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苫小牧福音教会 水草牧師のメモ帳

2018-08-15

函館訪問

 札幌から娘が、信州から次男が来たので、函館に行くことを思い立った。13日朝7時半に人間4人とワンコ1匹で出発。高速道路を使わないで、支笏湖のほとりを抜けて壮瞥洞爺湖長万部を通って行くルートにした。時間に制約されない旅なので、森の中を抜けたり、海の眺めを見たり、道の駅に寄ったりしながら行きたかった。ワンコロダが、今日は連れて行ってもらえる、とウキウキしている。だが函館に到着すると、まずロダの宿に行く。お願いしますと預けると、ロダは足をつっぱって、目をまん丸に見開いて、ガビ〜ンという表情だった。かわいそうだけれど、ワンコが一緒では、入れる場所が少なすぎるのだ。ごめんね。

 腹ごしらえに、新鮮な海鮮をとても安く食べさせるという食堂に出かける。午後1時半ころで、すでにその日のピークは過ぎていたが、狭い店にお客がいっぱいで、二階席にすわると、海鮮丼を注文した。そのあと、赤レンガ倉庫街をぶらぶら歩く。明治から戦前には活躍したが、その後は無用の長物となっていたであろう赤レンガ倉庫を、誰が考え出したのか知らないが、観光資源にして中をショッピングモールにして再活用している。神戸でも小樽でも同じである歴史を感じさせるこういう建物が、新しい建物よりも味がある。

 そのあと、丘の上にある函館ハリストス正教会を目指して八幡坂を上る。おしゃれに整備された坂を上っていき、振り返れば、港が望める。坂を上って行き、上から三番目の通りに日本基督教団教会が見えて、次の通りは赤い屋根カトリック、そして、坂を上り切った通りに銅葺きの緑の屋根正教会の会堂である神田ニコライ堂を二回りほど小ぶりにした建物である。中に入ってみると、イコンが並ぶ。しんとしていて、四人ほど腰かけていたので、私も座って瞑目した。

 そのあと、坂を下りて、立待岬へ出かけた。車で行くと、チンチン電車が走っている。懐かしい。乗ってみたいと思うが、かなわず。岬への道は車がかわせない狭さである。到着すると、晴天ではないけれど、海の向こうに下北半島津軽半島が望める。海をながめる人々は、呆然とでもなく陶然とでもなく、なんとも形容しがたい表情をしている。私たちも、風に吹かれてそんな顔をしてたたずんだ後、パチリパチリと写真撮影

 半島を離れて、そろそろ宿に行こうかということになる。息子がスマホをみながらじょうずにナビゲーションしてくれて、到着。そのあと、花の湯という公衆浴場っぽい温泉に出かけて入浴した。近所の店で夕食後、もう外は真っ暗。函館夜景は有名だけれど、この季節は山頂は雲におおわれて見えないことが多いというし、ロープウェー料金が馬鹿高いというので、市民花火大会の見物スポットというフェリーターミナルから夜景を見ることにした。たしかに対岸に函館の町がきらきらと見えている。だが、フェリーに大型トラックを入れている最中で、船が邪魔で見えるのは半分。そこで、船の反対側にくために、交通整理のガードマンたちの目を盗んでダッシュして反対側に移り、堤防のところにゆくと、堤防では夜釣りをしている青年たちがいた。夜景はというと、やっぱり、ポスターに見るようなすばらしいのは山頂からなんだな、と思った。見たい人は、秋の季節のよいときに行くべきなのだろう。

 翌朝、早々にチェックアウトして、食事のため朝市に出かける。朝市は午前5時からしているということで、観光客がたくさんうろうろしている。弐番館とかいう店で、五百円の海鮮五目丼。さすがこの値段だけあって、マグロは向こうが透けて見えたが、食欲のまだ出てこない朝に十分だった。そのあと、イカ釣り上げて、その場で食べさせるという店の前、小学生たちがイカを釣るのを見物。イカ水槽から助けてくれーというように、つんつん飛び出しているのがいたわしい。イカタコと並んで、結構、頭の良い動物だそうである。そのあと、加藤水産ホタテを目の前で焼いてくれたのだった。これはヒットだった。

 「さて、もう見るものは見たねえ」と話していたら、五稜郭に行くのを忘れていた。函館に行って、五稜郭を訪ねない人も珍しい。そこで、五稜郭タワーに登って、眺める。土方歳三銅像を見て、見れば見るほど、現代俳優みたいであるそれから五稜郭の中をうろうろ散策する。散歩が終わって、最後スポットトラピスト修道院に行く前に、函館名物コンビニ長谷川焼き鳥をたべた。これはおいしかった。そのあと、函館名物塩ラーメンを食べようということになった。しかし、あじさいという有名なお店は列をなしているので、そこを避けて通りでみつけたラーメン屋にはいったら、そこは残念、九州ラーメンの店だったので、九州の塩を食べた。ラーメンストレートの太麺という完全九州スタイルである。そのあと、ワンコロダを迎えに行ったら、尻尾がちぎれるほどプルプルと振っていた。

 そうして、いよいよ最後トラピスト修道院へと向かう。まずは高速を15分ほど走った後、海沿いの寂しい道をやはり20分ほどだったろうか。冬場は、激しい波と寒風吹き付けるどれほど荒涼とした風景なのだろうかと想像される。ガソリンを給油して、ついでにタイヤの空気圧とボルトナットの締具合を確認してもらった。高速道路すべり止め加工の振動がきになったのだが、問題なしとのことで一安心。いよいよトラピスト修道院に到着する。海から小高い丘にまっすぐに向かう、それは見事な巨大な杉並木で、その終点に修道院建物が見える。杉並木の間は舗装されているのだが、早々に車を降りて歩いていく人々がいる。あとで考えてみれば、そこで降りた方がよかったと思えるほどの、見事なす並木で、並木の外側には美しい牧草地が広がっている。トラピスト修道院は厳律シトー会の修道院なのだそうで、1896年 (明治29) 11月21日 創立修道院開院式が行われている。中には予約していなかったので、入ることはできなかったが、玄関わきの狭い展示室に当時の写真が貼られてあり、修道士たちがもっこを担ぎ、スコップとツルハシをふるってこの地に修道院をつくり、痩せ地を開墾したようすをしのぶことができた。

 修道院見学修道院への並木見学)を終えると、あとは帰路に着いた。高速で北斗まで行き、そこから長万部をめざして途中から海を右側に見ながら運転する。長万部から左に折れて山の中へと入っていき、シリトリをして、そのあとマジカバナナをしながら、2時間ほど走ったら、洞爺湖が見えてきたので、畔で休憩することにした。右肩がひどく凝るので、「ゆとりろ」というホテルの日帰り温泉を利用することにした。この温泉は実に効能あらたかな感じですばらしかった。入浴が終わると、またひたすら真っ暗な森を走っていく。「鹿やヒグマが飛び出しませんように。」と祈って走っていくと、子ぎつねが反対車線でうろうろしていたのが見えた。支笏湖のわきを通り、右に折れて苫小牧への定規を引いたとおりに造られた道路をしばらく行くと、前方の空が明るくなってくる。私たちの町、苫小牧である

 筆者にとって最も印象深かったのは、トラピスト修道院並木道。あとは家族とワイワイ言いながら移動できるだけで楽しいということ。行く道、帰る道を守ってくださった主に感謝

2018-08-10

よい編集者に恵まれる

 キリスト教誌『舟の右側』神学講座の4回目は、聖書霊感、啓示の漸進性、聖書権威聖書に誤りがないということの意味、と聖書解釈についてなんです。一回目の原稿を出したら、編集者がきちんと読んでくださって、これじゃわからんなあという内容のコメントをくださいました。

 そこでうんうん唸りながら、昔読んだ本などひっくり返して勉強し直して、書き直したら「明解な加筆修正、とても興味深い内容」とOKいただきました。

 その様子をみて、妻が、「きちんと問題を指摘できる素晴らしい編集者さんねー。それに、指摘を受けて書き直す修治さんもすばらしい」と。・・・木に登ろうかな。


 編集者執筆者関係というのは、なかなか微妙です。昔、「人口の百分の一の福音」という雑誌にある文章を頼まれて書いたら、編集者からまりにも注文が多すぎて、「それなら自分で書けばいいでしょう」という気分になったことがあります。それに想定する読者の知的水準を低く見すぎているんじゃないかなあという印象を受けました。

 また、Hという雑誌に連載したときは、なんの注文もしてこないので、伸び伸び好きに書けて楽でしたが、誤植もそのまんまということがままありました。でも、枠にはめようとはしないので、どの文章個性があって生き生きしている印象がありました。

 今『舟の右側』の編集者神学を専門に修めた方ではなく、一般読者の視点をお持ちですが、本質をきちっと見抜く力をお持ちです。この雑誌の特徴は、聖書を尊ぶという枠はあるのですが、キリスト教界の中で立場の異なる者がお互いに学ぶことを志しているという感じです。

2018-08-09

炭酸水はすごい

頭にかければ毛が太くなり、

飲めば頭痛薬にもなり、

固い肉も炭酸水に20分漬けておけば、柔らかくなり、

お米を炭酸水で炊けば、ふっくらと炊き上がり、

火事の時には振って、消火器になる。

https://xn--1rw78gut9a.jp/650.html

真夏のオリンピックのマラソンは苫小牧で

 今年の異常な暑さに、バタバタと多くの人が熱中症で倒れている。この分だと、2020年東京オリンピックは、たいへんなことになりそうである

 対策として、打ち水をするとか、マラソンとき沿道の店が1階の戸を開けてクーラーの冷気を出すとか、文字通り焼け石に水、焼け石にうちわ、ヤケクソなことを言っているが、このままやれば死者が出てオリンピックどころではなくなる。蒸し暑さに強い日本選手団メダルをとれるかもという皮算用をする人々もいるが、そんな状況では、メダルをとればとるほど、世界中から非難の的になるのは必定である

 抜本的対策としては、秋に開催時期をずらすことである。だが、なかなか、それも難しいのだそうだ。米国の秋のスポーツ放送利権問題があるとか。

 

 そこで、私が提唱したいのは、もっと危険マラソン競歩だけは、苫小牧で開催することであるマラソンなら、別に新たに施設をつくる必要もない。今年の猛暑東京は40度に迫り、札幌も30度であるが、苫小牧では25度は超えない。この日本真夏マラソンに適した気温の町といえば、苫小牧釧路だけだろう。しかも、苫小牧飛行場へのアクセスが良い。

 それに、苫小牧なら、ぼくも見に行けるし(笑)。

創造の契約とアブラハム契約

最近、気づいたことがあります。

創造契約において、人は地の相続人としての任務を与えられました。

アブラハム契約は、相続契約です。

キリストにあって、信仰によるアブラハムの子孫が世界のあらゆる民族になったので、「地」が世界拡張されました。

それゆえ、私たち信仰によるアブラハムの子孫は、神の前で「地」に対する相続人として責任ある者となりました。

2018-08-05

本州は異様な暑さですね

 苫小牧では朝は17.8度でしたが、本州は異様な暑さですねえ。名古屋では40度と聞きます。2007年に、新潟市新発田教会お話した「聖書環境論序説」の冒頭で引用した文章を思い出しました。

地球の気温が現在から2.4度上昇した場合北アメリカでは新しく発生した埃の塊が、アメリカ中心部ネブラスカ州を中心とした高原砂漠化する。南はテキサス州から北はモンタナ州まで、北米の5つの州にわたって砂丘が出現することで、農業牧畜消滅する。グリーンランドの氷床の溶解が止まらす海面上昇が加速、環礁国や低地デルタ地帯を海に沈めることになる。ペルーではアンデス山脈氷河が消え、1000万人が水不足に直面する。海水温暖化は、グレート・バリア・リーフを消し去り、熱帯 からサンゴ礁実質的消滅することになる。世界中で3分の1の生物種が絶滅する。 3.4度の上昇で、アマゾン熱帯雨林で、壊滅的な森林火災が起こり、南米大陸を灰と煙で覆う。煙が晴れると、ブラジル国内は沙漠と化し、大気中に放出された膨大な余剰炭素が、さらに温暖化を進る。北極の氷冠は夏期には消滅し、ここ300年で初めて、 北極に氷のない状態ができる。北極グマ、セイウチ、そしてワモンアザラシ絶滅する。 カリフォルニアでは、シエラネバダ氷原の溶解で水不足が起きる。南アフリカを越えてカ ラハリ砂漠が拡がり、数千万の人々が立ち退きを余儀なくされる。 4.4度上昇すると、北極圏の急激な温度上昇で、シベリア永久凍土が溶解、膨大な量のメタン二酸化炭素放出する。世界の気温はその結果、急速に上昇を続ける。氷冠の溶解と海面上昇は、バングラデシュナイル川デルタ地帯上海などで、1億人の人々が立ち退きを余儀なくされる。熱波と干ばつは、生活に適さない亜熱帯地帯をさらに生み出し、スペイン南部イタリアギリシャ砂漠化が進むため、ヨーロッパでも大規模な 人の移動が発生する。野生生物の半分は絶滅し、それは恐竜時代以来最悪の大絶滅となる。 オーストラリア農業崩壊する。」 (2007年2月3日「インディペンデント紙」抜粋

ちなみにIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、 このままでは2100年の平均気温は、 温室効果ガス排出量が最も少ない場合には平均 1.8 度(予測の幅は 1.1〜2.9 度)、最も多 い場合には 4.0 度(予測の幅は 2.4〜6.4 度)と上昇すると、2007 年に発表した。

2018-08-03

楽しい友人夫妻が来ました 

 けさは青空苫小牧です。午前七時24度ですが、少し暑くなりそうです。苫小牧の夏はほんの一週間くらい。



 きのうは、午後、練馬のI夫妻が訪ねてくださって楽しいときを持ちました。カモメカメカラスのいる金太郎池のほとりの木陰でお土産トップスチョコケーキを食べながらお話して、そのあと、高丘の塔のてっぺんの快適な風吹くところで、お話して、それから、かねこ屋にカレーラーメンを食べに行って、そこでまたお話して気が付いたら8時を過ぎていました。

 I夫妻は、妻が神学校を出てすぐ赴任した浜松時代からの友人で、私たち信州山里小海町開拓伝道に出ると、毎年のように訪ねてくださるようになりました。近い年頃の子どもたちがいることもあり、夫君は九州佐賀出身で、私の父母は福岡の出ということもあり、年に一度、こんな時を持ちます。