コーヒーの科学 〜珈琲は発酵食品?
コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス)
- 作者: 旦部幸博
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/02/19
- メディア: 新書
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では、それはいったいどういう理由なのか? というのを基礎医学の研究者が真面目に解説する一冊。
もちろん、「そりゃ変わるだろう」というのは直観的には分かる。でもそれを、「コーヒーの香味の元になる物質は何か?」「焙煎や抽出の時にそれらの成分はどのように変化するのか?」をきちんと説明するのは難しい。
コーヒーの専門家はもちろんいるし、そういう人達が美味しい飲み方を解説していることはあるが、それは科学の言葉で語られているわけでないのである。そこをできるだけ頑張って科学の言葉解説している。こういう本が面白くないはずがない。
アラビカ種は他家受粉に適したタイプの花を持ちながら、自家受粉が可能という異色の存在なのです。(No.279)
自家受粉ができない場合、移植が非常に困難になる。つまり、コーヒー栽培が普及しなかった可能性が高くなる。
コーヒーのおいしさとは何か?の解説ではまず人の味覚・香り・食感を解説し、更に日本語におけるコーヒーの味の表現方法を分析、それを外国と比較するということをしている。例えば「香ばしい」に相当する英語は無いのだそうだ。
なお、国際取引の場においては、コーヒーの「味言葉」は標準化されている。「柑橘系のようなフルーティなコーヒー」と言えば、それが意味する内容は日本のコーヒー店も生産国の農場主も(ほぼ)同じ味を意味する。
口当たりの良さ、キレ、コクについても面白い解説をしている。
口当たりは本来、口腔内の触覚が伝えるテクスチャーの一部であり、液体であるコーヒーへの関与が大きいとはあまり思えません。液体の粘性や表面張力を認識していると説明した研究もありますが、違いが微妙すぎて、本当にヒトが区別できるかは不明です。
ただし口腔内ダイナミクスから、その仕組みを説明可能かもしれません。口の中から味物質がゆっくり消失していくとき、我々は実際の液体が持つ以上の粘性を感じますし、逆に素早く失われるときは年度が弱いと感じます。(No.1119)
苦みは「生理的なおいしさ」とは反対の「忌避される味」なので「コアーのコク」を生み出さないはずです。しかし、苦みのおいしさとコアーのコクの両方を体感的に学習したヒトなら、コアーのコクの味質が「おいしい苦味」に置き換わった場合にも「コクがある」と感じると考えられます(N0.1135)
また、私も勘違いしていたのだが、コーヒーの苦味の主成分はカフェインではない。
コーヒーの苦味は焙煎に伴って強くなっていくのに対して、カフェインの量は変化しないことから疑問視されるようになり、さらにカフェインレスコーヒーが発明されると、カフェインを除去したコーヒーも十分に苦いことが判明して、カフェイン以外の苦味物質の方が重要なことが明らかになりました。その後の研究から、コーヒーの苦味全体の1〜3割をカフェインが担っていると考えられています。(No.1292)
コーヒーは発酵食品?というのは、香味成分が精製中の発酵によって作られているという意味で、そして他の発酵食品同様に、きちんと管理しないと「腐敗」に近づいていってしまう。
他にも焙煎の際の豆の化学的・物理的変化とか、抽出をクロマトグラフィになぞらえて説明したりと、この辺の表現に抵抗のない人なら分かりやすい解説が多い。
終盤に健康影響の話も書かれている。
実のところ、よほど極端な量を飲まない限り影響が小さく過ぎてよく分からない(他のファクターに比べて影響が小さい)ので、ほどほどに楽しむのが一番という常識的な結論になるようだ。(もちろん、疫学的に意味のある違いというのは幾つか見つかっている。パーキンソン病や糖尿病、肝がん、膀胱癌、心血管リスクについてはある程度見えている。ただ、個人がどうこうするレベルの差ではない。)
一つ面白かったのが、カフェインの子供への影響。もちろん、体が小さい分だけ影響自体は受けやすいのだが、実はカフェインは小児無呼吸症の治療薬でもあるのできちんとした検証が行われていて、体重当たりの制限を守れば特に問題無いと考えられているのだそうだ。
ということで、理系のコーヒー好きの人にはお薦め。
コーヒーの味の再現実験とか、違いの確認の仕方とか面白いネタも色々。動物の糞に含まれている豆というキワモノがあったりするのだが、発酵とか精製とかの説明を読んでいると、そういうのでも味の違いになるかもなあ、とか思ったり。