Hatena::ブログ(Diary)

苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳

2016-05-24

TPPは、「三だけ主義」経済人の利得のために、農家をつぶし、食料自給を放棄して飢餓を輸出する

「今回の法案に限らず、国家戦略特区を強力に推進する会議体の中心メンバーである経済人たちが、(オリックスパソナみたいに)自ら主張して実現した規制緩和特区ビジネスに自らの会社を平気で参入させる、事前に他社では得られない情報をほぼ独占的に入手して自分で根回し、準備できるんですから、こんないい話はないですよね。今だけ、金だけ、自分だけ、これは鈴木先生よく使われるお言葉ですけれども、この国家戦略特区でもどうやらその3だけ主義者、今だけ、金だけ、自分だけの3だけ主義者が幅を利かせているような雰囲気がございます」(山本太郎参議院議員

ブッシュ元大統領は、食料自給できない国を想像できるか、それは国際的圧力危険にさらされている国だと演説し、アメリカ大学では、標的は日本だ、日本人の直接食べる食料だけでなく畜産の餌穀物を全部アメリカ供給すれば日本人が完全にコントロールできるといって、アメリカはお米を一俵4千円で輸出していますが、一俵1万2千円との差額の九割は全部政府が払って、そして生産と輸出を振興していると、これが食料戦略というものです。」(鈴木宣弘教授

http://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/5889

 バブルの頃、「ビジネスマインドをもった政治家」ということを、誇らしげに自称する人がいた。国民もそういう政治家を期待しているのかもしれない。愚かなことである。なぜか?政治家仕事と、経済人仕事とは、その目的本質的に異なっているからである

 経済人は、会社経営破綻し、株主から見放されないために、毎年決算があるからとにかく黒字経営をしようとする。会社経営者は、毎年の決算株主の前にそれがさらされるから、長期的展望を持ち得ない。

 政治にとって経済はたしか重要ファクターの一つであるが、第一のファクターではない。政治にとって一番大事なことは、国民生命国土の保持・そして国家の維持であり、経済はそれを支えるための多くの手段の一つである。昨今の政治家は、原発政策典型的に見られるように、経済のために、国民生命国土の存続を危うくして恥じることを知らない。政治家マモン奴隷になっている。

 食糧自給の不安定さは、日本のような経済大国場合、国際市場からの食料緊急輸入を結果することになり、他の食糧自給が不可能環境の国々に対する飢餓の輸出となってしまう。1992年の米100万トンの緊急輸入は、米の国際市場価格を吊り上げてしまい、環境的に食料自給不可能な国々の貧しい人々を苦しめることになったことを忘れたのか。他国庶民のことなど、どうでもよいと思っているのか。

2016-05-22

死の中にいのちを

創世記3:20-24

1.妻の名をエバと


3:20 さて、人は、その妻の名をエバと呼んだ。それは、彼女がすべて生きているものの母であったからである

 アダムと妻は、神の戒めに背いて善悪の知識のから取って食べてしまいました。結果、彼らは神と断絶し、霊的に死んでしまいました。以来、人は、自分の精神と肉体を意志をもってコントロールすることすらできない惨めなものとなり、また、自分の隣人に対しても警戒心をもっていちじくの葉で自分の恥を隠さなければならないような、孤立したものとなってしまいました。 

 さらに、神からのろいをかけられて、女性子育てと夫との関係において苦しみをなめるものとなり、男はどんなに働いても被造物がその働きに逆らってくるような環境で汗水たらして働かねばならなくなったのです。子育て、家庭、仕事は祝福ですが、その祝福にのろいがともなうものとなりました。

 隣人との断絶、被造物との断絶、そして自分自身の中での意志と精神と肉体の断絶。そして、これらは神との断絶という事態がもたらした結果でした。神との断絶とは、霊的な死を意味しています。神との人格的交わりがいのちですから。

 

アダムからすれば、こうした霊的な死と断絶をもたらした女は、「すべての死の母」とでも呼びたくなるはずです。ところが、実に不思議なことに、アダムは死をもたらした妻を「すべて生きているものの母」という意味で、エバと呼びました。なぜ、アダムは妻を「エバ」と呼ぶことができたのでしょうか?

文脈を見るならば、ただ一つだけ理由が見つかります。それは、蛇に対して語られた神のことばです。

3:15 わたしは、おまえと女との間に、

  また、おまえの子孫と女の子孫との間に、

  敵意を置く。

  彼は、おまえの頭を踏み砕き、

  おまえは、彼のかかとにかみつく。」

 つまり、女から出てくる子孫が、この死をもたらした蛇つまりサタンの頭を踏み砕く救い主となるのだという約束です。この箇所は、次の21節とあわせて「原福音」と呼ばれる聖書箇所です。最初のメシヤ預言です。

 アダムに知らされた約束はわずかなことではありましたが。この自分のかたわらの女性が、希望の光なのだということはわかりました。妻は、死をもたらしたけれど、また、いのちをももたらす大切な存在なのだということをアダムは受け止めたのです。そういう意味で、アダムが妻をエバと呼んだことは、彼の信仰告白でした。

 妻の側にしてみれば、夫が自分をエバと呼んでくれたことは、どれほどの慰めだったことかと思います。

2.女の子孫のわざ

 女の子孫と蛇の子孫はどのように敵対するのでしょうか。バプテスマのヨハネと主イエスは、パリサイ派サドカイ派の人々を「まむしのすえ」と呼んでいます。

マタイ3:7 しかし、パリサイ人サドカイ人が大ぜいバプテスマを受けに来るのを見たとき、ヨハネは彼らに言った。

「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。

マタイ12:34「まむしのすえたち。おまえたち悪い者に、どうして良いことが言えましょう。心に満ちていることを口が話すのです。」

 ヨハネと主イエスは、彼ら宗教家たちの偽善的なありかたが、サタンに由来するものであると指摘しているのです。主イエス宣教が始まった当初、悪霊つきがイエス宣教を妨害しましたが、後半になるとサタンパリサイ派サドカイ派といった人々を手下として用いて、主イエス宣教に敵対するようになって行くのです。

 では、「女の子孫」と呼ばれる救い主はどのようにして、サタンに勝利を収めるのでしょうか。「彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」と言われています。蛇は、メシヤのかかとに噛み付きます。蛇は勝った!とにやりとします。しかし、次の瞬間、蛇はにやりとしたまま頭を踏み砕かれているのです。巌流島武蔵の鉢巻が切れ飛んだのを見てニヤリとした小次郎が、つぎの瞬間、その脳天を武蔵の長大な木剣で打ち砕かれたように。メシヤのサタンに対する勝利は、そのような勝利の仕方なのだと預言されているのです。一見すると、メシヤはサタンに噛み付かれて負けてしまったかに見えるのですが、次の瞬間、メシヤはサタンの頭を踏み砕いてしまうのです。

 最後の晩餐の席上、主イエスイスカリオテ・ユダにパンを浸して渡すと、サタンは、イスカリオテ・ユダに入ったとヨハネ福音書の記事にあります。

ヨハネ13:27 彼がパン切れを受けると、そのとき、サタンが彼に入った。

そうしてユダは敵のもとに走って銀貨30枚をもってイエスを売り、ゲツセマネの園で引き渡してしまいます。そうして主イエスは、大祭司カヤパの法廷ローマ総督ピラト法廷たらいまわしにされたあげく、鞭打たれて後、十字架に磔にされてしまうのです。十字架上に主イエスは午前9じから午後3時まで6時間にわたって苦しみぬかれ、午後3時暗闇のなかから「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ!わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」と叫ばれました。

 サタンはこの金曜日、悪しき天使たち悪霊どもたちと一緒に、祝賀会を開いて乱痴気騒ぎをしたことでしょう。しかし、サタンは天地の造られる前に神がお定めになっていた、隠された奥義を知りませんでした。

「2:7 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。

2:8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。」(1コリント2:7,8)

その奥義とは、十字架のことばです。尊い神の御子が人となり、人類の代表としてのろいの十字架にかかって死なれるならば、それは、神の御前に人類救済のための犠牲として受けいれられるささげものとして受納されるのだという奥義です。ですから、サタンは知らずして、イエス・キリスト人類救済のためのみわざを遂行することを一生懸命に手伝ったのです。サタンは、その事実を三日目の朝、知らされます。御子イエスは、人類の罪に対するのろいのすべてを受け終わって、死者の中からよみがえられました。サタンは歯噛みして悔しがったに違いありません。

 これがへびがメシヤのかかとに噛み付いて勝利を得たと思った次の瞬間、その頭を踏み砕かれたという出来事でした。

3.主は手ずから皮の衣を

 原福音、つまり、メシヤ預言はもうひとつのかたちで預言されました。それは神ご自身が手ずからアダムと妻のために皮の衣をつくって、着せてくださったということです。

3:21 神である【主】は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。

 なんだかこれから困難な旅に送り出そうとする母親が、わが子のために旅の装束を調えて着せてやる有様を思い浮かべて、胸が熱くなってしまいます。前回味わった「園を歩き回る主の声」という表現と並んで、なんとも主なる神の優しさに胸打たれる記述ではありませんか。

 アダムと妻は、自分たちで、惨めないちじくの葉っぱの腰おおいを作って巻いていましたが、何度作ってもつくってもしおれて、恥が現われてしまうのです。神は、そこで彼らのために、ある動物の血を流し、その皮をとってこれをなめして、しおれることのない丈夫な皮の衣を手ずから作ってくださったのです。

 しかし、この出来事は単に丈夫な皮衣というだけの意味ではありませんでした。それ以上の意味がありました。当時はまた肉食は許されていなかったのですから、アダムとエバは、自分たちの裸の恥をおおうために、いたいけな一匹の動物が殺されて皮を剥ぎ取られて、その皮で自分たちの衣が作られるのを見て、相当なショックを受けただろうと思います。自分たちの神の前における罪を覆うためには、いのちあるものの命が奪われ、血が流されなければならないのだということを目の当たりにさせられたのです。

「血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。」(ヘブル9:22)

 この皮衣の表象は、レビ記に出てくる祭司の衣に、そして、新約においてはキリストの用意してくださる義の衣に受け継がれていきます。その意味することは、神の御子があのゴルゴタ十字架において尊い血を流して、私たちの罪を覆い、神は私たち人間を赦してくださったのだということです。

 なにやら功徳を積むことによって、神の前に罪の償いができるかのように思って、いろいろな宗教的儀式を工夫したり、苦行をしたり、お布施をしてみたりするのです。生きているときに十分にできなければ、死んだ後に、追善供養をしてやったりもします。しかし、それらはむなしいいちじくの葉にすぎません。人間が、神の前で、自分の犯した罪を自力で覆うことなど、とうていできないものなのです。だからこそ、神が私たちの罪を覆うためにキリストの御血潮をもって義の衣を用意してくださったのです。

 私たちとしては、「私は自分で自分の罪をどうすることもできない惨めな罪人です。きよいあなたの目の前に出ることができません。どうぞこの私を御子イエス十字架の血潮で覆ってください。」と、神の前に白旗を掲げて祈るほかないのです。

4.ケルビム

 エデンの園に住むにふさわしくなくなってしまったアダムとエバは、こうして園から追放されることになりました。人間は本来、人としての善悪を定めた神の権威に服して生きるべきものでしたが、あたかも神のように自分で自分の善悪を決めたいという罪深い衝動を持つ者となってしまいました。それは、神に背いたサタンのような生き方であり、この状態で永遠に生きるほど悲惨なことはありません。そこで、彼らは園から追放されることになります。

  3:22 神である【主】は仰せられた。「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。」

 そして、彼らがいのちの木から取って食べることがないように、エデンの園の東にケルビムという御使いが配置されました。

3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。

 ケルビムというのは、主の御座を護る天使であり、これは後に神殿の聖所と至聖所を隔てる垂れ幕に織り出されるものです。

26:31 青色、紫色、緋色の撚り糸、撚り糸で織った亜麻布で垂れ幕を作る。これに巧みな細工でケルビムを織り出さなければならない。

26:32 これを、四つの銀の台座の上に据えられ、その鉤が金でできている、金をかぶせたアカシヤ材の四本の柱につける。

26:33 その垂れ幕を留め金の下に掛け、その垂れ幕の内側に、あかしの箱を運び入れる。その垂れ幕は、あなたがたのために聖所と至聖所との仕切りとなる。

 つまり、神殿における至聖所は神の臨在されるエデンの園を象徴するものであり、罪ある人間はここに入ってはならず、入るならば死ななければなりませんでした。年に一度だけ大贖罪の日に大祭司だけがもろもろのきよめの儀式を経て入ることができたのです。聖なる神と、罪ある人間は決定的に隔てられていることをあらわすのが、この垂れ幕であり、そこにはケルビムが織り出されていました。

 しかし、神のみ子主イエスが、あの十字架上で私たちの犠牲となって死なれたとき、このケルビムを織り出した神殿垂れ幕は上から下に真っ二つに引き裂かれました。

マルコ15:37,38

15:37 それからイエスは大声をあげて息を引き取られた。

15:38 神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。

神ご自身が、神殿垂れ幕を「もう不必要になった」として廃棄されたのです。御子の犠牲によって、神と人とを隔てていた罪は処理されて、私たちは御子を通して、父に近づくことができるようになったからです。こうしてエルサレム神殿に行かずとも、私たちは主イエスの御名によって、世界中どこででも、この苫小牧福音教会でも、まことの神に近づき、いのちの交わりを持つことができるようになったのです。私たちは素晴らしい時代に生かされています。


結び

 アダムは、死をもたらした妻をエバ、すべていのちあるものの母と呼びました。それは、エバを通してキリストが来られるという神の約束を信じたからでした。そして、事実キリストは来られて、あの十字架においてご自分のいのちを犠牲にすることによって、幕屋の垂れ幕を不要にして私たちと神との永遠のいのちの交わりを回復してくださったのです。

 私たちは、いちじくの葉っぱで、神の前の自分の罪を覆うことができないことを認めましょう。ただ、神の御子イエスキリスト十字架において流された尊い血潮によってのみ、私たちの罪は赦され、神との交わりに入ることができるのです。

 主イエスは言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)



<反省>

 今回も、説教を二度に分けたほうがよかったかな、と思う。創世記3章までの一節一節は内容がありすぎる。

第一の使命、第二の使命

マルコ1:29−39

1:29 イエスは会堂を出るとすぐに、ヤコブヨハネを連れて、シモンアンデレの家に入られた。 1:30 ところが、シモンのしゅうとめが熱病で床に着いていたので、人々はさっそく彼女のことをイエスに知らせた。 1:31 イエスは、彼女に近寄り、その手を取って起こされた。すると熱がひき、彼女は彼らをもてなした。

  1:32 夕方になった。日が沈むと、人々は病人や悪霊につかれた人をみな、イエスのもとに連れて来た。 1:33 こうして町中の者が戸口に集まって来た。 1:34 イエスは、さまざまの病気にかかっている多くの人をいやし、また多くの悪霊を追い出された。そして悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスをよく知っていたからである

  1:35 さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。 1:36 シモンとその仲間は、イエスを追って来て、 1:37 彼を見つけ、「みんながあなたを捜しております」と言った。 1:38 イエスは彼らに言われた。「さあ、近くの別の村里へ行こう。そこにも福音を知らせよう。わたしは、そのために出て来たのだから。」

1:39 こうしてイエスは、ガリラヤ全地にわたり、その会堂に行って、福音を告げ知らせ、悪霊を追い出された。

1 安息日の過ごし方・・・神を愛し、隣人を愛する

 主イエスは、安息日にカペナウムの会堂での礼拝と宣教を終えると、すぐに弟子としたばかりのヤコブヨハネを連れてシモンアンデレの家を訪問しました。ところが、シモンの家では彼の姑が床についていて、熱でうなされていたのです。

 イエス様はそれを知ると、ごく当たり前のように、彼女に近寄って手を取って起こすとたちどころに熱はひいて元気になってしまいました。元気になった姑は、これは嬉しい、これは感謝ということで、イエス様と弟子たちをもてなしたのでした。

1:31 イエスは、彼女に近寄り、その手を取って起こされた。すると熱がひき、彼女は彼らをもてなした。

 イエス様にとっては、これが安息日もっとも適切なすごし方でした。つまり、会堂に集って兄弟姉妹たちとともに神に礼拝をささげ、次に、兄弟姉妹の家を訪ねて安否を問い、もし具合が悪い人がいたら病の癒しであれなんであれ愛の行いをするということです。そもそも、神様が与えてくださったたくさんの命令の中で一番大事な命令は、

12:30『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

そして・・・

12:31 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』

この二つです。安息日は、まさにその神への愛と隣人愛を実践する日ですから、主イエスは会堂で礼拝をささげ、かつ、熱病で苦しんでいる姉妹を癒されたのでした。私たちは日ごろ、自分の生活のこと自分の仕事のことだけで汲々としていがちなものですから、神様安息日を定めて、本来、人間が神によって造られた目的を思い起こさせてくださるのです。安息日とは、神への愛と隣人愛を具体的に表現する日です。

私は学生時代教会に通い始めたころ、礼拝が終わると即座に帰るようにしていました。「礼拝で賛美をささげ神のことばを聞けば、それでいい。家に帰ってしなければならない勉強がある」と思っていたのです。ところがある日、私にその教会を紹介してくれた白石君が言ったのです。「水草、きょうもすぐ帰るんか。交わりも奉仕なんだよ。」私は目が開かれました。「交わりも奉仕」ということばに、です。一週間それぞれの場で生活をしてきて、久しぶりに会う主にある兄弟姉妹たちとうどんをすすりながら交わり、安否を問い合うことは、主にお仕えする奉仕なのです。

 シモンの姑は、主イエス癒してもらって、ただちにイエスと弟子たちをおもてなしする奉仕をしました。神の愛を受けたなら、その愛に具体的な兄弟姉妹に仕えるご奉仕をもって応答する。そういう生き方をしたいものです。私たちは、イエス様によって神様からの愛を受けましたから、その愛に応答して、神を礼拝し、兄弟姉妹の必要のために耳を傾け、具体的に愛を表わして生きていくのです。私たちもそのことを意識して、七日に一度の主の日をすごしたいものです。

2 砂糖にアリが群がるように

 さて、イエス様が熱病に苦しむシモンのしゅうとめをたちどころに癒したという噂は、カペナウムの町中にたちまちに広がってゆきました。広がってゆきましたけれども、その噂を聞いても人々はすぐにはイエス様のもとに集まっては来ませんでした。

「1:32 夕方になった。日が沈むと、人々は病人や悪霊につかれた人をみな、イエスのもとに連れて来た。 1:33 こうして町中の者が戸口に集まって来た。」

 「夕方になった。日が沈むと・・・」と書いてあります。町中の人々は、日が沈むのを待っていたのです。日が落ちて、イエス様と弟子たちがもうそろそろ寝る準備をしようかというときになってから、ドヤドヤとイエス様のところに人々が集まってきたのです。なぜでしょうか?この日が安息日であったからです。

 十戒の第4番目に、「安息日にはどんな仕事もしてはならない」という戒めがあります。そこで、当時、ユダヤ教当局は「何が仕事にあたるのか?」ということを厳密に検討いたしまして、千数百の「仕事」にあたる行為をリストアップしていました。そうして、そのなかに病気治療行為も含まれていました。だから、イエス様にすぐにも病気を治して欲しいのはやまやまだけれど、ユダヤ当局の先生たちに見つかったら安息日違反として告発されるかもしれないから、それを避けようとしたのです。

 「日が沈んでから」というのは、当時、ユダヤの暦においては、日没から日没が一日であるという定めがあったので、日が落ちたら安息日は終わったからです。人々は、日が西の山の端に隠れたとたん、我先にと主イエスのところに病人や悪霊にとりつかれた人々を連れてきました。

 ちなみに、ヨーロッパ中世近世には、すべての病気が悪霊によるものであるという極論が流行してしまいます。その後、近代の合理主義の影響によって、そもそも悪霊などというものは存在しないのだから、悪霊を原因とする疾患はないというこれまた反対の極論が流行して、今日にいたっています。人間にとって中庸というのは、とてもむずかしいことのようです。しかし、聖書はたいへんバランスがとれていて、疾患のなかには肉体的・精神的なことが原因である場合があるが、ある疾患については悪霊を原因とするものがあると教えているわけです。

 主イエスは肉体的精神的原因でもって病気になっている人々をいやしました。また、悪霊が原因で苦しんでいる人々については、彼らから悪霊を追放しました。イエス様は、肉体も精神お造りになったお方ですから、これを治療することは容易なことです。また、悪霊はイエス様の権威の下にあるものですから、その権威をもって彼らを追い出すのも容易なことです。

「 1:34 イエスは、さまざまの病気にかかっている多くの人をいやし、また多くの悪霊を追い出された。そして悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスをよく知っていたからである。」

 ひとつ気になるのは、イエス様が「悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスをよく知っていたからである。」というのは、どういう意味であるかということです。イエス様癒しを行っても、それが宣伝されることを好みませんでした。メシヤの秘密と言われます。理由はよくわからないのですが、少なくともここで言えることは、イエス様は悪霊によってご自分が神の御子キリストであることを証言してほしくなかったということです。

3 伝道社会的責任

 このようにして、イエス様のカペナウム宣教の第一日目の安息日と、日没から始まった癒しの数時間はすぎました。いわば開店と同時にいきなり満員御礼でしたから、弟子たちは興奮してしまいました。シモンアンデレはかつてバプテスマのヨハネのもとで弟子であったわけですが、こんな勢いで人々が集まってくるのを見たのははじめてでした。ヨハネ癒し奇跡を行ったという記録はどこにもなく、ただひたすら「悔い改めなさい。神の国が近づいた」と宣教してまわったのでした。それでも反響があったのは事実ですが、イエス様癒しと悪霊追い出しの反響の比ではありません。人々のニーズが多すぎて答えきれないほどの大反響です。人々は深夜になってしまったので、やむなく帰って行きましたが、弟子たちには、これは大成功だと思われました。

 朝になると、ガヤガヤという声で目が覚めました。町の人々が噂を聞きつけて、さらにたくさん集まってきていたのです。弟子たちは「これは大成功じゃないか。一日にしてこれほどの人々が獲得できるとは。」と思いました。けれども、肝心の主イエスがそこにはいらっしゃいません。いったい、どこに行ってしまわれたのでしょう?

 実は、主イエスはまだ暗いうちに起き上がって、荒野で一人祈っていらっしゃったのです(1:35)。何を祈っていらしたのでしょう?おそらく、こういうことでしょう。「カペナウムの人々は、病の癒し、悪霊からの解放をもとめて、どんどんわたしのところに集まって来ます。人々の必要はとても大きいのです。かわいそうな者たちがたくさんいます。わたしはカペナウムにとどまって彼らの病の癒し、悪霊からの解放のために、働き続けるべきでしょうか。しかし、父よ、あなたのみこころはなんでしょうか?」

父は言われました。「いや。彼らを後にして、次の町へ行き、ガリラヤ全土に福音宣べ伝えなさい。」ですから、シモンと仲間がイエス様を探しに来て、たくさんの人があなたを探していますと言った時、主イエスはおっしゃいました。

1:38 イエスは彼らに言われた。「さあ、近くの別の村里へ行こう。そこにも福音を知らせよう。わたしは、そのために出て来たのだから。」

1:39 こうしてイエスは、ガリラヤ全地にわたり、その会堂に行って、福音を告げ知らせ、悪霊を追い出された。


 主イエスが父なる神から、この世に遣わされて行った宣教のわざは、福音を告げ知らせることと、病気・悪霊つきを元気にしてやることでした。今風にいえば「伝道社会奉仕」というこの二つです。弟子たちもまたペンテコステの後に、キリストの福音宣べ伝えると同時に、やもめへの配給を行いました(使徒6章)。当時の社会では、やもめとみなしごがとても多く、その貧困問題があったのです。恐らく結婚年齢が男性のほうが女性よりも10以上という習慣があったので、必然的にやもめが多くなったのではないかと思われます。

 古代から中世にかけての教会の歩みにおいても、伝道社会奉仕が果たされてきました。古代ローマ教会執事ラウレンティウスについて有名な逸話があります。ローマ当局はキリスト教会がとても盛んにやっているので、教会財産を調査しました。そのとき、ラウレンティウスは、「みなしごややもめたちこそ、教会財産です。」と言ったそうです。

 ずっと時代はくだって近代、イギリス産業革命が起こり、機械毛織物が大量に生産できるようになり、綿羊をたくさん飼うようになりました。それで、農地が囲い込まれて生活できなくなった人々が、大量にマンチェスターロンドンなどの都市部なだれこみスラム街ができ、治安が悪くなりました。英国最暗黒の時代と呼ばれる時代です。この時代、もっとも効果的な社会改良運動を展開したのは、ジョン・ウェスレーたちのメソジスト運動でした。伝統英国国教会は、急激に膨らむ人口、広がるスラムを横目で見て、手をこまねいていましたが、ウェスレーは町に出て彼らに福音をのべつたえて救いへと導き、同時に、彼らに組み会と呼ばれる相互扶助の会を作らせて、社会福祉の働きを展開したのでした。

 キリスト教会社会改良から手を引くようになったのは、その後、共産主義運動が盛んになったためだそうです。当時の共産主義運動は、無神論に立ち「宗教はアヘンである」としてキリスト教を非難したので、「社会問題にかかわると、共産主義の影響を受けて、信仰がおかしくなる」ということで、教会伝道だけしていようということで手を引くようになったのでした。しかし、そういう態度はまちがいであったということを認めたのが、1974年ローザンヌ誓約でした。キリスト者には、伝道社会的奉仕という二つの任務がある。この二つを切り離してはいけないという悔い改めの声明文です。主イエス以来、教会伝道社会的奉仕の両方を果たしてきたのです。

 しかし、もう一つ大事なことがあります。それは、伝道社会奉仕優先順位です。福音書がはっきり告げていることは、教会の任務としては伝道が第一で、社会的奉仕は第二だということです。それは、福音の価値の絶対性・緊急性・永遠性ゆえです。ここをまちがえてはなりません。主イエスはおっしゃいました。

 「さあ、近くの別の村里へ行こう。そこにも福音を知らせよう。わたしは、そのために出て来たのだから。」

 目の前に病気を治して欲しい、悪霊を追い出して欲しいという人たちはたくさんいました。やさしいイエス様としては、彼らに同情します。けれども、父のみこころは福音をまずこのガリラヤ全土の町々村々に宣伝えよということでした。主イエスは、父の命令にしたがったのです。


結び

 現代の日本キリスト者にも、主は二つの任務を与えていらっしゃいます。伝道社会的奉仕です。自分に何ができるだろうかと考えるかもしれませんが、伝道とは第一に「主イエスを信じなさい、そうすれば救われます」と伝えることです。第二に、信じる人が起きたらキリストのからだの中でともに成長することです。そのために、当面、6月21日火曜日)に苫小牧市民文化交流センターアイビープラザ)で行われる世の光ラレーに家族、友人、知人を誘いましょう。また、私の願いとしてはこの地域でも福音新聞をつくって定期的に配りたいと思っています。福音をこの地に満たすのです。イエス様十字架意味を知らない人が一人もいないようにするのです。

 社会的奉仕ということは、まずはみなさんが月曜から土曜まで遣わされている家庭で、地域で、またこの国の国民として、神様の愛と正義のみこころを行うことです。たとえば、7月には国政選挙があります。聖書ローマ13章によれば、国家の務めとは、社会秩序の維持と、経済格差の是正の二つです。「この国に神の正義と愛が実現する政治が行われるにはどの人を、どの党を選ぶべきですか?」と祈って、選挙権を行使することです。また、祈って心備えていれば、何かなすべきことについてチャレンジを主がそなえてくださるでしょう。

「電通は日本のメディアを支配しているのか?」というフランスの記事

 「北海道は素敵です」さんに載っていた記事です。

http://blogs.yahoo.co.jp/yuuta24mikiko/35893896.html


ここでフランスのinaglobalが報じた「電通日本メディアを支配しているのか?」という記事を紹介したい。

日本メディアが絶対に報じることができない不都合な真実が書かれている。

参考:Le publicitaire Dentsu tire-t-il les ficelles des médias japonais ?

1.電通日本を牛耳る企業で、メディア関連としては世界5位に位置する巨大企業原子力産業においては大きな利権を手に入れようとしており、反原発派の山本太郎がテレビに出ようとしたときは圧力をかけていた。

2.電通シェアは独占状態といっても過言ではない。電通広告シェアは50%で博報堂が20%なのでもはや独占禁止法に抵触していると捉える人もいる。ここまでシェアを握ってしまえば正しくないことが起きるに決まっている。

3.博報堂出身の本間龍氏によるベストセラー書籍電通原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ」では、電通はとにかく何らかの形でメディアに食い込もうとし、原子力関連の8割の広告を支配していると書かれた。

4.原発事故が起きたとき、テレビ局は良いスポンサーである電力会社を敵に回したくないと、報道を一部自粛していた。

5.そんな日本において、堂々と政府批判をするテレビ朝日の報道ステーションは貴重で有益な存在であった。もっとも、古舘伊知郎氏は圧力に負けて辞めてしまったが…。

6.唯一スポンサー収入に依存しておらず、国民からの受信料自由報道ができるはずのNHKは会長安倍政権とズブズブの関係を保っている。だから政権批判が出せず、政府発表を伝えるだけの政府広報メディアになっている。熊本地震が起きたときも原発問題には言及しないよう命令が下った。

7.原発で何か問題が起きるとすぐに電通の社員が営業の人間経由でメディア側にやってきて報道を自粛するようにお願いしてくる。電通経由の広告で成り立っているメディア側は当然電通に逆らえない。

8.現場記者電通の圧力を知らず、自分が書いたスクープ記事が紙面に載らなかったり、一部表現が変わっていたりするのを不審に感じる。そもそも気づかないこともある。

9.福島原発事故が起きて以来、原子力関連の広告は減ったが、代わりに福島農産物をPRするという美味しい仕事電通に降ってきた。

10.電通政府ともずぶずぶの関係にあってときに協力したりするのは、電通出身の政治家が多いから。安倍総理の奥さん安倍昭恵婦人も電通出身。

11.日本報道の自由ランキング発展途上国レベルまで転落している。

2016年は72位。

12.トヨタアクセルペダルに不良が見つかったとき、日本メディアは一斉に自粛し、不祥事をなかったことにしようとした。もっとトヨタ社長アメリカ議会で非を認めて謝罪してからは隠しきれなくなって少し報道され始めた。言うまでもなくトヨタは有力な広告主なので怒らせてはいけない。

北海道は素敵です」さんに載っていた独占的広告会社電通にかんする記事です。


2020東京五輪不正招致疑惑ではメディアが一斉に電通の名前を隠し、批判の声が高まってからも「D社」と表現し続けた。それにより電通メディアの関係が不適切であるものということが確定した。

国会では、日本オリンピック委員会竹田会長コンサル会社の選定には電通からの助言があったと発言した。JOCの幹部はすでに竹田会長と矛盾する証言として「コンサル会社と陸連会長に裏の繋がりがあることを知ったうえでお金を振り込んだ」と認めている。

2016-05-20

キリストの十字架の死が、われわれの罪の代償であったこと

 贖罪論についてノートを作っています。そんな中、あるブログ引用された、『殉教と殉国と信仰と』(高橋哲哉・菱木政晴・森一弘著、白澤社発行・現代書館)の高橋氏の対話を読んで驚きました。私はその本をまだきちんと読んでいないので、とりあえずのメモです。

 キリスト者ではない高橋氏が<キリストの死を犠牲死という捉え方をすると、これに倣う殉教を尊いものだという考えを生み出し、殉国を美化する背景をつくってしまう。キリスト教神学には、キリストの死を犠牲死としない立場もあると聞くのだが。>といった内容で問いかけると、なんと森司教は「キリスト十字架を「犠牲」としてとらえてしまうと、神の姿が歪んできてしまう。それは現代神学者たちも指摘しているところです。・・・ちなみに、福音書をずっと読んでみても、福音書の中にキリスト十字架を「犠牲」とする、あるいは罪のあがないとするような言葉は全く出てきません。」と応答するのです。・・・びっくりしました。ウソですから

 実際には、新約聖書は、福音書にも書簡にも、旧約聖書レビ記祭儀律法を背景として、キリスト十字架の死が贖罪のための犠牲死であったという記述で満ちています

マルコ10:45 「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

マタイ26:28「これは、わたし契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。」

ヨハネ1:19「ヨハネ自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。『見よ。世の罪を取り除く神の小羊。』」

 書簡はどうでしょう。ヘブル書はレビ記贖罪犠牲律法を背景として、御子イエスの死が贖罪のための犠牲死であったことを語っています

 パウロペテロヨハネも同じようにキリスト贖罪の死について発言しています

ローマ4:25「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。」

1ペテロ1:18、19 「ご承知のように、あなたがたが父祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」

1ヨハネ2:2 「この方こそ、私たちの罪のための──私たちの罪だけでなく、世全体のための──なだめの供え物です。」

ヨハネ4:10私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」

以上に見るとおり、新約聖書は、キリスト十字架を、人間の罪のための犠牲・いけにえとする言葉に満ちています

 また、関連して、司教は、「キリスト十字架を生贄とか犠牲としてとらえると、神理解が色々歪んできてしまう」と主張します。その意味は、罪の賠償のためにいけにえを要求するような神観は残忍で受け容れがたいということでしょう。罪には賠償などは求めず、ただいいよいいよと赦してくれるのが、彼の理想の神観なのでしょう。

 実は、この種の主張は「現代神学者」が言い出したことではなくて、16世紀の反三位一体論者ソッツィーニと、その後のシュライエルマッハー以来の合理主義自由主義神学における典型的な主張です。

「ソッツィーニの議論はこうである。赦しを与えるということは、賠償を求めることと矛盾する。また罪ある者(罪ある人間から罪無き者(イエス)へと懲罰対象を移すことも公正さと矛盾している。また、一人の存在一時的な死は(つまりイエスは死んで三日目に復活した)、多くの者たちの永遠の死の本当の代行とはなりえない。そして、最後に完全な代行的充足 なるものが本当に存在するのだとしたら、それは、我々が罪の中にいつまでも生き続けて構わないことを許すことになる。」(J.I.パッカーの贖罪論にかんする書、いのちのことば社から近刊)

 

 私は、あの司教が「キリスト十字架の死が、贖罪のための犠牲であるということばが福音書にはない」と言っているのを読んで、「とんでもないウソだ。司教がそんなことを言えば、聖書を知らない読者をミスリードするではないか。」と憤りを覚えてしまいました。しかし、コリント書第一1:18を思い出して、ああ、そうだったと思い直しました。

十字架のことばは滅びにいたる人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには神の力です。」

また、同2:14も。

「 2:14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。」

 実際、十字架のことばは、ほんとうに神様が悟らせてくださらないかぎり、決して悟りえないのだということを、これまで私はなんども伝道者として見てきました。自分自身もそうでした。憤るよりも、祈るべきでした。

 とはいえ、件の司教は「福音書にも新約聖書全体にも、キリストの死を贖罪のための犠牲死であったという記述はたくさんありますが、わたしとしては受け容れがたいと感じているんです。」と答えるべきでした。

 それにしても不思議ですね。聖書精通しているといわれる司教が、なぜでしょう。そういえば、イエス様時代の高位聖職者や偉い聖書学者たちにも、神の御子がナザレの大工として来たことが、どうしてもわかりませんでした。イエス様のことばを思い出します

「これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現してくださいました。」(マタイ11:25)

2016-05-19

緑ヶ丘公園で

 今日はHBIがお休みなので、一日オフになりました。腰も9割がたよくなったので、車で10分ほどのところにある緑ヶ丘公園家族ピクニックに行きました。カモとカメカラスカモメのいる公園です。ときどきヒグマ散歩に来るらしい。金太郎池のまわりを一周しました。

 そのあと、家内リハビリ病院に送ってから病院の近所の洗車場で洗車をしました。初めての高圧洗浄機おもしろかったなあ。

 夕方には、来週のHBIでの贖罪講義ノートに手を入れました。

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国会議員一覧表

リンク先に国会議員一覧表があります

あの無法な安保法採決に対して、賛成したか、しなかったのか?

日本会議」「神道政治連盟」という右翼団体に加盟しているかどうか?

そして、連絡先があり、HPリンクされています

意思表示をする上で、とても便利です。

それにしても、これが国会の現状だと知って、わが国の現状に慄然とさせられます

http://democracy.minibird.jp/

2016-05-17

牧師の右傾化

 一昨日、主の日の早朝、数年ぶりでぎっくり腰が出て、立ち上がることが出来なくなり、ゴムバンドで腰をグルグルまきにして、朝の説教、午後の就任式、夕の説教椅子に座ってしました。ただ、就任式はどうしても誓約の場面で起立しなければならなかったので、左腰をやられて体がどうしても右に傾くので右手椅子の背につかまりながら立ちました。

 このところ、寄る年波で体温調節がうまく行かず、夜中に寝床で暑くて汗をかき、布団を跳ね除けて腰を冷やしていたのが根本因、土曜日壮年会のパークゴルフで腰をひねったのがひきがねでした。

 主の日の朝早く会堂で作業をして帰宅したら身動きできなくなりました。

 まあ、なんとかかんとか二つ奉仕を終え、昨日は午後まで寝込みましたが、教会の近所に電気鍼灸所があったので、からだを右傾化させながら訪ねましたら、かなりいい感じになりました。帰宅したら、またからだが右傾化しましたが、エゴスキューでもどしました。

 というわけで、本日は、富川教会牧師会なのですが、うちでおやすみします。明日の晩には地域の諸教会大事集会がありますし。

 でも、寝込んで机に向かえなかったおかげで、就任式の際に友人が貸してくれた『日本会議研究』をゆっくり読むことができました。 それで、さきほどレポートした次第です。

菅野完『日本会議の研究』・・・生長の家原理主義者たちがその中核

1.話題ベストセラー菅野完日本会議研究』を借りて読むことができました。amazonに注文してからもう一ヶ月近くなるですが、重版がかかっているとか。また、日本会議から出版差し止め圧力がかかっているとかいう話もあります。どちらが本当なのか私にはわかりません。

 ネット情報をかき集めただけの本なのかな、と、それほど期待しないで読んだのですが、そんなことはなく、安倍政権を突き動かしているというか、閣僚の8割が日本会議メンバーというほとんど安倍政権そのものである日本会議の淵源が、新宗教生長の家原理主義運動であることが克明に調べ上げられていました。谷口雅春教祖である生長の家は、1983年政治運動からいっさい手を引いたそうで、それまで政治運動にかかわっていた民族派学生運動の家の教会信者たちが外に出て、連携しつつ日本会議日本政策研究センターなど安倍政権をコントロールする運動を展開してきたということです。

 日本会議イデオローグたちが、学問世界では無名の人々であったり、ずぶの素人であることをもって軽視するむきもあるようです。「集団的自衛権合憲だと解釈する憲法学者はたくさんいる」と官房長官がのたまいましたが、ふたを開けたら学界から相手にされない3人だけであったように。

 しかし、実際に、この団体組織運動をもって政府を突き動かしているのですから、ただごとではありません。その中核を担う「一群の人々」は社会右傾化に乗じてにわかに集まったという人々ではなく、数十年をかけて教祖谷口雅春が唱えた「明治憲法復元」を究極目標として、ぶれることな地方組織を営々としてつくり、諸宗教団体をまとめあげて集票装置を用意して、今日にいたっていることがわかりました。

 こうした地道な組織作りをしてこず、浮動票頼みの運動は、よわよわしいものですね。ちなみに、聞くところによると、自民党地方組織率は3割、公明党が1割、共産党が1割で、あとは浮動票ということです。

 日本会議なるものの中核が、生長の家原理主義者たちだという事実を克明に世に示したこの本は出版取りやめになるのでしょうか?微妙なところだと思います。とにかく、この実態が知られることは、日本会議にとってはとても不都合なことのようです。

 本書で紹介される中心人物たちが、こちらに紹介されています

http://joe3taro.com/?p=1327


2.日本会議組織力・動員力・・・宗教団体

 組織ということでいうと、日本会議組織力・動員力の源泉として、筆者は、通常教えの違いからまとめにくいはずの、もろもろの宗教団体をまとめていることを指摘していました。日本会議が彼らをまとめるキーワードは、<皇室中心、改憲靖国参拝愛国教育自衛隊海外派遣>といったものです。

 日本会議にかかわっている宗教団体リストには以下の名があります

神社本庁伊勢神宮熱田神宮靖国神社明治神宮岩津天満宮黒住教オイスカインターナショナル大和教団天台宗延暦寺念法真教仏所護念会教団、霊友会国柱会新生儒教教団、キリストの幕屋崇教真光解脱会モラロジー倫理研究所・・・おそらく、これらの諸団体信者たちは、自分たちがこんなにいろんな宗教といっしょに巻き込まれて運動しているのだということを知らないのではないかと思われます

 ここからは筆者の感想。なぜ、こんないろいろな宗教団体がまとめられたのか?一つは、彼らが共感するのが上にあげた5つのキーワードであることでしょうね。団体によって個人によって、5つのキーワードのどれに共感するかについては濃淡があるでしょうけれども。

 もう一つは、生長の家そのものでなく、生長の家政治運動から手を引いたために、浮き上がった生長の家原理主義者たちが中核になったので、表向き、「生長の家」を看板にせずに、諸宗教を巻き込むことができたのであろう、ということです。