砂と霧の家


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

行政のミスにより、キャシー(ジェニファー・コネリー)は父の遺産である一軒家を追われてしまう。弁護士を雇うものの、家は既に元イラン軍のベラーニ大佐(ベン・キングズレー)一家のものとなっていた。家を取り戻したいキャシーと、家を手放したくないベラーニ。1つの家の所有権が、彼らの運命を大きく変転させる。


アンドレ・デビュース三世の原作を、ヴァディム・パールマンが監督と脚本(ショーン・ローレンス・オットーと共作)した作品は、がっちりした作りでいながらきめ細かく、これが監督・脚本デヴューとは思えない完成度となっている。


この映画の主役のキャシーとベラーニ大佐は、いわゆる普通の人達である。家庭が崩壊して悲嘆にくれて何ヶ月も無気力に過ごしていたキャシーは、役所からの手紙の封を切らずに放っておいたばかりに、育った家を追い出されてしまう。何通もの封書を無視していた彼女の怠慢には苛立たされるものの、同情すべきそこいら辺にいる人なのに。


ベラーニ大佐はイランでは由緒正しい軍人だった。革命により国を追われてアメリカに移り住んだものの、こちらでは一介の肉体労働者にしか過ぎない。破格の値で購入した一軒家に、過去の栄光の象徴である故国にあった別荘と重ね合わせるのを、誰が責められようか。思い出に浸ってから息子の学費に当てるために家を売り飛ばそうとしても、苦しい財政状況の中では当然ではないか。家庭内では尊大でも、自己の欠点を認識し、家族思いでもある移民の彼もまた市井の人と言えよう。


この2人の間に大きな溝が生まれる。キャシーからすると、ベラーニは得体の知れないどこぞの中東からの移民で、自分の家にずかずか入り込んで勝手し放題しているように見える。ベラーニからすると、キャシーは自分たちと違う愚かなアメリカ人で、正当な手段で手に入れた自分の新しい財産を、横取りすべく難癖付けているように見える。相手を理解しようとしない彼らの言動は、家を巡る争いへと発展していくのだ。


キャシーは実直な警官のレスター(ロン・エルダード)と知り合い、恋仲になり、レスターは妻子を捨ててキャシーと一緒になろうとする。警官は善意からキャシーに同情し、ベラーニに脅しを掛けて追い出そうとするが、やがて取り返しの付かない事態を引き起こしてしまう。


登場人物の言動を眺めていると、超大国アメリカと世界各国との関係に似通っているように見える。互いに相手の非を責め、理解しようとしない。自分達の価値基準で行動し、相手の立場になって考えない。自分の行動を善と思い込み、銃を持ち出して屈服させようとした時点で悲劇が起こるであろうとは予想が付くものの、時節柄アメリカとイラク戦争に重ね合わせて観てしまう。だがこの映画は、もっと普遍的な他者との理解という、コミュニケーションに対する考察まで行っており、さらに一歩踏み込んで、暴力はようやく築いたコミュニケーションでさえ無慈悲に吹き飛ばす、ということまで描いている。


ヴァディム・パールマンの演出は淡々としていながら、次の展開が気になって画面に見入ってしまう語り口。これは原作の力でもあるのだろうが、後半の主人公2人の立場が二転三転する様はスリリングで、先の展開を予想するのが難しく、一種のスリラーとして鑑賞するのが許される程に見応えがある。一部の人物の心理の流れがやや説得力に弱いのは、原作を上手く脚色できなかった瑕疵だろう。それでも総体的に上手い話運びとなっている。


興味深いのは物語だけではない。等身大の人たちが、悪意からではなく正しいと思った行動で悲劇を招いてしまう姿を、等身大の視線で見つめている。さりとて誇張することなく、淡々としているだけでもない。過ちを犯す同じ人間としての共感が、この映画の持つ強みだろう。そこにハリウッド映画らしからぬ湿り気のあるルックを与えたのは、名手ロジャー・ディーキンスの撮影で、演技と映像の絡まり方が絶妙だ。


不幸が似合う美女ジェニファー・コネリーは、十数年前に『ロードショー』や『スクリーン』を飾っていた美少女イメージから完全に脱皮していて、安定した見応えのある演技を見せてくれる。ベラーニに血肉を与えたベン・キングズリーは、無国籍な風貌を生かして今回はイラン人を演じている。プライドが高い頑迷な男の揺れ動く心情を静かに熱演していて、観る者の心に焼き付く。単に上手いというだけではない、真の演技というものがここにはあるのだ。キャシーとベラーニとの架け橋となるベラーニ夫人役ショーレ・アグダシュルーは、普通の優しさが如何に尊いものかを実感させて素晴らしい。


砂と霧の家』は、人間の業を描いた完成度の高いドラマとしてお勧め出来る。


砂と霧の家
House of Sand and Fog

  • 2003年/アメリカ/カラー/126分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定なし)
  • MPAA(USA):Rated R for some violence/disturbing images, language and a scene of sexuality.
  • 劇場公開日:2004.11.6.
  • 鑑賞日:2004.11.22./ワーナーマイカルシネマズつきみ野4 ドルビーデジタルでの上映。飛び石連休谷間の平日月曜13時00分からの回、126席の劇場は20人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.sunatokiri.jp/ 予告編、監督インタヴューなど。