ハイドラ(金原ひとみ)

ハイドラ

ハイドラ

自分らしいってどういうことだろう。素直に生きるってことだろうか。おいしいものを食べたら幸せな気分になって、嬉しいことがあれば笑って、世界が平和になればいいなんてなんとなく思う。たぶんそういうことなんだろうと思う、「1+1=2」の世界では。
専属モデルである早希は、同棲しているカメラマン新崎の言動に日々怯えて生きている。暴力を振るわれるわけではないが、新崎に見捨てられることが何より怖い早希にとって、仕事でもプライベートでも世界は新崎を中心にまわっていた。仲の良い友人にまで「だって早希、新崎さんが自殺しろって言ったら、しそうだもん」と言われるまでに。
そんな早希の世界に二人の男がするりと入ってくる。ひとりはリツ。早希はどこか自分と似た瞳と雰囲気を持つこのリツに、苛立と恐れを抱く。もうひとりの松木は、光のもとに引き入れるように、早希を自分の世界へすばやく連れ出した。「1+1=2」の世界へ。
ラストページまで読んで、もっと楽に生きればいいのに、と一瞬思いかけて打ち消した。わたしの思う「楽な生き方」が、この主人公にとって「楽」ではないからこその、このラストなのだから。「1+1=2」の世界では生きられない自分こそが、早希にとって「自分らしい」と、噛み締めるように描かれるラストはなんとも切ない。
まだ『オートフィクション』とこの最新作しか読んでませんが、金原ひとみ、かなり好みです。近いうちに他の作品も読まなくては。

神田川デイズ(豊島ミホ)

神田川デイズ

神田川デイズ

かっこ悪くていたたまれなくて、ちょっぴり愛しい上京ボーイズ&ガールズのキャンパスライフ。
俊英、豊島ミホ、ついにきたど真ん中の青春小説!!

やっぱこの人の得意玉は、ストレートな学生小説ですね。
田舎の高校生たちを描いた『檸檬のころ』、ある少女の小学校6年間を追った『夜の朝顔』に続いて、田舎から上京してきた大学生たちのかっこ悪い日々を描いた本作もまた、いい味出してます。これまでにないコミカルさもあって。


★見ろ、空は白む
大学に入りさえすれば、「なにか」が自動的に手に入るのだと思ってた。
ものすごくイケてない童貞三人がいつもひとつの部屋の中でぐだぐだしてる、最悪の大学生活。「なにかしよう!」いきなり張り切りだした主人公・原田に、残り二人は困惑するが……。このオチは素晴らしい、というか全てにあふれる童貞臭が笑いを誘います。


★いちごに朝露、映るは空
大学が、こんなに騒々しくてあつかましい場所だったなんて。
超真面目な新入生・道子は、入学式でのふとした出会いから「不戦をうったえる会」というサークルに入会することに。クラスコンパの自己紹介でそのことを話すと、まわりがいっせいに引いて……。
これわかるなぁ。今の日本人って、政治や思想に基づいた団体行動に異常なほど拒否反応を示すよね。わたし自身もだけど。過去のファシズムへの反動なのか、一般人が基本的に政治に関わりたくないお国柄なのか。だから普通は思想的もしくは政治的なサークルは避ける傾向がある。
もともと大それた意見も何もないのに、めげずにこのサークルに居続けた道子ちゃんは偉いなと思うわけです。


★雨にとびこめ
楽しく生きたい。
星座占いを得意とする準は、夏休み前に念願の彼女をゲット。しかもモデルばりの女子大生。浮かれまくりだけど、実際会えばしっくりせず、ついつい高校時代のセンチメンタルな想い出が頭をよぎる……。
一番大学生らしいかんじの男の子、かな。思い切り軽くて、実はちょっとセンチメンタルで、すごくかわいい。でももし同世代だったら、ちょっとうざいと思わないでもないかもね〜。


★どこまで行けるか言わないで
私は映画の人じゃなかった。
中途半端な映画サークルに在籍してた女子三人が、独立して新たな映画をつくることにした。その「新たな映画」とは、女の子向けのピンクポルノ。構想時はノリノリだった三人だったが、実際に男優が決まった時点でそれぞれの温度差があきらかになる……。
なんとなく女優になりたい、なんとなく脚本家になりたい。そんな願望が一本の映画というリトマス紙によって、その真偽が明らかにされてしまう。センスどうこうではなく、本気か否か。これもまた、ひとつの挫折、だ。


★リベンジ・リトル・ガール
人とつるみたい、とかって、わりと自然な欲求なのかもな。
主人公は大学四年目。友だちもいない、彼氏もいない、心の友はネットの掲示板? ところがある日、二回生の多い語学の授業でなにやらおかしな男に出会い、その縁でクラスの飲み会にも参加することになるが……!?
う〜ん、ちょっと共感。わたしも東京ではないけど、地元ではない大学に行って、ホント今までにない寂しさを味わったし。でも、うわこのノリないわって状況で抜け出した子と友だちになれるんだから、逆にサークルの意味はあるかも?


★花束なんかなりたくない
「才能」も「夢」も「やりがい」も、俺の世界にはない。この先も、それがたまらなく悔しくなる日は来るだろう。
小説の新人賞をもらったもののその後目が出ないたかちゃん、そしてそのいとこ・星子の物語が主軸となる。ベタだけど「夢」と「現実」のあいだでふらふら揺れて傷つく二人。
この短編が、わたしの感じるこの作品の主軸に一番近いかも。


大学に入るまでは、自分はなんでもできる可能性があると、そう思ってる。でも一度はそうじゃないと気付いて挫折して。
でも人生はずっとその連続じゃないだろうか。
ほんの一瞬潤って満足して、そしてすぐに乾いて悔しくなるんだろう。
頑張って頑張って手に入れたものも、一瞬にして砂に変わる。
挫折をどう受け入れるかどうか。素直に諦めて就職活動に精を出すか、自分自身の芽以下の何かに賭けるかどうか。それを判断できない、自意識過剰な年代。
そこらへんの細やかな感情がストレートに描かれているんですよ。もう大学時代は最高に楽しかったわーなんて体育会系の人はまわれ右、サークルのノリさぶかったわー(ていうかそのノリに乗れなかった自分が寂しかったわー)って人、ぜひ読んで下さい。



さてさてデビュー当時から読んできた豊島ミホ、大学も卒業してこれからどんな作品を書くのか楽しみです。