北海道拓殖銀行

一般

北海道拓殖銀行

ほっかいどうたくしょくぎんこう

特殊銀行としての北海道拓殖銀行

1900年(明治33年)北海道拓殖銀行法に基づく特殊銀行として設立

北海道には唯一置かれていなかった農工銀行と、日本勧業銀行の機能を併せ持った政策金融機関だったが、拓殖省(後に内務省に吸収)の強い統制を受け、実態として日本勧業銀行と同様に大資本融資と、普通銀行業務に傾斜

戦後、GHQにより一時業務停止を宣告され、1950年日本勧業銀行法等を廃止する法律(昭和25年3月31日法律41号)によって廃止

普通銀行としての北海道拓殖銀行

特殊銀行としての北海道拓殖銀行のうち、普通銀行業務を継承して設立された都市銀行債券発行部門は日本長期信用銀行譲渡

北海道地盤とする都市銀行で規模は破綻時では最小の預金額6兆円規模と、大手地方銀行よりも規模は小さかった。信託兼営行で、バブル期には本州(特に関東)に積極的に出店する。

バブル期に、不動産開発や本州での営業活動を強化した結果、多額の不良債権を抱え経営不振に陥る

1997年11月、商業銀行部門を第二地銀北洋銀行へ、本州部分の信託部門を中央信託銀行へ営業譲渡し、わが国の都市銀行として初めて事実上破綻

通称たくぎん、はまなす拓銀