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  □これまでの日記一覧

2012-02-08

[] アンドロイドの女の子

新宿の高島屋に大阪大学の石黒浩教授のアンドロイドが展示されていると聞いて、先日見に行ってきました。

 新宿高島屋(東京都新宿)で2月14日まで、人間そっくりのアンドロイドの展示「アンドロイドも恋をする?」がバレンタイン特別企画として実施される。

 大阪大学の石黒浩教授とATR知能ロボティクス研究所が開発した女性型のアンドロイド「ジェミノイドF」が、春の新作のワンピース着て2階ウェルカムホールのショーウィンドウに座る。ジェミノイドFはセンサーの反応をもとに、65通りの「人を待つ短いストーリー」から1つを選んで動作をする。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120203-00000078-it_nlab-sci

実際目にした今となっては、こうやって「展示されている」と書くのにも少し抵抗を覚えるような存在感があって、その場で写真を撮ったりもしたんだけど、瞬きして目を伏せる仕草を見ると、どうもものすごく、失礼なことをしている感じがして、前もって分かって見に行っているのにそう感じる自分の感覚が新鮮だった。

「心を持つ人工知能ができたとして、その心の有無はどのように判断するか」という問いについて語られているものを自分もいくつか読んだことがある。その多くは、「心の有無」をどのような会話によって導き出すことができるかっていう話だったと思う。

自分も以前その話題について「人は生き物以外のものに「意識」がないという前提のもとに生活しているから受け入れるのが難しく感じるけれど、(その機械の心を)信じている人がいるなら、心もあるのでは」というようなことを書いたことがあるのだけど*1、このアンドロイドを目の前にしたときの感覚は「街ですれ違う人々には心がある」という前提で生活しているのとほとんど同じ、反射的なものだった。

それは私が、そのアンドロイドに心があると感じたということに、どのくらい近いのだろうか。

f:id:ichinics:20120208232734j:image:w200

こちらに動画もあります。

http://japanese.engadget.com/2012/02/06/f

2012-02-04

[][][] 映画ヒミズ」と漫画「ヒミズ

映画ヒミズ」を見てきた。原作は、「好き」という訳ではないけれど思い入れのある漫画なので、映画も公開されたら映画館で見ようと決めていた。結局、見に行く気分になるまでにちょっと時間がかかったけれど、見てよかったと思うし、自分が「ヒミズ」を読んで思ったこととはまた違う見方映画にはあって、それは古谷実の次の作品であるシガテラ」まで読んで感じたことと少し近いような気もした。

ただ、自分感想はあくまでも漫画のヒミズと重ねてのもので、原作を知らずに読んだらどう感じるのかはよくわからない。

f:id:ichinics:20120204225947j:image:w300

映画ストーリーは、古谷実 原作の「ヒミズ」とは異なっている部分が多かった。自分園子温監督のここ最近の作品は、その話題はよく目にするのに見たことがなくて、だから園子温監督“ぽさ”みたいなのはよくわからないのだけど、でもその原作と異なっている部分もまた、良くも悪くも原作者である古谷実っぽいものに感じられた。

自分客観的に見るさめた視線を保つことで、自らのプライドを保っていた主人公住田が、ある事件を境に「おまけの人生」を始める。その展開を、漫画では住田視線を中心に、映画ではあまり言葉を使わず第三者的な視線を中心に描いていた。

ある「事件」を境に、自らを肯定できなくなってしまった住田が、原作であのようなラストへと向かうのは、住田視線を中心に描かれていたからなのだと思う。しかし映画では、そこに強引な救いの手が差し伸べられ、それは「シガテラ」において羽田さんから視点が多く入ったことで、物語の結末が変化した感触に似ていた。映画の終盤の茶沢さんの台詞回しとか、これは古谷実作品のヒロインだなあってしみじみ感じてしまった。へんな敬語になるところとか。

住田役の染谷将太さんと茶沢さん役の二階堂ふみさんには、全部のシーンで目が離せない魅力があり、この2人は今後すごく活躍する俳優さんになっていくのだろうなとも感じました。

それから、音の作り方が面白くて、台詞の意味より大小、緩急あわさってひとつの音楽みたいになっている映画で、それも面白かった。

ただ東日本大震災物語に絡めるのだとしたら、おまけの人生住田の視界にそれが入ってこないのは明らかに不自然だと思う。そこだけは、どうしても後付けの設定のように感じてしまいました。

関連

ヒミズシガテラ」→ http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20050917/p1

[] 煮込み料理を食べる夢

ビルの何階か、窓から高架を走る電車を少し見下ろせるくらいの位置にある店で、私は野菜の煮込み料理を食べていた。白っぽいテーブルに横並びに座る私たちのほぼ目線の位置にオレンジ色のあかりがあり、手を動かすたびに影がついてくる。ずっしりと重い器に並ぶ赤や黄色パプリカフォークで順番に刺しながら、私は新宿三丁目から出ているという聞き慣れない名前電車で終点までいったところに住んでいる人の話を聞いていた。

野菜の酢漬けやら砂肝のオイル煮やらワインやらを追加しつつ、その人の住んでいる町の風景を思い描く。何も無い草原に茶色い道を引き、ブロック塀で囲んで木々を植える。街灯を均等に並べて灯し、木造アパートを糸を引くように組み立てガラス窓を開いてカーテンをまとめる。古い本のにおい。草原の緑を整えつつ、ああ、あそこはとてもいいところですよねと私は相槌をうつ。部屋の中には使い古された赤本があって、受験シーズンですもんね、などとも言った記憶がある。

…という夢を先日みて、夢自体は後半、店になだれ込んできた白スーツシャツの銃撃戦に巻き込まれておしまいだったわけですけども、

人と会話をしているときに、相手の言葉でどんどんイメージが形作られていく頭の中を映像化したら、あんな風になるのかもしれないなと思いました。この文章でそれが伝わるのかいまいち自信がないのですが、なんだかとても楽しかった。

2012-01-26

[][] 「昭和元禄 落語心中」1,2巻/雲田はるこ

最近あたりが多いITANコミックスから出ているということもあり、気になってた作品。「このマンガがすごい」のランキングを見て買ってきました。

以前、作者のBL作品を読んだことがあり、その登場人物がちょっと苦手だったので買うか迷っていたのですが、この「昭和元禄 落語心中」は面白かった! やっぱ食わず嫌いはよくないなー。

昭和元禄落語心中(1) (KCx ITAN)

昭和元禄落語心中(1) (KCx ITAN)

物語は、元ヤクザの主人公、与太郎落語家八雲”に弟子入りするお話与太郎の憎めないキャラクターがいいです。しかし細やかな性格ではない与太郎には八雲の「技術も頭もべらぼうに使う」落語を真似するのはむずかしく、彼はだんだん八雲の同門である亡き助六落語に興味を持つようになる…、というところまでが第2巻です。

落語はまったく知らないのですが、読んでるだけで八雲師匠落語がおもしろそうでわくわくする。そして2巻で見られる若き助六落語には八雲とはまったく別の魅力があって、こういう差を実在の落語家に重ね合わせて読めたら楽しいだろうなーなんて思いながら読みました。

昭和元禄落語心中(2) (KCx(ITAN))

昭和元禄落語心中(2) (KCx(ITAN))

[][] 「小煌女」完結/海野つなみ

小煌女(5) <完> (KC KISS)

小煌女(5) <完> (KC KISS)

先日出た第5巻で完結。

この「小煌女」は著者初のSFだったとのことですが、異星人とのやりとりが出てくるお話はいえ、お話は「王子乞食」に近い定番の物語じゃないかなと思います。ただ、物語舞台となる架空の星のルールが、わりと終盤で語られるため、ちょっと都合良く感じられてしまったのが残念。こういうのはファンタジーの難しいところだなと思います。

でも、全体を通してとても上品な印象があるのは「回転銀河」を初めて読んだときと共通しています。連作短編を是非また読みたいです。

[][] 「50/50(フィフティ・フィフティ)」

監督ジョナサン・レヴィン

昨年末に見ました。

ある日突然、「がん」であることを宣告された主人公が、病気きっかけに身の回りの人々との関係を捉え直すというお話

闘病生活をコミカルに描くこと自体はいいなと思うのですが、なんかどうも、キャラクターではなく制作側に「そういうものだ」としている部分があるような気がして気になった。

【以下内容に触れています】

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