市來健吾の日記

プログラマ、(元)物理屋(ナノテク、流体)

nanoプロジェクト


  • alex の原稿:

    • 流石にこの week end を持ち越すのはまずいと思って、 「軽く読む」をモットーに最後まで目を通す。

    • 彼の部屋に寄って、(原稿に自分用のコメントも沢山入れてしまったので) 一通り赤を説明しておく。

    • ということで、お仕事、終了。

    • 3/12/2008: 査読のため原稿を受け取る。

EOF


  • 文献の確認:

    • 単純なモデルのこれまでの研究状況を調べてみる。


    • これまで個人的な関心外だったので filter していたもようで、 結構やられているもよう(冷汗……)


    • 3/20/2008: 続き。


  • alex が electro-acoustics の本を見せてくれる。

    • 本と言っても、彼が日本でコピーして(表紙なんてカラー)バインドしたもの。 その表紙から京大の蔵書であることが分かる。 大学間の書籍の貸し借りなどしたことなかったが、 彼曰く(彼は分子研に居た)オンラインで簡単に出きるのだそうだ。

    • それに比べ、ここはひどいもんだ、と二人して文句を並べる。 最近は色々と online 化されているけど、 UofA の図書館の subscription は、なぜかしらないが過去に対して非常に手薄い。 alex 曰く、実験家は全然困ってないので、こういう状況が放置されてんじゃないか、と。 懐古趣味のある私など、日々「本当に役立たずだ!」と怒っている、 自分の腰の重さは棚に上げてね (今の状況でも、図書館に足を運んで、コピー機の前に立って、 1ページごとひっくり返していけば、きちんと手に入る論文は結構ある、の意)。

ボルチモアの恩師からメールの返事が来た。


  • 3/17/2008の件。

  • ところで、そっちの任を解かれて 仕事が楽になったのかと思ってたら、あにはからんやIJMF の editor-in-chief になられた故とのこと (cf.Editorial)。 まあ普通に考えれば、今後、楽になることなど絶対にないだろう、 というくらいの人だものな。個人を越えた責任を果たすべき、本当の意味のエリートの意。

  • やっぱり、本当に偉い人はエラそうじゃないものだ(ってのは前にも書いたな cf. 5/12/2001)。 これは当然で、だって考えてみれば、そもそも「エラそう」にする必要なんか無いんだから。 そう考えれば世の中に「エラそう」な人が沢山々々いるのも分かるような気がする。 これはつまり、本当に偉い人ってそんなに居ないってことだ。 自分も「エラそう」にならないように気をつけよう。

    • 『偉い人になるには、まずエラそうにならないこと』なんて標語を作っても、 何かいまいちだな(結構いいところ突いている気もするけれど)。

    • 逆に考える人、つまり『偉くなったら、エラそうにすることを止めよう』と思う人って、 どれくらいいるかな?(注:頭の中で、交換条件 に関する考えが想起されている。)

  • そういう訳で、「身近な人の偉大さは半減する」(高林哲)という「いやな法則」 (cf. 10/3/2005, 10/2/2005) は、 個人的にはあまり感じないな。 というか、普段の日常を生きる上で「偉大さ」なんか意識するのは、 むしろその人物の小者さの現れではなかろうか (cf. 荘子)。 評価(他人と自分の両方とも)と独立に日々生きていくことが、大事だと思う。 (チヤホヤしたり、されたりという時間は、 どう考えても人生の浪費じゃないかな、の意。)

  • 3/3/2008: Annu.Rev.Fluid Mech. Vol.9 (1977).