『乳と蜜の流るる郷』が家の光から復刻

 賀川豊彦の協同組合を主題とした小説『乳と蜜の流るる郷』が40年ぶりに家の光協会から復刻されることが決まった。発売は8月末を予定している。
 『乳と蜜の流るる郷』は月刊誌「家の光」に昭和9年1月号から同10年12月号に至るまで24回に亙って連載された。友愛に基づく協同組合社会を目指した物語で、助け合いによって農村の活力を復活できるという事例をちりばめている。
 献身100年記念事業に併せた賀川作品の復刻は『一粒の麦』『死線を越えて』『空中征服』に続いて4冊目となる。また賀川の作品では6月15日に『Brotherhood Economics』の本邦初翻訳の経済書『友愛の政治経済学』が、秋には劇画『賀川豊彦物語』(仮題)が刊行される。(伴 武澄)

 物語のあらすじ

 福島県会津の寒村に育った青年田中東助は、繭の安値と旱魃のために、一家の生活の立たないのを見て、信州上田に養子に行っている兄彦吉を頼って行く。汽車賃がないので何日もかかって歩いて行くが、山小屋に泊めてもらって、仙人から木の実の食べ方、その効用を聞かされる。

 上田の彦吉の家は魚屋兼料亭であり、東助はここで働くことになったが、出入りする春駒という芸者に惚れられる。春駒をかかえている芸妓屋、鶴屋の女将おたけは春駒を養女にして東助をめあわせて後をゆずりたいというが、東助は福島県の村を救いたいからと云って応じない。彼は兄の店のため魚の行商をしながら、浦里村の信用販売利用購買組合に出入りするようになり、農村経営の仕方を学ぶ。東助はこの組合に鮮魚部を設けて、そこに雇われて働くこととなった。

 彦吉は東助を鶴屋の養子にしようとしてすすめるが、東助がきかないので彼に乱暴する。東助は春駒にとりなされて鶴屋に連れて行かれ、女将に会う。女将は東助の話を聞き、産業組合運動に賛成し、そのため自家の身代を全部投げ出そうと申し出る。東助は夜おそく鶴屋を辞し、浦里村に向かうが、途中で春駒が悪人たちに誘拐され、東助は警察に留置される。

 そんなことから東助は兄のもとを去って東京へ出る。金をもっていなかったので彼は歩いて小諸まで行き、そこで親切な医師の家に泊めてもらい、医療組合の話を聞く。そこで道連れになったルンペンと汽車にのり東京へ出る。その男に教えられて高円寺の消費組合を訪ね、配達人に雇われる。品物の配達をしながら、彼は消費組合の実情を勉強し、組合員のインテリたちと知り合いになる。警察の手入れによって消費組合の従業員たちは検束されてしまい、東助は一人でそのあとを引き受けたが、肺炎になって中野組合病院に入院する。ここで彼は医療組合のことを学ぶ。

 病癒えて退院した東助は帰郷しようと思い、組合員の家の女中からもらった外套を質入するため中ノ郷質庫信用組合を訪れ、そこで信用組合の実体を経験する。ここで5円の金を借りて表に出たところで、彼は春駒に会う。春駒は誘拐されて玉ノ井に売られ、産業青年会を頼って脱出してきたところであった。産業青年会の事務所で東助は春駒と語り合った。春駒の本名は鈴子といった。

 産業青年会の主任が産業組合中央会に行くというので、東助と鈴子はいっしょにここに行き、初めて中央会の威容を見て産業組合運動に自信をつける。東助は南会津の村に組合を作るようここで勧められる。鈴子は勉強して産婆になって東助の村に入るという。二人は夫婦になる約束をする。

 帰郷した東助は我が家の窮乏を見て胸が暗くなる。母はリュウマチでねている。妹の一人は東京に売られ、も一人は女工に行かされ、高学校を卒業した弟は檜原の工場に父と働きに行っている。九つの妹と四つの弟とが家に残っているという状態である。

 村全体の疲弊のどん底において東助は村の青年男女を集めて、立体農業の話、産業組合の話、有畜農業の話、信用組合などの話をし、協同組合運動を起こそうとする。

 東助の努力はある時は酬いられ、ある時は裏切られ、悪人の妨害にあって事業は挫折したり思わぬ助けがあって成功したりする。その間に父は雪崩で死んでしまう。鈴子はh賛育会産院に入って産婆の勉強をつづける。

 農村の窮乏を訴えて救済を請願するために、東助は南会津の代表者とともに上京して政治家に会見したついでに、鈴子に会い、二人で千歳村祖師谷の武蔵野農民福音学校を訪れ、ここで胡桃の苗木を分けてもらい、山羊のことを勉強する。

 東助とその同志の努力になって大塩村産業組合が設立される。信用組合と購買組合とができたのである。東助は専務理事となった。

 兄彦吉の電報で上田に呼びよせられた東助は、ちょうどその時起こった銀行の取り付け騒ぎを見る。鶴屋の女将お竹は信用組合に預金していたので、その金だけ助かったので、いよいよ産業組合シンパになてしまう。

 鈴子は産婆となって大塩村に来る。東助と鈴子との結婚式は産業組合式で行われる。東助を恋していた高子という娘は、その時、世をはかなんで家出をしたが、村の人たちが見つけだして自殺を思い止まる。鈴子は自分が汚れた女で、子を生むことができないから東助を高子にゆずるという。東助は鈴子との誓いを守ってこの申し出を取り上げない。その頃、村に伝染病がはやる。鈴子は看護婦として伝染病の看護に献身する。

 鶴屋の女将お竹は上田を引き払って大塩村に移り住み、その財産をささげて東助の運動を助ける。東助は新見栄一や藤島農学士を招いて農村産業組合学校を開く。妨害と戦いつつ、彼は運動を進めるのであった。

 鈴子は梅毒のため失明するが、東助の愛は変わらない。東助はお竹と鈴子とともに東京に出て松沢に住む。鈴子は中野の組合病院でマラリヤの注射を受けた結果、眼病が治って見えるようになる。

 産業組合の約束手形偽造事件が起こって東助は嫌疑を受け、福島の未決監に収容されるが、南会津の悪人たちの仕業とかわって釈放される。東助はこの事件で自分を苦しめた平泉又吉の父又平のために、力を貸してやり、家屋敷が人手に渡るのを食い止めてやる。

 かくて南会津の地に立体農業は行われ、協同組合組織は作られ、檜原湖畔に楽土が現れたのである。(武藤富男)

賀川豊彦全集、キリスト新聞社から転載)