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戸塚ヨットスクール

社会

戸塚ヨットスクール

とつかよっとすくーる

愛知県知多郡美浜町にあるヨットスクール。

名称は校長の戸塚宏に由来している。

年表

1976年:戸塚宏によって開設。

1980〜82年:訓練中に訓練生2人が死亡、2人が行方不明。その後、この事件について戸塚は傷害致死罪で懲役6年の実刑判決を受けた。

2006年:戸塚が刑期を終え出所(4月)。その約半年後、訓練生が死亡(自殺の可能性あり)

2007年:戸塚によると、「訓練生が屋上から飛び降りた」とのこと。その生死は不明。

2009年10月:3日前に入所したばかりの訓練生が屋上から飛び降り自殺

2011年12月:訓練生が屋上から飛び降りて重傷を負った。

2012年1月:訓練生が屋上から飛び降り自殺

《時代背景》

当時は70年代の「スパルタ教育」に対する否定的な声がある程度一般化しており、そんな中であえてタブー視されている「愛の鞭」が、むしろ尊しという声も少なからずあったため、行政より咎められるほどの批判には至らなかった。

特に団塊の世代にとっては「古きよき時代」の言葉に代表される懐古趣味を暴力行為の是認とオーバーラップさせる傾向が強く、これは現在も変わっていない。

《傷害致死事件》

その結果同スクールの行為は訓練生(1983年・事件当時13歳)を舵棒(角材は誤報。しなりのある角材よりもより硬い)などの凶器で殴打し殺害するにまでエスカレートした。

尚、この少年は所謂"非行少年"ではなく、「戸塚ヨットスクール」という名称から容易に推測されうる「ヨットスクール」の性質に期待した入学者であったと報道されている。

鉄拳制裁についても保護者は「精神鍛錬の一環」程度の解釈しか無かったと思われ、こうした大きな誤解を招く屋号となっていた。

訓練生の遺体は近年の「DV」や「児童虐待」顔負けの惨状であり、体罰の名を借りた監禁・調教の類だという批判もある。

この事件を含む死者2名・行方不明者2名(制裁による事故死ではなく、訓練生自ら奄美大島の大海に飛び込み、避難を試みたとされる)を出すという大惨事に発展し、組織ぐるみの犯行として校長を含むスクール関係者が逮捕・起訴され、その後校長の実刑が確定する。

戸塚ヨット側は現在も一貫して「低体温症による事故死だ」だと主張している。

《否定派と肯定派の声》

しかしながら死者を出したほどの厳しい教育も必要悪だという声も依然として残存しており、また同スクールを卒業した生徒の保護者にとっては宗教の教祖に近い信仰もあって、むしろ逮捕されたことで一部では人間としての株を上げたというのが実情である。

我が子の非行に手を焼き、途方にくれる保護者の最後の駆け込み寺として貴重な存在だとする声がある一方、末期のガン患者のわらにもすがる思いに至る心理に付け込んだ、悪質なビジネスと同じだという辛らつな声も存在する。

末期のガンが現代医学で治らない状況の中で、薬事法違反の健康食品を売りつけるというビジネスが許されていないのと同様、健康食品(集団暴行教育)で病状(非行少年)が治った(更生した)と言っても学術的な根拠は実際のところ未知数である。

「形を変えたロボトミー手術」という指摘もあり、戸塚流教育が一定の効果がある・無いにかかわらず、戸塚ヨットスクールにそれを実施する権利があるかどうかは議論の余地が残される。

かつて宗教的教義に基づいて地下鉄サリンを撒いた団体が存在したことと同様、法律や現代科学を逸した身勝手な救済的行為は子供のみならず、「世の中こそ非行、世の中を体罰することが必要」という発想に結びつく危険性もある。

同校長はパナウェーブ研究所も関与する「電磁界等を考えるシンポジウム京都会議」に、発起人の一人として名を連ねていた経緯があり、また現在も自己のホームページなどにおいて「脳幹論」と称し、喘息アトピー花粉症マザコン・出社拒否などの状況もすべて脳幹を鍛えることによって克服できるという独特の持論を展開しており、今後の素行が注目される。「癌を克服できる、と書くと医者から怒られるからアトピーと書いておく」という皮膚科医を冒涜する趣旨の発言も行っている。( 参考:http://totsuka-yacht.com/tuji.htm

 

ネットワークコミュニティにおいても

ニートがあふれる昨今、戸塚のような鉄拳制裁が必要だ」

「いかなる理由があっても暴力はいけない」

体罰体罰による痛ましい事故は状況によりよりけりだが、許せるし、必要だと思うが戸塚ヨットスクールの場合は体罰ということばを免罪符にしたサディズムなので、名物のヤンキー先生や熱血教師と同列に語るのは彼らに失礼だ」

夜回り先生のやり方では生ぬるい、ドキュン(不良少年)は徹底的に痛めつけても構わないし、殺しても誰も困らない。戸塚ヨットスクール必要悪

「趣旨には賛同できるがPTSDや外傷治療の専門家を置かずして鉄拳制裁をビジネスにするとは言語道断」

「殺してしまっても構わない。親も世の中も迷惑するだけだ。そんな子供なら生死のかかったギャンブルに賭けたって良いはずだ。更生したら儲けもの」


といった声が数多く見受けられる。

《誤解》

上記のように「傷害致死事件」という本質から離れた「体罰のあり方について」話が始終している傾向が極めて強く、ともすれば教育論者によるこれの格好のネタとして扱われ、被害者や遺族が蔑ろにされている。

被害者は当時自力呼吸ができない状態であり、頭部、鼻、唇、背中などに無数の傷と皮下出血があり、歯は欠損、太ももが異様にふくれあがってると報じられており、体罰論の入り込む余地の無い惨状であったことを知らずに「行き過ぎた体罰」と評する層も多い。

戸塚ヨットスクールボランティア団体ではなくあくまでもサービス利用の際には金銭を要する法人であり、対価無き結果に対する憤慨は消費者としては当然で、その遺族の心情を逆撫でする心無い者、また体罰の是非を論ずるために戸塚ヨット事件を引き合いに出しこれを利用する芸能人や識者(教育論に関する本の出版など)も少なくない。

《スクールのこれから・校長出所後》

校長たちの受刑期間中も変わらぬ信念のもと、スクールは継続運営され校長は2006年4月29日に静岡刑務所を出所。

出所後の記者会見では笑顔を見せ、被害者と遺族置いてきぼりの自己の教育論を展開した。

体罰は教育」という主張は変わっておらず、体罰に依存しない静岡刑務所の矯正プログラムが通用しなかったという皮肉な実態が露見された。

殺害された訓練生に対する現在の心境を訊かれ、「悼む気持ちは散々言っている」と言い放つと同時に検察庁裁判所マスコミ批判を繰り返し、再審請求をも検討していると明言した。

こうしたことから今後は「社会的使命を背負った慈愛の鬼」という路線で活動を再開すると見られ、逮捕前の所業の正当化を図るのではと一部では懸念されている。

同スクールに対しては、石原慎太郎東京都知事)らが熱烈な支援を行う「戸塚ヨットスクールを支援する会」がこれの維持を図り、今後ますますの発展が期待されつつ現在に至っている。

こうした既卒者やその保護者を含む支援者の強力なコンセンサス故に、現役訓練生(および保護者)が教育方針や実務に対して苦言を呈することはタブー視される危険性があり、公正な第三者を置いていないことから再犯が懸念され、これからの戸塚ヨットスクールの課題と言える。