クリッピングとメモ

2016-12-07 はれ。水曜日。

[]通勤電車で読む『教養としての宗教入門』。こちらは似たような内容だが中公新書っぽくきちんと。

中村という人の、宗教入門の新書本を読むシリーズ。まぁ、3冊目ぐらいになるとだいたい新奇な印象はなくて、見覚えのある内容。ただ、中公新書なので、サンガ新書やベスト新書のときよりもきちんと書いている。本編は半分ぐらいで、「神」「信仰」「奇跡・呪術」「戒律」「儀礼」などのトピックについて、また、現代社会との関連みたいなはなしが書いてある。で、後半は「資料編」と題して、主要な宗教に関する概説が並んでいる。

2016-12-06 はれ。火曜日。散髪。

2016-12-03 はれ。土曜。研究会の日。

[]研究会の行き帰りの電車で読んだ『損得でくらべる宗教入門』。中村という人の宗教入門新書をよむシリーズ。けっこうよかった。

損得でくらべる宗教入門 (ベスト新書)

損得でくらべる宗教入門 (ベスト新書)

ひきつづき、中村という人の宗教入門の新書本を読むシリーズ。前の本が対話篇だったのにたいして、こっちはまぁふつうの説明調。で、学生さんに読ませるならこっちのがよさげ。合理主義者のビジネスマンに説明する宗教、という設定で、まずさいしょにキリスト教と仏教について一章ずつ充てているけれど、キリスト教は「絶望している人」向けで、仏教は「ブレやすく不安症の人」向け、という説明のしかたは悪くないと思った。で、その次の章で、残りの宗教をいっしょくたに一神教と多神教って整理で説明して、そのあと「神」「死後」「奇跡」についての各論があって、終章でまとめ。

2016-12-02 はれ。金曜日。

[]通勤電車で読む『ポスト・モバイル社会―セカンドオフラインの時代へ』。研究会のためのおさらい。

ポスト・モバイル社会―セカンドオフラインの時代へ

ポスト・モバイル社会―セカンドオフラインの時代へ

土曜日に研究会があるのでおさらい。

 

・「ポスト・モバイル社会」とは? ← 「モバイル」というのは移動可能ということで、モバイルなデバイス、とか、モバイルを活用する行動とか生活様式、とか、そういう「人」の側の形容だと思う。なので、「モバイル社会」というのは、モバイルなデバイスやそれをつかった行動とか生活様式が特徴であるような社会、というぐらいの意味だろうと思う。そうすると、「ポスト・モバイル社会」というのは、「”ポスト・モバイル”社会」なのか「ポスト・”モバイル社会”」なのか、とか、そうなると、社会のどういう性格を言い当てようとしている言葉なのか、とか。

・「セカンド・オフライン」とは? ← 「オフライン(/オンライン)」という言葉でなにをいいあてようとしているのか。人の側の状態か、あるいは、システムの側から見て「人間がオフライン(/オンライン)であることをデフォルト状態と定義するようなシステム」ということか。また、「セカンド」ということは「ファースト」や「サード」や5thや10thがある、といういみにおける「セカンド」なのか、「セカンド」というのは何を言い当てようとしている形容なのか。

・社会とかシステムについての形容であれば、「ユビキタス」(神の遍在、みたいな含みで)とかの言葉が自分的には好み。でも、この本では、ユビキタスのことを言いたいのではないようだ。たぶん、社会の側というよりは、人の経験(ux、というやつでしょうか)の側から、「ポスト・モバイル」とか「セカンド・オフライン」という言葉によっていろいろな事態を言い当てようとしているようにみえる。そうすると、それはたとえば「ユビキタス」という言葉で言い当てるのとくらべて、この社会のどういう別の事態を切り出すことになるのか。

[]これも通勤電車で流し読んだ『信じない人のための〈宗教学〉入門』。

Twitterかなにかで、よさげであるといううわさを目にしたか何かで、それではと読んでみた。いちおう対話篇のようになっていて、著者の人を代弁する「一Q禅師」なる変人に宗教の話をしてもらう、という構成。5つの章はそれぞれ、宗教につきものであるようなあれこれ(霊魂、神仏、信仰、救済、宗教そのもの)を、抽象的にではなく具体的な次元で(それぞれ、からだ、ことば、しつけ、くらし、れきし、と平仮名で表記される)捉えて考察すべし、ということになってる。宗教は「霊魂」を扱うといわれているけれど、そういうふわふわしたものを考察するのでなく、それぞれの宗教でからだ(そこには霊的なものと肉的なものが混在している)がどのように扱われているかを観察したほうがよかろう、おなじく「救済」を論ずるよりはそれぞれの宗教がどのように生活様式の中に組み込まれているかを観察したほうがよかろう、というぐあい。そういうスタンスは宗教社会学だろう、と思うのだけれど、まぁ、著者の人はかならずしも宗教社会学というのを押し出してるわけではなくて、まぁ、宗教学の人であるらしい。まぁいずれにせよ、おもいのほかバランスのいい、学生さんに勧める新書本としてはアリな宗教学入門と思った。

[]『デスマーチはなぜなくならないのか』読んだ。

Twitterで、なんか本にものすごく怒りまくっている人のツイートというのをみかけて、なんかプロジェクトマネジメントに関する本らしく、また著者のプロフィールによると専門はエスノメソドロジーだということなのでこれは、と思ったのだけれど、なんか怒っている人は「狭い範囲のインタビュー結果から・・・したり顔で語る展開」とか言っているので、おやおや、それは読んでみなくてはと思い、学校帰りの本屋さんで買って読んでみた。でまぁ、読んでいくと、まぁ桜井先生のご本など参照されててどちらかというと「対話的構築主義」なかんじがありありと、まるで文体模写のようにありありと出てきて・・・

p137「そのような気づきをもとに、あらためてAさんとのインタビューの記録を振り返り、見えてきたのは、ただソフトウエア開発者の社会に独特の常識に殉じただけの類型的行為とみなすことなどできない、一人の人間としてのAさんの、たくましくしたたかとさえいえる実践です。」

そしてしかし、そのあとで一章を設けて、ガーフィンケルエスノメソドロジーの説明、のようなものが出てきて、つまりこの本はエスノメソドロジーなのであるということで、そして結局のところ、デスマーチはなぜなくならないのかという問いに対しては、「あたりまえ」を問い直さないとなくならない、ということになっている。

2016-11-29 はれたりくもったりの火曜日。

[]『今すぐ実践! カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』。これはさすがに雰囲気だけつかんで読み飛ばし。

ひきつづきアジャイルプロジェクトマネジメントについて。この本は、具体的で現場目線であるということだったので面白そうかと思ったのだけれど、さすがに、プログラム開発の具体的な話をどんどんされたら大概よくわからない。それでも、カンバンという方式をアジャイルと結び付けるといいぞ、と言ってるのはわかるわけで、具体的なカンバンの写真や図が出ていたりして、あらすじ − 壁とか大型のホワイトボードをいくつかに区切って作業の進捗を付箋かマグネットでボードに貼りつけて見える化する、で、一日一回、みんなでカンバン見ながら「デイリースタンドアップミーティング」というのを10分ぐらいやって、そこで調整、等々 − はなんとなくわかるし、「ウォーターフォールじゃないよ」というのもなんとなくわかる。それで、例によって頭の中では学生さんのおこなうプロジェクトとか、自分の学内業務とかを思い浮かべて、参考になりそうかな、と思いながら読み飛ばす。じつは、何年か前の学生さんが、まさにカンバン的な進捗ボードを作って進捗状況をチーム内で見える化していて、それを感心して見ていた覚えがあるし、まぁ自分でも学内業務でほんとうはそういうボードを作ってやれるといいなあとつねづね思いつつ実現しないでいる(研究室には学生さんが出入りするので、学生さんに見せない種類の業務のあれこれを見える化するボードなんて置けない)ので、これやったらいいかもなというような、ある種の納得感はある。

メモ。

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2016-08-08 - ヤマモトの日記

『今すぐ実践! カンバンによるアジャイルプロジェクトマネジメント』を読んだ

「かんばん」をソフトウェア開発に適用する: アジャイルからリーンへ

アジャイルな開発は『かんばん』でいこう!

最近盛り上がってきた「かんばん」、ソフトウェア開発における「かんばん」(Kanban)とは何か ? Publickey

 

WIP(Work in prosess 進行中の作業)=(トヨタ方式の)「在庫」にあたる、という視点。

「WIP制限」というのは、「在庫の最小化」、にあたるよ、と。