少年平和読本(20)国と国との憎しみを去れ

  四方の海みなはらからと思う世に
    など波風のたちさわぐらん 明治天皇
 臥薪嘗膽の古事

 中国の春秋時代に、呉(ご)王夫差(おうふさ)は越の国をたおして、父のあだをうとうとし、復讐の心をわすれぬため、毎夜、たきぎの中に寝て、自分のからだを苦しめたという。また一方、越王勾践も、呉の国をうって、会稽の恥をそそごうとし、きもを室内にわけておいて、これをなめ、片時も報復をわすれないようにしたという。この故事から、あだを報じようとしてかんなん、しんくすることを、「臥薪嘗膽」というようになった。
 なお右の中にある「会稽の恥をそそぐ」というのは、越王勾践が、呉王夫差と会稽山で戦ってやぶれ、あまつさえ、とらえられて、さまざまの恥をうけたという故事から、敵からうけた恥辱をわすれず、復讐しようとするのをさして、そういうのだ。臥薪といい、嘗膽といい、また会稽の恥をそそぐといって、いつまでも恥辱や怨恨をわすれず、復讐のおりをねらっているとすれば、平和は、いつまでも来ない。そのしょうこに、この故事のあった春秋時代(紀元前七二二年から四八一年まで)約二百五十年間も、諸国がたがいにあらそって、支那四百余州には、平和の日とてはなかったのだ。
 復讐は無限につづく
 二千数百年前の中国の昔話ばかりではない。日清戦争の後、日本が清国からゆずりうけた遼東半島を、ロシアその他の三国の干渉で、清国へかえさせられたとき、日本国民は、三国ににくしみと、うらみをだいて、それこそ臥薪嘗膽十年、ついに日露戦争に突入した。そして日露戦争によって復讐をとげた日本人は、四十年をへて、こんどはソ連に復讐された形となった。もし、日本国民が、こんどの敗戦から、ソ連をうらみ、再復讐を考えたとしたら、どうなるだろう。
 日本は、戦争を放棄した。しかし、国際間のうらみや、にくしみを、一切すててかからぬかぎり、たとえ、憲法の文面で、戦争放棄を百万言宣言しても、それはカラ証文で意味のないものとなるだろう。戦争の絶滅をねがう者は、何をおいても、まず国際間のにくしみをとりさらねばならない。
 暴に暴をむくいるな
 これについて思いおこすのは、太平洋戦争がすんだ時の、中国の寛容な態度である。中国の民衆は日本軍の侵略をうけ、かずかずの残虐にあった。もし、中国民衆が日本人をうらみ、敗残の日本兵や日本民衆に復讐したら、どんなことになったろう。このとき蒋介石氏は、ラジオを通じ、次のように中国民衆にうったえて、その自制と寛容とを促したのであった。『中華民族の特性は、舊(きゅう)悪(あく)を思わず人に善をなすところにある。敵はうちたおされた。われわれは報復をくわだてず、敵国の人民に対しては、侮辱よりも憐憫をあらわし、みずからの錯誤と罪悪を反省せしむべきである。もし、暴をもって敵の暴にむくい、凌辱をもって、これまでの敵の優越感にこたえるなら、怨と怨は相酬い、永久にとどまるところがないであろう。これは、決して仁義の師の目的とするところではない』このようにいって、蒋介石氏は次のように言葉を結んだ。『世界の永久平和は、人類が平等自由なる民主精神と互助博愛の合作された上に、立てらるべきである。われらは、民主と合作に向かう大道の上を進み、全世界永遠の平和を、協同して擁護しなければならぬ』まことに、その通りだ。怨をもって怨に酬い、暴をもって暴に報じていたら、世にいう「いたちごっこ」になって、戦争は永遠にくりかえされるばかりである。
 西海同胞と思う世に
 明治大帝の御製に『四方の海みなはらからと思う世になど波風のたちさわぐらん』とあるのをごぞんじであろう。世界の人々が、みなはらからと思えば、仇をも愛することができよう。
 世界の全人類が、この四海同胞の考えに徹底し、宇宙に対する各自の責任を自覚し、人類愛の立場から他人の欠点をも自分の欠点として考え、他人の尻拭いをしてまわる気もちになるなら、人種問題も、異民族間のにくしみも、うらみも立ちどころになくなってしまう。皮膚の色のちがいや、国語の異同なども、問題でなくなり、兄弟のように相親しむことができよう。
 国と国との憎しみを去れ
 ジョン・ブライトという学者は、「一切の人類の罪悪を総括したものが、すなわち戦争である」といった。つまり、戦争は、あらゆる罪悪のかたまりだ、戦争となると、人間は一時的精神異常状態となって、野獣さえ顔まけする残虐行為をする。もし、人間同士のにくしみの情がなかったら、つまり、人間同士が、もっと愛しあっていたら、そんな恐ろしい破戒行為は、できないはずだ。
 キリストは、なんじら、たがいに相愛せよ、といった。四海同胞という兄弟愛によってのみ、一切の人類の罪悪がとりのぞかれ、その罪悪のかたまりの戦争をも、回避することができるのである。
 日本は戦争放棄を宣言した。それは、戦争に敗けたから、戦争をやめるというのであってはならない。正義と秩序をもととする国際平和を願うのあまり、国際紛争解決の手段としての戦争を、永久に放棄したのである。われわれは人類愛の精神を、心に奥深くほり下げ、兄弟愛意識に目ざめて、人種間の差別観や、にくしみの心をきれいさっぱりとぬぐいさらなければならない。
 将来の日本をせおって立つ少年諸君よ! 人をにくみ、人をうらむことをやめて、世界中の人間が兄弟として仲良くし、四方の海に荒波一つ立たず、金波銀波の平和を実現させようではないか。