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佐久間信盛

社会

佐久間信盛

さくまのぶもり

戦国武将。織田家家臣。(1527年〜1581年)

織田信秀の代から仕え、さらに信長の最初期からの重臣となる。織田家の主要な戦闘に概ね参加している。

本願寺戦終了後の天正8年に、戦での消極性などを理由とする折檻状を信長に出される。そして嫡男の信栄とともに高野山に追放され、翌年死去している。

渾名

戦でもっとも難しいと殿軍(しんがり)の指揮に優れたことから、「木綿藤吉、米五郎左、かかれ柴田に、退き佐久間」と称されている。