古本ときどき音楽

2019-01-15

[]:毬矢まりえ『ひとつぶの宇宙』

f:id:ikoma-san-jin:20190115153701j:image:w200

毬矢まりえ『ひとつぶの宇宙―俳句と西洋芸術』(本阿弥書店 2015年)


 この本は、海外俳句についてはあまり触れられていませんが、俳句を西洋芸術や西洋思想の視点から語ったものなので読んでみました。著者は国際俳句協会にも所属されているようです。少し若書きの印象がありました。幅広い視野を持って、自分なりの知識と俳句とを関連づけ考えようとしているのは好感が持てますが、やや上っ面をなぞっただけで、深く掘り下げるまでには至っていないという感じがしました。

 面白いと思った論点はいくつかありました。初めに、「数学の公式は短かければ短いほど美しい」という数学者の言葉を引用して、俳句の簡潔さに着目しています。タイトルの「ひとつぶの宇宙」という言葉は、本文にも引用されているウィリアム・ブレイクの詩の一節「To see a World in a Grain of Sand(世界を一粒の砂の中に見)」から取られていますが、この極小を極大と重ね合わせる表現は、ほかにも「神は細部に宿る」とか「一つの音に世界を聴く」とか聞いたことがあります。言葉数の少ない俳句だからこそ世界の広がりが表現できるという意味を込めているようです。ただ、定型の問題に少し触れながら、定型の意味を深く考えることはせず、定型、無定型、自由詩にかかわらずただ短ければよいというふうに、曖昧なまま文章を終えているのは不満が残ります。

 次に、子規が写生を提唱したのと、プルーストが自然に対して克明な描写をしたのが、同時代に起った現象であることに注意を喚起し、ともに自然に向き合いながら、片方は短く、片方は長大な文章という正反対のベクトルに向かったと、俳句の簡素さと西洋の饒舌とを対比しています。ただ両者は同じ芸術家精神に基づくものとし、その説明に、フラクタル理論を援用して、子規がフラクタルの原形とも言えるミクロの世界、プルーストがそれを展開したマクロの世界を追求したというような言い方をしていますが、これは少し荒っぽいように思います。

 後半の季語についての章では、ユングの説を援用して、季語というものは日本人の集合的無意識の世界だと指摘しているのはなるほどと思いました。これまでそういう言い方をした人はいなかったのでしょうか。続いて、ソシュールの言語論を援用して、季語は豊かなイメージを持つ記号であるが、今日、シニフィアン(言葉の外形)はそんなに変化していないのに、生活の近代化とともにシニフィエ(意味される内容)がどんどん変化して、両者が乖離していると言い、こうした状況を「失季」の時代だと指摘しています。これも頷けます。

 あるイメージと別のイメージを並置することで、新しい世界を創出するエズラ・パウンドの詩法を説明しているくだりでは、「うつくしきあぎととあへり能登時雨」(飴山實)という句が引用されていました。「冬の雨が降る。そこに傘をさした和装の女性が近づいてくる。すれ違うその時、美しい顎のあたりに俳人の視線が一瞬注がれる。ほんの束の間の美しい顔との出逢い」(p127)という鑑賞文があり、句の味わいがよく分かりました。この句には「傘」といういちばん重要な言葉が省略されているのがポイントで、これが俳句の醍醐味だという風に感じました。いちばん大事なものは隠されているわけです。

2019-01-10

[]:マブソン・ローラン『詩としての俳諧 俳諧としての詩』

f:id:ikoma-san-jin:20190110073118j:image:w200

マブソン・ローラン『詩としての俳諧 俳諧としての詩―一茶・クローデル・国際ハイク』(永田書房 2005年)


 フランスの日本文学研究者であり、自らも俳句を作っている人が一茶や、クローデルの短詩について書いた本。クローデルの『百扇帖』はまだ全訳が出ていないので、21篇までの原文と、全172篇の全訳が収められているのは貴重。この『百扇帖』の詩文の美しさと構成の巧みさに感心するとともに、あまり知らなかった一茶の句の魅力を分かりやすく解説していたので、私にとってはありがたかった。

 日本の俳句や短歌を、フランス詩の音調的技法や比喩表現の考え方から眺めるなどし、日本詩歌の特徴を語っていますが、他の論者の引用も含め、いくつかの論点がありました。

.侫薀鵐晃譴蓮音節の長短やアクセントの強弱に頼ることが少なく、音数を数えることができるという、他のヨーロッパ言語にない特徴があり、その点日本語と同じなので、音調的技法も共通していること。

日本詩歌においても上代では、頭韻が頻繁に使われ、また脚韻に似た技法も見られること。それがなぜ衰退したかという理由として、韻を重要視する中国詩との差別化を図ろうとしたのではないかということ、また日本語の場合脚韻を使用すると同じような語尾や接尾語が続出するという欠陥を挙げている。

F本の民族音楽が第一拍から緊張がおこるという説を引用して、日本の音に対する感性としては頭韻が相応しいとしている。

ぐ戝磴龍腓砲澆蕕譴訃个い砲蓮大と小、美と醜などコントラストの関係を逆転させた表現法や人間と生物・無生物という二つの系列を交錯させる擬人法が使われていると、句を例示しながら指摘し、それぞれベルクソンの言う「ひっくり返し」の笑い、「系列の交錯」による笑いに通じるものと解説している。


 クローデルの『百扇帖』は初めて読みましたが、いかにもフランスらしい短詩が共通の語彙をちりばめテーマを少しずつ展開しながら繋げられていて、とても新鮮に感じられました。著者はこれを、「史上初めての独吟連詩」と位置づけ、連詩的な読み方の重要性を指摘しています。日本の連句における「付合」に近いものとしていますが、実際にクローデルがその技法を学ぶ機会はなかったと推測しています。クローデルは短詩形という表現法に慣れていなかったので、それまで作り慣れていた長詩のような連関的展開を考えたのではないかと見ています。

 この機会に所持している原書の『Cent phrases pour éventails』(Gallimard,1996)を参照しましたが、文字が印刷されたものでなく手書きなのでとても読みにくい。21篇目以降はこの本から原詩を抜き書きして、気に入った詩をいくつか引用しておきます。ただ連詩的な魅力は本全体を読まないと分かりません。

Tu m’appelles la Rose/ dit la Rose/ mais si tu savais mon vrai nom/ je m’effeuillerais aussitôt薔薇が言う/ 君はわたしを薔薇と呼んでいる/ しかし君がわたしのほんとうの名を知るなら/ わたしはたちまち崩れるだろう(第1篇、p86)

Auur de la pivoine/ ce n’est pas une couleur/ mais le souvenir d’une couleur/ ce n’est pas une odeur/ mais le souvenir d’une odeur白牡丹の芯にあるもの/ それは色ではなく/ 色の思い出/ それは匂ではなく/ 匂の思い出(第2篇、p86)

Comme un tisserand/ par le moyen de ma baguette/ magique j’unis un rais de soleil/ avec un fil de pluie織物師のように/ わたしは魔法の杖をもって/ 太陽の光線と雨の糸とを結びつける(第7篇、p87)

Nous fermons les yeux/ et la Rose dit/ C’est moiわたしたちは目を閉じる/ すると/ 薔薇の花が言う/ わたしはここにいますよ(第23篇、p136)

Kwannon/ Au bout de la baquette/ devant l’autel de/ ce point incandescent/ qui est la frontière/ entre la cendre et le parfum観世音の祭壇/ 線香の先の/ 灰と匂との境に/ 白熱の一点(第75篇、p150)

Chut!/ si nous faisons du bruit/ le temps va recommencerしっ、黙れ!/ 音を立てると/ 時間(とき)は再び/ 流れはじめる(第101篇、p157)

J’ai aux poissons muets/ émietté ces quelques paroles/ sans bruit発音することもなく/ 言葉のかけらを/ 無口の鯉にくれる(第128篇、p164)

f:id:ikoma-san-jin:20190110073220j:image:w160

 クローデルの『日本短詩集』は、京都日仏学院の教授でもあったジョールジュ・ボノーが編集した『日本詩歌選集』に所収されている作品306編の中から26篇を選んで改訳したもので、訳はボノーの方が原作に忠実。クローデルは脚韻をつけたり、句末に流音の“l”を使用するという技法を用いたりなど、調子を大事にしていることは分かりますが、内容を変え過ぎているようです。

 日本の民謡の滑稽性を排し、その抒情性だけを残して、ヴェルレーヌ的な“淡い翳り”と呼んでいいような雰囲気を作り上げている(p205)としていますが、面白かったのは、日本の民謡にヴェルレーヌ的な抒情性が隠れていたということで、これについては上田敏も早々に指摘していたことを知りました。「見送りましよとて/浜まで出たが/泣けてさらばが/言へなんだ」(越後甚句)(p208)というような、都々逸の日本原文を読んでいるうちに、軽快な調子が耳に残って、ほかの都々逸も読みたくなってきました。

 原書の『Dodoitsu』(Gallimard,1945、白ベラム紙特製75部中20部贈呈用の19番)を所持していますが、とても日本らしいきれいな絵が添えられています。表紙と都々逸原詩が気に入っている作品のページを写真でアップしておきます。「恋にこがれて/鳴くせみよりも/なかぬ蛍が/身をこがす」をクローデルは次のように訳しています。「L’AMOUR MUET Chante pour ma fête/ Cigale à tue-tête!/ Mais combien c’est mieux/ Cette mouche à feu/ Qui sans aucun bruit/ Brille dans la nuit/ L’amour lui brûle le corps!」(「恋はもの言わぬ」 祝いの日だから、/蝉よ、あらん限りの声で歌えよ!/だけど、やっぱり、蛍の方が/いいな!/音一つなく/夜に輝くその体、/その体こそ恋に焦がれるのよ!)」(p230)

f:id:ikoma-san-jin:20190110073317j:image:w170///f:id:ikoma-san-jin:20190110073311j:image:w280

 『海を越えた俳句』や『明治日本の詩と戦争』で、これまで読んできた海外のハイカイは、俳句とは別のものという印象がどうしてもぬぐえませんでした。フランス短詩は俳句とは別のものとして鑑賞した方がいいように思います。この本で著者も告白しているように、フランスの俳人たちも日本語ができる人は最終的に日本語で俳句を作る方を選ぶようです。それだけ俳句と日本語とは密接なものなんだと思います。

2019-01-05

[]:P=L・クーシュー『明治日本の詩と戦争』

f:id:ikoma-san-jin:20190105163219j:image:w200

P=L・クーシュー金子美都子/柴田依子訳『明治日本の詩と戦争』(みすず書房 1999年)


 また新しい一年を迎えました。今年もよろしくお願いします。年末から引き続き、海外の短詩に関する本、とりわけ必ずといって引用されるクーシューの著書を読みました。昔読んだような気もしますが、あちこちに引用されるのでそんな気になるということにしておきましょう。内容は大きく三つに分かれ、一つは俳句についての紹介、次に日露戦争開戦時の日本の様子を報告した日記、最後に孔子についての文章となっています。なかなか深い洞察の持主と見えて、それぞれについて含蓄のある見解が表明されていました。

 俳句に入る前に、日本文化に対する総評が一章設けられています。こそばゆくなるほど日本を絶賛していて、あらためて日本の美点を再認識させられました。いくつか指摘がありましたが、西洋文明が入ってくる前に、すでに日本は爛熟していたこと、それも西洋に先駆けて15世紀にはすでに完成しており、京都はアテネやフィレンツェに匹敵する都市であったとしています。それと自然に対する愛が日本人の隅々にまで浸透していることへの驚き、そして芸術においても広い範囲にわたって実践され享受されていること、例として茶の湯という独特の芸術があることや日本では実用的な調度品が芸術的であることを取りあげています。また精神面においても品行の道徳がいきわたっていることなど。がこれらは明治時代の話で、今ではどうでしょうか。

 俳句を論じた「抒情的エピグラム」では、動植物、風景、風俗といったテーマ別に、158句もの例を挙げながら解説していますが、その文章は詩を読んでいるようです。例えば、日本人の動植物への細やかな愛情を語ったところでは、「蝶の脳髄に燃える欲望の一筋の炎を感じられないものかと、残念に思う」(p49)と書いていたり、風景の部では、俳句は簡潔さゆえに広大無辺な風景を描きやすいと指摘した後、「私には、なにか詩の雫といったものが連想され、その一雫一雫はそれとなく日本をまるごと映し出している」(p62)、また風俗を語ったところでは、「田園の奏楽、花見の宴、着飾った女たちなど、日本のワットーによる雅宴」(p91)といった表現も見られました。

 作家については、芭蕉を仏教的な悟りを追求した神秘家として他の俳人とは別格としながら、絵画的人間的な蕪村の方が好きだったと見えて、引用句の半分近くは蕪村の作です。フランスのハイカイについては、冒頭の章でマラルメが雄弁な詩を排したことを述べた後、「抒情的エピグラム」の章では「フランスの俳人」たちという見出しを設け、ヴェルレーヌジュール・ルナールの短詩に俳句的なものを認め、フランスのハイカイ詩人としては、ジュリアン・ヴォカンスを取りあげ、第一次世界大戦を題材にした句をいくつか紹介しています。


 なかで気に入ったフランス語訳詩を、一つだけ挙げておきます。短歌になりますが、

春くれば猶この世こそ忍ばるれいつかはかかる花をみるべき(皇太后宮大夫俊成新古今和歌集』)

「UN VIEUX PRÈTRE」 Dès que le printemps revient/ Je me reprends à aimer/ Ce monde d’illusion…/ ―Sais-je dans quel monde futur/ Je reverrai ces fleurs?

(「老僧」 春の巡るごと、/ あらためてこの幻の世を/ いとおしむ…/ ―いったいどんな来世であろう/ この花々を再び眺められるのは?)(p19)


 「戦争に向かう日本」の章では、日本の新聞記事を通じて、日露戦争開戦前の日本の様子を克明に報告していて貴重。国際的な眼で日本の偏りを正しています。「この国の民には敗北を学ぶということが欠けている」(p163)とか、「新聞は毎朝、ロシアには中国より楽に勝てるだろうと報じていた。こうしたときに役に立つような不幸な経験を今まで味わったことがなく」(p165)というように、すでに日露戦争の時に、将来の第二次世界大戦の敗北に通じる日本の本質的な欠陥を見抜いていることです。また戦争の虜になった国民の愚かしさを恋の虜になった男に喩えたり、本人は複雑な感情だと思っていても実は単純な感情だと、冷静に日本国民の熱狂を見つめています。


 「孔子」の章でもっとも印象に残ったのは、孔子のように理性を追求した人物が神格化され崇拝されて、一種の宗教になっていることに注目しているところで、西洋では理性が認識の領域に用いられ、諸科学を生み出し、それを実利の世界で発展させたのに対して、アジアでは理性は人と人との関係に用いられたと比較をしていました。


 訳者による注釈や解説もとても充実しているのがこの本の特徴と言えるでしょう。前回読んだ『海を越えた俳句』でも、皇室が俳句を作らないということに驚きましたが、海外でも初めは和歌の方しか紹介されなかったようです。その理由は、和歌には古典的な素養が必要なので西洋人には分かりにくいこと、また日本の詩が紹介され始めた当時、日本では月並俳句、床屋俳句が隆盛で、それが批判されていたので軽視したのではないかと、指摘しています。その後、子規による俳句改革が起こったということです。また、リルケがこのクーシューの本を下線を引きながら愛読していて、蕪村の名前や俳句にもっとも多くの下線が記されている(p155)というのも面白い発見でした。

2018-12-31

[]:Marcel Brion『L’ermite au masque de miroir』(マルセル・ブリヨン『鏡面の隠者』)

f:id:ikoma-san-jin:20181231120841j:image:w200

Marcel Brion『L’ermite au masque de miroir』(Albin Michel 1982年)

                                   

 前回読んだ『Le Journal du visiteur(訪問者の日記)』よりさらに晩年の作。RomanでもRécitでもなく、Capriccioと銘うたれているとおり、脈絡が茫洋としたものになっています。『Le Journal du visiteur』にもその傾向がありましたが、今回はさらにひどくなっていました。語りの時間を前後させたり、いちど語ったことを微妙に変えて繰り返したり、会話の中に入れ子細工のように挿話をちりばめたりして、それらの断片をモザイクのように組み合わせていく語り口で、これはヌーヴォーロマンの悪しき影響でしょうか。文章はどんどん難しくなって、ほとんど散文詩のようになっているところもありました。

 隠者の「鏡面」というのは、目と口だけ開口部のあるガラスの兜で、額や頬の部分が鏡になっていることを言ったものです。松林などまわりの風景を映していて、相対すると自分の顔が見えて話しにくい。複雑なのは、「自分の考えが鏡面に反射していないか読み取ったが、それがどういう仕掛けか、私の心を読み取った隠者の頭の中を映しているもののように思えた」(p51)という心を映す性格があるところです。また「鏡の顔の隠者というのは幻想小説のタイトルにぴったり」(p18)というように自己言及しているところも面白い。

 語り手が女友だちと見世物市の小屋を訪れるところから始まり、小人が運転する橇に乗っていろいろ見物したあと隠者の庵に行くと、そこに、鏡面の隠者とその友人の洞窟探検家がいて、そこで二人のそれぞれの島と洞窟への偏愛と冒険が語られます。その後語り手たちは、庵を離れて近所を回遊し、最後に洞窟の入り口で再会した洞窟探検家からまた話を聞くというのが大枠となっています。その合間に、からくり時計の職人の話や、石像が動き出す話、一角獣を追い求めるうちにタピストリーの中に入って行方知れずになった男の話、ある深淵愛好家が最後に砂漠の虚無に憧れて白骨化する話などが挿まれるという構図になっています。前後する話を単純に一本化して要約しますと、

隠者は、子どもの頃、庭にあった池の真中の噴水によじ登ろうとしたことから、島への偏愛が始まり、その後サーカス空中ブランコに島を発見し、夜そのブランコに登るためにサーカスについて回ったりしたが、長じて、古い海図を頼りに、世界中のありとあらゆる知られざる島へ冒険した。最後に辿り着いたイースター島で、神も死ぬことを知り、また未開民族の伝説に感銘を受けて以後、実際の島には興味がなくなり、「さ迷える島」、「夢の国」、「死の島」を追い求めるようになる。

洞窟探検家は、子どもの頃石が好きで、あまりに小石ばかり集めるので、親が心配して紅玉髄を与えたが、その瑪瑙の中には蕾に見入る少女の姿があった。親に禁じられていた洞窟に入ったとき師と出会ったことから、地中への興味が湧く。また一角獣を見たことがあり、その姿を地下に追い求めようとする。が本当は、神の居るところを探してるんだと告白する。実際の洞窟では迷ったことがないのに、見世物市の地下で初めて道に迷ったという。

洞窟探検家は、話の途中でちょっと散歩をしてくるという感じで出て行ったまま行方知れずとなり、鏡面の隠者は、ある日庵で、骨と皮ばかりの両手で机の上の島の模型を抱きかかえたまま、ミイラになっているのを発見された。

 

 全体を通して、不思議な挿話の連続とも言えますが、それらに共通する要素のひとつに、自動人形への嗜好があるように思います。かつてフィリップ善良公の時代、庭に自動人形の隠者がいて、散歩で出会った人にお辞儀をし、金属音の声で名前や素性を問うた後、頷きながらぎこちなく去って行ったという話が語られます。また、語り手と女友だちは、山小屋でからくり時計を見ますが、それは「鐘が打つたびに、袋を背負ったロバが一頭ずつ風車小屋の中に入り、釣り人の釣った魚が跳ねる」というもので、作った職人が意図していないのに、30分ごとに釣り人が勝手に魚を釣ろうとするというおまけまでついています。その職人は、また洞窟探検家が迷ったという見世物市の地下に、ミニチュアサイズの銀鉱を再現しており、それは「時が告げると、ある者は荷車を押し、ある者は岩を削り、籠がロープに吊り下げられる」という巧みな細工だったと言います。

 この小説でも『Le Journal du visiteur』と同様、石像が重要な役割を担っていて、横たわっていた女神像が動き出す場面がありましたが、動く石像も自動人形と近しい存在と言えるでしょう。語り手の女友だちはまた、語り手が幼い頃からの憧れだった教会の石像ウタ伯爵夫人が動き出したような存在です。

 もうひとつは、中国の「夢の石」(p36)や古い絵(p55)、「幸福の島」(蓬莱山のことか?)(p144)のことや、日本の黒子(p52)への言及があるように、東洋的なものへの嗜好が感じられたことです。ブリヨンは西洋の思考に限界を感じ、自身も修道僧や禅僧の修業への憧れを持っていたように思えます。この小説は、ブリヨンの求道的な精神が強く表れた作品と言えるでしょう。

 ところどころに禅問答的あるいは『星の王子さま』風の面白い言葉がちりばめられていました。

“Je suis venu pour oublier”“Pour oublier quoi?”“J’ai oublié”.(「忘れるためにやって来た」「何を」「それも忘れた」)(p75)

si tu ne trouves pas la chose que tu cherches, une autre chose te paiera tes efforts. L’essentiel est de chercher.(もし目的の物が見つからなくても他の発見があるだろう、要は探すことが大事だ)(p103)

On ne reconnaîtrait pas les véritables si on ne se déviait quelque temps sur des routes fausses.(道を間違わなければ真実には到達できないんだ)(p155)

on ne perd jamais ce que l’on a perdu.(失ったものは決してもう失えない)(p155)

la licorne…“Elle existe, puisque je la chercher”.(一角獣はいるんだ。私が探している限りはね)(p178)。

(訳が違ってるかもしれませんが、ご容赦を)。

2018-12-26

[]:全大阪古書ブックフェアほか

 先週日曜日、大阪古書会館の全大阪古書ブックフェアに行ってまいりました。古本仲間の忘年会に合わせたため、最終日のしかも閉会間際となったにもかかわらず、けっこういい買い物ができました。まず、寸心堂ではフランス書がたくさん出ていて、その中から下記を購入。

Peladan『Les amants de Pise』(Union Générale、84年2月、150円)

Pierre Citti『CONTRE LA DÉCADENCE―Histoire de l’imagination dans le roman 1890-1914』(Presses Universitaires de France、87年7月、500円)→「CONTRE」というのが気になるが、いずれにせよ、19世紀末の作家が大量に登場しているようなので。

Richard Vernier『Yve Bonnefoy ou les mots comme le ciel』(Gunter Narr、85年、500円)→ボンヌフォアが大量に出ていたが、評論なのでとても読めないと思い、一冊だけタイトルの優美さと薄いという理由で選びました。

フランシス・ポンジュ阿部弘一訳『物の味方』(思潮社、69年7月、300円)→W買い

f:id:ikoma-san-jin:20181226221931j:image:w160///f:id:ikoma-san-jin:20181226221925j:image:w210

f:id:ikoma-san-jin:20181226221918j:image:w200

 他は下記のとおり。

佐藤春夫『美しい町』(細川叢書、47年9月、500円)→矢野書房。細川叢書で「美しい町」となると買わずにはおれない。

ピエール・ルイス生田耕作訳『紅殻絵』(奢覇都館、85年6月、800円)→梁山泊だったと思う。函なしのため安いがそんなことは気にしない。

武部好伸『フランス「ケルト」紀行―ブルターニュを歩く』(彩流社、03年7月、300円)→出店名不詳。

f:id:ikoma-san-jin:20181226222054j:image:w220///f:id:ikoma-san-jin:20181226222049j:image:w190

f:id:ikoma-san-jin:20181226222044j:image:w200

 実は、本日、麻雀会の時間があったので、30分ほどしか見れませんでしたが、阪神百貨店の阪神歳末古書ノ市の初日に行ってきました。寸心堂が出品しているというのに期待して行ってみましたが、全大阪古書ブックフェアとまったく同じ出品でがっかりしてしまいました。結局、一冊も買わず。


 店頭買いでは、大阪で飲み会の途上、天神橋の矢野書房にて、

矢野目源一訳『仏蘭西歌謡集―戀人へおくる』(操書房、昭和21年11月、1000円)→すでに所持しているが、傷み本だったので買い直し。矢野目源一のなかでは良質な作品だと思う。

吉江喬松『文藝随筆 朱線』(人文書院、昭和12年3月、1500円)→造本がすばらしい

f:id:ikoma-san-jin:20181226222157j:image:w200///f:id:ikoma-san-jin:20181226222151j:image:w200

 西大寺で飲み会のついでに、蝶屋へ立ち寄る。この前行ったとき閉まっていたので、てっきり店を畳んだと思っていたら、健在でした。

蜷川讓『パリかくし味』(海鳴社、10年5月、500円)→椎名基二伝を書いた人。

神吉拓郎『たたずまいの研究』(中公文庫、89年7月、100円)

オイゲン・ヘリゲル榎木真吉訳『禅の道』(講談社学術文庫、93年10月、300円)

f:id:ikoma-san-jin:20181226222244j:image:w200

 ほか、オークションでは、

比較文学研究―矢野峰人博士還暦記念号」(東大比較文学会、55年7月、300円)→矢野峰人、島田謹二富士川英郎の豪華鼎談所載。と嬉しく書いたが、本棚に入れようとして、W買いに気づく。

フィッツヂェラルド森亮譯『ルバイヤット―オーマー・カイヤムの四行詩』(ぐろりあ・そさえて、昭和16年6月、500円)→棟方志功装幀国書刊行会の森亮訳は持っているが現代語訳。こちらは文語訳。

f:id:ikoma-san-jin:20181226222342j:image:w210///f:id:ikoma-san-jin:20181226222337j:image:w200