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ビックリハウス

読書

ビックリハウス

びっくりはうす

パルコ出版1975年から1985年まで発行していた月刊誌

1975年に、劇団天井桟敷寺山修司主宰)出身の萩原朔美榎本了壱を中心に創刊。創刊当初は渋谷の一介のタウン誌にすぎなかったが、読者からの投稿を中心にした誌面づくりが当時の若者たちに受け、やがてパロディ雑誌として一時代を築くことになる(発行部数は最高時の1983年頃には18万部にまで達した)。誌面からは、糸井重里が主宰した「ヘンタイよいこ新聞」や、同誌休刊後も毎年発行されている「御教訓カレンダー」など、数々の名企画が生まれた。常連投稿者には、鮫肌文殊大槻ケンヂナンシー関などその後各界で活躍することになった人々も数多い。

編集長は萩原朔美が務めたのち、1977年からは、創刊当初より同誌編集部でスタッフとして働いていた高橋章子1985年の休刊まで務めることになる。

ビックリハウス』が発行されていた時期は、ちょうどパルコ札幌パルコ1975年開店)を皮切りに全国展開を始めた時期と重なり、同誌は石岡瑛子デザインのポスターや西武劇場(1973年オープン。現・パルコ劇場)などとともに、パルコのイメージ戦略の一翼を担った。

休刊後、後継誌として『BH』が創刊されたが、それも間もなくして休刊。以後、『ビックリハウス』的な文化は失速していく。

ビックリハウス 驚愕(びっくり)大全

ビックリハウス 驚愕(びっくり)大全