GO-ONE (集英社文庫)(松樹剛史)

GO-ONE (集英社文庫)

GO-ONE (集英社文庫)

すばる新人賞を受賞した『ジョッキー』でデビューし、二作目の『スポーツドクター』以来とんとご無沙汰だったが、ついに三作目が、しかも文庫書き下ろしで登場。しかもデビュー作と同じく競馬モノとくれば、これはお買い得でしょう。

「こんなところでくすぶっているようでは、負けですから
「この競馬場に来る馬は、中央に行くようなエリートではない。他の競馬場に行くような、その他大勢の馬ですらない。わけありの、傷物ばかり集まってくるんです。身体の弱い馬。気性の悪い馬。根本的に足の遅い馬。どこの競馬場でも引き取らなかった落ちこぼれの馬を、私たちは預かっているんです。」

舞台は<終着駅>という別名を持つ春名競馬場。厩務員は家族だけという、廃止寸前のオンボロ地方競馬場だ。


その春名競馬場で生まれた若手ジョッキー・一輝の夢はでかく、なんと世界制覇。世界制覇が夢って……。まぁたぶん凱旋門賞で優勝するとかそういうことなんでしょう、たぶん。彼は持ち前の「豪腕」で馬にスパートをかけさせるという、ジョッキーとしてはかなり変わったタイプ。とかく生意気かつビッグマウスなので同業者からも嫌われお偉いさんとかを怒らせてしまったりするけど、酔っぱらって「豪腕だ!GO-ONEだ!」と、なんともコメントしづらいギャグを連呼したりする、かわいい一面もあるわけで。しかし大レースの直前に落馬事故を起こし、調子を狂わせてしまう……。
そんな一輝の妹、一那は春名の厩務員。感覚優先勢い優先の兄とは正反対のクールな性格だ。だけどこの二人は似ている。最初に引用したのは、この一那のセリフだ。さらにこう続く。「だから、私は負けられません。預かった馬を、私がよその競馬場に送り出してあげるんです。競馬場の終着駅を、競馬場の始発駅に変えてしまうんです。それなら私の勝ちですから。」心の秘めたアツさも負けず嫌いな一面も、兄に似ているのだ。
そして一輝が中央デビュー戦で出会ったのがタイプの異なる二人のジョッキー、早紀と康友。三人は同期にあたる。「逃げ」を得意とする早紀は、一輝のむちゃくちゃな騎乗に予定を狂わされて腹を立て、何かと一輝に突っかかるようになるが……。もう一方の康友は二人と違って温厚主義。「営業上手」で鞍を確保する自分自身に迷いが生じていた頃、一輝に出会って……。


四人四様の競馬への熱い思いが詰まった、素晴らしい青春小説だ。また馬自身への愛情だけでなく、むしろそれ以上に「金がすべて」という競馬界のシビアさもきちんと描かれているからこそ、この物語は面白い。手塩にかけた馬にまつわるカネ、騎手でい続けるための根回しと戦法、勝利がすべてではないという現実……そんな競馬のブラックな一面のまだずっと先に、四人のそれぞれの夢がある。シビアな現実とぶつかりながらも、捨てることのできない想いがある。だから、この物語はとても輝いてる。
競馬を題材にすることで、基本的にはやっぱ「一着をとりたい」っていうスポーツ小説的な面白さもあるし、一方で賭博だから金や権力も積極的に絡んで、さらにこの小説では若手ジョッキーや若い厩務員を視点にすることで青春小説としても成功してる。著者のウデあっての賜物だけど、一粒で何度も美味しい小説だった。


遅筆だとしても、こんな濃厚な物語を届けてくれるなら喜んで待ちますよ。ちなみに今作、シリーズ化いけるんじゃないでしょうか。これはこれできれいにまとまってるけど、でも一読者としてこの四人の物語がまだまだ読みたいから。まーでも「競馬」→「スポーツドクター」→「競馬」ときて、次に何が来るのか……? ちょっとまた一風変わったスポーツ小説に出会えるなら、それもまた楽しみです。

でかい月だな(水森サトリ)

でかい月だな

でかい月だな

小説すばる新人賞つながりということで読んでみました。というのは嘘で、しばらく前に読んだのに感想を書いてなかったやつですが。本作は第19回の受賞作。ちなみに『ジョッキー』は第14回の受賞作です。

ある満月の夜、友人に突然崖から蹴り落とされた中学生の「ぼく」。一命はとりとめるが、大好きなバスケットボールができない身体になってしまう。


ううーん。これだけいろんな要素詰め込んでてさらっと読めちゃうってのが問題かも。自分を突き落とした友だちのことも、その友だちに対する自分とまわりの感情のギャップも、集団催眠のようなホラーチックな展開も、オカルト少女の示唆も、な〜んか消化不良。いや消化不良というより、食い足りない、というほうが近いか? 主人公の少年と、なぜか彼を突き落とした友だち、という設定はとても面白いんだけど、あいまに紡がれるオカルティックなエピソードがなじんでなくて場つなぎのように感じてしまった。細かなエピソードそのものが軸になっているようで、ストーリーそのものの軸がふらふらしているような。文章は読みやすいんでさらりと読めちゃうんだけどねぇ。


ま、次作があればそれに期待ということで。

小説すばる新人賞受賞作一覧

ちょっと気になったんで並べてみたら、それなりの傾向というか、受賞作の雰囲気はつかめますねー。

第1回 (1988年)『川の声』山本修一
第1回 (1988年)『こちらノーム』長谷川潤二
第2回 (1989年)『ゴッド・ブレイス物語』花村萬月
第2回 (1989年)『草小路鷹麿の東方見聞録』草薙渉
第3回 (1990年)『絹の変容』篠田節子
第4回 (1991年)『マリアの父親』たくきよしみつ
第4回 (1991年)『涼州賦』藤水名子
第5回 (1992年)『砂時計』吉富 有
第6回 (1993年)『ジャガーになった男』佐藤賢一
第6回 (1993年)『天使の卵(エンジェルス・エッグ)』村山由佳
第7回 (1994年)『恋人といっしょになるでしょう』上野歩
第7回 (1994年)『包帯をまいたイブ』冨士本由紀
第8回 (1995年)『バーバーの肖像』早乙女朋子
第8回 (1995年)『英文科AトゥZ』武谷牧子
第9回 (1996年)『陋巷の狗(ろうこうのいぬ )』森村南
第10回(1997年)『オロロ畑でつかまえて』荻原浩
第10回(1997年)『ウエンカムイの爪』熊谷達也
第11回(1998年)『走るジイサン』池永陽
第11回(1998年)『パンの鳴る海、緋の舞う空』野中ともそ
第12回(1999年)『粗忽拳銃』竹内真
第13回(2000年)『8年』堂場瞬一
第14回(2001年)『ジョッキー』松樹剛史
第15回(2002年)『プリズムの夏』関口尚
第16回(2003年)『笑う招き猫』山本幸久
第17回(2004年)『となり町戦争』三崎亜記
第18回 (2005年)『はるがいったら』 飛鳥井千砂
第19回 (2006年)『でかい月だな』水森サトリ

純文でもなくエンタメ一直線でもなく、その中間点みたいな作品が多いですね。
ちなみにこれまで読んだのは、『天使の卵(エンジェルス・エッグ)』『オロロ畑でつかまえて』『ウエンカムイの爪』『走るジイサン』『粗忽拳銃』『プリズムの夏』『となり町戦争』『はるがいったら』『でかい月だな』。受賞作は読んでないけど他の作品を読んだという範囲では、篠田節子佐藤賢一、野中ともそ、堂場瞬一山本幸久も。
個人的には好きな作品もあれば罵倒した作品もあり、あざとさと共感の境界線に近い作品が選ばれているということか。総じて「わかりやすくて読み心地のいい作品」が多い気がする。だからなんだというわけではございませんが。