生化学の教科書で見たケトン体

 すでに何回も書いている話題ですが、飽きもせず引き続きケトン体でございます。

 こちらの記事の追記で記したように、リッピンコット生化学*1では、ケトン体は長期に渡る飢餓時において、脳のエネルギーの70%ほどをまかなうようになる、と書かれています。残りの30%のうちの、20%はグルコース、10%はアミノ酸*2です。

 それに対して、これまた何度も引き続けておりますが、ハーパーの生化学*3では、ケトン体でまかなうのは脳のエネルギーの20%、残りはグルコースであると書かれています。

 両者の記載は大きく異なります。かたや、ケトン体で20%。かたや、グルコースで20%。いっそのこと、ハーパー様で書かれているグルコースとケトン体が逆だったら、全て丸く収まるのに。わたくしはそんな浅はかな思いを胸に、ハーパー様の原書を確かめずにはいられないのでした。

The brain can metabolize ketone bodies to meet about 20% of its energy requirement; the remainder must be supplied by glucose.
Harper's Illustrated Biochemistry (HARPER'S BIOCHEMISTRY) p140)

 もちろんそんなことはなかったんですけどね。

 とまあ、ここで終わってもいいのですが、せっかく図書館まで行ったので、それ以外の生化学の教科書も読んでみました。あたったのは以下の5点です。

  • ホートン生化学 第4版*4
  • レーニンジャー新生化学(下)第5版*5
  • ストライヤー生化学 第5版*6
  • カラー 生化学*7
  • ヴォート生化学 第2版*8

 生化学の教科書では、生理学の教科書に比べて、ケトン体のエネルギー利用について、よく触れられているように思いました。*9

 ホートン生化学では、40日間絶食時におけるグルコース利用状況のグラフがあったのですが、主に糖質代謝の変化を追っていて、脳におけるケトン体の利用割合については記述が見つけられませんでした。レーニンジャーの新生化学についても、具体的な割合の記載は見つかりません。

 次に、ストライヤーの生化学を見てみましょう。

飢餓のおよそ3日後には、大量のアセト酢酸とD-3-ヒドロキシ酪酸(ケトン体)が肝臓で作られる。(略)この時点で脳はかなりの量のアセト酢酸をグルコースの代わりに消費し始める。飢餓の3日後には脳のエネルギー必要量の約1/3はケトン体で賄われるようになる。(p863)

 このように、エネルギー源をケトン体に切り替えることによって、筋肉のたんぱく質糖新生に使われてしまうのを防ぐのだそうです。その結果、飢餓の初期(3日目)には、筋肉のたんぱく分解量が1日あたり75gだったところを、40日後には、1日あたり20gで済むようになるのだそうです。

 また、脳でエネルギー源として使われるケトン体は、絶食3日目で50g、40日目で100gとあります。3日目で脳のエネルギー要求の約1/3をケトン体でまかなうとありましたので、40日目にはその倍、約2/3をまかなっているといえるのでしょう。

 このような記述は、カラー生化学でも、ヴォートの生化学でも出てきます。

絶食第3日目には、脳は約1/3のエネルギーをケトン体に依存するが、40日目には2/3と増加する。
(『カラー 生化学』p640)

脳は必要な酵素を合成してしだいにケトン体に適応する。ケトン体は3日の絶食後では脳のエネルギー需要の1/3しか満たさないが、40日絶食後ではエネルギー需要の70%を満たす。
(『ヴォート生化学(下)』p684)

 まあこのように、リッピンコットの圧勝、ガイトンさんの圧勝なのでした。

教科書の感想

 ざっと見た感じ、ストライヤーかカラー生化学が読みやすそうかなあと思いました。ほかを詳しく読んだわけではありませんが、少なくともこのトピックに限れば、ストライヤーに惹かれます。もちろんお高いんですけどもね。