漢詩鑑賞「春暁」

 新春を迎える際、拙宅の狭隘な床の間に掛ける掛軸も、少ない手持ちの中から春らしい松竹梅なんかを描いた絵のある軸を、例年選んで来ました。今年は趣向を変え「書」で何かないか物色していましたら、中国旅行で入手しました「春暁」の掛軸が見当たりました。ご存知!唐代を代表する詩人”孟浩然”(西暦689〜740年)の作で、日本人なら誰でも知っている有名な詩ですね。
 「春眠暁を覚えず・・・」で始まるこの詩で新春を愛(め)で、近年すっかりご無沙汰している”漢詩鑑賞”もしてみようと思い立ちました。
 
 春眠不覚暁 【春眠 暁を覚えず】
 處處聞啼鳥 【処処(しょしょ)啼鳥(ていちょう)を聞く】
 夜来風雨聲 【夜来(やらい)風雨の声】
 花落知多少 【花落つること 知るや多少(いくばく)】
 
この詩の解釈には諸説があるようですが、次のような大意のつかみ方は、名解釈のように思います。

 春の眠りは心地よく、うとうとしているうちにうっかり寝過ごし、夜明
けに気がつかない。
 目が覚めてみると、あちらこちらから鳥のさえずりが聞こえていて天気
は良さそうだ。
 思い出した、そう言えば、昨夜は風雨の吹き荒れる音がしていた。
 折角の花がどれほど落ちたことか。

 春の長閑な大自然の中で生活していたと思われる作者が、春風駘蕩然として自らの耳目で感じた、目の前に展開される情景をこの四行に詠い込んでいるところが素晴らしいと思います。
 私は漢詩に決して詳しいわけではありませんが、この詩一つとっても鑑賞するだけで含蓄の深さを憶えます。中国語は発音が難しくてもう話すことは諦めていますが、漢詩を少しばかりでも読み書き勉強することは意義がありそうだと思っているところです。
 そう言えば余計なことですが、民主党の海江田新代表は漢詩を自ら詠んだり造詣深いとのことですから、中国との仲直りに、こうしたツールを介して一役買えないものですかね。