じゃぽブログ

公益財団法人日本伝統文化振興財団のスタッフが綴る、旬な話題、出来事、気になるあれこれ。

武満徹と琵琶

今週10月8日(金)は武満徹さんの生誕80年の記念の日に当たり、東京オペラシティ タケミツメモリアルでは特別コンサート「武満徹 80歳バースデー・コンサート」が開催されます。生前親しかった指揮者オリヴァー・ナッセンとピアニストのピーター・ゼルキン(英語での発音は「サーキン」)がこの公演をメインに来日し、ゼルキンが『アステリズム』と『リヴァラン』という2つのピアノ・コンチェルトを一晩で弾くという非常に豪華なプログラム。これで入場料がS席4,000円、A席3,000円というのだから(本来ならギャラと諸費用を考えるとS席1万円以上でもおかしくない)、主催者の公益財団法人東京オペラシティ文化財団としても相当に努力されたことでしょう。先月チケットを購入したときには、まだ座席が残っていたようなので、皆様、どうぞお聴きのがしのないように。

ところで、武満さんといえば尺八と琵琶とオーケストラのための『ノヴェンバー・ステップス』が有名ですが、そもそも武満さんが最初に琵琶を使ったのは1962年のNHKのテレビ番組『日本の文様』と同年公開の映画『切腹』(小林正樹監督)でのこと。後者では筑前琵琶の平田旭舟(ひらた きょくしゅう)さんと薩摩琵琶の古田耕水(ふるた こうずい)さんの演奏を電子変調を交えて使い、斬新な効果を発揮したことで第17回毎日映画コンクール音楽賞を受賞しています。

ちょうどこの時期、武満さんは、「それまで無関心であり、またある意味では、むしろ否定的ですらあった自国の文化的伝統の貴さに気付いて、それを避けては、私の作曲家としての自己確認はできないだろうと思うようになっていた」と後に述べていますが、邦楽学習の一環として、平田旭舟さんに筑前琵琶を習っていました。ところが『切腹』の二年後の1964年に平田さんは59歳の若さで突然逝去されます。武満さんは小林正樹監督の映画『怪談』のための音楽で、平田さんに演奏してもらうことを想定していたので、代わりを務めてもらえる演奏家を探すため、日本音楽研究の第一人者である吉川英史さんと当時日本琵琶楽協会の会長も務められていた田辺尚雄さんに相談したところ、お二人が推薦したのが鶴田錦史さんでした。この二人の出会いは運命的ともいえる触発をもたらし、その後の『蝕(エクリプス)』(1966)、『ノヴェンバー・ステップス』(1967)へとつながっていきます。

なお、武満徹と琵琶に関しては、ヒュー・デ・フェランテさんの論文「Takemitsu's biwa」(Hugh de Ferranti)が私が知る限り最も精密なものです。『A Way a Lone; Writings on Toru Takemitsu』 Editors: Hugh de Ferranti, Yoko Narazaki(Academia Music)  ドナルド・リチー(DONALD RICHIE)さんによる書評はこちら。


武満さんが45歳を迎えた1975年10月に過去十年の対談をまとめて刊行された『ひとつの音に世界を聴く――武満徹対談集』(晶文社)には、義太夫の豊竹山城少掾(とよたけ やましろのしょうじょう)と八世竹本綱大夫(たけもと つなたゆう)〔1965年1月〕、薩摩琵琶の辻靖剛(つじ せいごう)〔1965年3月〕、海童道祖(わたづみどうそ)〔1965年5月〕といった日本音楽の巨匠たちとの対談が収録されていて、この内、辻靖剛さんとの対談は、2008年に『武満徹対談選』(ちくま学芸文庫小沼純一編)にも再録されていますが、この辻靖剛さんのご尽力によって誕生したのが日本琵琶楽協会でした。このたび当財団では、この日本琵琶楽協会の監修・解説による『日本琵琶楽大系』を約50年ぶりに復刻いたしましたが、ここには武満さんが最初に琵琶を習った平田旭舟さんの演奏だけでなく、辻靖剛さんによる薩摩琵琶秘曲の演奏も収録されています。

 

『日本琵琶楽大系』のオリジナルは1963年(昭和38年)日本グラモフォンの7枚組ステレオLP。今回これを5枚のCDで完全復刻しています。楽琵琶、盲僧琵琶、平家琵琶、薩摩琵琶、筑前琵琶、錦琵琶、肥後琵琶、滑稽琵琶――日本の各種の琵琶楽を網羅した、当時の一流演奏者の演奏ばかりを集めた大変貴重な音の記録です。

(堀内)