悪いうさぎ

ハードカバー表紙

悪いうさぎ (文春文庫)

悪いうさぎ (文春文庫)

先週から少しへこむことが続いたので、以前読んだこの本を再読した。女探偵が(文字通り)踏んだり蹴ったりのヒドイ目に遭う話である。
自分より不幸な人間を哂おうと思ったからではない。自分のちょっとした悩みなんて大したことはないこと、同じ年の女性が体を張って頑張っていることを知ることができるからだ。


そう、私もとうとう本作の主人公と同じ年である。
彼女と作者に初めて会ったのが、この「悪いうさぎ」だった。郵便番号が五桁の時代に書かれたこの小説は、実のところこの女探偵が出て来るシリーズの三作目*1にして初の長編だったのだが、そんなことは知らずに表紙の可愛らしさ(ハードカバーの時)に惹かれて読み出した。杉田比呂美が表紙絵を描いている小説にはアタリが多い、ということが分かったのもこの時だ。
葉村晶、三十一歳、独身。フリーの調査員として糊口を凌いでいる。家族とは縁が薄く、恋人もいない。親友はいるが、最近新しく恋人ができたらしい。取り立てて若くもなく、別に美しくもない。悪口を交換する顔見知りには「身なりに構わない女」と言われている。更に、格闘技にも長けていないし、足も速くない。その上、調査中にその足を負傷、歩くこともままならなくなる。
そんな中、とある女子高生失踪事件に巻き込まれたり自ら飛び込んで行ったりして、次々にヒドイ目に遭う。足の怪我に始まり、発注元の調査会社と揉める、アパートの照明は切れる、怪我しているのに歩き回る羽目になる、非協力的な依頼人に会って疲れる、実り少ない調査に苛立つ、思いもかけない事件に遭遇する、全然眠る時間が無い、誰かの逆恨みに遭うが誰に恨まれているのか心当たりが多過ぎる、他人の複雑な家庭事情に巻き込まれる……他にも色々。サド趣味の方にも、マゾ傾向の方にも、分け隔てなくオススメできる小説です。
彼女はスーパーウーマンではない。小説冒頭で負傷した足は、最後まで彼女を苦しめる。誇りのために札束を退けた後で、現金不足に悩む。大事な友人を守りたいのに喧嘩してしまうし、感情をセーブできずにいらんこともしてしまう。それでもしっかりしていて丈夫で芯が強い、と自己評価していたのに、そうでもない自分に気付いて悲しくもなる。私は彼女が大好きだ。


本書を入口に、私は若竹七海のファンになった。洒落た台詞、親近感の湧く登場人物、奇妙な状況設定……いいんだなあ。本作で好きな台詞は、刑事に本棚を見られた晶が言う言葉。
マルクスレーニン全集は倉庫に預けたんですよ。精神世界本も。殺人や爆弾のハウツー本は文庫本の裏に隠してあるんです。」気骨とウィットに満ちた、しょうもない冗談。
他にも面白い作品はあった。(イギリス旅行の際には「英国ミステリ道中ひざくりげ」*2を持参したいというささやかな野望もある。恥ずかしながらホラー作品は未読。)でも、今でも一番好きなのはこの「悪いうさぎ」だし、葉村晶だ。シリーズの継続を心から望む。彼女が幸福に眠れることを祈りつつ。
これはもう、恋だね。★★★★☆

*1:前二作

プレゼント (中公文庫)

プレゼント (中公文庫)

 
依頼人は死んだ (文春文庫)

依頼人は死んだ (文春文庫)

*2:

英国ミステリ道中ひざくりげ

英国ミステリ道中ひざくりげ