10010266931000.html

旧日本軍が多くの中国人を殺害したなどとされる「南京事件」を巡り、ユネスコは中国が「記憶遺産」として申請していた資料について登録することを決定しました。

二階氏は「お金を出すだけが能ではない。ユネスコが日本が悪いと言うのであれば、日本として『資金はもう協力しない』というくらいのことが言えなければ、どうしようもない。協力の見直しは、当然、考えるべきだ」と述べ、ユネスコへの日本の拠出金の在り方を見直すべきだという考えを示しました。

南京事件」を伝聞調で表現しているNHKも問題だが、建前すら忘れた日本政府には言葉もない。