リブ・ラブ・サプリ〜KIDS #017 pickup5



みなさまこんにちは、hazamaです。前回の語らいから、「人力検索」で各メッセージに自由にコメントを書くことができるようになったんですね。さっそくレスの書き込みをしていただいていて、どうもありがとうございます! この機能で、以前の「いわし」システムほどではなくとも、少し語らいの場らしくなりそうです。気になるメッセージに、みなさまもぜ気軽な感じでレスしていただけますとうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします!


リブ・ラブ・サプリ〜KIDS #017 ピックアップ賞・ノミネート賞

さて、今日は“リブ・ラブ・サプリ〜KIDS”#017のピックアップ賞・ノミネート賞のご紹介です。今回も各テーマをいろんなアングルからとらえて、多彩なメッセージがたくさん並びました! 小さくなった子どもの靴を少しずつとっておくという「証拠・証」や、山の頂上という自然の別世界へと安全に連れていってくれる「登山靴」のお話をはじめとする、「靴」テーマ。「中身よりまず話す」ことの大切さや、「子供は大人よりも感受性が強いので」子供の目線で話すことを心掛けるといった、家族の語らいをさまざまにご提案くださった「話す」テーマ。そして「日課」テーマでは、「朝、軽く体操」やいろいろな学びの時間がいっぱいでした!


そんななかから今回も、子どもたちとの毎日に素敵なコミュニケーションを生み出すキッズ・サプリを、ピックアップ賞・ノミネート賞に選ばせていただきました。普段あまり考えることのない「靴」についても、いろんな気づきをくださったり、発見の多いメッセージを、みなさまどうもありがとうございました!


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「靴にまつわる言い伝え」by id:tough


よく言われるのは、日が暮れてから新しい靴をおろしてはいけないという話。これはきっと、履き慣れない靴で夜道を歩くのは危険という考え方からでしょうね。


天候の良くない日に新しい靴をおろすのも良くないといわれます。昔は砂利道が多かったですから、やはり履き慣れない靴で足元の良くない道を歩くことは避けるべきと考えられたのでしょう。また、雨の日に降ろした靴は、履くたびに雨に降られるという話もあります。


新しい靴をおろす時に靴底にペッと唾を吹きかけるのは、こうした縁起の低下を回復するおまじない。唾を吹きかけるという動作は、おそらく「ちちんぷいぷい」の発展形ではないかと思います。息を吹きかけるおまじないが派手になったのですね、きっと。


靴の裏に縁起のよい字を書いてから履くという習慣を持つ人もいます。その発展形でしょうか。夜や雨の日に靴をおろす時は靴底に炭を塗りつけるという話も聞いたことがあります。


こうした靴にまつわる言い伝えは極めて局地的で、地域というよりイエ単位で言い伝えられていることが多いようです。つまり同じ地域でも、イエが違うと、もう言い伝えも違うということです。


でも、わが親戚一同には、ちょっといい共通の言い伝えもあります。それは、子供が初めて履く靴は遠方から贈られると良い、というものです。贈り主が遠方であればあるほど、その子は健康に育つと言われています。


これはおそらく、初めて履く靴を贈ってくれる人は「這えば立て、立てば歩めの親心」を贈ってくれる第二の親とも言える存在であり、その子が育った時はきっと贈り主の所にお礼に行く、相手が遠ければ遠いほどそれに耐えられる丈夫な子に育つ、といった意味ではないかと思います。


とにかく、遠方であればあるほど喜ばれますから、一族に赤ちゃんが生まれると、誰が靴を贈る役目を請け負うかが話題になります。そしてその役目に決まった人は、遠くて会えない赤ちゃんをわが子のように思いつつ、そろそろ這いはじめたかとか、立っちは出来るようになったかなどと、文字通り遠くから成長を見守り続けることになるのです。


もっとも、実際に履かせる靴は、サイズや適する固さなどに個人差がありますから、現物ではなく商品券などの形で贈ることになりますが、それでも子供を思う心は、いささかも変わるものではありません。少子化と言われる今のような時代にこそ、こういう習慣を大切にしていきたいなぁと思います。


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「楽しい靴飛ばし」by id:Catnip


ちょっとお行儀が悪いかもしれませんが、履いている靴を飛ばす遊びがありました。これをご覧の皆さんも、やった記憶がある人、結構いらっしゃるのではないでしょうか。


一口に靴飛ばしと言っても、色んなバージョンがあります。一番シンプルなのは、単純に足を蹴り出すようにして靴を飛ばす遊び方。友だちと一緒の時は、地面に線を引いてそこから先に出てはいけないルールにして、どちらが遠くに飛ばせるかを競いました。一人の時は、的を決めて、それを目がけて蹴り出します。もちろん複数でやっても楽しかったですね。


ダイナミックなのは、ブランコを利用した靴飛ばしでした。立ち乗りで飛ばそうとすると危険なので、ブランコには座って乗るのが私達のルールでした。ブランコを漕ぎ、うまくタイミングを合わせて飛ばすと…。時には予想外に飛んで本人もビックリ。片足ケンケンで靴を取りに行くのが難行苦行に思えるほど、などということもありました。


もちろん、他に遊んでいる人がいる時は危なくて出来ない遊びですから、靴飛ばしをやりたい時は、一緒の場所で遊んでいる子供みんなに声を掛けます。「靴飛ばしやりたいものこの指とまれ」。こうして全員が集まれば靴飛ばし開始です。靴飛ばしは、学年の枠組みを超えた幅広い子供の交流を生み出してくれる遊びでもありました。


呼びかけてもその場にいる全員の足並みが揃わなかった時は、危なくない靴飛ばし。前方ではなく上を目がけて靴を飛ばして、落下した時の裏表で明日の天気を占ったりする遊び方ですね。運動会や遠足の前にもよくやりました。


今の子供はこういう単純な遊びはするのでしょうか。公園によっては、ボールも靴も、一律飛ばす物は禁止、なんていう所もあるかもしれませんね。でも、お父さん達が企画して、子供達の靴飛ばし大会を開いた所もありました。
http://www.news24.jp/articles/2010/02/25/07154228.html


こういう遊びに対しては、行儀が悪いとか、靴を粗末に扱っていると受けとめる向きもあるかもしれません。でも、時には大人も、天真爛漫に遊んでみてもいいと思うのです。もしご家庭のポリシーに反しないようでしたら、物を飛ばすことが禁止されない、なおかつ他者に迷惑にならない場所を探して、親子で靴飛ばし大会も楽しいのではないでしょうか。終わった後で靴に「楽しく遊んでくれてありがとう」とお礼をして、その後大切に履いていくようにすれば、物を粗末に扱う悪習には発展しないと思います。


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「イエの歴史を話してもらおう」by id:C2H5OH


親戚を探すと、その家系の歴史にとても詳しい人がいるかもしれません。もしそういう人がいたら、ぜひ話をしてもらいましょう。うちの親戚には一族の系図の編纂に長年取り組んでいる人がいて、遠い親戚が居たとされる地方の郷土史まで調べ上げて、様々な歴史を掴んでいます。ですから、その人に話をしてもらうと、昔話として伝えられているようなお話しのいくつかが、わが家のご先祖様につながっているなどの、とても興味深い話が聞けます。


あるいは、年長者から聞くちょっと昔の話も、それと同じくらい興味深いと思います。たとえば今の子供のおじいさんおばあさんの世代なら、まだ戦後の様子が色濃く残っていたような時代を子供として過ごしてきた、そんなイエの話が色々聞けると思います。現代とつながっているようで全然違う、でも全く違うようでやはりつながっている、そんな楽しい話が色々飛びだしてくると思います。


あるいは、お父さんお母さんに、結婚する時からの話を聞いてみるのも楽しそうですね。どんななれ初めで結婚したのか。ボクを、ワタシをお腹に宿してからはどんなだったのか。生まれる瞬間はどんなだったのか。お母さんだけでなく、お父さんにも、忘れられない思い出があるはずです。そんな話を色々してもらいましょう。


イエへの愛着を生み出す心の一つに、私は帰属意識があると思っています。自分がこのイエの一員であるという実感ですね。イエの歴史を知ることは、この実感を育むために、きっと大きく役立つと思います。


地域の歴史は学校で習うと思いますし、総合学習の時間などに土地の人達に話してもらったりする機会もあるかもしれません。それと同じように、イエが積み重ねてきた歴史にも光を当ててみたら、きっと得るものは大きいと思いますし、何より楽しく、心に残る時間が過ごせると思います。


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「お話し作ろう」by id:TomCat


「話す」のテーマが「お話し」に発展してもいいですよね? というわけで、以前、お父さんが創作子守り童話を語ってくれるという素敵な投稿がありましたが、私の父も、なかなかの創作話の名人だったんです。しかもそのやり方がまた独特。子供の出したお題に沿って、話を作ってくれるのです。


「まず場所と時代を決めよう。どこの国かな、いつの時代かな」
「うーんと、国は日本、時代は桃太郎がいたころ」
「よーし、今度は登場人物を決めよう。どんな人のお話にしようか」
「うーんとね、漁師。そうだ、漁師がいい。鬼が全部退治されちゃった後の鬼ヶ島に偶然船が流れ着くんだ」
「お、もう面白いお話しになってきたな。よし、それでいってみよう」


さあ、父のお話劇場が始まります。


大手柄を立てて桃太郎が戻ってくると、もうどこの村でもその話題で持ち切りになりました。主人公の漁師の村でも、そりゃもう大変な話題です。漁師は、すごい英雄もいるものだなあ、でも、退治されてしまった鬼はその後どうしているんだろうかと思いながら船を漕ぎ出しました。すると、突然嵐のような大風と大波に襲われてしまいました。船は木の葉のように揺られながら、やがて小さな島に流れ着きました。


ここまでが私の作った設定です。ここから父のお話はどんどん膨らんでいきました。島に流れ着いた漁師は、畑を作って耕しはじめました。育てれば野菜になりそうな草を色々見つけたからです。


ふー、畑仕事は疲れました、休憩です。漁師は持っていた炒り豆をおやつ代わりにポリポリ食べはじめました。するとどこからか、隠れていた鬼達がぞろぞろ出てきて言いました。
「オラ達を許してくれるなら、その豆、播いたら芽が出る豆に変えてやるぞ」
「んだ、オラ達は鬼だから、炒り豆を生の豆に戻す魔法が使えるだよ」
「みんなで耕して育てるべえ」


こうして岩だらけの島が、豊かな畑の島になりました。船に積んでいた藁に付いていたモミを播いたら、それも立派な稲になりました。一粒が百粒になって、百粒が万粒になって、やがて鬼ヶ島は、宝物があった頃よりも豊かな島になりました。めでたしめでたし。


なーんて、今から思えば、もう口から出任せのオンパレード。でも楽しいでしょ?


子供は少し大きくなってしまうと、こういうフィクションの世界には安住しなくなって、すぐ現実的なツッコミをして白けさせてしまったりしがちです。ところが父のやり方だと、子供自身が物語の種まきをする立場。お話しが始まる前から、その世界を共有しています。ですから、どんなに突っ込みどころ満載の荒唐無稽なお話しになろうとも、子供の心の中では、語り手の表現力以上の生き生きとした物語となって広がっているんですね。


こんな楽しいお話しの時間が、休日の昼間や、夕方のお散歩の最中にも、もちろん寝る前のひとときにも、多種多様に展開されていきました。


今思うと、父は特別お話し作りに長けていたわけではなかったろうと思います。文筆活動に携わっていたなんていう話は聞いたことがありませんし、読み聞かせのポランティアをやっていたとか、そんな経歴もなかったと思います。


でも、どうすればお話作りを親子でより楽しんでいけるようになるか。その工夫には素晴らしいものがありました。皆さんもぜひ、親子で一つのお話しを作り上げていくプロジェクトを楽しんでみてください。専門的な技能なんか、何一つ要らないと思います。親子で共有する世界に思い切り想像の翼を広げてみる。それだけで、どんな名作にも負けない物語世界が、目の前に展開されていくと思います。


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「子ども達とのお散歩」by id:sumike


 先日の満月は月がオレンジ色に光っていてなんとも幻想的な夜でした。
「お月様が大〜変!オレンジ色になってる〜!!」
と子ども達も大興奮。


 わが家では保育園の帰り道には、息子と娘、二人の子どもとお喋りしながら歩いて帰るのが日課になっています。
子ども達の一日の出来事をじっくり聞くよう心がけ、時には、一緒に歌を歌ったりしながら帰宅します。


 保育園でお散歩にいく時には先生かお友達と手と手を繋ぐように指導されている子ども達。
わが家でも、小さい頃から外を歩く時には娘を真ん中にして三人で手を繋ぐのがお約束です。


 帰り道の話題は子ども達の保育園での話から、その日見つけたアリの行列やお月様の様子、雨の日には雨雲の向こうの宇宙の話まで。
同じ時間でも夏は明るく冬は真っ暗になるので、同じ道でも景色ががらりと変わってしまいます。


 月が出ている日には、お月様見つけたよ!と報告してくれます。
昼間のうっすら見える月を発見した時には自慢げです。


 満月から少しずつ月が欠けてくると、
「あ、今日はお月様レモンだね〜」


 もう少し欠けて半月になると、
「お月様半分こだね〜」
 最近は月がイエに帰るまで、一緒に動くのが気になる様子です。


 保育園の先生や上級生、お友達たちのおかげで語彙も増え、二人とも言葉がずいぶん上達しました。
少しずつ、成長している姿が日々の散歩でよくわかります^^


 春には虫が活発に活動している様子がみられ、あちこちの庭に咲く花も素敵です。
住宅地が多く、花を育てているお宅も多いため、花の名前を教えてもらっては、次の日にはすっかり忘れてしまっているのが面白い。
教えてもらったことは覚えているので、えっと、う〜んと、と頑張って思い出そうとしています。


 夏はセミセミの抜け殻、アリの行列に、クモの巣の調査隊になっちゃいます。
セミ取りならぬ、セミ探し(あそこに居る!という報告だけで捕まえません)に夢中になって、帰るまでに1時間以上かかることもありました。


 秋にはマツボックリやドングリ拾いに、落ち葉集め、そして虫の鳴き声に耳を澄ませます。
ねこじゃらしをフリフリ、引っ付き虫をくっつけながら帰宅します。洗濯する前によくチェックしてはずさないと大変です。


 冬には、電飾を飾っているイエを見つけたり、夜空を眺めて星を見つけたりします。耳が痛い〜と真冬には泣きべそをかく息子のために耳あてをつけた姿がかわいらしい。
去年度はサザンカの花びらを見てはハートがいっぱい落ちてるよ^^と教えてくれました。


 園からイエまでは大人の足では10分くらいですが、子どもと一緒だと2〜30分はかかります。
保育園には長男が11ヶ月の時から通っているのですが、自分の鞄と子ども二人の荷物を抱えての帰宅は、おかげ様でいい運動になります^^


 この毎日続ける送迎が無くなったら母としてはちょっぴり楽になるけれど、それはそれで寂しいだろうなぁ…。


 季節を感じることが上手な子ども達に、私の方が教えられているなぁと思うことがいっぱいあります。


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「靴にお手紙を書いてみよう」by id:TinkerBell


身につける物の中で、靴は、帽子や服に比べて、ちょっと離れた存在かもしれません。
位置的に足元ですし、子供のうちは意識して「今日はこの靴」なんて選ぶことも少ないのではないかと思います。
でも、どこに行くにも靴は一緒。
学校の行き帰りも遊びに行く時も、いつも靴は一緒にいてくれます。
私はそんな靴に、お手紙を書いてみたことがありました。・・・続きを読む

「スニーカーのひもを集めてみよう」by id:offkey


子供時代はなんといっても運動するのに最適な靴が一番の普段使いになることにまちがいありません。
運動に適した靴となるとスニーカーの種類ということになります。
スニーカーもいろいろな形があって、スリッポンで履ける小さなお子さん向けから、マジックテープで調節できるもの、ファスナーつきのもの、そして、紐のスニーカーといったところが代表的でしょうか。・・・続きを読む

「靴の臭いで家族の健康を気遣う学び」by id:Dictionary


靴の臭いというのは本当に皆さん苦手だと思います。
つい顔をしかめてしまったりして、手で触るのも嫌だと感じるのではないでしょうか。
私も子供の頃は特に父親の靴などが匂っていると母親に告げ口のように文句を言っていたものです。
父親の靴が下駄箱や玄関に放られていると触るのも嫌だと思って、どけたくてもどかせないと嫌悪感を抱いていたこともありました。
しかしこの頃少しそういった気持ちに変化をもたらす事がありました。・・・続きを読む

「インソールで、足元を快適に」by id:ekimusi


昔からよくお洒落は足元から、と言われていますね。
子どもの頃、靴のかかとを踏んで履いていたら、親からきつく注意をされたことを覚えています。


洋服をどんなに素敵に着こなしていても、靴の履き方が悪かったり、汚れていたりするとせっかくのお洒落が台無しです。

そして、見た目の汚れ以外に、臭いにも注意が必要です。・・・続きを読む

「今日は何があったの?」by id:adgt


母や祖母が小学生の頃の私にほぼ毎日聞いてくれていた言葉です。
何気ない言葉だし
別にいつもとかわらねえよと思うこともありましたが、
日常に興味をもってくれる。それを大切にしてくれることは
すごくありがたいことだったと思います。


そこにある日常を大切にする言葉として、
周囲の人に使っていきたいです。・・・続きを読む

「背中で語る、ネコクラケン」by id:iijiman


うちの猫、朔は、「背中で語る」ということをします。
カリカリが器にたくさん入っていないと、私たちに背中を向けて、黙っています。そして、無言で語るのです。「入ってるって言わない」。「入れなさいよ」。
その様子を、黙って背中で語る高倉健さんのイメージから「ネコクラケン」と呼んでおります。
器にカリカリを足すと食べ始めますが、器にカリカリがたくさん入っているにもかかわらず、より多くの「盛り」を要求する時もあります。・・・続きを読む

「風呂場での語り合い」by id:maruiti


幼い頃の記憶の中にある、風呂で父親や母親といっぱい遊んで貰ったことは、今でもとってもいい思い出でである。


風呂の中では、裸の付き合いをするだけあって普段よりもコミュニケーションがとれ、親子の絆が深まる。


普段朝早く出勤し、夜遅く帰る生活をしていると、子供たちとゆっくり話す時間がなかなかとれない。・・・続きを読む

「自動車さんにごあいさつが日課by id:CandyPot


勤務地によって電車通勤になった時もありましたが、通算すると自動車通勤の方が主。そんな父の車に毎朝欠かさずあいさつするのが私の日課でした。


今は近くの月極駐車場に車を置いていますが、子供のころは庭の一角にカーポートが設けられていました。毎日、朝ご飯前に庭に出て、車に「おはよう、今日も一日安全にお願いね」と声をかけるんです。ついでに新聞を取って「はい、おとうさん」。父はこの新聞取りが私の日課だったと思っているようですが、本当は車へのあいさつがメインでした。・・・続きを読む

「ベタだと言うなかれ…やっぱり日課は一日一善」by id:Fuel


小学生のころ、朝礼で校長先生がおっしゃいました。「人は一日を過ごす中で、どれだけ良くない行いをしてしまうでしょうか」と。気が付かないうちに心ない言葉で人を傷つけているかもしれない。知らないうちに虫などの小さな生き物を殺してしまっているかもしれない。どんなに気を付けていても、知らず知らずのうちに。それが人間。だからせめて一日一回くらいその反対。意識をしながら、何か良い行いをしてみましょうと。・・・続きを読む

「一日一つ、何かを覚える」by id:momokuri3


私はモールス符号でした。無線のトンツーです。Aなら「トツー」。Bなら「ツートトト」。毎日一文字ずつ覚えようと思いました。これは意外に成功でした。一気にアルファベット26文字を覚えようとすると、たとえばFの「トトツート」とLの「トツートト」がごっちゃになってしまったりするのですが、一日一つずつ覚えていけば、そういうことが防げます。


続いて覚えたのは、やはり無線で使う「和文通話表」というものでした。・・・続きを読む