2012-02-09
「やらないよりは『やる』」そうは言ってもやれないのが人間
「やっておけばよかった」と後悔しないために伝えたいこと(かみんぐあうとっ)
を書いてから思ったことなのですが、
やらないよりは『やる』。
そうは言ってもやれないのが人間で、なんといいますか、そういうところが人間らしいというか愛おしいなと思うのですよね。人は完璧じゃないし、ダメな部分もあるもの。がんがん突き進める人というのは本当にごく一部の人だと思います。やりたくてもなかなかやれない人のほうが実際は多いんじゃないかな、と。
「やろうと思えばやれたのに…」
後悔しても遅いので、やれるときにやっておきたいな、と。
まぁこう書くのは簡単できれいごとのようにも思う人もいるだろうなぁと…。
件の学生ですが、その学生は日本語を勉強して日本の大学に進学しようと日本に来ていたのですよね。目標である大学進学は絶対無理というわけではないのです。留学生を多く受け入れている大学あります。これから先日本人の学生は少子化に伴いどんどん減っていくのはわかっていますし。大学を経営し存続させていくためにはやはり学生は必要。外国人学生はこれからもっと増えていくのではないかと。もちろん大学進学には学力日本語力も必要ですが、もし日本で勉強したいと思うのであればどんどん日本に来てほしいな、と。
せっかくの機会を逃してしまうのはもったいない。そう思います。
学生についてはネトゲもしていいけれど、学校には来てほしい。出席率はやはり進学する際チェックされます。
もう日本語の勉強はやめて国に帰りたい、というのであれば別ですが、そうではないのですよね。日本には残りたい。国には帰りたくない。親もその学生が日本の大学に進学することを期待して送り出してくれている。これまでかかった留学費用も10万や20万ではないはず。何百万かかかっているはず(200〜300万くらい?)そして日本での生活費も親から仕送りでもらっているわけですし。
「とにかく学校に来てほしい」とヤキモキしているわけですが、当の本人はあまり深く考えていないのかもしれません。ただネトゲが楽しいからやってる。学校に行っても面白くないからうちでゲームをしているだけかもしれません。(今、日本は母国とちがって寒いし)。
周囲は学校に来ないことや本人の進学について心配していて、その心配もおそらくは伝わっていて、でも本人はどうしようもないのかもしれません。どうしても学校に行く気になれないというか、やらないといけないのはわかっているんだけど…という状態。
「やらないよりは『やる』」そうは言ってもやれないのが人間。
それはあると思います。一方的に外からうるさく言っても効果はなくて、むしろ閉じこもってしまうかも。
「北風よりは太陽」そうも思うのですが、なかなかその太陽というのも難しいのですよね。本人が「これじゃいけない」と気づいて改めるしかないのかなと思ったり。今いろいろ考えているところです。
フォロワーさんから教えていただいた記事です。また読み返すと思うのでここに貼っておきます。
「ネトゲに手を出して帰ってこれた人いる?」(もみあげチャ〜シュ〜)
2012-02-08
「やっておけばよかった」と後悔しないために伝えたいこと
1.こわいのはあきらめること
ネトゲにハマってしまった学生は何のために日本に来たのか目標を忘れてしまっているのだと思うのですよね。あるいは、あきらめ。日本に来て勉強したものの上達しない。日本国内の学校への進学もできないかもしれない。勉強を続けても意味ないよね、と。
あきらめ。
これはこわいです。
あきらめることで無力になってしまう。なにもする気が起きなくなってしまう。
時にはあきらめなくてはいけないときもあるけれど、簡単にあきらめるのはどうかな、と。
あきらめたらそこで試合は終了。
あきらめなければ、可能性はある。そう思います。
2.わたしの「やっておけばよかった」と後悔していること
過去―大学時代ですが―「やっておけばよかった」と後悔していることあります。未だに「やっておけばよかった」と思い出し悔やみをするので、我ながらよほど心残りなのだろうな、と。
「やっておけばよかった」と思うこと。
気になりますか?
気になる人もいるかもしれないですね^^
「やっておけばよかった」と思うこと、それは留学です。
親や教授とも相談し、申し込みも済ませていました。イギリスに語学留学する予定でした。
けれど、どうしても踏ん切れなかった。決断力がないのは昔も今も変わらないですね。
留学していたら、今よりも英語は身についていたでしょう。留学からの流れで英語を使う職業についていたかもしれません。
踏ん切れなかった理由はいくつかありますが、ここでは書かないでおきます。やらなかった理由を並べてもそれは言い訳にしかならなくて、言い訳をすることで自分がみじめな気分になるだけだな、と。
ただ「やろうと思えばやれた」のですよね。それがわかっているだけにつらい。
当時かなり悩み、結局、わたしはあきらめることを選びました。土壇場になってあきらめてしまった。そういうことがありました。
未だに「やっておけばよかった」そう思います。
3.「やっておけばよかった」と後悔しないために伝えたいこと
「やらないよりは『やる』」
ということ。
やらなかった後悔はずっとあとまで引きずります。
やってみることを恐れない。めんどくさがらない。
やってみて「これはやりたいことじゃない」「なんか違う」と感じたらそこでやめることもできるのですよね。やってみてわかることあります。逆に言えば、やってみないとわからない。
やらないよりは「やる」。
やってみてそれから考えるのも有り。方向転換、軌道修正も有り。
やらないであきらめた後悔は重いですね。
やるだけやってダメならそのほうが吹っ切れるかもしれません。
繰り返しになりますが、あきらめたらそこで試合は終了。
あきらめなければ、可能性はあります。
なにもしないうちにあきらめてしまうのは、本当にもったいない。そう思います。
2012-02-07
ネットが楽しすぎるんだよね。
かく言う私もネットはするほうなので、大きなことは言えないのですが、ネトゲにハマって学校に来なくなる学生出てきました。「来なくなる」のではなく「来ることができなくなる」というのが正確な表現でしょうか。
一晩中ネトゲ。
↓
朝方眠る。
↓
学校がはじまる時間になっても起きれない。
↓
学校を遅刻するor休む
おそらくこういう流れでしょう。
「ああ、よくあるよくある」そう思う人も多いかと。
留学先、異国で友達も少なくて、学校とうちの往復の毎日で、一人暮らしでうるさく言う人もいなくて、うちではネットができてつなぎ放題で、ネット上には面白いゲームがあって、そこには仲間がいて楽しい。学校で勉強するよりも楽しい。
おそらく母国語でチャットしながらゲームをしているのだと思います。
ネットが楽しいというのもわかりますし、でも学校に来なくなってしまうのは…。
さてさて、どうしたものでしょう?(悩
2012-02-06
「これは個人の感想で感じ方には個人差があります」
ネット。どこまで書いていいものなんだろう。(かみんぐあうとっ)
この続き。
よくTVCMとか通販番組の端っこに小さく書いてありますよね。あれをブログに書いておくのも有りなのかなぁと(笑)
つまりは予防線。
「これは個人の感想で感じ方には個人差があります」
「感じ方に個人差があるのは当たり前」それがわかっている人はよいのですけれど、そうじゃない人もいるのですよね。「自分が感じているようにほかの人も感じるものだ。」「そう感じない人はおかしい、変だ」とすら。
例えば、とんこつラーメンも「美味しい、好き」という人も入れば、嫌いという人もいる。とんこつの独特のにおいが臭くてダメという人いました。あの脂っこいのが気持ち悪くなる、食べるとだいたいあとからおなかの調子が悪くなるという人も。
まぁ、私の場合、そういう人も世の中にはいるということで、それはそれでいいと思うのですが、「××のとんこつラーメンは臭い」とか「脂っこくて気持ち悪くなる」「あとからおなかが痛くなる」みたいなことを店名をあげて具体的に書いてしまうと、それはお店側にとっては営業妨害になってしまうんじゃないかな、と。
「『臭い』『気持ち悪くなる』『あとからおなかが痛くなる』というのはあなただけで、他の人もそう感じるか、そうなるかと言えば、そうじゃないでしょう?」と。
軽い気持ちでネガティブな感想をネット上に書いてしまうと、あとあとトラブルになる可能性もあるわけで、そのあたりも頭に置いておきたいな、と。
「これは個人の感想で感じ方には個人差があります」
そういう注意書きを書いたとしても、ネガティブな感想をされると感想された側は良い気持ちはしないですね。ネガティブな感想も感想には変わりはないと受け止められる人は器が大きいですね。器が小さい人ほど(寛容性がない人ほど?)過剰に反応してしまうものかもしれません。まぁ人それぞれ「これだけは譲れない」という部分もありますし、心情的に黙ってスルーできないという場合もありますし。
「これは個人の感想で感じ方には個人差があります」
そう予防線的に書いておいて、相手が不快になるような傷つくような感想を書くというのもわたし的には好きではなくて―とはいえ「批判的なことを書くのは良くない」と制限してしまうのもそれはそれで(言論の自由という観点で)おかしいな、と
うまくまとまらなかったので、「つぶやき」ってことでタグつけておきます。
2012-02-05
ネット。どこまで書いていいものなんだろう。
久しぶりにラーメン屋さんでとんこつ久留米ラーメン食べてきました。
餃子もおいしかったです。
撮った写真をTwitterで投稿しましたが、お店の名前はツイートしませんでした。
もし店名をツイートしたら宣伝と受け取られ、ステマ乙とか言われる可能性もあるなぁとそう思ったので。
思うのですよね。
ネットにどこまで書いていいものなのかなぁと。
「××の○○ラーメン美味しかったよー」とさらっと書いてもよい気もしますし、もし美味しいと思えなかったらそう書いてもいいものなのかなぁ。どうなのでしょう?お店の人から見れば、店名をあげて美味しくなかったとは書いてほしくないでしょうし、たまたまその人の好みではなく口に合わなかっただけという場合でも感想を読んだ人は「ああ、美味しくないらしいな。やめとこうか」と行かない可能性もあるわけで……。
書評や本の感想についても言えるかな。「○○さんが面白かったとブログに書いていたから買って読んでみたけど、全然面白くなかった。なんか買って損した気分だ」という場合もあるかもしれませんし、なかなか難しいですね。


