ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

講義1「福音書の正典性」(6/27)

国際聖書フォーラム2007について、これまで個人的な面を中心に書き連ねてきましたが、今回からは、毎日一講義ずつ、自分の理解を少しでも確かなものにするために、復習も兼ねて、このブログ日記に記録していきたいと思います。

最終日の総評で、池田裕先生が「私はすべてに時間をかけて生きる人間で、今回の講義内容を理解するのには、数週間かかる」などと大変謙遜されていましたが、旧約がご専門の大家がそうおっしゃるなら、私のような一般素人は、一体どうなるんでしょう?それほど、どれも内容の濃いご講義だったという意味なのでしょうが、せっかく東京まで聞きに行ったのだから、身近な話を書くことで時間を稼ぎつつ(?)、頭のどこかで考え続けていたのだとご理解いただければ、と思います。

ところで、初日の二講義の間、私の右隣に座られたのは、大邱出身で、長らく在日大韓教会で牧師をされていたという東京在住の男性でした。休憩時間に、ロビーのソファから、好々爺風にとても愛想良く私にほほえみかけられたので、(あれ?もしかしてお知り合いだったかなぁ)と一瞬戸惑ったのですが、「さっき、あなたの隣に座っていたのですよ」とのことで、合点がいきました。これもキリスト教の会合だから、あり得る会話なのでしょう。

元来は声楽のご専門で、1965年から国立音楽大学に2年間留学されていたそうですが、韓国人の長老に相当する方から「牧師になれ」と殆ど命令のように告げられ、かなり悩んだ末、結局はキリスト教の道に進まれたとのことでした。韓国と日本とでは事情が異なるので、何とも言えませんが、お話をうかがいながら、先生にとっては、今も声楽への夢がどこかにおありなのではないか、と感じられました。

韓日関係については、「韓流ブームやヨン様ブームをきっかけに、少しでも改善されればいいんですけどね」という言葉から、その根深さを感じ取りました。実は、学生時代に約6年間、ラジオで韓国・朝鮮語を学んでいて、韓国人留学生から辞書まで買ってきてもらい、学習に励んだ時期がありました。今でも何とかハングルだけは読めなくもありません。また、大学で哲学を専攻する韓国人男性と、しばらく日本語で文通もしていました。でも、学べば学ぶほど重たい現実に直面せざるを得ず、隣国との関係の微妙さ難しさを思い知らされました。問題は、こちらが相手を知らなさすぎるということです。そして韓国側も、やや感情的に敏感に反応したり、どこか日本人を固定観念的にとらえてきた傾向がなきにしもあらず、という気もします。ただし、これまで院生時代に韓国人留学生と交流してきた経験から言えば、韓国人の方が大人というのか、(まぁ、イルボンサラム(日本人)は、何にもわかっちゃいないんだから、全くしょうがないなぁ)とあきらめムードでいるようにも見えます。

ところで、このご年配の先生は組織神学がご専門で、アメリカのある神学校でも教えていらっしゃるそうですが、少し驚いたのは、グノーシスを今回初めて聞いたとのこと。あれ?私でも知っているのに…と言ったらかなり失礼だろうと思いますので、申し上げませんでしたが、韓国系は、教派や教会によっては、知らなくてもよい、としているのかもしれません。それより重要なことや活動がもっとあるという考え方なのでしょう。

そこで、ようやく本題に入ります。第一講義は、スコットランドのセント・アンドリュース大学神学部のRichard Bauckham教授でした。この大学については、教会で一緒だった女性研究者が、二つ目の修士号を取得した所なので、全くの未知というわけではありませんでした。しかし、このような講演をなさるような教授が、世俗化と多元化の著しい英国でもご健在だということには、目を見張らされるような思いでした。さすがは、日本聖書協会の力量と信頼の業、ですね。

いつもの癖で少し脱線しますが、昨日送られてきたスシロ先生の写真ギャラリーを見ていて、聖書協会というのは、場所を変えて、大抵同じようなメンバーで会合を開いている節もあると気づきました。そのために、私にとってはリサーチでお世話になっている「先生」であっても、協会スタッフの間では同僚関係なので、称号なしでお互いに名前だけで呼び合っているところもあるのです。「ユウコ」とか「ダウッド」とか「スィヤン」などのように…。去年、「それはスィヤンに聞いたらどうですか」と日本聖書協会専属の先生から言われて(え!スィヤン?マレーシアでは、称号をつけてお呼びするのが礼儀なのに…)とびっくりしたことがあります。逆に言えば、それだけ私が、マレーシア社会に片足をつっこんでいるということかもしれませんが…。もっとも、あくまで聖書協会外部の一般人である私が肩を並べられるはずもなく、それ以上に、博士号をお持ちの方とそうでない者との相違というものもあります。

実は、マレーシアなど聖書協会の先生方の方は、私宛のメールで、ご自分の名前のみなのです。そうは言えども、異性間でこちらが年下の場合、外国人リサーチャーとしての‘中立’の立場からも、多少堅苦しくても称号付でお呼びした方が、無難ではあると思います。そこは、この十数年、律儀に守ってきたつもりです。言葉が不器用な分、こういう点でカバーしなければ…。ちなみに、近年では、ほとんど交流そのものがなくなってしまいましたが、マレー人(ムスリム)とのやり取りでは、大学教官との連絡が多いせいもあり、必ずご自分に称号をつけていらっしゃいます。‘Dr.’は言うまでもなく、フルタイトル・フルネームです。高位になればなるほど、人によってはかなり長い敬称になります。こういう時、異教徒としてよそ者扱いされているのだなぁ、とも思いますし、同時に、マレー人知識人のプライド及び礼節を大切にする文化の現われだとも感じます。

話を元に戻しますと、招待講演者の人選に当たっては、ですから、総主事の人脈が大事なのだろうと思います。その国のことを何も知らなければ、総主事を国の代表として判断するしか方法がないのですから。その点、マレーシアならどうなるのでしょう?伝統的には華人が総主事でしたが、そうなると、マレー人は、いつまでも聖書協会を「傍流」ないしは「西欧新植民地主義の移民系傀儡組織」なんて考えるかもしれませんね。マレーシア聖書協会の前総主事だったサバ州客家出身の先生は、私に対して、「どうして当局は、我々をそれほど憎むのだ」と愚痴をこぼしていらっしゃいました。確かに、マレー人も秩序立って暮らしてきた人々ですが、例えばサバ州なら、勤勉な客家系移民の労苦によって開拓が進んだという点も否めず、「公平に処せよ」と要求されても、マレー人としては躊躇し拒否したくなるのでしょう。その辺りの問題は、非常に複雑で、必ずしも論理だけでは割り切れないものがあります。

あ!またまた講義には入れなくなってしまいました。約束破りのユーリさんですが、どうぞご海容を!明日、明日、と書きながら、どうも明日もまた何かが送られてきそうな気もするのですが….。