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マッカーシズム

一般

マッカーシズム

まっかーしずむ

McCarthyism(英)

1950年代前半のアメリカに吹き荒れた反共運動の嵐。

上院議員ジョゼフ・マッカーシー共和党)が行ったことでこの名がある。

1950年2月に、国務省内の共産党シンパ200人あまりを追放することを求めたことに始まる。

実際にはほとんど何の根拠もないまま、マッカーシーは次々に「非アメリカ的」な人々を赤色分子と決めつけて攻撃し、次々に失脚させていった。

1954年12月のマッカーシー失脚まで猛威をふるい、冷戦初期のアメリカの政治風土を決定づけた。


1995年、旧ソ連の最高機密文書「べノナ文書」が公開され、ソ連のスパイは実際にはマッカーシーの主張をさらに上回る規模だったこと、またマッカーシー失脚後、「弾圧の不幸な犠牲者」とされてきた人物が実際にスパイ活動を行ってきたことがわかり、当時のマッカーシーの主張の正当性についてはさまざまな議論が、今なおなされている。