Kalessin Action ― The Never Ending Endeavour ―

地震・火山専門の研究開発員のブログ。あららぎハカセ(理学)。つくばで高いところに行くモノ🛰の中身を作ってます。

たまに行く碁盤屋の話

都内指折りのお店.丸八碁盤店.今住んでいる所からたまたまですが眼と鼻の先にあります.

僕は碁も将棋も好きというだけではっきり言って初心者に毛が生えた程度の腕前なのですが,(買えない位高い)道具類をみたりするのは結構好きなのです.

先日,父親が会社の娯楽室がなくなるからと引き取ってきた碁盤の修理をお願いしに行きました.写真はとってないのですが,もうどう仕様も無い位ボロボロで,側面はそこそこきれいではあるのですが,天面(碁石を打つところ)に傷は入っているは,線が殆ど剥げてしまっているは,足はガタガタするわで,これではあんまりだからと思い,ちょっとお小遣いをはたいてお願いしようと思い立ったのです.

結構どきどきしながらお店に入るとベルが鳴るので暫くすると店主さんが二階から降りてきます.

"碁盤の修理をお願いしたいんですが...材質とか分からないんですけど..."


早速,ひと目桂4寸,傷口からくるって*1いますねと差し金をあてて解説してくれました.
傷口は無論見ればわかりますが,使っていて盤の狂いは全く気付かなかったので結構びっくりしました.寡黙な老舗もありますが,ここの店主さんは色々教えてくれます.聞いてて結構面白いので僕はこのお店が好きです.

"父が務めている会社の娯楽室で使われていたのですが,時代の流れで無くなることになって,いらなくなったから引きとってきたのですよ."
"(足のガタつきをみて)まぁ,乾燥2−3年ってとこですかね." 

流石.因みにちゃんと長い年月乾かした材木で作った盤は狂ったり変形したりしないのです.つまり足がガタガタしているということは,それだけ乾かした期間が短かったということに他なりません.

”桂盤にはランクがあって,このラベルに書いてありますが,ものはいいですよ”

とのこと.今は日本産の榧(かや)をメインに扱っているお店(高級店)ですが,昔は桂盤の売上が9割近くを占めていたそうです.因みに今はヒバの足付の盤は普通に1階に飾ってあるのをみたことはありますが,今足付の桂盤を扱っているかは分かりません(折盤は勿論あります).桂も今は手に入れるのが一苦労みたいです.

暫く見ていてしみじみと

”あんまりこれ,打ってないな...”

とすごーく悲しそうな顔をされます.表面がボロボロですがなんとなーく使用感がなくて,放ったらかしにされてあったオーラが漂っていた模様.
側面もヒドイ状況だったのですが,側面を削ってしまうと小さくなってしまうので,上の面だけを削りなおして線を引いてもらうことにしました.
ちなみに,今の店主さん,碁盤屋さんだから碁が強いのかと思えばよくよく話を聞いてみると,お父様から”お客さんと打って商売にならなくなるぞ”と言われ,基本的には打たないとのこと(合理的過ぎる....).実際に,もう亡くなられているのですが,今の店主さんのお兄さんは元プロで,やっぱり夕方はお客さんとよく打っていたとのこと.実はあまり打たないなりに多分今の店主さんもかなりの腕前ではあるんじゃないかなと思いました.

"駒見ていっていいですかー?"
"あれ,こないだ見ていかなかったっけ?"


いえいえ,こないだ来たのは実はもう2年も前ですよ.ここのお店はこだわりの榧盤もですが,高級駒の販売でも有名です.

"ここで買った機械彫りのあの(ここのお店としては)安い駒は自分で紙やすりの2000−3000番でカドとっちゃいました"
"いや,そんなに細かいと大変だろう.500−600番くらいで十分だよ.まぁ,あの駒位だと自分で色々できるよね."

駒にも色々あるのですが,それこそ1000円位のプラスチック駒から羽生さんがタイトル戦で使うような駒一個1万円〜2万円(!!!)*2のようなものまで様々です.お店で飾ってあるようなのは勿論かなり高額で,駒のカドなんかも取られているのですが,僕がかなり前に買ったのは一番安い部類に入る駒でした.そのままでも勿論使えるのですが,駒のカドが残っていると色々都合が悪かったりするので取ったほうがいいのです....が,我流で,紙やすりの番号もよくわからない感じだったので,そこは本職だなとしみじみ.

二階に行くと高級駒がずらりと並んでいます.値段がそれなりにする駒は書体の名前と作者の名前が王将の下に彫られます.このお店では割と名前が通った製作者に加え,東世というこのお店だけのいわゆるオリジナルブランド(?)も扱っています.作っている人は富月さんという,昨年の名人戦でも使われた駒を作っている普通に有名な人で,富月という名前が入った駒も勿論売っているのですが,ここのお店では東世の名前にして売っているものが多いとのこと.これはここのお店で卸しているというだけではなく,店主さんが駒の生地から字体まで"プロデュース"しているものを富月ではなく東世としている様で,話していても自負があるのがよくわかりました.あと,駒が好きだということもよーくわかります.

わりと値段が(>¥10k)する駒はこんな感じで作者の名前と書体の名前が入ります.

このお店は羽生さんが使うような盤も扱っていて,大事にしまわれています.

”榧(かや)って,今そもそも出ないんですよね?”
”いや,そうはいっても私の兄の時に既に2−3年に一本位でしたよ”

なんと.榧自体珍しい木ですからね.ヒカルの碁でも盤の材質の話が出てきますが,碁盤屋さんはかなり前から結構みんな苦労されているということなのでしょう.こういうリアルな話は他ではまず聞けないです.

"ここにあるのは私の父や兄が遺していった作品ですね.僕は二人ほど上手ではないのですよ."

無論,今の店主さんもプロ中のプロであるのは間違いないですが,プロだからこそ分かる違い・自負と,何よりも亡くなられた二人への静かな敬意を感じました.


小口の客のくせにどっぷり1時間くらい長居してとりあえずお店をあとにしました.一月程して電話があって,碁盤を取りに行ったら見事に修理されていました.あれだけガタガタだった足もしっかり直してもらっています.持っていく前は本当にボロボロだったのですが,漆でしっかりと線を入れてくれていて,見違える感じです.安物の盤とかは今は線もプリントしてしまうようですが,ここで修理を頼んだら店主さんがしっかり漆で仕事してくれます.修理代は1万円位でしたがこれだけちゃんと修理してもらえれば大満足です.


もっていく前は本当にズタズタな盤面だったんですが,いまではこのとおりです!

もっていく前にどうしようも無いくらい汚れていた側面をなにやら液体をつけて拭いてもらいました.

”これ,シンナーなんだよね”
”....安物ならいいですが,ここで買うような盤にはあまりやりたくないですね...”

普通,碁盤将棋盤は乾拭きです.水拭き*3はNG.ましてやシンナーとかはありえないのですが,本当にそれくらいどうしようもないくらい汚れていたのです.やむなしの判断であったのですが,無論このお店で買うような一級品にはありえない処置なので,なんだか微妙な空気でした.もらいものとはいえ変なことさせてすみません.クリーニングが終わったら蝋をうすくですがぬってもらいました.側面もヒドイ状況でしたが,随分よくなったので感謝です.
話している間もちょこちょこ”碁石無くなったのですが,買えますかー?”とか,お客さんが結構いらっしゃいます.結構高いものもおいていて,ここを目指してくる人もいるようなお店ですが,客層自体は結構様々です.

"これくらいのを使っている人が一番強いね."
”(いや,まだ級位者なんですが...)まぁ,またよろしくお願いします.今から帰ってネットでコンピュータと(将棋の)プロ棋士の対戦*4見ます.”
”そりゃえらい力が入ってるねー.まぁ,碁も将棋もまた腕を上げたらいらっしゃい.”

碁盤店と聞いただけでなかなか敷居が高い感じですが,このお店は今ではもう他では聞けない*5なかなか貴重な話もプロ棋士とは違った視点で色々聞けるので面白いです.向こうも百戦錬磨,駒を見に来る人の何割か(みんな??)は最終的にはボーナス貯めて買いに来るとわかっているので,買わなくても駒は見せてもらえます.高いものは見だすと不思議*6と欲しくなってくるのでよくないかもしれませんが,駒込周辺に来た際は足を伸ばしてみると面白いかもしれません.いやー,また行きたいですヽ(^o^)丿

*1:盤が水平から歪んでしまっている事

*2:ネタではないです

*3:たまにやっちゃう人もいますが...

*4:この日が実は佐藤慎一四段がponanzaに負けた日でした...

*5:店主さんと故米長邦雄永世棋聖は同じ年齢だそうです.

*6:最高級の駒は柘植(つげ)で作られますが,俗に”木の宝石”とも言われます.ものにもよりますが,本当に,悪魔的に見事です.