先日、ふと思いついた一文を、メモに書き留めました。 自分自身への問いが立てられなくなることを、老害というのかもしれない。 書いた瞬間、自分でちょっとひやっとしました。 「老害」と聞いて、たぶん多くの人が思い浮かべるのは、 時代についていけない人とか、若者を否定する人とか、 そういうイメージだと思います。 でも、それは表面的なものなのかもしれません。 本質的には、もっと内側にあるのではないか。 「問いが、立たなくなった」ところに。 自分の中に、新しい問いが生まれない。 答えだけが並んでいて、疑いが入り込む余白がない。 「これで良いのか」という小さな疑問が、 いつのまにか消えていく。 そういう状態…