'10読書日記83冊目 『マルチチュード』ネグリ/ハート

マルチチュード 上 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

マルチチュード 上 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

マルチチュード 下 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

マルチチュード 下 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

335+309p
総計25907p
やばい。ネグリ好きかもしんない!(てれ 
基本的には、スピノザマルクスフーコー。戦略としてはマルクスフーコー、目指すところはスピノザという感じでしょうか。マルクスからは、生産様式とそれにみあった上部構造を、フーコーからは主権の二面性を、スピノザからは〈絶対〉民主主義を。『帝国』が現状分析なら、本書は戦略の書だと思う。
ネグリ/ハートによれば、ポスト・フォーディズム的な生産様式は〈共〉(commonality)を中心とするものであるという。このことは例えば、情報テクノロジーを、特にオープン・ソースなどを思い浮かべればよい。古典的な経済学の概念である、コモンズとは違う。とともに、〈公〉(the public)とも違う。〈共〉の概念は、まことにスピノザの〈絶対〉民主主義から取られたものであり、〈マルチチュード〉の概念が内に含むものでもある。〈共〉がコモンズや〈公〉と違うのは、それが物質的なものではなく、かつ、上からの権力に専有されてはいないということだ。さらにいえば、〈公〉がともすれば同一・均質的な空間に堕してしまうのに対して、〈共〉はマルチチュードの概念と裏側にある、すなわちあらゆる差異性でありながらしかし〈共〉にあるものとして定義される。差異的でありながら、連帯的でもあるのが、マルチチュードであり〈共〉なのである。
本書が優れているところは、それがリアル・ポリティークの戦場で戦おうとしていることだろう。副題に記されているように、本書は「〈帝国〉時代の戦争と民主主義」について記されている。本書は、すなわち、「戦争」時代の民主主義、つまり、戦争がもはや政治の終わりにあるのではなく、戦争こそが政治を規定する時代をどう抵抗してゆくのかを記したものなのだ。多少の分析的なオプティミズムはあるかもしれない。しかし、新しいビジョンを提示しえた――この不可能性の時代に――というだけで、僕は読むのを楽しんだのである(お風呂の中で)。