万葉集より📗 穂積朝臣老(ほづみのあそみおゆ)の歌一首 わが命(いのち)し真幸(まさき)くあらばまたも見む 志賀の大津(おほつ)に寄する白波(しらなみ) 私の命が無事であったならまた見たいものです。この志賀の大津に寄せる白波を。 万葉の時代から、志賀、大津の名前があります。 ⬆︎リンクより 天智天皇は、その6年(667)、斉明天皇の御時から都を置かれていた飛鳥岡本宮より、近江大津宮に都を移されました。 それまでの多くの都が置かれた飛鳥近辺から離れたこの地ですが、ひとつには、大化の改新の理想に基づいた政治改革を行うために人心の一新を図ることを目的とされました。 それとともに、同盟国であった百済へ…