虚仮生活(九)

 休日の朝はいつだって目覚めるとB級、C級のストレスが纏わりついている。ヘヴンは遠い。
 金輪(かなわ)は起きてすぐに、ストレスを発散させるために労働日に我慢していた手淫を立て続けに二回行使し、数時間後にもう一回行使するという暴挙に出て、午前中のうちに三回行ったために、気力、体力、ティッシュを大量消費し、心身ともに酷くだるく、もはや果てた具合であった。
 このような色餓鬼めいた所作で力が翳んだものの、金輪は絶好の天候、気候を天が与えているというのに引き篭もっていれば精神衛生上良くないと思い、そうして外に飛び出した具合である。
 中小私鉄会社のバス停に到着すると、ベンチに若い女性が座っている。もはや女性を見るのも気だるい心情で、隣に座るスペースはあるものの、金輪は座ることなく、ただ立ち尽くしてひたすらバスを待った具合である。歩行者天国の影響でおよそ10分遅れでバスが到着し、乗り込むと前に座って来る女性の香水の匂いの拡散具合に腹立たしく感じる。このように金輪は常に何かに腹立たしい気持ちを持ち続けて、車窓を虚ろに眺め、そうして文化財が散りばめられた町に到着した具合である。

 橋を架ける川べりを歩くと、カップルや家族連れが多く歩いており、なるほど、観光客も多いといった感じである。私は100年前に生きていた小説家・劇作家の記念館を訪ねることにした。
 
 まずIという文豪の記念館を訪れ、受付にて「1DAYパスポート」(500円)なるものを購入する。このパスポートで複数の記念館に入館できるといった具合である。中に入ると、日曜日にも関わらず閑散とした雰囲気である。なるほど、現代人のマジョリティが寄り付かないよいところである。展示室ではIの美意識たるものがふんだんに散りばめられており、心が洗われる思いであった。
 続いてTという自然主義作家の記念館に出向く。受付にてアラフォーっぽい女性がけたたましく喋っている。パスポートを購入すべきだったと狼狽しているようだが、ケチましい。どうでもいいことに関する口数が多い具合で、腹立たしくなってきた。
 ともかくTの展示を見ているとTは女性を書かせると右に出るものはいないらしく、描いた女性キャラクターなるものが五人紹介されていた。

・お銀(忍耐者)
・お島(積極的)
・お絹(芸事一筋)
・葉子(自己陶酔者)
・銀子(芸者、置屋

 金輪は五人の粋な女性をざっと眺めていると、どうにも時代の流れというものは残酷だと思う有様で、昔は女が忍耐し、男を上げさせたものであるが、今の時代は、男が女の快感を優先させるという、何か男が女の腰巾着的な存在に成っている事に関して殊更腹立てる具合となった。しかし、考えてみれば金輪自身も他人を介して極度の快楽まで辿り着いたことは皆無で、逆に女が舐めろと言ってくればおそらく苦にせず舐めきるであろう。
 女が境地に行ってくれさえすれば、自身の快楽は手淫により、一人虚しく境地に足繁く通いつめればそれで「OKよ、大OKよ」といった痛ましい妥協をしてしまっている日常を振り返ると金輪は狼狽しきるのであった(もっとも金輪は女を境地に出向かせることも甚だできないのであるが)。

 などと濁った感情を持ちつつ、展示を眺め、女好きの作家に感動する。「縮図」という作品を今度読んでみたいと思い、文学的資質がさほどない金輪はさっさと外に出る。 
 金輪は、此処最近寝るだけの休日が多かったため、久々に人混みの多い場所へ行ったため、とてもストレスを感じ、人間が恐ろしいという感情が芽ばえる。どうも今日は疲れたようである。 
 明治維新後から太平洋戦争中まで生きたIとTの二人の作家のガラスケースの中に展示されたブツを眺めて波乱万丈な二人の人生を自分の中でどう意味づけるかが大切だと思うが、何も浮かばず、なぜか上気してガラスケースに頭を突っ込む狂人が勝手に連想されるという果てた思考具合で、金輪はやはり疲れているようである。